第一章 第六葉 虎威闇虞流な3人 バラとアヤメとアブラムシと
みなさまごきげんよう、美しき大輪の薔薇クラーネ・フォン・セレファイスです。
今日はお日様に顔が出来て笑っていて、向日葵が動物になって大軍で歩き回り、
肉屋の主人やお小遣い稼ぎの子供達が向日葵狩りを始める程、大変良いお天気なのですが、
只今目の前の一つの事が私の気分を盛り下げてくださっております。
現在私は例の勘違い巫女…もといワカバさんがイースに粉を掛けている現場の前にいます。
先程から一方的にイースに話しかけていて少しイースがイライラしているのが伝わります。
イースはイライラするとその場で最適であろう攻撃魔法の短縮式を僅かな動きでですが指で戯れに描くので直ぐに判ります。
ああ、今彼の頭の中では彼女の手前から津波を発生させて向こうの端の方にまで押し流しているのでしょうか?
手が彼の本に伸びました。もう限界、と言う訳ですね。
大体は解ります。イースとは短い付き合いでは無いですから。
そんなイースのイラつきには露にも気付かずワカバさんはその口を休める事はありません。
「イースさんは神樹についてどう思いますか?」
「巫女様、神樹の巫女である貴女に対して神樹を語るとは釈迦に説法も良い所です。
その様な恥ずかしい真似はできません。
私は精々自分にできる職責を果たすだけしかできませんから研究に移らせていただきます。
それではごきげんよう巫女様。」
そして遂に強引に話を終わらせたい彼に最早慇懃と言っても良い丁寧口調でばっさりと拒絶されてしまったようでした。
「ああ、クラーネか。
どうかしたか? 巫女様を見物にでも来たのか?
だとしたら暇なのだな。それ程までに研究が好調なら今度是非大きな発表を期待したいものだな。
研究開発本部庁水の棟は近々また研究成果の発表があって忙しいので此処で話しを切り上げさせて貰おうか。
ではな。」
…水の棟が忙しい理由の大半は貴方でしょうに。
貴方しか理解しないような企画を立ち上げて、それの価値だけは周りに解るように説明した後は中身を全く理解できない同僚たちを駒の様に使うからでしょう?
それと先程までは失礼なくらい丁寧に会話が出来ていたのにどうして私にはこのような口調なのでしょうか。
相も変わらず私限定で口の悪い彼に腹立てながらも、言って治せる事でもないので溜め息をついているとこの場に残されたもう一人と目があいました。
「2日ぶりですねクラーネ様。ティトゥス家に引き取られたワカバです。」
「…存じ上げているわ神樹の巫女様。」
また別の方向性で腹立たしい存在が話しかけてきました。
火属性が神樹を燃やす役割を与えられたというのなら、目の前の阿婆擦れを燃やし尽くしてもいいのでしょうか?
いえ、出自こそ解りませんが一応侯爵家の養女という事で貴族なので、平民ならともかくおいそれと貴族を殺害しては秩序の崩壊に加担する事になりますわね。
貴族を守る法律は確りと整備されておりますが、それは貴族に対して害するのが貴族であっても罰せられてしまうという事でもありますから。
侯爵家に引き取られていなければ黒焦げの人型がどれだけ転がっていようと大きな問題にはなりはしませんでしたのに。
その様な公になると宜しくない思考が浮かんできます。
「そうでしたか。それはありがとうございます。」
「今貴女を知らない者は引き籠り位ですわ。
いえ、先程の引き籠り筆頭と面識があったぐらいですから、知らない者はもういないのではないかしら。」
「引き籠り…。イースさんの事ですか。」
「イース『様』とお呼びした方が良いのではなくて?
例え巫女であろうと貴女は侯爵家。彼は紛いなりにも公爵家の血を継ぐ者なのですから。」
…一見不満そうな様子は無いわね。
素直に理解したのか、それとも言われている意味を理解していないのか、感情の制御程度はできるのか、
それとも別の理由があるのかは解りませんが。
「すみません。」
「そう思うなら彼にあまり面倒を掛けない事ね。
彼は研究でお忙しいそうですから。」
「…気を付けます。」
「そう、判ればよろしいの。
それではごきげんよう。」
ワカバさん、あなたとはイースとはまた別の相容れない何かを感じますの。
この絶対的な敵対感情。
先程までその様な気持ちが無くても貴方に関わると途端に苛ついてしまう。
この気持ちは、何なのでしょうね?
※イースの宝箱
本型。
彼も宝箱に芸を仕込んでおり、
その芸の内容とは自動的に記述・編集ができる事。研究者の彼には非常に役立っている。
記述した内容は自由に読み出せる。どの内容でも大抵ど真ん中のページを均等に開いた所で表示される。
インクの内容を書き換える時は見られるのが恥ずかしいらしく高速でページを最初から最後のページまで捲っている間に内容を書き換える。
装飾こそ豪華だが本と言うよりはノートに近い。名前はナコト。性格は人見知り。