33章 凱旋と追悼
「―――大統領、幽々子とミスティアの連合軍ですが、我々の手に堕ちた模様です」
「……フン、哀れだな」
残虐さを噛みしめていた彼女は、その報告を聞いて鼻で笑った。
セグメントの仲間となり、自衛隊もろとも遡行を企てた存在は、呆気なく敗北してしまったのである。
背徳感も感じない彼女は、眼下の静かな街を見下ろしながら優越感に浸っていた。彼女のそんな姿に敬意を示していたのは、紛うこと無き国土交通大臣のエリスであった。
彼女は黒いスーツ服を皺だらけにしては、回転椅子に深く腰掛けていた大統領に頭を下げていた。
「ですが、ロリスは……」
「……もう、その話は止めにしてくれ」
彼女は気分が下がったのか、話し始めたエリスを右手で制した。
だが、エリスは下を俯いては世の儚さを恨んだ。太陽は絢爛に輝いており、エリスは太陽の傍若無人で横柄な態度に酷く傷ついていた。
普遍的で、何をも司る存在が腐り切った世界に何も干渉しない事に、この世には神がいないということを思い知らされたのである。
「―――私は、彼女を失って淋しい」
「じゃあ、もう止めましょうよ!こんな悲劇、もう沢山です!」
彼女は遂に、感情を爆発させてしまった。
大統領の机を両手で大きく叩いては、雑な座り方をしている彼女に盾突いたのである。
我慢が出来なくなった。堪忍袋の緒が切れ、因果の発端である存在に怒りを投げかけたのだ。
拳銃さえ取り出しそうになった。自ら全てを引き起こしては、何も知らないふりをする…まるで太陽のように。
「―――お前も、そう思うか」
彼女は回転椅子を回転させ、怒りに震えていた彼女の眼をじっと見据えた。
その視線は決して権力差など感じさせない、彼女の想いが示唆されているかのようであった。
其れは今まで独裁を行い、多くの人々を死に至らしめ、「収容所送り」を合言葉に政治を大頭していた人物とはまた違った存在だったのである。
「私はな…人が怖いんだ。
―――曾て私がゼラディウス党員であった時、私は金を騙し取られてな。そう言う奴だった。
一種の不信症に陥ってたのかも知れない。詐欺師に、私の運命の歯車は…まあ、狂わされた訳だ。
―――私は今や、都市国家ゼラディウスを管轄する大統領だ。其れは私自身、今まで憎悪に燃えた必死の足掻きが認められたことに他ならないだろう」
彼女は立ち上がるや、真実を知って震えるエリスに更なる言葉を掛ける。
今の彼女は、赤裸々な真実を曝け出す、もはや本当の彼女だったのかもしれない。
何をも制し、多くの国々を侵攻して滅却させた「帝王」は、曾ての過去を思う涙を頬に描いていた。
「……詐欺師、誰だと思うか」
「だ、誰ですか………」
「―――プロメテイア・エレクトロニクス社勤務のインジケーター専攻科、スターサファイアだ」
彼女がそう言葉を発した時、エリスは全てに戦慄するかのように畏怖していた。
大統領が此処までプロメテイア・エレクトロニクス社を憎んでいたのも、積極的に攻撃を仕掛けていたのも、エレクトロニクス社と言う存在がありながらゼラディウス工廠と言う存在を形成しては対抗色を見せたのも。
全て、全てそうであった。私怨である。彼女を陥れた存在への、報復であったのだ。
「……アイツは私を騙した。
純粋で、何も知らないような私から金を騙し取った。そう言う奴だ。
―――私がプロメテイア・エレクトロニクス社にこれでもかと思う程、攻撃していたのはそう言う訳だ。
サニーミルクの逮捕に至った経緯は、八つ当たりと同時にこの地位を別のインジケーターによって剥奪されない為の画策だ。結果、こうなってしまったが」
彼女はそう言うや、左腕の袖を捲ったのだ。
すると其処には、皮膚に埋め込まれるようにUSBポートが存在していたのだ。エリスはこの光景を見た時、彼女の本当の真実を知ったような気がしたのだ。
独裁に走り、恐怖政治を煽った存在の悲しい過去が露呈した瞬間でもあったのだ。
「―――大統領、もしかして……」
「私はインジケーターなんかじゃない。兵器そのものだ。
―――私の名はエクリプスシルテウス。通称『月影の淘汰』。…私は、過去に負けやしない。
―――エリス、私は彼女たちと直接対決がしたい。だから、大通りでセグメント凱旋パレードを行ってくれ。…そうすれば奴らはのこのこやって来るはずだ。
……これは私の戦いなのだから」
◆◆◆
機械龍は刑務所を脱してから、そのままプロメテイア・エレクトロニクス社の残骸前に着陸した。
背中に乗っていた7人は降り、涼しい風が吹く中、静かに瓦礫を椅子にして座った。
スターがまだ見つかっていない事に、何処か名残惜しさを心に感じさせて。
するとサニーの懐が震えた。手に取ってみれば、政府からの速報であった。画面を開くと、概要は大通りで凱旋パレードを開催することであった。
逆を言えば、幽々子とミスティアの反逆部隊は鎮圧されたと言うことになるのだ。
彼女はスマホを不意にも落としてしまった。そして狂ったように笑い始めたのである。
「あはは……ははは……」
明らかに様子がおかしいサニーに、彼女たちは嫌な予感が背筋に迸った。
地面に落ちているスマホを社長が取り上げるや、顔が絶望の色合いになっていった。横目で見た全員もまた、そうであった。
「凱旋」―――彼女たちは、敗北してしまったのだ。
「―――ど、どうして……」
この世界が如何に不条理であるかを、彼女たちは嘆いた。もがき苦しんだ。
儚さをこれでもかと言う程味わされ、安堵できたのも束の間であった。
ミスティアと幽々子の顔が脳裏を過った時、もう其れが現実にならない事を知ると何処か寂しく、涙がほろほろと涙腺を描く。
ゼラディウス・ウィングを片手に、彼女は―――世界の闇を案じた。
「……隣国セグメントの侵略は、私たちも知ってます。…やはり、ドレミーは酷いです。
ですが皆さん、逆に考えてください。「凱旋パレード」って事は、大統領も公の場に姿を見せるって事ですよね?」
その時、だったであろうか。
サニーは力一杯込めて、礎の翼を瓦礫に突き刺した。元々は安らかな揺り籠を形成していた瓦礫は呆気なく裂けてしまう。剣先は何をも貫く勢いであった。
そのまま地面に刺さる翼。サニーは其れを支えに全体重をかけては、この世を呪った。
そして、リリカが言った言葉を前面に受け、彼女は涙を描きながら…ゆっくりと呟いた。
「殺してやる…絶対、殺してやる……!」
◆◆◆
彼女の心の中に鬱積している、複雑な情緒。其れは彼女を完全に「壊した」。
自らのカタルシスを得ては、薄暗い世界でこの世の全てを征服したかのような感覚に浸って。
歯ぎしりを頻りにしては、自らの残酷さを誇りにして。
「―――サニー、私が自費でインジケーター代を渡すとでも思った?
全てには裏がある、ドレミーも…サニーも…そしてこの国も…セグメントも…全て、私の画策に嵌った大馬鹿者だ!」




