第一章 第十七葉 招待状を持たぬものたち SIDE ワカバ
目の前のイケメンイースとダンスを終えて、
横目でクラーネが此方を窺っているのを確認した時、
「キャーッッ!!!!」
悲鳴が上がった。
…予定通りの異形たちの登場ね。
血に塗れた3体の異形。
スライムみたいな私と同じくらいの背丈の不定形生物『タールアメーバ』と、
両端に頭があって、その口から高温のガスを振りまく『ガスミミズ』。
ゲームでは血に塗れてはいなかったけれど、そう言えば此処に異形がやってくるまでに何人か死人が出てたような気もする。
此処に来るまでに殺した人の血を浴びているというのは、やっぱりここが現実の世界なのだと教えられる。
すぐ消えてしまう体液をぶっかけたりする敵は居なくて、当然返り血もしっかり残るんだろうなと考えると少し嫌になる。
実際の戦闘をするにあたって、私は遠距離攻撃があるからいいんだけれど、
ぶっちゃけ現実だとネチャネチャしたのや体液が飛び散る相手には直接攻撃したくないし、
一歩間違えれば治るかどうかも判らない被害を受けるジャストガードとかありえない。
対魔法障壁による対魔法のジャストガードも怖いし、対物理のジャストガードもやろうとは思えない。
っていうか、この世界にもやっぱりジャストガードとか、コンボ補正値とか、相手を宙に浮かせてどうこうするのとかあるの?
そもそもできるとは思えない。空中で魔力操作を組み合わせた姿勢制御を行いながら連打の嵐なんてリアルでやれるのはよっぽどの天才よ。
お供の向日葵だって流石に王城にはマズイと思って連れてきてないけど、
元のゲームでは引継ぎだったら普通に向日葵、王城に連れてこられてたからね。
普通ありえないわよね?
この世界での無抵抗な的以外との実践は、ぶっちゃけ高威力でのぶっ放し練習しかやってないわけで。
でも流石にそれはできない。
もしこの場に転生者がいたら、引継ぎ状態だって直ぐバレてしまうだろうし…。
それにクラーネと戦う時に対策されてしまう可能性もある。
必ず敵になる事が解っている相手の目の前で手の内を晒すほど私は馬鹿じゃない。
だから仕方ないから初期技で倒すしかないのかなって。
今の所コマンド登録してある初期技は『芽吹きの祈り』と『成長する枝』位しか無くて、あとは全部大技しか入れてなかったけど、
もうそれしかないよね。
相手を上方向に吹き飛ばして空中コンボに移行できる『芽吹きの祈り』から繋がる空中コンボは流石に実力が目立ちすぎるので、
前方に伸びる枝と言うより極太の杭みたいなもので相手を吹き飛ばす『成長する枝』の連打で行こう。
無抵抗な動物たちと違って、異形達はガチでヤバいのばっかりなので近寄りたくないから吹き飛ばし性能のある『成長する枝』は良いよね。
それに、周りの人達から異形を遠ざけている風にも見えるし、接近するまでの時間が稼げるし、実力も隠しやすいから。
そうと決まれば即実行。
地面から生えてきた草に足を引き摺られるようにして前方へ加速。
これ、所謂ダッシュってやつね。
他のキャラならそのまま魔力で自分を反発するように弾いて加速して弾き飛ぶように前に出るけれど、
巫女はこれか自分の足を突如伸び出てきた芽によって押し出される様にしか加速できないから、
姿勢が凄く取りにくいのよね。ゲームのヒロインは体幹とかバランスとかすごいと思う。
ゲームの様に姿勢を低くしてダッシュとかまず無理。
それで接近して『成長する枝』の射程距離に入った途端、一番近くにいたガスミミズに取り敢えず一発発動。
ゲームでは下位の基本技は魔力を消費しない仕組みだったけれど、
やっぱり魔法を使う以上下位の基本技でも魔力は消費しているのよね。面倒ね。
効果はいま一つでゲーム通りに吹き飛ばし効果も薄くて、ちょっと跳ね飛んだ程度だけど十分。
…うわぁ、頭が潰れているのにまだ生きてる。
もう一回ッ!!
←→A『成長する枝』
「来ないでっ!!」
ゲームで『成長する枝』を使った通りのボイスで技を発動する。
勿論これは会場のどこかにいるかもしれない転生者用のフェイクね。
1匹目のガスミミズが動きが鈍くなったけれど、それで戦闘は終わりじゃない。
あと2体も異形がいる。
タールアメーバが今度はやって来た。
あいにくコレには私の攻撃は効果が抜群なわけ。
魔力を再び操作して『成長する枝』を起動する。
←→A『成長する枝』
「向こうへ行ってっ!!」
因みにこの台詞も原作のボイスに入っている。
…やったわね、恐らく相手の耐久値からして一撃必殺。
多分私の経験上はそうなってるけど、
↓↑C『芽吹きの祈り』
「天まで届けっ!!」
念には念を押して魔力ゲージを消費するエクストラタイプの『芽吹きの祈り』を原作通りのボイスと共に『成長する枝』の挙動をキャンセル(既に発動して不要になった力の余波をそのまま次の力の発動に連結させる技術。)で打ち消して発動させた。
この世界にキャンセルが存在するのは知ってたから。
タルスラは下から伸びあがった芽に貫かれバラバラになるも、
ゲームの世界の法則が働いたのかそのバラバラの破片のまま纏まって確りと上に跳ね上がっていく。
かち上げたのではなく、貫いて砕いたのに上に跳ね上がる事態が、私の敷いている物理法則とは別の法則がここで起きていることを教えてくれる。
…やっぱりこの世界は現実でありながらゲームでもあるのね。
その時、無事だった方のガスミミズがゲームにはない行動をしてきた。
片方の頭で立ち上がるように体制を起こした後、上半分をぐるぐると回して、
その体の中央を自ら爆破する事で千切れた上半身を私に分投げてくるなんて…。
咄嗟に魔力を練って『成長する枝』で弾き返そうとしたけど…。
「だめっ…。」
焦って魔力が巧く練れない。
ゲームのコントローラーよりも遥に大きく動かすイメージの自身の中の魔力の流れを上手く練り切れなくて、
別のキーで登録を受けていた魔法が発動しちゃった。
←/↓\A
『空に潜る根』
多分、←/↓Aで認識したのね。タイミングが丁度完璧で上手く撃退できた。
って納得している場合じゃない。
本来此処で覚えているはずの無い突如上から落ちる様に伸びてくる根っこが相手を絡め取ってそのまま地面に叩き付ける技が発動した。
しかも見た目がエグイ。見えるのが一瞬だけなのが救いだけど、蝶々の様な幾つも眼が付いた根っこが天井から落ちてくる技って、
どう考えてもヒロインの技じゃないんですけど?
普通は光属性とか…あっ、このゲームの光属性は急速に時が進んで風化するやつとかあるし、やっぱり駄目だ。
まあ、グラフィックだけはキラキラしてるから一概にはヒロインらしくないとは言えないけど。
それ以上に現時点で覚えてる可能性が極めて低い技で、
割と最初の方で覚えられる技だけど、最初の方にあるチュートリアル染みた説明や、
各キャラクターからのあからさまなアドバイスによる指針に従ってたら此処が最初の戦闘になる訳で、
敢えて色々と無視して近隣の『雲海の森』っていうちょっと強めの異形が湧いていて、
最初の状態だと一発ダメージを受けたら残り3割にされるくらいの高難易度の場所で経験値上げないとこの技は覚えれないんだからね。
まあ、この技で良かった。
タイミングも内容も完ぺきだったし、しかも引継ぎじゃなくてもギリギリで覚えられる可能性があるってのが本当に良かった。
さて、残りは下半分だけで蠢いてる2体のガスミミズ。
元のゲームでは近距離の肉弾戦と中距離の高温ガスしか攻撃手段は無かった。
上半身も無いし遠距離の攻撃はもうこれ以上は無いはず。
近寄ってきたところをもう一度仕留めてあげる。
…うん、ゲームならそれしかガスミミズには選択肢は無かったはずだった。
最早勝てない敵に立ち向かうしかなかったはず。
――背景だった他の観客に襲い掛かろうとしてるとかそういうの私は知らない。
…でも、残念。ぶっちゃけここに主要な戦闘キャラ集まってるから。
風属性の軟派男が彼の貞操観念の様に軽やかに放った刃でガスミミズを戦闘続行不可能に一瞬で追い込んだ後、
イースが宙に浮かぶ宝箱を開いて魔法を唱え、
突如顕れた水がガスミミズの中に吸い込まれては、そこから飛び出して赤い球体を作って消滅した。
あれは『膨れ上がる妖水』ね。
脳髄の巨大化したナイフみたいな無数のタツノオトシゴで切り裂く追加技がある遠距離のロック(相手の位置座標に合わせて判定を全弾させる)技で、
連携する分には相手が固定されるから吹き飛ばしや跳ね上げを含まないコンボには向いていたのを覚えてる。
何はともあれ助かったわ。
…助かったけれど、そんなイベントは無かったはずなんだけどな。
いきなりストーリーから乖離していっているけど、
もし此処に転生者がいたら、ここまで来るといっその事、
私が転生者である事よりも世界が異常事態って考えるかもしれない。
それならそれで私も自由に動ける部分も出てくるし都合がいいんだけれどね。
まあ、無理に逸脱した行動を取る必要はないかな。
って、ホッとしちゃったけど、
何処かの誰かに仕業じゃなくて世界が異常事態だった場合、一番困るのはストーリーに本来関わらないモブな転生者達じゃなくて、
ストーリーのガッツリ中心の私だった。
何処かの自分が直接被害者でもないのに一緒に賠償の利益を求める浅ましさを、
共感という綺麗事で誤魔化す胡散臭いキャッチフレーズ風に言えば、
改変で困るの、私だ。
実際、ストーリー改変で一番割りを食うのは私だから、
そうあっては欲しくない。
…どうかそうではありませんように。
まあ、この後にもやる事は詰まっているし、
それも含めて色々様子を見てから判断するのが良いかも。
確かこの後は確かクラーネによる警備兵糾弾イベントよね。