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1.手紙

今度こそちゃんとしたホラーです。よろしくおねがいします。

※分かりきったことなのですが、このお話はフィクションです。検索したらこのお話に出てくる地名と実際の地名に同じものがありましたが何の関係も、ほんっとにひとかけらの関係もありません。



 起点 1日目 9:35





 1LDKの安アパート。

 中は煙草に臭いが染みつき、雑然として足の踏み場もない。


 この部屋は玄関からすぐにLDKが見える作りになっているのだが、見える範囲ゴミや雑誌。コピーの束や分厚い書籍などが一見乱雑に置いてある。

 しかもこの部屋はLDK。本来は食事をしたりテレビを見たりするくつろぎの空間であるのだが、この部屋の主、四条太一郎(しじょうたいちろう)にとってはくつろぎの場ではなかった。


 彼は自分のスタイルである、床にちゃぶ台を置いてどっかり座った姿で眉間にしわを寄せパソコンと睨み合っている。

 もう数時間になろうか、全く動かない。


「くっそ…」


 小さくつぶやくと、全く進まない仕事にいらついた様に立ち上がる。

 築30年のアパートの床はギシリと文句を言った。

 クーラーの音がうるさい。外はきっと今日も真夏日だろう。


 アイスコーヒーを作り再度パソコンの前に座る。

 書いては消し、作業は遅々として進まない。


 四条は小説を書くことを生業としている。主に伝奇やホラー小説。サスペンスと言ったジャンルの物が多い。彼は調子のいい時は多筆で、出版数も多くそれなりに人気もある作家である。

 しかし書くペースにムラがあり、書けない時はなかなか書けない。

 スケジュールがつかめないと言う担当編集者泣かせの作家であった。

 今も、つい昨日やっとの思いで書きあげた原稿を渡した途端次の依頼が入ったのだ。

 通常、少しは休養期間をくれるのだが、前回渡した原稿は散々待たせた結果のものであったための意趣返しであろうか。



「四条センセー、進んでますかぁ」

 元気のいい声でベルも鳴らさずには行ってくる女性は七森夏樹(ななもりなつき)(くだん)の担当編集者である。


「進んでる訳ないだろう。昨日の今日だぞ」

 四条は不機嫌を隠そうともしないで言う。視線も向けない。


「だって四条先生、前回の原稿何か月待たされたと思ってるんですか。編集長にいい加減にしろって私何回怒鳴られたと思います?」

「しるか、どうでもいい」


 四条は元々外面は良い方である。そうでなければ取材なんかできない。

 しかし彼女は別だった。この若い編集者をからかっているのかぞんざいに扱うし、困らせることもする。

 だが七森の方は全くと言っていい程、物怖じせずに距離を縮める。

 彼の方も不快には思っていないようで、七森を遠ざけようとはしなかった。


「何か書きたいネタとかあったら資料集めますよー」

「そのネタが欲しいんだよ」


 今日一日パソコンの前に座っていたが、これと言った物が思いつかなかったのだと不機嫌に言う。

 

 

「うーん、まぁそうだろうなぁと思って、ちょっと面白そうなものを持ってきました!」


 じゃーん、と擬音語がつきそうな程に得意気な顔をした七森が取り出したのは、一通の手紙だった。


「手紙?」

「はい。いつもの、四条先生へのファンレターの中の一通なんですが、中身をチェックしていたらちょっと面白そうだったんで先にこれだけ持って来たんです」


 そう言って手紙を四条に手渡す。

 四条は丁寧な字で書かれた宛名と、裏の送り主の名前や住所をチェックする。


「面白そうなネタ、ねぇ」


 送り主は男性で、住所はここから車で二、三時間はかかるのではないだろうかと言う山奥だった。

 七森は早く読んで読んでと言いたそうに四条を見ている。

 尻尾があれば思い切り振っていそうだ。

 四条は面白くなさそうに手紙の封を開ける。


 何の装飾もない白い便せんに、達筆な文字で拝啓と季節のあいさつから入る手紙はとても丁寧なものだった。



 神経質なほど丁寧な字で書かれた手紙を四条は目で追って行き、次第にその表情は真剣な物になる。

 二枚目になる頃には、今日考えていたプロットは既に彼の頭には無いようだった。


「おいこれ…」


 七森はどうだ!と言わんばかりに得意気な表情をしている。

 四条にはそれが少々気に入らない。

 もう一度手紙に視線を戻す。消印を見ると一週間ほど前に投函してあった。


「取材の準備は出来てんだろうな」

「もっちろんです!」

「この手紙の差出人とのコンタクトは?」

「さすがにそれはまだです。だって四条先生行くって言ってくれるかわかんなかったし。でも電話番号は調べてあります」


 っち、と舌打ちをして四条は床から立ちあがった。

「このタイミングでこのネタ。断れね―だろうが」

「じゃぁ電話してアポ取ってみますね!」


 七森は元気にスマホを取り出すのを四条は黙って見ていたが、いかにも面倒だと言いたげに取材の準備を始めた。


 現時刻は午前10時。昼夜逆転している彼には辛い時間だったが取材となれば仕方がない。


「四条先生っ 今日の午後OKだそうです!早く来てほしいと思ってたって言ってました。夜遅くなるようだったら自分の家に泊っても良いとまで言ってくれてますよっ」

「……そうか」

 確かに今から出発したら到着して話しを聞いたらもう夕方にはなるだろう。


「そんなに焦る事なのか……?」

 呟くように言った四条に、七森も表情を改める。

「確かに焦っているように感じました。……その手紙の内容がホントだったら確かに焦りますよね」

「車は?」

「すぐレンタカー行ってきます!!四条先生は準備しておいてください。場所も確認してあるんで私運転します。四条先生また夜は寝てないんでしょ?」

 

 図星をさされた四条は、返事はせずに追い払うように手を振る。


「さっさと行って来い」

「はぁい!」

「ついでに朝飯!」

「もうすぐお昼ですよー 経費で落とすので途中でおいしい物食べましょー」


 そう言って七森はバタバタと部屋を出て行った。


「台風かあいつは」


 げんなりと言う彼の表情は楽しそうだった。





 ◆


 


 

 七森は安全運転だった。それもあって四条は車中ではゆっくりとまでは行かなくとも睡眠は取れた。途中で食べた蕎麦屋も、二人ともに満足する味だった。

 しかし、昼食を食べてから既に2時間以上経ってもそれらしい場所につかない。


「まだなのか?」

「後30分位だと思います。地図で見たより道は細いし走りにくくて」


 確かに既に道路はアスファルトではない。

 彼が目覚めたのも、車の揺れが変わったからではなかったか。


「確かに随分山奥だな」

「この辺の人って、買い物どこにいくんでしょうねー」

「今の時代、例え村だろうがコンビニくらいあるだろう」

「だったら良いんですけど。何だか本当に出そう(・・・)な感じになって来たなぁ―と」

 七森らしくない弱気な発言だった。

 四条はわざと茶化すように返す。


「ホントに出てくれたら、いいネタになるよな」

「いやいやいや、私ホンモノは苦手ですからっ ゴエンリョ申し上げますっ!」 

「お前それでもホラー作家の担当か」


 呆れたように言う四条だったが、確かに妙に薄暗い。

 さっきまで晴天だったのにうす雲が出てきた。そのせいかもしれない。

 早めの昼食を取ったのが1時間ほど前だ。暗くなるはずはない。


「案外、ホンモノかもしれんな」





 結局、七森の車が目的地の赤水村に着いたのは午後3時より少し前だった。






「村の入口でまた電話する事になっていたんですけど… 圏外…ですねぇ」

「ありえねぇ… 俺も圏外だ。この時代に携帯が使えない所に人が住んでるとか…」

「あ、あそこで電話しろってことだったんですよ! ほら公衆電話」

「うわ、電話ボックスとか久しぶりに見たな」

「四条先生は、お日様の光自体久しぶりでしょー 普通あれだけ昼夜逆転してて外出しなかったら近所の人から不審者かと思われますよー」

「いいんだよ、夜の方が筆が進むんだ」

「まぁ、ほらー作家ですもんねぇ」


 七森は何が楽しいのかクスクス笑いながら電話ボックスに向かった。





 ◆





 電話してから10分も経たないうちに、白い軽の四駆がやって来た。


「四条先生でしょうか。申し訳ありません、突然あんな不躾な手紙を送ってしまって」

 そう言いながら出てきたのは、四条が思ったより若い青年だった。おそらく30歳にはならない位の年齢は、彼の読者層を考えると妥当なところだろうか。


「はじめまして。四条太一郎です。私の方こそ急な取材を受けてくださてありがとうございます」

「あ、私は担当の七森と言います!」

「僕は水無照冶(みずなししょうじ)と言います。こちらこそ、こんなに早く来ていただいてありがとうございます」

 そう言って水無が深く頭を下げるのを、四条が止める。


「有難いのは私共の方かもしれません。詳しい話を聞かせてもらえますか」

「はい。……とりあえず家の方にでも来られませんか?曇ってきたとはいえまだまだ暑いですし」

 確かに二人にとっては確かにありがたい申し出だった。

 二人がうなづくと、水無は自分が先導すると言って車に乗り込んだ。


 続いて二人も車に乗り込む。

 この時四条が車のドアを持って、一瞬動きが止まった。


「? 四条先生?」

「ああ、いや。このままついて行って良いのかちょっと考えていた」

 そう言いながらも外の暑さには勝てず車に乗ってエンジンをかける。


「水無さん、もう行っちゃうので追いかけますよ?」


「ああ。……しかしこれでもう後戻りは出来ないってことだな」



 


 鬱蒼と生い茂る森。

 耳鳴りかと思う程の蝉の声。

 濃い影を作る陽射し。




 

 それはどこの田舎にもある、普通の光景のはずだった。






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