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ダンジョンとは防衛施設の代名詞のことである  作者: 冲谷 侑
冒険の最初ってこんなもんじゃない?
2/2

最初から計画

怪しげなホテルに宿泊することにした彼は、途中何かが不自然な事に気づく。その後何が起こっているのかを理解した彼は…

 閃きというものは突然にやって来る。この世に存在するものの例えでその速さを表す事は出来ない。たとえどんなに速い光であってもその速さには敵わない。


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 まさか僕を閉じ込めようとしている?

もしそうだとすれば、一刻も早く逃げなければならない。

僕は今、焦りながらの自問自答を繰り返している。

しかしそんな事は可能だろうか?

可能であった。ホテルの入り口に『休業中』と書かれた看板一つぶら下げておけば、従業員以外は誰も入ってくる事はない。

 この推測は全て条理が立っている。おそらく今推測した通りに違いない。そう判断すると、今までに見せたことの無いスピードで荷物をまとめ始める。布団の脇にある自分の小さな鞄をひっ掴み、その中にタオル、歯ブラシ、帽子など、棚の上に乗せていたものから床に散乱していたものまで、外に広げていた全てのものを押し込んでいく。

 この際、何がどうなろうとどうでもいい。ただこのホテルから脱出することさえ出来れば今はそれでいい。そんな必死の思いで荷物を詰め終わったが、慌てて詰め込んだ荷物達は、小さなリュックを内側から破こうとお互いにおしくらまんじゅうをしていた。

 さあ、これで準備は万端だ。命のかかった戦いが幕を開ける。



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「誰か〜〜!助けてくれーー!」


 叫びが聞こえる。こんな悲痛な声を聞けば、誰だってその声の発信者を助けたくなる筈。

 しかし、その声の発信者は何も困ってなどいない。声の発信者はむしろ心の中で笑っていたところだった。面白おかしく、これからやって来るであろう人間の事を笑っていた。もちろん笑い声は出していない。それどころか顔に表情すら出ていない。少年は演技にほとんどの集中力を注いでいたのである。心の中でしか笑わなかったのは、そこで残った気力が、心の中で笑える程しか残っていなかったから。ただそれだけの理由だった。もしもう少し余裕があったら、他人から見て分かるほどには笑っていたかもしれない。少年はそんなことを考えていた。

 しばらくすると、作戦通り拍の短い靴の音が聞こえて来た。その音は不自然なまでに等間隔で、魔法を使用していることが容易に想像できた。

しかしその足音は、いくら魔法を使用しても人間一人で再現できるものではなかった。足音は響くように素早く2回鳴り、それから数秒後にまた素早く2回鳴った。これの繰り返しである。

このことから人間は2人いることがわかった。少年が予想していたのは、支配人、ただ1人であったが、受付にいた怖そうな( 実際に怖い )男まで付いてくるとは思っていなかった。

しかし少年は再び、声を出さずににやりと笑う。今度も表情には表れなかった。少年の予定では、受付の男は魔法を使って拘束する予定だったのだが、少年は、その手間も省けた、と喜んでいた。魔法は一回使ってから次に使うまでにしばらくの時間を必要とする。その間の時間というものは個人差があるものなのだが、年齢や練習を重ねるにつれて短くできるものだった。言い方を変えれば、それは努力の量が分かるメーターのようなものであったということだ。

 魔法について、彼のような子供の場合で考えてみると、年齢は若く、普通なら一度魔法を発動してから次に発動できるようになるまで1年はかかるだろう。それに発動できる魔法の種類も限られているだろう。 しかし彼個人で考えてみると、その常識は非常識だった。小さい頃から祖母に育てられた彼は、魔法の発動に慣れていた。

 ちょうど彼らの祖父母の世代は第一次魔法教育世代に当たり、国から魔法教育を義務教育として受けていたのだ。

 今の時代にもなると、その世代の人々は少なくなってしまっている。それに認知症もあるのか、なぜ魔法教育を推進していたのかは覚えていないという。幸いながら彼の祖父母は生きており、今でも魔法を教わることができる。つまり、今まで教わることができた少年は、教わった分だけ魔法の発動時間短縮に繋がるというわけだ。


「お客様、どう致しましたでしょうか!?」


 余計な思考を巡らせていた少年は、自分にかけられたと思われる声を聞き、思わず身構えた。

そして廊下側から扉に耳をつけている、変態と称されても仕方のない格好をしている支配人の声からも、冷静を装っているものの、不安や緊張が感じられた。


「け、煙が……いきなり…………」


 もともと用意していた言い訳を迫真の演技でぶちかます。それと同時に1人走り去る音が聞こえた。等間隔に聞こえる足音は、今度こそ1人でいるということを示していた。

その直後、支配人の声が聞こえる。つまり今走っていったのは受付の男だ。

待っている間も演技を続けた。(魔法を併用して)走り出す準備をしながら。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 さっきの足音がもう一度聞こえて消えたと思えば、その直後には受付の男が扉の鍵を開ける音が聞こえた。それから間髪を容れずに勢いよく中に飛び込んだ。

本来ならば、支配人が後に続く。ところだったのだが、中に入った男は煙が無いことにすぐさま気付いて振り返る。そしてそれに気づいた支配人も、急いで足を止める。

しかし支配人が足を止めたのは、既に部屋に入った後だった。誰よりも早く行動を起こしていた少年は、既に部屋の外におり、内側から開けることのできないその扉を閉めた。


「おい!どういう事だ!どこにいる!!」


 先程とは態度が大きく変わった支配人に、お客様などという礼儀正しい言葉を使う余裕は無くなったようだった。変わりに貴様というひとを見下す言葉を発したのだが、少年の耳にその言葉は届かなかった。

閃光のように凄まじい勢いで移動した少年は、その時受付の前にいた。少年も焦っていたのか、少年の顔には、「緊張しています」と言わんばかりに顔が強張っている。急いで走ったその足取りは、逃げた時とは打って変わり、決して風を切るような速さではない。一歩一歩を慎重に踏み出し、敵がいない事を確認しながらゆっくりと進んでいた。どうやら敵はいないようだ。少年はそう判断すると再びスピードを速めた。しかし最後まで油断は禁物だ。その言葉は常に少年の頭の中にあった。にも関わらず、少年のからだは止まった。いや、止められたのだ。意識レベルは急激に低下し始め、彼の意識は朦朧としはじめる。この状態を自然領域で表すとすると、3トンの重りで手、足、首、胴体など全ての箇所を拘束されたのと同じ状態である。さらにそこに、意識覚醒対抗系魔法が上乗せされているような状態になっているので、魔法発動者が現れるまで拘束が解ける事はない。というように掛けられた魔法だった筈なのだが、少年は何事もなかったかのようなしれっとした顔で手を前につき出す。それからぶつぶつと何かを唱えた。刹那、赤、青から鬱金色、鳩羽色まで様々な色が現れたかと思うと、少年の体の前後に少年と平行に制止している二枚の板が現れた。というよりは見えるようになったといったほうが正しいだろうか。少年は仕掛けられたトラップを目に見えるようにしたのだ。

 彼らはそろそろ来るだろうな。少年はそう思い、目の前に見える板を木っ端微塵にする事にした。



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  もの凄い勢いで外に飛び出てしまった。彼らは追いかけて来るだろうか?まあ来たとしても魔法で撃退すればよい。それに追いつこうとしても追いつけるはずがないのだけど。なぜなら僕は今時速150キロで道路を駆け抜けているからである。しかし駆け抜けているというのは比喩であって、決して走っているという訳ではない。なぜなら彼は宙に浮いているのだから。

 今走っているこのストレートに伸びた道は、決して小さい道路ではないのだが、一車線しか無く中央にガードレールが設置されている訳でもなければ道路の脇には森という森が道路にそって延々と続いている。昼は混んでいるが、夜は空いているといった類の道だろうか?

 この世に存在する移動手段の中で最も速いものはオオトリテエという名の乗り物で、最高時速300キロ越えの超チートマシーンであるが、これを所有するにはある程度の地位が必要であり、なおかつ国家直属の製造メーカーならぬ製造省がその都度オーダーメイドで製造しているものなので、政府にとって都合の悪い相手や、政府に利益をもたらさない相手には、たとえどんな位の役人であろうとも適当な理由をつけて所有させないようにしている。つまり、彼ら__ホテルの連中が政府の役人、関係者、ましてや政府に信頼されていない限り、そのスーパーマシーンを使うことはできないのだ。ちなみに現在観測されているうちで2番目に速いものは、「魔法発動対象の魔法効果に魔法発動対象の随意運動による摩擦力と同一の力を摩擦力の正反対方向に加えたもの」とされており、僕が今使用しているものだ。簡単に言い換えると「速く走る魔法を使って、空気抵抗を無くした時の速さ」ということだ。

 それはそうとして、僕がこの事に関してとても詳しいのは僕のお婆ちゃんのおかげだ。お婆ちゃんは魔法教育を受けた後、山奥へと移り住み子供たちに対して魔法を教える為の道場を開いた。最初は、政府からの教育で教わった基礎的なものを教えていたが、生まれつき多彩な才能に恵まれていた彼女は魔法に関してもずば抜けていた。

「基礎的な魔法は強靭な魔法の土台となる」

 これは疑問にも思わないような単純な定義のように思えるが、魔法発見の当初から反現実的な事だと言われており、政府が行った正式な研究結果からもそのことがわかるとされている。魔法はそれぞれに構築パターンが存在するのだが、政府によると、それぞれ魔法の効果が違うのだからいくら基礎的な魔法に力を上乗せした所で、違う効果の魔法が生み出されるはずがない。つまり、パターンも一魔法につきと一パターンあるに違いないいういたって単純な解釈だった。しかし何も知らない無知な人々は、そのことを簡単に、疑うことをせずに信じ込んだ。他人の意見に身を任せ、多くと同じ行動を取れば絶望することは無いからと言って。

 しかし彼女は違った。政府が公式に発表したらしいその瞬間も、彼女の考えが変わることはなかった。しかし、ただ一つだけ変わったものがある。「尊敬」だった。政府に対する「尊敬」は、その瞬間にして「落胆」へと変化した。怒りや悲款、怨恨にもならずら簡単に諦めてしまう政府に対する「落胆」だけが訪れた。他一切の感情の変化はない。ただそれだけが変わった。

 だから彼女は、魔法についてもっともっと研究した。

 見つかるかもわからないけど、自分の信念を貫いて。

 諦めずに貫いたその信念は、自分の努力の結果として表れた。その瞬間、彼女は喜ばすにはいられなかった。今まで何があろうとも冷静だった彼女もその瞬間には熱くなっていた。

 そして自分の教え子たちにその結果を熱く語った。継承した。政府が間違っていたことを世に広く知らしめるために。あり得なかったことを実現し、皆を勇気付けるために。

 でも、彼女は気付いてしまった。


 自分はどうして魔法の存在を知っているのだろう。どうして魔法の使い方を知っているのだろう。


 瞬間、恐ろしい考えが頭の中を駆け巡る。


 自分より多くのことを政府は知っている。というか、自分が知っている事細かな知識の全てを政府は知っている。だって、自分に知識を授けたのは彼らだから。


 よく考えてみれば、エキスパートが勢揃いしている政府直属の研究所なら素人一人よりももっともっと早くそのことがわかっているはずだった。

 そう、彼らはとっくに分かっていた。分かっていたけど敢えて言わずに嘘をついた。新しい魔法は、新しいパターンを見つけたことと同じことだと。現存するパターンに力を上乗せした所で決して新しい魔法が生み出されることは無い、とそう伝えた。


 なんでそんなことしたんだろう?


 僕はお婆ちゃんに一度だけそう聞いたことがある。すると彼女はこう答えた。


 それは彼らが疚しい事を隠す為にだよ


 お婆ちゃんのいうことはいつも正しい。だから僕はそれを信じる事にした。それからお婆ちゃんはもう一つ付け加えた。これだけは絶対に守って欲しいと言って。


 「人前でむやみやたらに魔法を使うでない。政府で公式に発表されている魔法なら、多少の行使は許される。しかし、私があなたに教えた魔法の中には政府が公式に発表していないものがある。世の中では存在しない事になっているが、政府はその存在を知っていて敢えて秘密にしているだろう。さっきも言ったが、それは彼らに疚しい事があるからに違いない。だから私たち一般人がその事を知っていると彼らが知れば、必ず彼らは私達を抹殺しに来るだろう。だからね、そうされたくなかったら絶対に魔法を使わない事だ。あなたが使ってもいい魔法とそうで無い魔法との区別がつくまで、全ての魔法を使うことを控えなさい。」


 彼女が言い終わった瞬間、僕の中には恐怖が生まれた。いや、話している最中から恐怖は生まれていた。しかし、その恐怖は話しが終わりに近づくにつれてだんだんと大きくなっていき、それが僕の中を埋め尽くすまでに大きくなったということだ。ある日突然、すぐ隣にある巨大爆弾に気づいた僕は、そこからというもの常にビクビクしながら過ごしていた。毎日毎日意識することを忘れる事はなかった。忘れられなかった。だからこそ長い間守ってくれた。毎日毎日意識させてくれた原因である恐怖は、魔法を使うことを恐れさせ、お婆ちゃんとの約束を実現させていた。それもついさっきまでは。

 長い時が経てば経つほどその恐怖は薄れて行く。それは人間なのだから仕方のないこと。だからと言って妥協できる問題ではない。その恐怖を上回る恐怖が生み出されるような場面に直面した時、それは一番危ない時だ。そして今がその危ない時だった。


 どちらの恐怖も殺される事に対する恐怖。しかしその決定的な違いは、いつそうなるかという事にあった。後で殺されるか、今殺されるかとなった時、人は先に来る方から逃げたがる。だから後にどうなろうと関係ない。今まで自分が気にして来た些細なことも、この時ばかりはどうでもいい。と思う。しかし問題が決着した時、今までずっと気にかけていたことが頭から離れていたことに気がつく。そして絶望、恐怖、後悔の念が、どっといきなり押し寄せる。そしてやがて死ぬ。これが普通の人間の感情だろう。でも彼はこの事について、自分は間違っている。と思っていた所だった。普通の人間なら、確かに予測した運命に辿り着くだろう。普通の人間なら。

 しかし彼は魔法を熟知しているのだ。彼はもう普通の人間とは言えないだろう。つまり普通の人間に当てはまらないのだから、感じるものも違う。そして今彼が抱いてる感情というものは喜びだった。長年禁じられてきたことを、別のピンチを利用する事によって使うことができるようにしたのだ。特に何を変えたわけでも変えたかったわけでもない。ただ求めていたのは、恐怖心を無くす事。たった一瞬でもいいからその恐怖を忘れ、成り行きに身をまかせることだった。

 それが実現した今、彼は喜んでいるのだった。しかし彼はそこまで愚かではないので、人前で魔法を使わないようにすることを決して忘れたわけでは無かった。なにしろ人間が時速150キロで空中を移動しているのだ。いくら真夜中といっても、目立たないはずがない。

 だから見つかってしまった。少し俯きながら思考を巡らせていると、いきなり地面が明るくなった。彼はすぐに気づいて前を見る。しかし、その時にはもう遅かった。前から荷物運搬車両が列をなして向かってきていたのだ。荷物運搬車両は彼に気付き、急いでブレーキをかけた。彼も急いで加速対抗系魔法を展開する。荷物運搬車両はブレーキをかけてから約5秒後に完全に停止したが、彼はそれよりも早く、加速対抗系魔法を展開してからわずか0.05秒後には停止した。その0.05秒間に減速したのではない。0.05秒後に突然停止したのだ。当然慣性の法則に伴い、彼の身体は150キロの重圧が加わる。壁に150キロの勢いで衝突したのと同じことだ。しかし、彼はちょっと顔を強張らせただけで、すぐに大声を出して笑い始めた。決して頭がイかれた訳ではないのだが、かといってその行動の通りの心情を表している訳でも無かった。彼の心中はもともと恐怖で満たされていた。自分でも気付かないうちに。それから車両との衝突寸前事故だ。彼の精神耐久値は限界に達し、限界を突破した。その結末が現在の彼である。つまり、コワレタという訳だ。楽しそうな彼の笑い声は、音の無い静かな夜、木々が生い茂った深い森のさらに奥深くにまで、はっきりと聞こえていた。



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「ふう、危なかった」


 そういった彼の30センチメートル先には、ハイビームのまま停車している荷物運搬車両の姿があった。荷物運搬車両は、普通の車両に比べてみると比較的大型で、その車高はとても高く、世間一般から高身長と思われる人でもその優に2倍は超えている。しかし、彼はその車両の後ろに何台かの車が痺れを切らして待っている様子を見ることが出来た。車両の上空から。

 彼は今とても高い場所にいた。いや、決して今だけでは無い。彼はホテルを飛び出したその瞬間から、3m以上地面から間隔をとって飛行していたのだ。勿論それも見られないよう、念には念を入れて、いつも訓練時に空けているよりもより多く間隔を空けていたのだが、彼も車両の高さにまでは気が回らなかった様だ。それに、荷物運搬車両の様に規格外の大きさをしている車両がこの様な小さい道を通行することは極めて少なく、むしろ今回の様なケースが起こる方が稀だと言える。

 後ろの様子を見た彼は、そろそろ移動しなくては後方の車両に迷惑がかかるだろう。と思い、徐々に魔法を弱めながらゆっくり降下しているところだった。魔法の効果がゼロに近くなり、彼のつま先が地面に着いた。しかし、彼のかかとが着く前に車両の扉が開き、かかとが着いた頃には、運転手が心配そうにこちらを見ながら、車両のドアを閉めていたところだった。


「おい君、大丈夫かい?」


「あ、はい」


 心配そうに問い掛けてくれた運転手に対して、彼は何事もなかったかの様なとぼけた表情と、身もふたもない素っ気無い返事を返した。


「本当に何も無いのかい?」


 やはりとても心配そうにしていたが、その問い掛けには別の意味も含まれている様な気がした。運転手は先ほどから落ち着きがなく、彼の体をジロジロと眺めている。その落ち着きの無さは、相手に怪我を負わせてしまったかも知れないという焦りでは無く、複雑な構造のおもちゃを目の前にした幼い子供が、一刻も早くそれに触れたいと思うのと似た様な感情を持っている様に見える。そしてその視線は、待ち切れずに外観だけでも眺める様な、初めて見る物を見る様な、そんな想いが感じ取れる様なものだった。

 それから、彼に一言告げた。もともとはその言葉を彼に告げる気は無かったのだろう。しかし無意識に声に出てしまったと言った様な具合だった。


「やっぱり、すごいな。」


 心の中で呟くはずだったであろう独り言は、言葉となって表れ、聞かせるつもりのなかったであろうその言葉は、話し相手の彼にしっかりと聞こえていた。そして勿論彼はその言葉の意味を理解しようとする。


「え?今何と」


 この言葉は、運転手にとっては予想外だった様だ。彼が全て言い終わる前に、何を言われているのかがわかった様子で、その後はひどく動揺している。しかし鈍感な彼にそのような事が分かるはずもなかった。


「い、いや、自分の技術を褒めたんだよ。こんなギリギリのところで止まれるなんて俺も凄いなーと思ってさ。伊達にドライバーやってないからなー。はっ。はっはっはー。」


 これほど動揺している上に、述べている言葉はオール棒読み。そもそも、言っている言葉の意味そのものが意味不明だ。こんな嘘なら誰でも見抜けるはずなのだが……


「確かにあなたもお見事ですけど、僕の技術がなければこのギリギリの状況は生まれなかったんですからね。ここはお互いの功績と言うことにしましょうよ〜」


 とまあ、気づいた様子は一切見られなかった。

 その後は、怪我を負っていたと言う様なことや、車両が破損しているなどの負傷・欠損などがお互いに見られなかったため、特に警察を呼ぶ事もなく、お互いの利害が一致したと言う形でこの件は幕を閉じた。

 しかし不思議なものだ。運転手が止まったことには説明がつくのだが、少年が超速で飛行していた際に使用していた魔法は、国の基本認可魔法の中には含まれていない。これは、特別基本魔法に含まれている。つまり国の基本認可が降りていないものの、特別許可を申請し、それが認められた時のみ使える魔法だ。絶対に使えないというわけでは無いが、基本認可の降りていない魔法というだけあって、許可を得るにはよっぽどの事がない限り使えない様になっている。このことは誰でも知っているはずなので、この国の民であれば違法行為として政府機関に通報するのが、普通だ。

 しかし運転手は何も言わずに車両のエンジンをオンにすると、先程向かっていた方向へと走り去って行った。

 もしかしたらその法律を知らないのかもしれない。もしかしたら他国から来たのかもしれない。

 しかしそれがどうであったしても、彼__カルスター・フレイが魔法を不正使用したことをすっかり忘れていたという事実に変わりはなかった。


次回も続きます!レビューか感想を書いていただけると大変嬉しいです!少しでも良いのでよろしくお願いします

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