第一章 第二十葉 翻弄
「そうだ。言われてみれば彼らは確かに逃げることなく自分の務めを果たそうと命を懸けたのだ。」
そのような綺麗事がこの場を支配していこうとしています。
主に聞こえやすく声を大きく独り言を呟くピータース派閥の貴族たちによって。
ええ、無知で無垢な巫女の言葉を真に受けて感情的に話を展開すれば、
確かにその通りでしょうが、結局はこれまで通り給金の安い平民を雇ったまま、
ピータース派で第3将軍の枠を保有していきたい。
ただそれだけとしか私には思えないのです。
もっと端的に言えば、ピータースの看板を代表として綺麗事で飾ってセレファイス家と張り合おうと、
単品では貴族の中では木っ端な彼等が言っているようにしか。
皆様、ごきげんよう。
清く正しく美しく。凛々しく苛烈で可憐な薔薇、クラーネ・フォン・セレファイスです。
「ピータース侯爵。貴方の軍では上官が話をしている横で私語を弁えないものなのですか?」
「……。」
公爵家の私がピータース侯爵と話していると言うのに、男爵や子爵の分際で弁えず口を挟む、
いえ、話に入る気概も資格も無いのを自覚しているからこそ、
多くて大きい独り言によって場の雰囲気を醸成しようとする情けない貴族達に呆れている所です。
貴い血が流れる貴族と言うのならば、それ相応の功績を上げて堂々と誰に憚ることなく意見をすれば良いのでは無いのでしょうか?
「…そうですな。――――静かにしろ。」
私に促された将軍の言に取り巻き達は途端に静かになったようです。
何方にも顔には納得がいかないと書いてありますが。
「…不満がおありなら口に出されれば良いのではなくて?
もし、そのお覚悟がおありになると言うのなら。」
どうやら皆様方お覚悟が無いようです。
何方も口をお開かれにはなりませんでした。
―――――――――――ただ一人を除いては。
「私、戦闘の事には詳しくないんですけど良いですか?」
ワカバ・フォン・ティトゥス。身元不明であった現在侯爵家の令嬢にて神樹の巫女。
正直に言ってしまえば詳しく無い者は口を挟んで欲しくは無いのですが、無視する訳にもいきません。
「クラーネ様はあくまで王城の方たちの平和が護りたいのですよね。
公爵家の私兵を貸し出すくらいに。」
「その通りですわ。」
ええ。それは建前においても本音においても一致しています。
ですがどうするつもりなのでしょう。考えが巫女にはあるのでしょうか?
彼女の領地にも隣接している雲海の森の岩から染み出ているとされる、
強制的に生命を削って限界を超える『命を燃やす蜜』でも恒常的に飲ませる程度しか、私には浮かびません。
「だとしたら、逆に言えば王城の平和が守られるのならば、
今まで通りの兵士さん達のお仕事は続けられるのですよね。」
「そう、なりますわね。」
…一体何を言うつもりなのでしょうか、この巫女は。
「今回、兵士さん達は5人で4体もの化け物を倒す事が出来ました。
ですから、全く歯が立たないという事は無い筈なんです。
ではどこを補強すればいいのかと聞かれると、
私はその専門では無いので、専門の方達に話し合って頂ければ、と思うのですが。」
「成程、確かに魔法を使わなくても対処できないことは無い。
このギャロウズその事を失念しておりました。」
専門のピータース将軍やその派閥が巫女のアシストに途端に勢い付きました。
そして彼女の理論によれば専門でない私は話に入っていけなくなる。
貴族でなく平民で何とかなるという話をいつの間にか前提に引き戻して、
その上で私を蚊帳の外に弾く事までも前提に置く。このセレファイス公爵令嬢であるこの私を。
彼等は先程に失敗を踏まえて、ピータース将軍を会話の中に入れて独り言では無く、
正式な談義である状態を作ってから大声で場の空気を作るための会話を始めました。
この場にいない無力な平民の兵士の為と言う建前で、この場にいる者達の為に、この場における有力者に宣伝するために。
更にそこに、
「そう言えば確か平民に良い武器を造っている者がいたはずです。」
「…いや、確かフェラン家は取り潰されたはずだ。」
ええ、この私によって、ですよね。
今敢えてこの話を出すことで、死んだ警備兵達は私が装具の質を落としたせいで死に、
それを持って私が彼らの死を、そして警備の権限を奪う流れを作った、とでも言いたいのでしょうか?
彼らの話の内容は議論を煮詰める為でなく、常に場の空気を作る宣伝的な内容ばかりでした。
この程度の者達が貴族の頂点たる陛下達を守っているなどとはっ!!
…そして彼等の能力的にその空気が作れる限界に来たところで、
「巫女様、例え魔法が無くても勇気があれば異形を倒せるという事を思い出させてくれてありがとう。
この後すぐ我らは城の一角を借りて会議する事にするので此処で抜けさせてもらう事にするよ。
では、陛下、そして巫女様、これにて我ら失礼致します。」
そう言って、彼らはその場を去っていきました。
場の熱が冷めて動きにくくなる前に。
…神樹の巫女。
よくもやって下さったわね。その腕前大したものだと賞賛してあげましょう。
ですが、イース以外でこのクラーネに黒星を付けた事、絶対に忘れませんわ。