7章 救済の揺り籠
「あー、もしもし?ユウゲンマガンさん?こちらアルカナ党のルナサです。
―――ええ、そういうことです。彼女、今私たちが預かってます。大丈夫ですって」
スマホの通話を切り、ホッと溜息を吐いた。
天井の蛍光灯の光が、ブラインドで太陽光を隔たれた室内を明るく照らす。
その中、虚構の中に佇んでいたルナサ・プリズムリバーはスマホを片手に、静かな空間を見据えていた。
彼女は椅子に腰かけると、先の見えぬ暗闇がすぐそこに迫っているという事実を案じていた。
「ルナサ、結局どうだったの?」
彼女の元にやって来たのは、党首のルナチャイルドであった。
皺だらけのスーツ服を纏っては、彼女に電話の内容を問うた。案の定、ルナサは笑顔を作って見せた。
ぎこちなかったが、彼女にとっては、また彼女にとっても自然のような笑みであった。
蛍光灯の光を受け、眼の中の結晶が綺麗に映える。
「……来るみたいだね。やっぱり、サニーミルクはエレクトロニクス社の重要な存在だからね。
インジケーター専攻科でしょ?彼女。…それの最前線に立つ人の逮捕は、流石に見逃せられないってさ」
ルナサはぶっきらぼうに、スマホで対談したことの内容を簡潔に述べた。
やはりそうだろう、最初から彼女はこの結末を予測していた。過保護までに彼女を匿おうとする会社の精神も、よくよく考えて汲み取ってみれば普通の話であった。
しかし、何故国が逮捕するに至ったのか、これまた訳が分からない話であった。確かに「収容所送り」と称して独裁を広げてきたドレミー内閣ならやりかねないかも知れないが、どうも向こうのアドバンテージが把握できないのだ。
ゼラディウスと言う国家の成長を著しく支えてきた彼女を逮捕して、一体何が生まれるのか。
「社長直々が来るのね、此処に。……まあ、彼女の引き取りも危険が伴ってるからね」
ルナチャイルドは長く険しい巒巘たる道のりに、何処となく疲弊した様相を呈した。
サニーミルクは、彼女の友人とも言えるべき存在である。だからこそ、彼女を匿った。
国への抗いの意思を見せ、未だに戦い続けて尚、国の本性が露わになったような気も少なからず存在していた。
「まあ、手厚く歓迎しましょう。それよりも、国の動きがあるか監視しときましょう、ルナチャイルドさん」
◆◆◆
3Dモデルのデータを貰ったサニーミルクは使いこなすために練習していた。
アルカナ党の地下駐車場で、冷たい空気が頬に触れる中でファイルの展開を練習したのだ。
自身の中に組み込まれたexeファイルを上手く展開し、僅か一回目で召喚獣「ワイバーン」「リヴァイアサン」「リヴァアーク」を呼び出せたのである。
ワイバーンは機械化された龍であり、彼女の前に現れたと同時に煮えたぎるような炎を口から零していた。
リヴァイアサンは空中に浮いており、蛍光灯の光を自身の長い身体に付着した水飛沫を反射させていた。
リヴァアークはリヴァイアサンと同じ容姿であったが、色が黒く染まっており、何処となく残酷さを感じられたのであった。
「これが……召喚獣………」
サニーミルクは改めて、自身の開発したインジケーターの凄さを思い知った。
自分で開発しておいてそう思うのは若干不思議に感じるかもしれないが、コンピュータプログラミングの限界を超えた、そのような感覚に襲われていた。
何せ、二次元が直接的に三次元に現れたのである。確かに長い困難の歴史であったが、自分自身をインジケーターに開発してこそ、この結果は得られたものだとつくづく思わされたのであった。
「……やっぱり凄いですね、サニーミルクさん。幻の生物が具現化って、これ初の試みですよ」
リリカは現れた召喚獣を前にして、目を輝かせていた。
絵本や神話の中で登場した生物が、AIで動いているのである。しかも、其れが生物のように生きた感触を持っているのだ。此処まで表現できる、やはりプログラミングの可能性は無限であることを感じされられたのである。
「其れが、争いで使わなくてはならない…ってのも、プロメテウスの神話を思い出させるよ」
プロメテウス―――其れは彼女が勤める会社の語源にもなった神である。
大昔、人類の幸福を願っては当時神界しかなかった火を与えたが、人類は其れを戦争の道具に用いたという伝説である。最高神はこの事を最初から危惧し、無断に火を与えたプロメテウスに刑罰を下したと言う。
果たして本当に火は彼に与えられたものなのか、と疑いたくもなるが…その結末はどうも、悲しい終わり方になってしまったものであった。
人類はプロメテウスに処罰を与えた最高神を恨むべきか、其れさえも腑に落ちない。
どうも、アンドロギュノスのような齟齬…所謂、蟠りが心の中に残ってしまう。
「でも、『彼が火を与えなかったら、我々はいなかった』。
―――演繹法で考えてみると、私たちはプロメテウスを敬うべきだよね」
メルランはスマホで時事ニュースを確認しながら、自分の意見を述べた。
確かに、原点追及の観点から言えばご尤もな意見であった。間違いは、何一つ無い。
只、どうしてか間違ってもいないのに反論を言いたくなるような、不思議な気持ちに駆られるのだ。
「まあ、話はこれぐらいにしておきましょう。
……今から迎えにわざわざ、エレクトロニクス社の社長さんと付き添いさんが1人、来るんだって。
確かにサニーミルクさん1人でエレクトロニクス社に行け、だなんて無茶は大変ですからね。
後は此処で待っていてください。流石に国も、社長の乗る車には攻撃出来ないでしょうし!」
リリカは楽観的にそう考えていた。
が、サニーミルクは3体の召喚獣の不安そうな目を見て、やはり恐怖を感じていた。
運命とはこんなに儚く、残酷である事を嫌という程身に染みて。
彼女は召喚獣を再び圧縮すると、召喚獣は彼女のエクスプローラーの中に戻っていった。
靄のように消えた召喚獣を前に、彼女は大きな存在への攻防は危険が伴うこと、プロメテウスのような考えもいつかは悪用されてしまう虚しさに心を覚えていた。