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第一章 第九葉 王子様の花嫁選び

皆様、奇跡の薔薇ことクラーネ・フォン・セレファイスです。


さて今夜は殿下主催の往生での夜会ですの。

名目は第一王子フリードリヒ殿下の22歳の誕生日における花嫁選び公式開始祝い。

そしてその実情はお酒を呑んだり踊ったりしたいだけ、

あわよくばお相手を見付けたい未だ婚約者もいない行き遅れを含めた若年貴族たちの集まりと、

その保護者として参加する名目で各家の情報を入手しようとする狡猾な当主たちの集まりと言えば宜しいのでしょうか。


そして舞踏会の華と言えば、名門中の名門の血統であり、

そして美中の美、咲き誇る華の女王薔薇の姫ことこの私、クラーネ・フォン・セレファイスなのですわ。


普段の私服のドレスよりも一層華やかな衣装を身に着けるも、

その真紅と金の装飾で彩られたドレスをしても私自身の豪奢な美には釣り合っているかどうかも判りません。


私が入場するのを告げる声と共に周りがざわつくのが解ります。

並みの美人なら三日もすれば慣れるでしょうけれど、私、()の美人とは違いますので。


でもそれもいつも通りの事。

恐らく私より美しい者もおりませんし、王陛下主催では無く名目上だけでもフリードリヒ殿下主催なので、

各家とのパワーバランスよりも本人の欲求のウエイトが親同士の判断による見合いよりも重くなるでしょう。

殿下のお相手はこの私で決まりかしら。

王族であればこのクラーネ・フォン・セレファイスにも相応しくて問題は無いのではないでしょうか?


そう思いながら殿下に歩みを進めて行くと丁度殿下も私に気が付いたようでした。


「ご機嫌麗しゅう殿下。

今夜も赤滴の月が麗しく、殿下の誕生した日を祝福しているようでございます。

一曲目のお相手を仕る光栄はこのクラーネ・フォン・セレファイスにお与えいただけますか?」


「ああ、今日も紅い血の滴る良い月だ。きっと各地で月の加護が顕れている事だろうね。

…それにしても意外だな。」


意外…?

何がなのでしょうか?


「すみませんが殿下。この舞踏会に参加している令嬢たちの中に殿下と踊れることを夢に思わない者がおられるとお考えでしょうか?」


「…てっきり君は僕に興味が無い物だと思っていたからね。

僕は霧が覆い隠す月があってもそれも興があると思っているからね。」


霧…?

霧とは水蒸気。

水蒸気の発生に必要なものは『水』と『火』。

そして月の意味する事は『光』=現王家の属性。

そういう事…ですか。


「高々熱した水程度が光が降り注ぐことを遮る程の力を付けよう等と、

そのような事は私達は考えてもみませんでしたわ。」



「流石、焔の棟きっての秀才。

頭の回転が速くて会話が楽で良いよ。」


「では殿下、このまま私と――――――――――――――」


「霧の片割れの天才が来たようだね。

ようこそ歓迎するよ。エルトダウン公爵子。」


…貴方は私の邪魔をしたいのでしょうか、イース。

貴方が妹の病魔をたちどころに治して下さると言うのなら不問にしてあげてもおつりが出ますが、

その野暮ったくわざと椿油で崩した髪形と伊達メガネで殿下に話しかける婦女を妨害すると言うのは流石に酷くはありませんか?

…まあ、サイモン様を使って彼を呼んだ私が言っていい事ではないでしょうが。


「御健壮で何よりです。

メザマレック公爵子に連行…、いえ参加の推奨を頂きましてこうして参った次第であります。」


「相変わらずメザマレック公爵子とは仲が良いようだね。

一見君の方が我が強そうに見えるのに、彼には反対しないところが奇妙で面白いよ。」


「殿下、あれで彼はしつこい男ですので、殿下が王座に就かれた時はお気を付け下さい。」


「ははは。ありがとう、覚えておくよ。」



イースに私から殿下が引き離されている間に殿下の周りにはいつの間にかその他のご令嬢の輪が出来ていました。

してやられました。

全く誰のせいでしょうね、エルトダウン公爵子。


「そう睨むな。

見ろ殿下を。アレはあの中の女性達の誰にも興味が無い、

いやこの場にいる全ての人間に対して興味のない目だ。」


…そうでしょうか?

私には判りませんが。


「それより、クルール様達やサイモン様は貴方に最低限のドレスコード以上のおめかしをしていけとは言わなかったのかしら?

唯一、一見地味でも仕立ての腕が良いのが解る服は許すとして、その髪型も必要もない分厚い眼鏡も要らないのではなくて?」


「母にはもう少し女に目線を送られる男になれと言われたが、

サイモンは「イースはそのままで良いんじゃないかな。」と言っていたぞ。

そしてそれを君にも伝えた方が良いと。」


例えサイモン様が許しても、それは私が許せません。

ええ、同じ四大公爵家の人間としてです。


「すこし会場の外に出ましょう。」



無理矢理彼を連れ出すと人の通らない物陰に彼を連れ込むと彼の服装を直して差し上げる事にしました。


「…仮にも殿下の花嫁選び、その筆頭候補が物陰に他の男を連れ出して良いのか?」


「え…?」


あら、はしたない。

思わず声が…。いえ、そうではありません。

今この男は何と言ったでしょうか?


「今の状況が自分の立場と目的にどう影響しているかを考えられなかったのか?

クラーネにしては珍しい。」


「あっ…それは……。」



「俺を連れ出した所は目撃者も少なく無い筈だ。

で、どうする? 傷物疑惑の女の価値は暴落するだろう。

――――――――――――――何だったらここで俺との婚約発表でもしておくか?」


「なっ…!?」


「冗談だ。意外と初心なんだな。

少し安心した。」


「冗談で言って良い事と悪い事の区別が………昔から苦手でしたわね貴方は。」


「…ああ、そう言えば殿下にも釘を刺されたばかりだったな。

折角対立する仕組みになっている火と水の二公があまり接近しすぎると良くは無い、か。」



……これだから理系は。


「確かにその通りですわね。」


言っていることはこれ以上無く正しい様で、まるで的外れですけれど。


「では、会場に帰るとするか。」


「ええ――――――――――――――、

いえ、そもそも貴方を此処に連れだしたのは殿下にお見えになると言うのに、

不健康そのものな目線まで届くその前髪と、その前髪から唯一見える無駄に大きいその眼鏡、

そして猫背でもないのにワザとらしく曲げたその姿勢。

後は――――――――――――


「っおい、止めろ。こんな所で流石にそれは―――――」



五月蠅いですわね。流石に私も恥ずかしいんですのよ。

殿方が体の中に仕込んである着膨れするための長タオルをシャツを捲って抜き取るのはっ。


…やっぱり、鍛えてるのですわね……、こほんっ……では無くて、


「そんなに女性達が煩わしいのかしら。」


「恋だ愛だと頭の悪い話しかできない女に思考の時間を割かれたくはない。

これでも研究職なもので。」


…全く、口の減らない。

貴方の目の前に同じ研究職で美の体現者たる最高の例があるでしょうに。



「スタヴァ。」


「はい、お嬢様。」


私の御付きの中でワナイートちゃんと家令を除いて最も優秀な従者に声を掛けました。


「エルトダウン公爵子がその鬱陶しい前髪を切りたい様なので、切って差し上げて。

無理に伸ばした冴えない髭も要らないわ。

眼鏡はもう使わないそうだから、貴女に処分を任せるそうよ。

貴方、父方の実家が床屋だったでしょう。今、髪切り鋏はあるかしら?」


「はい、お嬢様。」


「任せていいのね? 場所は王城の来客用湯浴み室でも借りれば良いわ。

私の名前を出しても良いからしっかりおやりなさい。

私は先に会場に戻っていますから、後は任せたわね。」


「はい、お嬢様。」


そう言ってイースを丁寧に、けれども逆らわせる事無く連行していくスタヴァ。

……そしてまさか、王城にまで髪切り鋏を持ってきているとは…。

スタヴァ、恐ろしい娘。


私は農夫に手綱を引かれる牛の様な彼を見送ると、会場に戻る事にしました。

無論、彼と何かがあったような素振りは見せませんし、

それを確かめたいであろう下世話なご令嬢たちが友達感覚で近寄ろうとする愚行を眼だけで止める事にします。

恨むのならご自身の先祖の功績が公爵家にまで届かなかったことを恨みなさい。


私は私に服従しているグループの中から敢えて一人に目線を送ります。

私の合図を理解した子爵家の少女は私の所にはしたなくない程度に急いでやってきました。


「全く、イース様にも困ったものだわ。

舞踏会だと言うのに突如「ああ、新しい魔法の発想が浮かんだ。」なんて言うものですから、

仕方がないので、王城の研究者達のいる部屋までお送りして参りましたの。

彼、水の棟以外からは出ないので他の研究者たちのいる場所もご存じ無いようでしたので。」


呆れたように言う私の真意を上手く受け取ってくれたようです。

彼女は暫くすると多くのご令嬢たちが固まっている所に寄って行きました。

これで、『誤解』は解けるでしょう。



そして30分が経ったころでしょうか?

私の後ろでいつの間にかスタヴァが傅いていました。


「もしかしてもう終わったというの?」


「はい、お嬢様。」


私がそう返事をした時、再び私が彼を連れ出す時に使った会場の扉が開きました。

そこにいるのは純然たる四公が一、水の公爵家エルトダウンが次期党首。

貴公子、イース・フォン・エルトダウン。


……あんなに整った顔立ちだったでしょうか?

いえ、知っていましたけれど。


「「「「あれは……イース様…?」」」」


そうではないのがその他のご令嬢達。

今まで家柄の格とその才能においては四公の嫡子と見做されながらも、

地のメザマレック家のサイモン様や風のカルコサズハリ家のダゴニット様と比べると、

男性としての魅力は群を抜いて底辺であったと言うのがこれまでの評価。

ですが、それもこれまでの評価でしょう。


ふとイースを見やると、恨みがましい目で此方を見ていました。

そして其処から目を逸らした先ではサイモン様が苦笑しています。

イースは性格が悪いですが、サイモン様は性質が悪いです。



再びイースに視線を戻すと先程とは打って変わって、

此処が殿下が主役の場所であるはずの会場で、まるでもう一人主役がやって来たかのような扱いをイースは受けていました。

何処か、寂しい気がしますわね。



「…ああ、そういう事ですの。」


ふとサイモン様が言っていたことを思い出しました。

「イースはそのままで良いんじゃないかな。」と言う言葉を。

サイモン様が言っていたのはこういう事だったのでしょうか?

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