第一章 第五葉 戦闘チュートリアル
皆様ご機嫌いかが? 佳才溢れる情熱の華クラーネ・フォン・セレファイスです。
お利口さんのワナイートちゃんを日傘の柄にしながら優雅に歩いていると少し不愉快なものを見てしまいました。
ええ、噂の神樹の巫女です。
ですが、わざわざ構ってやる理由も暇も私には無いのでそのまま行かせて頂く事にしました。
「公爵令嬢が進む道を下々の者達は率先して開けるべきものなのよ。
知らなかったのなら以後覚えておきなさい。」
と、優しい私のアドヴァイスを添えて。
軍務省に向かうと、上下関係を気にする軍隊らしく、私が顔を知らない平民上がりであろう軍幹部も目上の者に対する礼を知っていました。
ですが平民をこのセレファイス家の令嬢のエスコートに付けるとは失礼ですわね。
と言っても彼も平民で軍幹部の中で立場が弱いからこそお偉方のエスコートという役を押し付けられたのでしょうが。
軍は面倒事は立場の弱い者に押し付けたり、本来であれば光栄であろう高級貴族とのコネクションを作れる機会でも面倒事と看做す傾向があります。
ここ最近は特に。
それでも目上の者への礼儀は忘れていないようです。
年功や階級など軍内部での立場は捨て置いて、
貴族と言う天井の存在には這い蹲る羽虫の様な全面に押し出したへの敗北感が彼らなりの丁寧さなのだと捕えておきましょう。
…ただ一人を除いては。
「アンタ、此処に来る前に人を殺しかけて来ただろ。
アタシが助けなかったらアイツ死んでたぞ。」
「…そんなことよりも、貴族なのですから先ずは挨拶から始めないこと?」
「そんなことってアンタ…。貴族だか何だかってどうでもいい事なんか人命より大切なのかよ。」
とても女性とは思えない口ぶりですわね。
全く、ビアス家と言えば、
かつてカルコサズハリ公爵家の右腕として多くの戦場においてその勇名を轟かせた気位高い名門武家では無かったでしょうか。
特に、『風の軍団』の主要人員として、小国とはいえ敵国家ビアスの建造物を多く破壊することなく、
その国民を二日で全滅させ、その恩賞としてその国家の跡地を丸々手に入れた功績は国家の記録にも残っているというのに。
因みに根絶やしにするのは可哀想と言う意見がありますが、それにもきちんと理由はあります。
前王族の子孫が従者の家族に紛れて避難したり、王族の落とし胤として血が残っていれば、
後々の反乱に正当性を与える事になりますから、全王朝の血筋を名乗る反逆者に『偽物』の烙印を押す為にも根絶やしにするのはこの国の方針です。
少なくとも前王朝に与した地域や家系は使用人の家族に至るまで抹殺せねばならない、そう教えられています。
逆に言えば、殺し殺されることを覚悟するのが貴族であり、それを実働するのが軍隊です。
ですから、その両方を兼ねたビアス家の功績は全く持って正しく貴族の光と闇であり、如何に私と言えど否定する事などできようもありません。
それが、貴族らしくあろうとすることを「どうでもいい」とは、――随分と墜ちたものです。
先祖が功績を上げて勝ち取った栄誉の象徴。即ちその武門たる功績そのものが爵位であるという事は、
貴族らしさを否定するという事はその功績そのものを否定する事でもあるのですから。
「仮にも軍隊にその身を置いているのならば理解されていますわよね?
将は兵を兼ねられるが、兵は将を兼ねられない。
優れた将は将としてだけでなく研究者、兵士としても優れている。
しかし、最も将として渇望されているだけである。
100の兵卒よりも1の将の方が得難く価値がある。
1の兵卒を優先する規則や法律はないが、1の将を優先する規則や法律は整備されている。
…ましてやこの私は『炎の公爵家セレファイス』の嫡子。
つまりいざとなれば私兵を用いて独立軍臨時指揮官となり、そしてこの場にいる全ての者より優れた戦士でもあります。
言っている意味がお解りですか?」
つまり、軍や貴方のお家の教育に不備があるのでは、と言っているのですけれどね。
「…つまり、このアタシに勝てると?
それは少し口が大きすぎはしないか?」
「口を大きく開けるだなんてはしたない事はしませんわ。
ただ私は――――――――――――――――純然たる事実を述べているのです。」
「その喧嘩買うぜっ!!」
「喧嘩? 下級騎士が公爵家に?
それがどういう事か理解していますか?」
周りを見れば軍に身を置く貴族達は皆真っ青な顔をしており、
それ以外の私が顔も覚えてもいない、覚える必要もない平民たちは、
「アンジュ、やっちまえー。」等と囃し立てている始末。
流石に軍の高官たちはこれ以上は軍と言う組織自体に莫大な損失が出るという事を理解したのか止めに来ようと此方に走って来ているようです。
ですが、―――――――――――――――――――――――――――――ノーリードの生意気な子猫には教育が必要でしょう?
「では、今から本日の『講話』は、
実戦形式による実演を織り交ぜた火属性の魔法遣いの危険性と、
風属性魔法遣いの対処法についてご教授する、と言う事で宜しいですね? 副将軍。」
「…ありがとうございます。」
あくまで軍に身を置く若手幹部による講師としてきた公爵家への喧嘩では無く、
講師としてきた公爵家による授業としての戦闘演武という形に落ち着いたので随分とホッとしたような顔で副将軍は引いていきました。
「では、始めましょうか。
皆さん、直ぐに終わってしまうと思いますので確りと括目して頂けるようお願いしますね。
今回は火属性魔法は派生を除き2つまでしか使いませんから、その使い方を注目してください。」
「随分と余裕だなっ!!」
「ええ、随分と余裕なのです。それでは始めましょうか。」
私がそう言って貴族の正式な決闘の礼を取り終えたと同時に下級騎士の娘はいきなり走り込んで、いえ奔り込んできました。
本当に礼儀がなっていませんね。
…すこし炙ってあげましょうか。
「皆さんまずは基本からです。
最初に戦闘用に短縮読出を掛けた魔法を無詠唱、又は短縮された詠唱を使える状態に自身のスイッチを入れます。
これで己の魔力に流れを加えるだけで登録されてある魔法が即座に発生します。此処までが基本ですね。」
「アタシに集中しろっ!!」
あくまでこれは講話なので周囲の皆さんへの教育が基盤の根拠になっていることをお忘れなのでしょうか?
ええ、そんなに早く炙って欲しいのなら最短コースで直撃して貰いましょうか。
←→A
「直射炎筒」
思考の片隅で私の中にある魔力を後ろに引いて直後に前に跳ね返すと同時に『力』を確定します。
それと同時に私の右手の先から炎の柱がアンジュさんに向かって飛び込んでいきました。
威力で言えば私の魔力で登録してある宝箱を伝導体にした方が効率は良いのですが、
それをするには隙が大きいので敢えてもう片方の手で発動させます。
ですが、アンジュさんは機動力と効果範囲、そして発動の速さが売りの風属性の魔法遣い。
当然――――
「そんなもの避けてくださいって言ってる様なものだろっ!!」
軸をずらす様に横にそれながらも直進を続けてきました。
ですが、
「狙い通りですわね。」
自身の魔力と繋がっている未だ制御下にある直射炎筒に新たな支持を与える為に、
魔力に下に下げて再び上に振り上げると同時に属性で確定。
追↓↑A
追加呪法、挟炎戟・パターンA。
私の両腕が開かれると同時に直射炎筒が二つの細い柱になって左右に開きます。
因みにパターンBは上下に別けるように登録しておりますの。
「なっ!? くそっ!!」
横から開く様な炎の攻勢に再び回避するべくアンジュさんが選んだ行動は地面すれすれに転がるように先程炎があった場所、
つまり炎と炎の間に逃げ込みました。
…良い反射神経です。
ですが―――――――――――
「判断力も大事なのでは?」
挟炎戟は開き切った後は再び交差する形で反対側を叩きに動きます。
つまり、
「そこにいると挟まれますわよ。」
「わざわざご親切にどうもっ!!」
彼女は唯一の取り柄である獣染みた反射神経で唯一の安全が確保された場所、上空に飛び上りました。
ですから私は上空に右手を向けて、
「直射炎筒」と言葉を放ちました。
―――――ええ、そう言っただけですの。
咄嗟に魔力を放出して壁を作るだけの無属性魔法・対魔力障壁を発生させた彼女に対して私がしたことは、
逆に彼女の方に飛び掛かり、
魔力を練りながら体を動かすだけです。
(空中状態)←C
アンジュさんの首を対魔力障壁応用した物体操作でのアンジュさんの姿勢制御と固定、
そして杖型の宝箱、私の可愛いワナイートちゃんを梃子にする形にして、
固め、からの――――――――――――――――――――――直下式ブレーンバスター投げ抜き変則型。
発生した砂煙が収まった後には恐らく死んではいないでしょうが気を失って横たわる哀れな敗北者が残されています。
…火属性魔法は1つしか使えませんでしたね。
「取り敢えず医療班は彼女の回復を。その他の方は引き続き講義を。
今回は遠距離型の風魔法遣いではなく、至近戦闘を好む俊敏型の風属性の魔法遣いとの戦い方をお教えしました。
ポイントは素早い相手でも誘導してしまえば――――――――――――――――――」
咄嗟に危険を感じて身を逸らすと、そこを高速で何かが飛び抜けて行きました。
アレは…。
「死んだフリをして不意討つとは少々礼儀がなっていなさすぎでは無くて。」
「はっ、躱したくせによく言うぜ。
随分とお嬢様にしては動ける身体してんじゃねえかっ!!」
高速で駆け抜けた飛来物は彼女の手の中に納まっていました。
三日月形の……剣?
「ブーメラン型の宝箱、トーテツちゃんだ。
すっげえ堅くて、意思があって浮くことも動くこともできるのなら、
やっぱりこういう容にした方が強いだろ。」
…驚くことに合理的な思考も彼女はできるようでした。
ですが――――――――――――――――、
「美しくはありませんわね。」
「抜かせっ!!」
彼女の魔法でしょう。
大量の砂を巻き上げながら音を立てる程の暴風が向かい風となって私を襲ってきました。
これで彼女の方への移動は著しく制限されますわね。
それに視界も良くはないのは少々厳しいですわね。
何より、これでは彼女の方向への火属性魔法が弾き返されて危険ですわ。
…ですけれど、手詰まりと言う訳ではありません。
「雑音が強いですわね。皆さん私の声が聞こえていますか?
風属性にはその対象範囲が大きな魔法が幾つもあります。
その対処法を取り敢えず3つ程お話ししておきます。
1つ目ははその大気に熱量を加えて火属性寄りの力場に変えて制御を奪い取る。
2つ目は相手のいる場所にピンポイントで魔法を発生させる。
そして3つ目は――――――――――――――――――――――――――高密度の力で一点突破。」
両手でワナイートちゃんを持ち、その先から魔法を発動させます。
←→C
「…直射炎筒・エクストラタイプ。」
暴風を突き抜けて地面に残る炎を足跡に高速で迫る炎の杭。先程までの直射炎筒とは温度、速度、範囲、何を取っても違いますわ。
それが彼女の目の前にまで突き抜けていきます。
「ちっくしょーーーーーーっっっ!!!!」
アンジュさんにできる事は対魔力障壁でダメージを軽減する事だけです。貫かれなければ、の話ですが。
↓↑B
「挟炎戟・パターンB」
彼女に突き刺さる寸前で炎の杭は前方方向へのベクトルを一瞬で失い上下に別れて再び噛みあい、
そして消えました。
「…これで模擬戦展示を終ります。アンジュさんご協力をありがとうございました。」
パチパチパチ。
私に媚を売りたい貴族出身の軍人たちが拍手を何処からともなく始め、
部下たちにもそれを強要させてはその音の波は広がっていきました。
「…止め、刺さなかったのか?」
何を言っているのでしょうか?
この状況についての説明は先程私言いましたよね?
「一歩間違えれば大火傷を負う火属性の私相手に模擬戦展示ご協力感謝いたしますわ。」
「…この借りは何時か返す。覚えてろっ!!」
そう言ってアンジュさんは去っていきましたが、
建前上は借りがあるのはこちらになるのですが、流石に彼女もそこまでは図々しくは無いようで少し安心しました。
「では引き続き先程の実践を踏まえた座学講座について行います。」
※短縮魔法
予め登録しておくことで自分の中の魔力に動きを持たせるだけで詠唱を短縮、又は破棄して発動できる。
主に戦闘職や主婦などが使用する技術。
発動する内容に合わせて効果的な魔力の流れの組み合わせがある。
例えば地盤に影響を与える場合の魔法には流れの中に↓方向を組み入れると発動効率が高め、など。