5.日記
二日目 午後1時30分
4人は、昨日照冶が探していた曾祖父の日記を、再度探してみることにした。
昨日は照冶が一人で探したため、効率が悪く探しきれなかったのだ。
「おそらく、その日記が見つかればもう少し何か分かると思うんだが……」
「でも本当に人柱なんて――」
「それが分からないから探すんだ。おそらく照冶さんの曾祖父と言う人は、いや代々の村長は知っているはずだ。きっと照冶さん達の父親も御爺さんも…」
「―――まさかそんな」
「おそらく照冶さんもある年齢が来たら聞かされることになるんだろう。……そうでなければアシノ様のあの信仰の度合いは説明がつかない。昔人柱があった、あの櫛の持ち主だ。その祟りを恐れ代々の村長がその娘の霊を祀る。それがアシノ様信仰の姿なんじゃないのか?」
そこまで言って、四条はふと考え込む。
まだ、引っかかる。
「いや、それだけじゃない――それだと『しるし』が出るのは何故だ?」
四条は答えを期待して話しているのでは無かった。
自分の考えをまとめるのだ。
七森はそのスタイルを知っているので黙って日記を探すが、照冶と澄水は顔を見合わせる。
「しかも、――日照りと『しるし』の関係が分からん。娘が生贄にされたのが旱魃時の雨乞いのためだった? いやそれでも説明がつかない。そもそも人柱の伝説とアシノ様は同一のものなのかもまだ分からない――」
四条は口を動かしながらも、きちんと手を動かして日記を探している。
蔵の中は雑然としていて、まさしく玉石混合の状態だ。
「七森、他に何かヒントになりそうな情報は無かったのか?」
「うーん、残念ながらその位です…… 資料自体の量は多かったんですが、曖昧すぎて何が何だか」
七森が考え込んだその時だった。
「ありました!! 多分これです。曾祖父の日記です!」
◆
二日目 午後3時45分
「ああ良かった。早く読みましょう!」
七森は蔵の中が暑かったのか、Tシャツをパタパタと浮かせて風を入れている。
どう見てもおっさんである。
「お前それやめろ」
煙草に火をつけながら四条があんまりな姿に文句を言う。
「えー 何でですか、暑かったじゃないですかー」
「オヤジ臭い」
「えええ!! 御年頃の乙女に何言ってくれるんですか!!!」
今は照冶と澄水は、あまり暑かったからと麦茶を取りに言ってくれている。
初日に来た応接室で待っているところだ。
テーブルの上には色あせた日記が十数冊。
パラパラと中を見た限り、読めないことはなさそうだ。
しかし、冊数も多い。
これを今から4人で分担して読んで行かなければならない。
しかも曾祖父と言う人は達筆だったらしく、崩して書いてある個所も多い。解読に時間がかかると厄介だ。
「お待たせしました。麦茶とスイカ持ってきましたよー」
「うっわぁ美味しそー 大きいー」
「これもうちで取れたんですよ。甘いですから試してみてください」
「ありがとうございます。ちょうど甘い物も欲しかった所です―」
「いろいろすみません」
すいかけた煙草を消して、四条は照冶に礼を言う。
「それはこちらの方です。これからこの…」
と、小さな山を作る日記を見る。
「これを一緒に読んでもらわないといけないんですから」
四条はこれには苦笑で答えた。
彼には文章を読むのを苦と思ったことがない。
しかし照冶の様な、日頃から本に馴染まない者には苦痛なのだろう。
スイカをしっかりと、お腹に収めた4人は黙々と解読作業に入った。
確かにこれは読書ではなく解読だった。
さすがの四条も苦戦する個所もある。それでも解読ペースは彼が一番早かった。
次は、さすが編集と言う所で七森だった。
澄水も現役大学生として負けるわけにはいかない。
照冶に関しては戦力として見ない方がよさそうだった。
いい加減目が疲れたと言うように、四条が目の周りをマッサージを始めた頃には、照冶はすでに夕食の準備に席を立っていた。
「確かに、アシノ様の祀りに関する事項が多いがなかなか謂れまで書いていないものだな…」
「ホントですねー。うーんでも書くんならいつ頃書きますかね?最初かな?」
「いや最初は俺が見た。村長になる前だった」
「じゃ村長になった時?」
「それを見た人は?」
誰も反応しない。
「じゃその頃を探せ」
「はいっ」
元気良く返事をした七森。
その七森をフッと見た四条の表情が硬くなる。
「って、お前その首―――」
四条は七森の首もとを指す。
「え?」
「いや――――!!!」
悲鳴を上げたのは澄水だった。
「え?なに?なに?」
「お前、首に―― 首に、湿疹、だ」
「ええ―――――!!」
「どうしたんですか?! 」
照冶が慌てて入って来る。
そしてタイミング悪く――良いのか悪いのかまだ四条には判断がつかなかったが、照冶の家のものと思われる男性が二人一緒に入って来た。
「――お嬢さん、それは――?」
「え?ホントに湿疹?ホントに??」
「七森さん、何時から――?!」
四条はとにかく七森を洗面所に連れて行って自分の首もとを見せた。
「――――――――!!!」
それを見た七森はさすがに言葉にならなかった。
この時四条は、昨日の老婆の言葉を思い出した。
『 一刻も早くこの村から出た方がいい
『しるし』は一度出れば続くことがある 』
これは四条の責任だろうか。
あの老婆の言葉を軽くとらえていた彼の。
Tシャツをパタつかせていた時には無かった。
本当に今、出たのだ。
これで本当に逃げると言う選択肢は無くなった。
「四条先生――― どうお詫びしたらいか―――」
「詫びはいらん。解決するぞ」
「―――はい」
照冶にそう言って、七森は澄水に任せた。
彼はとにかく日記を解読しなければならない。
◆
二日目 午後9時20分
応接室には四条と照冶が解読作業に励んでいた。
七森は澄水と夕食を取っているはずだ。今日はもう休むように伝えていた。
探し始めてもう5時間以上になる。
「あった…… これだ」
四条の呟きに照冶が反応する。
「本当ですか!」
「ああ、村長になって一年位だな。やはり先代から聞かされたようだ――ー読むぞ」
「お願いします」
「――― 父や祖父にも、この祟りの始まりは何時の事かは分からかった。しかし事実であることは確かのようである。この時勢であり自分にもいつ何事が起こるかは分からないため、後の世のためにこれを残す――ー そうか戦前、いやその前の戦時中に、この日記は書かれたのかもしれんな」
四条は、無意識に落ち着こうと煙草に手を伸ばしそうになるが、持っているのがこの世に二つとない物であったため自重する。
「事の始めは、嘗てない程の旱であった。草木枯れ果て、川は干上がり、人は飢え死人の出る飢饉があった。この時、娘を人柱とし雨乞いの儀式となす。この儀より降雨あり、多くの人々が生き長らえた。しかし、この後より旱の度にその娘の霊が現れ印を残す。印のある娘を捧げねば恐ろしき祟りあり。其は至る所にて干からびた死体となる村人あり。其は娘を捧ぐるまで続く――――ー これ、か…… これがあの老婆の恐れていた祟りか」
「で、では結菜さんと七森さんは……」
「待て、続きがある。―――初めの生贄は、神は一つ目を好むとの伝承より、「しの」と言う片目の娘とした。人柱とした後は石碑を立て、しのの霊を慰めるも治まらず、社を建立し、しのの後に生贄にされた娘と共に祀るものとする。社にはしのの持ち物である櫛を御神体とし、この神の名をしのの名を取り『亜しの様』とする――ー そうか。「亜」には貴い人の墓と言う意味もある。「次に」との意味も含め「亜しの」なのか……」
「四条先生続きは? 肝心の祟りの収め方は?」
「あ、ああ―― 祟りを鎮めんとする方法は印の娘を捧げることのみであった… で、え?ここまでか?」
「そこまでなんですか?!印の娘は?!」
「待て―――――」
四条は得意の速読でその先を読んで行くが、一度印がついた娘を助ける方法は無い。
「う… 助ける方法は書いて無いが、タイムリミットは書いてあるぞ。痣が首を一周するまで――って、結菜さんは…… 昨日会った時に明日には繋がりそうだと―――」
「四条先生!!」
「このままだと、少なくとも結菜さんは今晩――― 生贄にされることになる… しかもよそ者を痣が一周するまで待ちはしないだろう。七森もきっと一緒に――――」