7.儀式
二日目 10時45分
四条と照冶は七森が屋敷にいない事に気付くと、すぐに神域へ向かおうとした。
しかしまず村の老人に足止めされたのだ。
家を出るな、出れば祟りがあると。
しかし、行かなければ七森と結菜は人柱にされる。
気は咎めたが、実力行使で突破することを選んだ。
その後、ライトが無いことに気付いた照冶が屋敷に取りに帰るなど時間を取られ結局神域についたのは11時を過ぎていた。
頂上付近に篝火が見える。
「あそこだな」
「ですね」
「―――儀式の時間に心当たりはあるか?」
「全く分かりません」
「だよな。いや時間に指定があるようなことはどこにもなかった。準備が出来次第とかいう曖昧な物かもしれない」
「急ぎましょう」
そう言って照冶が走り出す。
少し遅れて四条も走りだすが、ここで体力に差が出た。
「先に行け!とにかく止めろ!!」
「はい!」
ライトを二つ持ってきて正解だったと、四条は自分の体力の無さを嘆く。
室内労働者の宿命か。
照冶は慣れた道を楽々と登って、あっという間に神域まで来る。
その時には、結菜も七森も気を失いぐったりしして、社の前に寝かされていた。
「父さん!!」
「―――照冶か?」
「本気なのか?人柱だなんて!」
「アシノ様のしるしが出たのだ。これは仕方のないことだ。お前にも分かる」
「分からないよ!昔は人柱でも今は殺人だ!絶対止める!!」
「若長、これは本当に仕方のないことで!」
「祟りが起こり始めてからでは遅いんだ!」
周囲の村の老人たちが叫ぶように言う。
「祟り?―――至る所に干からびた死体が、って奴か?」
「照冶!?何故それを?」
「その反応を見ると、本当らしいな」
やっと息を切らしながら四条がやって来た。
「四条先生!」
「よそ者が!祟りの恐ろしさが分かるものか!!」
「いーや、あんたの爺さんが御丁寧に残してくれていたぜ。―――後の世のためにってな。あんたの祖先は優秀だよ」
「とにかく儀式の邪魔はさせられない。このままでは多くの死人が出る」
「そして繰り返すのか?旱の度に。こんな事を!!」
「しるしが出れば仕方ないのだ」
「あんたはバカだ!!!」
四条は叫んだ。
頭の中は沸騰寸前だ。
「今二人を殺して、祟りをしのいで、次にまた日照りがあったら今度は照冶に殺人をさせるのか?、もう必要のない人柱のための殺人を、息子や孫に強いるのか!!」
「しかし、これ以外に方法は――――」
「本当に無かったのか?ただ漫然と先代の言う通りに動いただけじゃないのか?その方が楽だもんな。例え内容が殺人であっても仕方ないを言い訳にすれは通ると思ってるのか?―――探したのかよ!祟りを解消する方法を!!探したのかよ!アシノ様を止める方法を!!」
四条の言葉に、既に言い返せる言葉を村長は持たなかった。
確かに、探しはしなかった。
ここまでくれば四条のペースだ。だてに言葉を仕事にはしていない。
「外の神社や寺に相談のしてないのか? ただ大丈夫だろうって旱が来てどうなるのか様子を見てたってのか?」
「外に人柱の事など相談できることではない!!」
「それは人を殺すより、出来ないことなのか!!!」
村長は四条の言葉に、拳を握り怒りのあまりその拳が震えている。
もう少し押せば、崩れる―――四条がそう思った時だった。
『人柱を建てよ』
初めは四条にもどこから聞こえるのか分からなかった。
「今のは?」
「女の声だった…よな?」
周囲の村の老人たちもざわめいている。
『人柱を建てよ』
村長の後ろだった。
正に幽鬼の様に、立つ女。
白帷子は血まみれで、髪は乱れ顔の半分のを覆っている。
「ひぃィ―――」
地に平伏す老人たち。
「本当に出やがった……」
四条もさすがに冷や汗が流れる。
照冶も顔は固まってはいるが、しかし目の方はしっかりと出現した祟りの元凶を見据えていた。
「あんたが「しの」か?」
四条の問いかけには答えない。
『人柱を建てよ。雨が降らねば村が滅ぶ』
「滅ばない。人は雨に頼らないシステムを作った。もう人柱は必要ない!」
『人柱を建てよ』
それをひたすら繰り返すしの。
いや、しのの残滓。
そして人柱を建てることを阻止しようとする四条に、しのは近ずく。
後ずさろうとした四条は周囲を囲まれていることに気がついた。
血まみれの娘たち―――しのの後に人柱にされた娘たちだ。
しのと同じ白い経帷子を血まみれにして、恨みの形相で四条を睨んでいる。
「ちっ―― 数が多いな」
「し、四条先生―――」
さすがに照冶にも、怯えの色がある。
しかし、しのには表情が無い。
姿形こそ恐ろしいが、しのには恨みの色は無かった。
しかし当面の敵はしのなのだ。
その、しのが四条達に近づいてくる。
四条はもう一度舌打ちをして、七森の方へ走った。
「おいっ、このバカなに大事なところで寝てるんだよ!!」
抱き上げて揺さぶるが、目覚める様子は無い。
しのはその様子を見ているのか見ていないのか、四条の居た場所に近い照冶に視線を向ける。
『人柱を建てよ』
「し、しのさん。人柱は建てないよ。もう必要ないんだ」
照冶は声も震え、手足も震えていたが、それだけはと言いきった。
「人柱は、もう必要ないんだ。君が村を守ってくれている間に、人は旱に勝つ力を持ったんだ―――君はもう人柱を建てなくても良いんだ」
『人柱を――― 』
「必要無いんだ!!」
そう叫ぶ照冶だったが、周囲には恨みのこもった血まみれの娘の霊。
正面にはその元凶しの。
次第に周囲の娘たちの霊が四条と照冶に近づいてくる。
「し、四条先生―――」
「――――仕方ない。社を燃やすぞ」
「えええっ!!そんな事をしたら!」
「この娘たちはあそこに祀られていた。運が良ければ解放されるだろう。後は外から坊主でも神主でも呼んで来て新しい社なり祠なりを建立しろ」
「運任せ?!」
「人生そんなもんだ」
そう言ってポケットからライターを取り出そうとして、周囲には篝火が焚かれていることを思い出す。
それに近づいてちょうどよく火の点いた木片を取り出す。
「四条先生!?」
『人柱を建てよ』
今度はしのは四条の前に現れた。
社を守ろうとしているのかもしれない。
しのは四条の首を絞めるように腕を伸ばす。
透けて見える程のしのだったが、確かに四条の首は閉まっていった。
「げ… 嘘だろ――… 」
「四条先生!!」
照冶が四条に首を絞めるしのを止めようと、しのに触れた。
その時、しのに初めて表情が現れる。
驚いている。
しのの手が緩んだ隙に四条はしのの拘束を逃れた。
今度こそと社を燃やそうとした時。
「止めて――――!!」
今度は七森だった。
「やめて。やめて、そこにはしのさんが大切に大切にしていた櫛があるの!」
「御神体の事か?しかし七森。止める前にまわりを見ろ」
七森はここで初めて血まみれで恨みの形相で立っている娘たちを目の当たりにした。
それでも七森は叫び声を上げなかった。
「だめ、それは本当にしのさんが大事にしていて、その後も照太郎さんが大切に守って来たものだから!!」
『照太郎――ー様―――』
それはしのの口から出た言葉だった。
「そうよ、しのさん!その人は照太郎さんの子孫なの!」
「おい七森どう言うことだ?!」
「しのさんの思い人は、当時の村長さんの息子さんだった。しのさん!その人は貴女の守ろうとした人の子孫なんだよ!!!―――しのさんはその人のために村を守ろうとしただけなの!村を守っていたんだよ、今の今まで!!」
『照太郎様――― しのは――しのはあなたのために村を―――』
「しのさん… 村はもう、大丈夫だ。――――ほら、見えるかい?篝火だけど少しは見えるだろう?水田は稲が豊かに育っているよ。今年は確かに旱が続いているけど、水は他からもらってきているんだ。―――今までありがとう。もう、村は大丈夫なんだ―――」
『照太郎様――― しのは、しのは照太郎様のために村を――――」
「ありがとう。本当にありがとう。でももういいんだ。もう大丈夫なんだ。ありがとう―――」
「しのさん!しのさんを、照太郎さんも大切に思っていたんだよ!しのさんの櫛を大切に大切に子孫に受け継がせていたのは照太郎さんなんだから!!」
しのの片方しかない目から、涙がこぼれる。
『もう、しのは守らなくても―― いいのですね』
しのの姿が、次第に変わる。
血まみれでざんばらだった髪は、最後に櫛で丁寧に梳った美しい状態に。着物にも血はついていない。
その姿は人柱に立つ前の、美しい娘だった。
しのに追従するように、他の娘たちも姿が変わる。
「しの。他の娘たちも。もう村は大丈夫だ。今までと同じように祀りは続けるから、今度は静かに眠ると良い。もう、しの達を起こすようなことはしない。村は大丈夫だ。大丈夫なんだ」
『照太郎様――― お慕い申し上げておりました―――』
「しの―――」
しのは最後にそう言うと、次第に姿は薄れ、静かに静かに消えて行った。
「しの…」
そして気がつくと周りにいた娘たちも―――
「しのさんは、ただ村を守っていただけなんだよ」
「何で今まで寝てたお前が分かるんだよ」
「ただ寝てたわけじゃないもん!!」
「そうです。しのさんは守っていたのです、この村を」
「結菜さん!」
七森の隣で意識を失っていた結菜が目を覚ましいた。
その頬には涙の跡がある。
「結菜さん―――」
「でももう、しのさんは現れないと思います。納得して眠って行きました。今度こそ、静かに…」
「これで…… 終わったの、か?」
いまにも社を燃やそうとしていた四条としては、判断に迷う。
「四条先生。社はどうかそのままに。今度は僕が守りますよ、しのさんを。―――代々しのさんの眠りを守ります」
「――――そうか。――――――そう、か」
「父さん、ほら帰るよ。木下のじいちゃんもホラ!」
そうやって照冶と結菜で老人たちを立たせて歩かせる。
「四条先生、帰りましょう。もうここには祟りは起こりません」
「ああ。――――ああ、そうだな」
「ちょっとだけ待って!」
そう言って七森は社に手を合わせた。
慌てて結菜がそれについて行って、同じように社に手を合わせる。
二人は長いことそうしていたが、フッと力を抜いて戻って来た。
「じゃ、帰ろっか」
「お前―― じゃってなんだよ、簡単に拉致られやがって!」
「え―私のせい―?」
「ああ、全部お前が悪い!」
四条は思いっきり七森の尻を叩いた。
「ぎゃあ、このセクハラ作家!!」
「おら、帰るぞ!」
「待てこら、訴えるぞ――ー!」
騒がしく一同が神域を出る。
もうそこには、何の気配もなく、ただ静かな森があるだけだった。