祈りと希(ねが)い……
「あぢぃぃぃ……」
日差しの強さにうんざりする。
10日連続猛暑日を通り越した街は、日差しのギラギラとした強さの上に、アスファルトやタイルからの照り返しの熱で、通りの向こうは蜃気楼のように視界が揺らいでいる。
白や黒の日傘を射した人が歩くものの、学生ではないようだ。
そう、この横で歩いている姉貴のように……。
「あぢぃぃぃ……」
「おい、こら‼女がそんなしゃべり方すんなよな。しかもどこのおっさんだ‼その格好は」
「ん?何かな?お姉様に対して、もう一度いってごらん?」
「姉貴。日傘を武器に使うな。ついでに日差しで溶けるって言ってたのは誰だ?」
「ギャァァ‼溶けるぅぅ……スライムならいいけど」
とろくさい姉貴は折り畳むのに時間がかかる上、逆も同様。
俺は、頭を押さえる。
姉貴はアホである。
いや、昔からだ。
「で、姉貴。またモンスター探すのか?」
姉貴は最近のゲームにはまっているが、出歩けない。
「外で働いている人々には申し訳ないのですが……一言。私は、昼間出歩くと、溶けるのですよ」
「一言じゃねぇ‼一行。一文だ!それに、俺も外で働いてるだろ‼」
「だから、申し訳ないのですがってつけたやろ。それに、姉ちゃん。暑っ苦しい弟より、可愛い弟が良かったです」
「体力仕事だっての‼」
「テレビ越しでオリンピックとか高校野球とか見てて、おぉっとか思うけど……真夏で汗かきながら自分がやってると思ったら、地獄……いやいや。自分が暑苦しいのと、日差しでくらくらなのと、何で夕立も降らんのか聞いてもえぇ?」
「俺に聞くな‼」
本気で頭が痛い。
これが、俺の姉貴か?
まぁ、10年ほど前までは、血走った目をしてバイトやパートを掛け持ちしたり、職場を転々としていた。
あの頃は近いようで、話もしない存在だった。
今日は久しぶりに会ったのだが、どうみても『夏バテ』の姉貴が、
「行くぜ‼」
と歩き出した。
しかも、このうだるような暑さの中、サングラスではないが眼鏡にマスクまでしている。
「何でマスク……」
「風邪ひきやすいから。と言うか、熱はあるけど……」
「休めや‼」
「下がったし、どうしても行きたいからさ」
と向かったのは、姉の家の近くの神社。
「何かあったっけ?」
「……広島、長崎の原爆投下、日航機墜落事故から31年……それと、15日は71回目の終戦記念日……手ぇ合わせな。どこも出んつもりやし」
「……」
日傘をたたみ、手を作法通りにゆすぐと、階段の端を登っていく。
その横を歩こうとしたら、
「いかんで。中央は神様の通る道や。端を歩かな」
「姉貴が転ぶよりえぇわ。神様も許してくれらい」
返す。
そして、お社に参拝して帰ったのだが……鳥居をくぐったとたん、ヘロヘロになる。
「大丈夫か?」
「いかん……もう心身疲労困憊……寝込んでエエですか?」
「その前にマスクつけるな‼息苦しい‼暑苦しい‼」
「暑苦しい弟に言われた。もういい……何とか、這ってでも帰る」
拗ねた口調に笑うのをこらえつつ、示す。
「……なぁ姉貴、そこの店でアイスでも食べるか?」
「やったぁ‼行く‼」
「やっぱり姉貴は食い気か……」
「うるさいなぁ……本当はかき氷が食べたいんよ。あの有名な隣の市のお店で、いちごミルクを所望する‼」
「片道一時間かけて行くんか?嫌やな」
腕を組むと、姉貴は吸血鬼か夜間に徘徊する、昼間は生きられない何かのように日差しを嫌そうに見つめつつ、
「6月には完売しとるわ。いちごは。他のはあるけどな……うぅ、暑い」
「ほんなら、行くか」
姉貴を促し、喫茶店の扉を開けた。
八月は暑い……。
でも、こんなに悲しい思いを繰り返し、祈りと望み、希う日々を繰り返し訴えていても、人々は平和を望まないのだろうか……。
終戦から71回目の平和を祈る日……戦争で苦しんで悲しんだ世代の人々は、必死に語り部として、ボランティアとして苦しい胸のうちを伝えても……戦争は終わらない。
先日、長崎で、ある写真に写っていた少年の身元が判明し、妹さんが、
「兄さんの遺影です」
とテレビで言っていた。
71年も家族を探す……本当に、切なく辛いこと……。
何時かは平和が来る……。
そう思うのは、間違いなのだろうか……。
蝉の声と共に思うのは暑い八月は、平和と命の尊さを心に留めておきたいと思います。
一人でも戦争や紛争で失われる命が救われることを……祈りたいと思います。