41章 創造と原種の狭間
機械龍は混沌と化すゼラディウスの市街地の上を裕に飛翔していた。
かくなる上は、スターの画策を防ぐためにも。サニーは遠い地平線を臨んでは、自らの平穏に対する思慕を掴むどころとなって。
ガンハンマーの手入れをしていた社長はそんなサニーの事を気にかけていた。
「サニー、お前は受け入れ難い事実も受け入れる覚悟は出来てるのか」
「出来てますよ。出来てなくちゃ、私は礎を守る翼になる事は出来ません」
世界は最早、彼女たちの手に委ねられていた。
どうやらリリカたちは暴走する機械と奮闘してるらしく、あちこちでは栄光とも畏敬とも、それとも悲嘆とも言うべき爆発の狼煙が上がっていた。
ゼラディウスはよもや地獄であった。鳥瞰図を眺めているかのように天から見下ろす形で世界を見据えていたサニーは簡潔にそう判断した。
「―――世界は今や混乱に包まれています。やはり、裏が何かあるはずです―――」
◆◆◆
―――元プロメテイア・エレクトロニクス社。
本社の瓦礫の前に、機械龍は静かに降り立った。3人は機械龍の背から静かに降りては、大地に踏み立った。
寂寥の風が空しく吹き渡り、辺りは騒然としていたゼラディウスとは別世界を思わせる。
サニーは礎の翼を片手に、虚空の中、瓦礫を踏んで進んだ。
瓦礫が砕ける。足で踏んだ時、脆く崩れて行ってしまう。其処には風化した「次元」を感じさせる。
全てが消えた、あの日。残酷さがこれほどまでに滲み出ていた、あの日。
「……此処だよ」
彼女は真下に向かって、思いっきり剣を突き刺した。
脆弱な瓦礫を粉砕する事など裕な様であり、刺した先には鉄製の地下へ続く扉が蓋のように閉じていた。
3人は其れを見据えた。…サニーが地下実験基地への入り口をすぐに探し当てたのは、元より彼女の勘とは言えない第六感であろうか。
「―――この先に何かあるんですね。…行きましょう」
レイラはそう言うや、銃口を真下に差し向けては何発か発砲した。
銃弾は視界では弾かれたようにも捉えられたが、其れは鍵が閉まっていた地下実験基地への施錠を破壊するものであった。その後、サニーは静かに降りては扉を開けて見せた。
蓋状の扉を持ち上げるのは多少の苦難を感じさせたが、鈍い音を響かせると共に暗闇への入り口は開放された。中には錆びた鉄製の梯子が闇の中へと掛けられており、サニーは冷たい感触を梯子に感じた。
静寂の中に足音が呼応する様相は、まるで滴る雫のようであった。
現実から幻想へと移っていくような、不気味且つ現実味の無さは何処となく3人の不安を煽るものであったが、何よりも使命感が彼女たちを束縛していた。
梯子が切れ、湿気が多い地下実験基地へ辿りついた時、朧げな蛍光灯の光が3人を出迎えた。
ドーム状の、静かな実験基地。その奥には、社長も初めて見た新種の機械が設置されていた。
沢山のメーターがフルに稼働させていることの判断を容易くしてくれている。その機械の前で静かに佇む人物―――それは曾てサニーが出会ったことのある人物であった。
「……哀れなる淑女よ」
あの時も、そうだった。
初めて彼女が捕まり、刑務所へ入れられた時に掛けられた、人生を変える一言。
其れと同じ音便を、同じ声で聞くとは誰が予想したであろうか?
彼女は凍った。あの日の希望を、今日の絶望に塗り替えられたかのような、苦さを味わった。
「……だから何。私は…何もしてない。で、今ここにいる。
―――淑女、なんて綺麗な呼び名はやめてよ。…私はもうすぐ死神にでもなるのよ」
「―――ははは、"あの時"と同じだな」
彼はその姿を薄暗い世界で見せた。
機械の前で、物静かに佇みを見せた神父―――やはり、あの時と同じであった。
死神と言う言葉は、今の彼女にとってあながち間違いでは無いのかも知れない。
「……どうして、あの時私を助けてくれたの。
―――どうして、貴方は今、此処にいるの。…貴方は一体、何者なの?」
サニーの純情な問いは、全て神父に向けられたものであった。
彼女の心の中の蟠りとして残っていた、さりげない質問は神父の全てを問いただした。
神父はそんな彼女の期待に応えた。右手をポケットに突っ込んで、ありきたりな真理を語った。
「……私はお前に使命を授けた。…一種の「慟哭」であったのかもしれない。
私自身、形而下の存在として嘆き苦しんだ。…だからこそ、私は此処にいる」
神父は静かに語った。
3人は彼の話す内容に夢中になっており、唖然としていた。
其れは何よりも、サニーを助けた命の恩人として語られた存在の、もう1つの顔であったからだ。
「お前たちは既往、気づいているだろう。
―――この世界の混乱は、スターサファイア…彼女の仕業であることに。
其れに自分は加担させて貰っていただけさ。―――最初から、全て」
彼女はその時、全てを悟った。
自分が逮捕されたのも、自分が解放されて一時の悪役になったことも。
影の英雄として、この世界を奔放し、セグメントとゼラディウスの事実上の戦争を行ったことも。
全て、彼女の動き一つに因果づけられていたのである。
「全て、スターの計画通りなの…?」
「お前が事実無根の罪で手錠を掛けられた時、からだ。残酷に思うか、死神よ」
サニーは下を俯き、案の定の結果にどうも調子を崩していた。
やはり心情と言う物は不思議な物であった。自らの予想を大きく外す道を征く、一種の不制御な緻密機械であったからだ。心理も、自らとは疎外された生物のようであった。
「じゃあ何で、ゼラディウスをこういう目に遭わせたの…」
「世界への反逆、だ。スターも、私も。
―――恐れ戦いた、大統領の独裁政治に私は我慢出来なくてね。
今や大統領の信頼を"無理に"勝ち取って、刑務所で神父を務めていた存在だったが、幾つもの不条理な死を讃えているうちに自己のゲシュタルト崩壊を起こしそうになったんだ。
―――そこでスターと手を結び、私たちは世界を大混乱に陥れることにした。当時、パイプが大きかった私にとって、お前を逮捕する事など簡単だったからな」
「―――何が言いたい…!?」
「そのままだ。
―――お前を逮捕し、私はお前を解放する。
エレクトロニクス社とアルカナ党と言う後ろ盾とゼラディウス内閣の強さは互角、その2つの勢力を同じ闘牛場で対峙させてみた。あろうことか、二勢力は滅亡の一途を辿った。
―――これで私の望みは達成された。しかし、スターの望みは叶わない」
神父は赤裸々に何をも語った。
二勢力を駒にしていた、裏の主役。其れが今、明かされた以上にサニーは震えていた。
全て、彼らの画策上の駒であった事に。何もかも、今までの行動が全て計算通りであった事に憤りを感じていたのである。
「スターの望みは…「サニーミルクの暗殺」。しかし、私は駒にする事を提案した。
―――彼女はお前に嫉妬していた。インジケーター専攻科でありながら、お前と言う技術者に抜かれていたことに。…とにかく、お前の存在を害悪視していた。
だからこそ、お前と言う存在を中心駒にして、私の臨みである「世界の変革」を行わせた。
―――見事、綺麗にやってくれたものだ。…だからこそ、お前は…「用済み」だ」
神父は懐から拳銃を取り出しては、銃口をサニーに向けた。
カチャ、と言う音は空しさよりも儚さを感じさせた。社長とレイラは余りの突発的な内容に戸惑いさえ感じていたが、サニーは全てを飲みこんだ。
自分が使い捨てであったこと、そして何よりもスターに嫉妬を買っていたという事実に…彼女は自暴自棄になっていたのかもしれない。
「黙れ…黙れぇッ!!」
彼女はその時、ゼラディウス・ウィングの刀身に蛍光灯を映した。
全てを叩き切るような眼差しは何をも貫く閃光の如し。
世界を股にかけてきた存在の、最終的な答えであったのだ。
社長とレイラも、神父の存在が敵であることを悟るに時間は掛からなかった。
「―――礎の天使はかく語りき、想像を凌駕した超越世界…スターの意思に立ち入ることに戒めを。
……お前は平和の夢を見るか?…お前自身、自己に於いての幻滅した世界を直視出来るか?」
◆◆◆
「私はお前を超えて見せる!」
サニーはゼラディウス・ウィングで一気に斬りかかった。
シャキン、と言う歯切れのいい音を立てては神父に牙を剥いた。皮肉にも、彼から授かった翼で。
剣の連撃は易とも簡単に身体を捩じ切ってしまいそうな一撃を繰りに返した。
神父は何度かの斬撃を身体を反らすことで躱し、とある一撃を拳銃で受け止めて見せたのである。
摩擦音が其処には存在していた。
「助太刀に入る!」
そこで入ったのはユウゲンマガンであった。
ガンハンマーと言う、重たいハンマーの一撃を神父に叩きこもうとしたのである。
しかし、彼は咄嗟に反応しては攻撃を避けたのである。その一撃は虚空に空振りし、大きな振動を生んだ。
「逃しませんよ!」
そこで反応したのはレイラであった。
羸弱させる間隙も与えず、引き金を連続で引いては迸らせる銃弾。
全てを穿たせるは彼の意思。彼は華麗にも銃弾を回転回避で避け切っていた。
しかし、此処でゼラディウス・ウィングを銃化したサニーが援護射撃に入ったのである。
連射することは出来ないものの、不意となった一撃は確実に神父の腹部を射貫いた。
射貫かれた腹部に血を滲ませ、服に付着する。
彼はそのまま腹部を抑え、降伏するようにも見えた―――しかし、彼は裏を掻いた。
射貫かれながらもレイラの銃弾を華麗に躱し、端麗な動きに一切の無駄は無かった。
疲弊な華奢を見せる事は果たしてあったのか?彼は隙を窺っては銃弾を撃ち放ったのである。
しかし、其れは完全に「見切られた」―――。
「喰らえ!私のハンマーの一撃を!」
◆◆◆
その瞬間、彼はハンマーの一撃を全面的に受け、そのまま吹き飛ばされた。
薄暗い地下実験基地の壁を背に、そのまま彼は凭れ掛かるように倒れ、血の跡を残した。
多少の意識はあるのか、身体を震わせては静かに3人に向かって語りかけた。
「―――お前たちはその機械を止めるだろう。怪電波が町を襲い、混沌へ導いていることに憤慨を感じているだろうな。
―――しかし、其れを壊した時…ふふ、ふはははははは……!!」
彼はそう言い残し、静かに息絶えた。
―――寂寥も無も、概念性の感じられない「何か」…これをプラトンの言うイデアであろうか、気概に満ち溢れた何かを代弁するような神秘性が、其処にしっかりと存在していた。
彼が息絶えた時、因果づけられた運命かのように機械は突如爆発、電流と同時にその役目を終えた。
薄暗いドーム状の中では煙が立ち込め、彼女たちは窒息する恐れがあったのだ。
「一先ず、外に出ましょう。混乱はきっと収まってるはずですから」
◆◆◆
彼女たちは外に出た。
怪電波は消え、世界は安寧に包まれたと彼女たちは信じていた。
しかし、現実とは何たる非情であろうか。至る所で響き渡る慟哭は彼女たちを絶望へ陥れた。
―――空は、消えた。
白昼夢なのか?空は禍々しい紅霧に覆われ、太陽の姿を見せる事は無かった。
深く曇る様相はまるで世紀末を呈してるかのようであった。3人はそんな空を見上げ、何処となく恐怖を抱いた。其れはこれから起こりそうな予感に対するものであった。
「―――な、何が目的なんだ、スター……!!」




