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ダンジョンとは防衛施設の代名詞のことである  作者: 冲谷 侑
冒険の最初ってこんなもんじゃない?
1/2

怠惰な日常

  目の前には質素な朝ごはんが並べられている。毎日毎日同じものだ。見た目が悪い上に味も最悪で、口から水分が奪われるパンと、小さなマグカップの半分の量もない水。これを毎朝繰り返し見ている。ここに注がれている水の量よりも、パンに持っていかれる水分量の方が多いのではないか。そんな食事でよく今生きているものだと思える。


「手も抜いてないし毎日魂込めて仕事してるんだけどなーー」


「毎日込め過ぎて魂なくなったんじゃねえのか?フレイ、確かにお前は頑張ってるけどよー 、そんなこと言ってる暇があったらもっと働けっつーの」


「はっはっは、相変わらず言うことが冷たいな、ロンドは」


 それでも確かにロンドの言う通りだ。僕があんなことを言っている間にいくらでも仕事について考えることはある。ロンドはいつも正しいことを言うし、それを態度で示してくれるから僕は彼を信用することができる。実際に、ロンドはおしゃべりをしながらも自分の仕事を着々とこなしている。それに、ロンドを信用できる点は他にもたくさんある。 そもそも、僕らがこういう風に一緒に住むようになったのはロンドの親切からだった。それももう1年も前のことだ。




 -----------------------------------------------------------------



 

  僕は仕事を探していて、ダンジョンサバイバーという職業があることを知った。内容はダンジョンに潜ってモンスターを倒し、ドロップしたアイテムを客に高値で売って金に変えるか、換金所に持ち込んで直接金に変えて貰うかのどちらかであった。その職業やその職業をしている人たちが世間からは神の使いと呼ばれていたり、自分の頑張り次第で強くなれることを知って、僕はその職業に興味を持った。素直に、やってみたい!と思った。

 でも、サバイバーになることはそう簡単にできない。誰もがサバイバーになりたいと思っているし、サバイバーになるにはお金もかかる。そんな時本当にサバイバーになりたかった僕にお金を提供してくれたのがロンド、ではなくサバイバーの育成に力を入れていたユグド政府だった。なぜサバイバーの育成に力を入れているのかはわからない。サバイバーを育成したところで国民達の混乱を招き所得格差が激しく広がるだけなのだが、間違い無く政府が1番必死になって打ち込んでいる政策はサバイバーを育成することである。今となってはいなくなってしまった僕の両親は、ユグド政府に長く勤めていた。それが今となって、ようやく役立ったのかも知れない。そういえば、僕は親の顔など一度だって見たことはない。僕がとても幼い頃に何処かへと失踪してしまったから。おかげさまで僕は一人暮らしだったのですが。まあとにかく、そのサポートのおかげなのかどうか、僕はサバイバー雇用試験に受かり、果たしてサバイバーになる夢は叶った。

 それから約一週間後、第10期第1回ビギナーズクラス講習が開かれ、基本的な剣の振り方などを教わったりした。


「俺の名はベイド。ユグド政府ダンジョンサバイバー推進部隊の副隊長だ。我々はやることが山ほどあるので説明は早急に終わらせたいと思う。それでは始めよう。あと言っとくが、聞きたい事があるのなら講習会が終わった後に個別に来る事だ。まぁ、質問しに来れる勇気があればの話だがな。」


 全身真っ黒に衣装を着飾り、右肩に付けられた鉄の太いフックのようなものからは床を引きずる位長く、国旗の刺繍が施されているとても重そうなマントを垂れ下げている。靴はとても硬そうなのだが、長年使っているのか、靴底はなくなるぎりぎりまで磨り減っている。どんな顔をしているのだろうと思ったが、全身を鎧で包んでいるため表情は伺えないだろうと思った。しかし見えなくともその表情はわかった。

 とてもややこしい話を話している時、僕より少し年上の若者が動きを見せた。おそらく焦っていたのだろう。男が話している最中に手を上げて、質問をしてしまったのだ。

 男はその若者の方を見ると、黙り込んだ。それから静かに言い放つ。


「彼のサバイバー登録を抹消した後、ここからつまみ出せ」


 その言葉は重く、冷酷だった。男の家来がタブレット端末のようなものを男に渡し、しばらくしてから家来がベイドの元に再び集まってタブレット端末をまた奥の方へと戻しに行った。それが終わると、若者はあっという間に公園の外へとつまみ出された。

 その冷酷な判断は、暴動を起こす輩どもへの牽制になることは間違いなかった。誰も見ることのできない仮面の奥の表情は、笑わず静かに、自分に逆らう者に対して凍り付くような睨みをきかせていた。

 彼が冒頭に言った通り、大事な事もややこしい事も本当に1度しか言わなかった。念を押す、という事を知らないのだろうか、と思う。ただ、1度しか言わない代わりなのか、不自然なほど強く大きく低く通る声で喋っていた。公園のどの位置から聞いていても、はっきりと聞こえる位に。


 そう、少し不自然過ぎる。体格はガッシリとしていて身長も高いのだが、少し声に合っていない気がした。声のトーンもそうだが、どこかあどけなさが残っている喋り方が時々使われている。それと威厳を強調するために付けられている一等サバイバーマントも、無理矢理付けられたような感じだ。まるで僕位の年齢の子供が声域変換魔法及び拡張魔法の同時発動をしているかのように。

 とそう思ったその時、周りの人々が一斉に男の方に群がっていったと思ったら、男の前に一列に綺麗に並んだ。それは一瞬の出来事だったので何が起きたかわからなかったが、どうやら僕がどうでもいいことを考えている間に講習会は終わって質問タイムになっていたらしい。やはり分からないのは僕だけじゃなかった。大体の人が理解出来なかったのだ。良かった、僕だけじゃなくて。という安堵と共に、さっき絶対に質問に行きたくないと思った時に固めた決意は片時も守る事が出来なかった事に気付き、少し悔しかった。

 いやいやながらもしょうがなく列に並び、何を質問しようかと色々考えていると、列の前方から悲しそうにうなだれたサバイバー達がやって来た。その足取りは重く、質問する前とあまり変わらない。いや、むしろわずかながらの希望を持って列に並んだ時の方が足取りは軽かった。あくまで推測だが、質問の際にも1度しか説明してもらえなかったのだろう。こりゃまた難しいなあ。当たり前だが質問回数は一回 だけだろう。なんとか工夫して一回で何個も聴き出せるようにしよう。と考えていた矢先に、ふと自分の方に誰か歩み寄って来るのを感じた。かと言って、うなだれて歩いて来る質問した後の可哀想な人々ではない。足取りは速く、カシャンカシャンと重い鎧の音が響いている。そして僕は悟った。自分は自分の知らない内に何か重い罪を犯してしまった、あの男にとって何か差し支えない行動をしてしまったのだ、と。

 家来の男が近づいて来て、


「ベイド様がお前を連れて来いと仰っている。何一つ聞かずに付いて来るんだ。」


 この瞬間、サバイバー登録を消されるという推測は確信へと変わった。説明が理解不能状態の上にこのザマだ。まさに泣きっ面に蜂とはこのような状況を示す。説明が理解出来ないとほざいていたことなど、今の状況から考えるととても軽い悩みだったと思った。人はその時その時に持っているものよりもさらに上を目指そうとする。重い病気にかかっていれば、この病気さえ治ればいいのにと願い、お金に余裕がない時は、もう少しでいいからお金があればと思う。もし自分が世間から見て満足している生活を送っていたとしても、その考えが途切れることはない。お金に余裕があればさらにその上を求めようとし、元の病気が治り、次の病気にかかれば前の方が楽だったのにと考える。けれども仕方がない。人間はそういう生き物なのだから。


 1時間程経っただろうか。そう思って公園の中央にある細長い鉄柱のてっぺんを見上げると、連行されてから5分経ったことを示す長針が見えた。絶対という言葉を使うことを普段は避けているのだが、こういう時はそんなルールなど存在しない。今の5分間は今までの人生で絶対に1番長い5分だった。

 長い列の先頭には、全身を黒に身を包んだ男____ベイドがどっしりとした構えで座っていた。こちらに構うような様子は一切見せないので、おそらく列が途切れてから僕の方に来る気だろう。

 5人、4人、3人と、残りの人数はどんどん減っていった。それと反比例するかのように、僕の心拍数は上がって行く。まるで、死の宣告までをカウントダウンするかのように。いよいよ最後の1人が終わった時、男は家来たちの方を見て、今日はもう解散したから先に帰れ、と述べた後、ゆっくりとこちらに近づいてきた。

 僕からしてみれば、この男と二人きりなど地獄の様な展開。「サバイバー登録抹消」という残酷な妄想は僕の中の「優しい宣告」という項目に加わり、空きのできた「残酷な仕打ち予想」の項目には新たに「殺される」という選択肢が加わった。

 もう死ぬかもしれないという覚悟さえ決めたその瞬間、肩に手を置かれたのが分かった。しかし、それは死の宣告では無く、殺気を感じない日常で感じる純粋な行動に思えた。

 その予感はあたり、男はゆっくりとマスクを外す。すると、中からは

 僕と同じ歳くらいの子供の顔が、にっこりと笑って僕を見ていた。


「新米サバイバーのフレイ君だったかな?初めまして。僕はロンドというものだ。以後お見知り置きを。」


 男改め少年は、そう言って握手を求めて来たが、様々な点で予想と違い過ぎて、口を大きく開いて唖然としているほか無かった。

 まず驚いたのは野太い声や体格に似合わず、とても爽やかなイケメンだったことである。殺せと言った僕の頭の中の男とは似ても似つかぬ顔をしていた。そんな驚いた僕の心情が顔に表れていたのか、少年はクスッと笑ってから優しく問いかける。


「いやいや、すみません。突然のことでしたからとても驚かれたことでしょう。しかしそんなに驚く必要もありませんよ。あなたに少しお話があってお越し頂いてもらいました。こちらの方から幾つか質問をしてもよろしいですか?」


 その質問を問いかけられた時、重い肩の荷が一瞬で降りたと共に、やって来た安堵が、僕にこんな質問をさせた。


「あ、あなたは僕をこ、こ、殺さないんですよね?さ、さっきのベイドとかいう人はあなたでは無いんですか?あなたでは無いとしたら一体どこへ……」


「あっはっはっは、あなたはとても面白いことを言うんですね。

 僕があなたを殺す?この腰の刀で?そんな訳が無いでしょう。僕は純粋にあなたに興味を持っただけですよ。それと、本当はベイドという名は僕の父の名なのです。ただ、父は新しい政策の方で色々としなければならないことがある様で、父は私に、代わりにこの仕事を引き受けてくれぬか。と仰ったので快くお引き受け致しました。そこまでは良かったのですが、私がこの青臭い姿で民衆の前に出ますと、私の地位や権力を憎み、凛とした態度で講習会に出ない者共が現れると思いましたので、父の名と威厳をお借りして挑む事に致ししました。

 その際いくら鎧を身にまとっても、体裁や声色までを変えるとなると少しばかり難しいと思いましたので、魔法で姿を少し変化させました。」


「そういうことでしたか。いやいや有難う御座います。先程は失礼な事をお聞きしましてすみませんでした。」


 僕が普段使わない口調を使ってお礼を述べてみると、


「なんか堅苦しいなあ。もっとソフトに行こうぜ、ソフトに。」


 と、思いっきり崩した口調で返されてしまった。

 ロンドさん、なんかさっきとキャラ変わっちゃってる。もしかして本当は天然だったりする?


「フレイ、お前今、俺の事を『天然⁈』って思っただろ」


「いっ、いいえ、思ってません!!そうだ、別れる前に1つ質問。そう言えばさっきロンドさん____いや、ロンドが使ってた魔術って声域変換魔法と拡張魔法の複合使用だよね?」


「正解だが、よくわかったな。俺、魔法の事は今日話して無いはずなんだがな。どこで知ったんだ?」


「小さい頃におばあちゃんが教えてくれたから、少しくらいなら分かるんだよ。」


「そうか、なら今度の講習でも習得が早そうだな。」


「今度の講習で____も?」


「そうだろ。だって、今日話したことについて質問する気配が一切無いから全部理解できたものだと。」


 そういえばすっかり忘れてた。突然の出来事にびっくりし過ぎて、今日の質問どころか、まるまる最初から頭に入っていない。


「そうだ、忘れてました!ありがとうございま……って勝手に帰ってんじゃねえーーーー!!!」


「いやいや、君意外と凶暴だったんだね。質問があったとしても今慌てて聞く必要はないよ。仲良くなれたから聞きやすいだろ?それに、どうせまたそのうち会えるから。」


「話しやすいとかそういう問題じゃねぇし、会えるとか言ったって来月じゃねえか‼︎……って遂に帰りやがった。」


 なんだか想像していた人間とはだいぶ違かったけど、彼と話せて良かった。何より、彼の素顔と言うべきか正体と言うべきかは分からないが、彼の本質を僅かながらだが除けた様な気がした,。


 日が沈み、辺りはすっかり暗くなっていた。昼にはにぎやかだったこの公園も、今は誰一人見当たらない。漆黒のマントを背負った夜という名の怪物は、全ての生き物に恐怖心を植え付ける。

 家までは遠く、5キロほどあるはずだ。その間に何度恐怖心は植え付けられるだろうか。心の底から歩いて帰って見せる。と思うことが出来るだろうか。国の中心部にあるこの公園から5キロ程遠くにあると言う事は、発展が乏しい町____田舎だと言う事だ。

 今日はもう遅いからどこか宿に泊まろう。しかし、あいにく講習会に来ただけで、あまり持ち合わせが無いものだから安い宿に泊まるしかない様だ。まあ一晩だけだから我慢するか。そう思った時だった。

[安い!広い!質が良い!ぼったくりホテル!]と、煌々と光り輝くとても良心的には見えない看板が、目の前に出現していた。

 そもそも彼らはぼったくりの意味を知っているのだろうか。だとしたら相当な商売下手だな。そうは思ったものの、月明かりだけが照らすこの暗闇の中、空きがあるやも分からない宿を探し求めて歩くなどとても愚かな事だと思った。それと今日は色々とあって疲れていたので、その宿に泊まることを決めた。

 今いる場所から真っ直ぐ進み、不安ながらも宿へと入って行く。

 中に入ると、入り口はとても狭いことが分かった。巨大なホテルの様に、エントランスと呼べる様なスペースは何処にもありゃしない。人が3人横に並んで歩けるか歩けないか位の広さで、廊下の様に正面へと真っ直ぐに伸びており、その先にいわゆる[チェックインカウンター]と、普通のホテルではそう呼ぶものがあった。

 カウンターには、僕より少し背の高い厳つい男がこっちを真っ直ぐと睨んでいた。なんか悪いことしたかなー?だとしたらそれを早く直さないと。そう思って、男が睨みつけている視線がもう一度見返す。しかし、ずっと睨み合っていたことに気づき、恥ずかしくなってしまった。男の視線は、若い少年が1人でやって来たことを怪しんでいるというよりかは、何か別のことに対して威圧をかけている様に見えた。歓迎はしているが、何か不満があって睨んでいる様に見えた。そう思った時、難しく考え過ぎたそんな疑問はわずか一瞬にして解ける。


「そんな狭いとこに突っ立ってんじゃねぇよ。こっちは早く終わらせたいんだ。どうでもいいてめぇの事に構ってる暇はねぇんだよ。!!」


「す、す、すいません!」


 爆音に匹敵するほどの男の怒号は一瞬にして沈黙を破り、一生懸命理由を考えた、男の睨みは、早くしろという意味のとても単純なものであった。機嫌を取ろうとして方法を考えていたことが逆効果だったとは。

 気を使おうとしてなってしまったこの恥ずかしい気持ちは、カウンターの男には分からないであろう。

 恥ずかしがって赤く火照った顔のまま、機嫌の悪い男がいるカウンターに向かってゆっくりと歩き出す。男からして鬱陶しいこの僕が、この宿に泊まる気だとわかってどんな恐ろしい反応をするのかと気になってじっくり眺めていると、こちらの予想とは裏腹に、彼の真の気持ちがそのまま写し取られたかのような和やかな顔をしていた。とそう思ったのもつかの間、男は見られていることに気がつくと、出会った時の表情へと逆戻り。先程の倍の音量で、恐怖で動けない僕を怒鳴った。


「早くしろって言ってんだよ。この暗闇の中、外に放り出されてぇのか?そうされたくなかったら早く説明を受けろってんだよ!このくそガキが‼︎」


「本当にすみませんでした!い、今すぐお話をお聞きします。」


 今までに出したことのないくらい速いスピードで、男に急接近する。男を改めて見てみると背はとても高く、常人にはないとてもがっしりとした体格をしている。こうして接近してみると、男を下から見上げるような形になる。さっきの安らかな気持ちは何処へやら、恐怖心は倍増して帰ってきた。

 男は、ようやく休めるといった安堵の表情を再び見せると、的確かつ丁寧に、効率良く説明を進めていく。僕に質問する隙も与えない。これじゃ、まるでさっきのロンドとか言うのとおんなじじゃないか。と思っていると、木で出来た棒を渡された。木で出来ている割にはとても新しく見えるが、これは何だろう。まさかその説明を聞き逃したか⁉︎。とも思った直後、呆気ない説明があった。


「鍵だ。」


「は、はい?」


「だから鍵だって言ってんだろ、何度も言わせんな」


「いえ、そう言う意味ではなくて。これって本当に鍵ですか?何かの間違いでは。」


「うるせぇぇぇ!!! 早く上行けってんだよ!」


「すいませんでした!!!」


 3度目の謝罪謝罪は、部屋に向かって階段を駆け上がりながら叫んだものだった。


「それにしても、いまどき木の鍵ってどう言うことだよ。まあ、こういう所でコストを抑えてるってとこかな。」


 部屋に着く前の廊下でぼそっと呟く。鍵に526と書いてある割には随分客足が少ない様子で、喋り声などが一切聞こえてこない。物音くらいは聞こえて来たっていいだろうに。これまたなぜ客がいないのにも関わらず、わざわざ階段で5階まで登らなくてはならないのだろう。

 値段を抑えているぶん色々と不便な宿だと思ったが、 一泊だけだから我慢することにした。

 階段を登ってからさらに長い廊下を歩き、ようやく526と書かれた部屋の前に着いてみると、扉は鍵の原料とは違ってしっかりとした金属で出来ていた。このケチくさいホテルのことだから、てっきり扉まで木材で出来ているかと思ったが、防犯上の問題はしっかりと考えているのか、さすがにそこはしっかりとしていた。それにどのドアの前にも、必ず防犯カメラが部屋に出入りする者を見張っていた。

 下のカウンターで受け取った例の鍵を鍵穴に差し込む。がしかし、回しても何も起こらない。今度は反対側に鍵を回してみるが、さっきと同じ反応だ。鍵は鍵穴にささりながらくるくるといつまでも回転する。てっきり鍵穴が壊れているのかと思ってドアノブを回して扉を思いっきり押してみる。すると金属で出来たそのドアは、キィキィと不快な音を出しながらもちゃんと開いてくれた。


「なんだよ。防犯上はしっかりしてるんじゃねえのかよ」


 度重なる問題発生にジワジワとイライラがつのりながらも、飛び込むように部屋の中へと入って行く。室内は、思ったより広いという訳でも、狭いという訳でもなかった。予想していた通りの、払った値段に相応しいくらいの、ちょうど僕がいつも過ごしている部屋くらいの広さだった。

 一つ予想と違うのは、


 入り口から狭い道を少し歩くと、ふわふわで柔らかく、早く横になりたいと思えるきちんと整えられた真っ白なベッドが、部屋の中央にどかっと置かれていた。


 とまぁこんな表現のできる展開を期待していたのだが

 ふわふわで真っ白なベッドは愚か、ベッドの影も形も見当たらない。奥にもう一部屋あるに違いないと思い、隠し扉を探すもののそんなものはどこにも見当たらない。代わりに見つけたのは、平行や垂直という言葉を知らないぐちゃぐちゃの布団一式だった。


 なんだこの宿は。いくら安いといったって、コストを抑えすぎやしないか。従業員にこだわりが無く適当に仕事をこなしているから、安いのか?もしそんな宿に泊まっているのだとすれば、食事の衛生管理は徹底しているのか気が気でしょうがない。もしかすると、ゴキブリをメニューに混ぜ込まれたかも知れない。食事は厨房の人に一言言ってから外の酒場で取るとでもしよう。


 そう思い、再び部屋の外へと戻ろうとして、鉄のドアノブを回してから力強く押す。しかし、扉は不快な音を立てただけでそれ以外は何も起こらない。


 もしかして内側から外へと出る時にもあの鍵は必要なのか?


 もしかしたらと思い、壁のフックに引っ掛けた上着から例の木の鍵を取り出してドアノブに差し込んで回してみたが、結果は先程と同じだった。


 何がいけないのだろう?もしかすると、古過ぎてどこか蹴らないと開かない的なやつか!?そうだとすると、部屋の外に出るだけで相当時間がかかりそうだ。


 フロントへ電話をかけることを決断し、部屋に常備しているはずの固定電話を探し始める。色々探してみると、お目当のものはなぜか粗雑に棚の中にポンと置かれていた。フロントのボタンを押して、受話器を上げた時だった。


「お客様、何かお困りでしょうか?私はこのホテルの支配人をやらせていただいております、アンドという者でございます。近くを通りました所、お客様のお部屋の方から玄関ドアに手こずっている様子が感じられたものですから、これはなにかお困り事でもあるのではと思いましてお声を掛けさせて頂きました。もし何かありましたら何なりとお申し付けください。」


「お、ちょうどいい所に来てもらっちゃったな〜。いやいやホテルの外へ外食に出掛けようとして廊下に出る所だったんですけど、どうやらこのドア開かなくて〜〜……何かコツのようなものってありますか?」


 古い宿で気分が落ち込んでいて、嫌なことだらけだと思っていた所に、さらに問題発生で、良いことがないとさらに落胆した所に現れた救世主。すごいタイミングに来て相手が誰だろうと嬉しかったので、質問する相手も誰だろうと構うことなく疑問をぶつける。


「お客様、当ホテルでは朝食から夕食まで全て宿泊代込みとなっております故、わざわざ寒空の下にお出になる必要はないかと。」


「い、いや、でも、その……心配で」

 

「と言いますと、お客様には当ホテルの食事が……」


「いやいや不味そうとかそういうわけでは無くて!」


「いえ、私は、『お客様には当ホテルの食事が少々足りないとお考えですか?』と申し上げようとしたのですが」


「いや、う、うんその通りなんだよ。だから少し外に出掛けようかと」


「なりませぬ、外には悪い輩があちこちを徘徊しております。もし遭遇すれば傷なしで帰る事は不可能かと。お客様にはそのような目にあって頂きたくないのです。どうかお部屋でお過ごしして頂きますようお願い申し上げます。」


「ははぁ、わかりました。そんなに言ってくれるのであれば中に居ます。」


「ありがとうございます、夕食の方はもう少ししましたら当ホテルのスタッフがお届け致しますのでお気になさらずにお部屋でお待ちください。」


「はーーーーい」


「それでは失礼いたします」


 敵に悟られぬようにして敵に助けられるとは、なんたる屈辱。しかし、まんまと部屋に閉じ込められてしまったものだ。この状況から考えるとやはりこのホテルで食事をとるしかないのだろうか。

 しかしよく考えてみると、さっきの支配人はこんな所で何をしていたのだろう。ここはホテルの最上階。それも階段からだいぶ離れた場所に位置する客間だ。こんな所に何か用があるとは思えないが、支配人は近くを通ってこちらに気付いたと言っていた。これだけ静かなホテルだ。もしすぐ近くを通っていたとしたら支配人が廊下を歩く音はしっかりと聞こえていたはず。

 ということは、少なくともこの部屋から割と離れていたことになるのだが、支配人が来たのはドアを開けようとするのをあきらめてから5分以上は経っていた。この部屋が離れていたのなら、5分も前に音がした場所を特定することは容易ではないはず。一部屋ずつ回って確認したのならそれは出来ただろう。しかし、そんな事をしていたらここに来るまで5分だけでは済まない。それに周辺の部屋で何度もそんな事をされていたら、普通に話している声が聞こえてきていただろう。しかしそんな事も無かった。という事は、彼は遠くで僕が鳴らしたドアの音に気付いて、真っ先に僕の部屋に来たことになるのだが。そんなことが可能であろうか。僕が彼が近くにいることに気づかなかっただけなのか。

 しかしひとつ気づくことがあった。もしこのホテルに僕の他に誰一人宿泊していないとしたら?もしそうだとすれば、遠くからでも僕がドアに手こずっていたのに気づく。だってこの階にいるのは僕だけだもの。考えてみれば、こんな簡易的なドアだもの。普通だったら内側からの喋り声が廊下にダダ漏れだ。でも階段を登っている時も、各階からの喋り声などは聞こえなかった。という事はやっぱりこのホテルに宿泊してるのは僕だけだ。それでもなお疑問は残る。だとしたらなぜこんな上の階に部屋を用意したんだ?このホテルのルールで、上の方から埋めましょうとかいう方針でもあるのかも知れない。でもそんなに客が来るとは思えない。このホテルの他にも泊まるところは沢山あるはずだし、それくらいホテル側も予想できるだろう。この状況は、なんだか僕が閉じ込められているかのようだった。


閃きというものは突然にやって来る。この世に存在するものの例えでその速さを表す事は出来ない。たとえどんなに速い光であってもその速さには敵わない。

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