秋の科学部
「やぁやぁ山崎くん、よく来たね」
いつもの挨拶をする部長は、憎たらしいくらいにいつも通りの笑顔を浮かべて僕を出迎えた。
ようやく涼しくなった秋という気候の中で、漫画にせよゲームにせよラノベにせよ、趣味に没頭するには絶好の機会だというのに、僕の足は科学部に来てしまった。
既読スルーとかするとガチ泣きするからな、この人……。
「で、今日は何ですか? ポテチでも食べるんですか?」
「山崎くんは私を何だと思っているんだ。そんなに毎日おやつを食べているワケではないぞ」
「ここに来る度に何か食べているような気がしますが」
「気のせいだ」
「で、今日は何を食べるんです?」
「やき――いや違う。今日はそういう話じゃないの!」
両腕を振り上げて怒っている。ただでさえ身長が150センチないのに眼鏡がズレて、おやつでも取り上げられた子供が怒っているかのようだ。
ちなみに、正直に言うと蹴られる。
「ふっふっふ、最近はご無沙汰だったけどね。いよいよ私の偉大なる新発明が火を噴く時が来たのだよ。まぁ私にとってはいつものことなんだけどね」
「いや、そんなに燃えてないですよね?」
「そんなことないぞ。いつだって燃えているとも」
「せいぜい三割ってとこですよ」
「……ごめん。何の話?」
「新しく作った発明品(笑)が爆発したって話では?」
「まだ爆発してないよっ!」
「まだ?」
「いや違う。爆発なんてしない。というか、今までだって三割も爆発してないよっ。せいぜい二割くらいだよ!」
大差ない。
「うんまぁ何でもいいんですけど、とりあえず今日は一体どんな発明品を見せてくれるんですか?」
「早く見てさっさと帰ろうとか思ってない?」
「思ってないです」
思ってます。
「まぁ、今回の発明にはちょっと自信があるからね。早く帰ろうなんて気は起らないと思うよ」
「部長はいつも自信満々ですね」
「ふふん、もっと誉めなさい」
いや、あんまり誉めてないけど。
「で、どんな発明なんですか?」
「山崎くんは、秋と言えば何?」
「さんまですかね」
「渋いな……いや美味しいけど」
「まぁ一般的には読書の秋とか食欲の秋とかですよね。あぁスポーツの秋ってのもありましたね」
「いや、いいよ。実にイイ!」
「えっと、何がですか?」
テンションの上がり方が少し気持ち悪いんですが。
「食欲の秋と言わずにサンマを上げる辺り、私に近いものを感じるね」
えー……。
「何で嫌そうな顔するの?」
「してないです」
社会不適応者の烙印を押されたくないだけです。
「ふむ、まぁいい。残念ながら今回のお題はサンマではない。焼き芋だ!」
「部長、焼き芋好きですもんね」
「そんな女性らしいだなんて、恥ずかしいじゃないか」
「言ってませんが」
思ってすらいませんが。
「こほん、まぁとにかく、今日は焼き芋を焼く」
「そうで――焼くっ? 食べるじゃなくてですか?」
「私も単に食べるだけの方が好みであるのだが、とある事情によりそうそう食べてはいられない状況になってな」
「あー……」
つまり経済的な理由だ。
「芋は台所からコッソリ持ってきた」
「お母さんに怒られないといいですね」
「大丈夫。テンプラは明日だと言っていた。明日までは怒られない」
だいじょばない。
「よし、では早速芋を焼こう」
「まぁ何でもいいですけど」
「科学の力でっ」
「科学の力でっ?」
何言ってんだこの人。
「イエス、アイアム!」
「またみょうちきりんな発明したんですか? というか、そんなお金があるなら素直に石焼き芋を買ってください」
「みょうちきりんとはご挨拶だね。しかし山崎くん、安心するといい。今回は一銭もお金を使っていない」
「ということは、ひょっとして」
昔に作ったガラクタを再利用するということだろうか。
まぁ温めたり熱したりという発明品がないわけではないし、備品と化している部長のおもちゃ箱の中にはドライヤーとか入ってるし、確かに芋の一つくらいは焼けるかもしれない。
うん、調理実習室でチンさせてもらおう。
「というワケで、今回の発明品はこちらになります!」
白いシーツをハラリと取り去る。
「ベルトコンベアー!」
「待てコラ」
どうやって焼くんだ。というか、何をするつもりだ。
「ふっふっふ、予想通りの反応で嬉しいよ」
他にどんな反応をしろと?
「……とりあえず説明を聞きましょう」
「うむ、山崎くんは大気圏というものを知っているかね?」
「まぁ知ってますけど」
「科学部の一員なら愚問だったね。そう、あのザクですら燃やしてしまう大気圏だ」
「あ、はい」
何だろう。嫌な予感がする。
「大気圏突入時の高温は空気との摩擦と勘違いされているけど、実際には高圧化による加熱なんだ」
「へぇ、摩擦だって思ってました」
「うむ、一つ利口になったね。で、本題はここからだが、つまるところ十分に加速して高い所から落とせば、ザクも燃える」
うん、ちょっと待って。
「えっと、大雑把すぎませんか?」
「実験というのはね、山崎くん。実践してこそ意味があるものなの」
「そういうセリフは理論を組み上げられる人が言うものですよ?」
部長は数学、というか算数、というか数字が苦手だ。アルファベットと同じくらい苦手だ。
「では始めるよ、山崎くん!」
「話聞いてくださいよ!」
「芋置いて、スイッチオン!」
多分お腹が空いているんだろう。
ベルトコンベアーに乗せられた可哀想なお芋はゴトゴトと動き始め――たと思ったら急加速して急上昇するとそのままジャンプ!
天井にぶち当たって当然の如く床へと落下し、二つに割れた。
トテトテと部長は近づいていき、割れた片方を手に取る。
「山崎くん!」
「何ですか?」
「焼けてないっ!」
そりゃな。
「当然です」
秒速十キロとは言わないが、マッハくらいのスピードは少なくとも必要だろう。そんなことを言ったらマッハで動くベルトコンベアーを力技で作りかねないので言わないが。
「な、何てこと……科学が敗北するなんて」
「いやいや」
負けたのは部長一人ですよ?
「このままでいいの? いや良くない! 科学が負けたままなんて許されるハズがない!」
「お願いですから科学を巻き込まないでください」
ハロウィンで仮装して出かけたら鬼は外と言いながら豆をぶつけられた子供みたいな顔をしている科学さんの顔が目に見えるようだ。
「でもぉ……」
「はいはい、今回は僕に任せてください」
そう言って芋を手に部屋を出て行くと、調理実習室で部活をしていた料理部にお邪魔してチンさせてもらった。
「美味しいですか?」
「うん!」
やはり食欲の秋である。