25章 焼夷のアルテマ弾
彼女は知った。
プロメテイア・エレクトロニクス社を襲った爆発で、ロリスが死んだことを。
重たそうな面を浮かべながら、彼女は空を見上げた。ロリスの訃報を知ったのは、ついさっきであった。
サグメが退室してから、唐突にも懐に仕舞ってあったスマホが振動したのである。
手に取って応えてみれば、相手は悲し気な声で喋り始めたエリスであった。
どうやら、エリス自身は国土交通大臣の職務の際、自然に声が届いたらしい。
と言うのも、彼女自身がエレクトロニクス社の爆発に於いて発生した渋滞などの大混乱を宥めようとしていた際に、ロリスの血塗れた遺体が瓦礫の下から発見されたらしい。
自然に、ふつふつと怒りが込みあがっていたのだ。握りこぶしを2つ作っては、遥かなる水平線を睨みつけて―――。
眼下を覗けば、大統領反対のデモが行われていた。
高層ビルである国会議事堂の上に乗っかるようにして隣接された大統領邸からは、真下に広がる光景が一望できる。無論、数千人程度しか集まらないような規模のデモもまじまじと見ることができる。
蟻のように群れる姿に、何処か滑稽に思えたドレミーは口元で笑みを作って見せた。
……ぎこちないような、固い笑み。
独裁を敷いてきた彼女の、恣意的な欲望のままの笑みであったのか。
数千人の存在を「存在」と思わず、いないものと恒等と結び付けて考えていたのだ。
「―――何が『大統領は辞めろ!』だ。…私はこの座を維持してやるまでだ」
居心地が悪くなったのか、スマホを付けては通話アプリを起動させた。
冷たい感触を右耳に充てては、電話をかける。
幾つかの繰り返された音便が鼓膜を響かせた後、相手は応答した。その声は何処か、緊張感が存在していたのであった。
「―――だ、大統領。一体どうかなされたんですか」
「―――決行だ、サグメ。バハムート・ジェネシスに乗った3人は此の後、プロメテイア・エレクトロニクス社に向かわれるとされている。
―――先手を打つ。最終兵器、アルテマ焼夷弾の投下だ」
◆◆◆
大空を飛翔していた機械龍、バハムート・ジェネシスに乗っては悠々としていた3人。
サニーは久々に見る、高い地点からのゼラディウスの光景に恍惚を覚えていた。
何処となく懐かしく、著しく発展した近代的な街並みの端麗さに心を奪われたかのように。
プロメテイア・エレクトロニクス本社から見える、動かない景色では無い。常に移り変わってゆく、無常感溢れる世界であったのだ。
所々では3人が残した形跡―――巷では「負の遺跡」とでも都合よく解釈されているであろう場所が見受けられた。最も大きく見えたのは、アルカナ党前での激闘の跡地であった。
高い場所からでも、アルカナ党前の道路には大量の血の痕跡が存在しているのが捉えられたのだ。残酷にも、其処が歴史の跡を引き摺ってるようで―――。
「―――満足した豚であるより、不満足な人間である方がよく、満足な愚か者であるよりも不満足なソクラテスの方がよい」
「確かそれ、ミルの言葉でしたね」
不意に呟いた言葉に、レイラが食いついた。
功利主義者であるミルは、今サニーが呟いた言葉を残している。
しかし、皮肉にもミルの言葉が今のサニーたちの状況に突き刺さってるとしか思えないのであった。
国に追われ、貞操概念を捨てざるを得なかった彼女たちに、幸せなんて無いのだから…。
「私たちは不満足だよね。私たちはソクラテスになれたのかな」
「違うんじゃないか。まだ私たちは『完全な不幸とは限らない』。……難しい話だけどな」
社長はレイラの問いに、静かに持論を展開した。
何処か熱く、そして冷静に語るという彼女の様相に不思議な齟齬を抱いて。
機械龍はそのまま羽ばたいていくうちに、上層部が派手に崩れていた高層ビルに到着する。
そのまま下降しては玄関口に降り立った機械龍に、3人は足を地に付けたのであった。
重力を久々に感覚し、会社よろしく自分のアジトに着いた時の安堵感は大きいものであった。
重たい音が玄関に圧し掛かり、其れは中にいたリリカたちにも聞こえた。
活動していた社員たちも、3人の帰還に心躍らせては歓迎した。多少の歓声が沸き、サニーはその中心に立っているような…所謂、有名人に為れていたような気がした。
「―――お帰りです、3人とも」
「丁寧なご挨拶、どうも」
ユウゲンマガンは疲弊仕切った様子を見せるや、ジェネシスを手懐けては社屋へと入っていった。
構っている元気は無かったのだろう、そのまま齷齪としながら背を向けて―――。
その時、サニーは何処か不穏な気配を感じていた。レイラがプリズムリバー3人組やルナチャイルドと話してるとき、背中から何か非科学的なモノがスーッと抜けていくような引け目を感じて…。
「どうしたの、サニー」
そんな彼女に話しかけた人物がいた。―――スターサファイアである。
彼女は茫然と、虚構の中に身を佇ませていたサニーを気に掛けたのである。
談笑が盛る社屋で、まるで治外法権を受けたかのように孤独的な存在は何かに怯えていたのだ。
見えもしない、しかし着々と近づいてきている存せし物に……。
「―――いや、何でもない」
彼女はそう言うと、疲れたのか、そのまま歩いてはスターサファイアに背を向けたのだ。
孤独の英雄は、静かにもそのまま去ろうとして―――。
……その時、であったのかも知れない。スターの、サニ―ミルクへと向ける眼差しが変わったのは。
「―――可哀想、なのかな」
◆◆◆
サニーは寝ていた。
疲れの為、仮就寝と表現した方が正しいであろう椅子寝をしていた。
オフィスで寝るのは多少気が引けるかもしれないが、やはり眠気には敵わなかったのだ。
彼女が丁度レム睡眠…端的な話、深い眠りに入ろうとなった瞬間―――彼女を大きく揺さぶるものが現れたのだ。
寝ぼけ眼で、彼女は目を右手で擦りながらも朧げに、其の人物を視界に映した。
焦点を合わせてみれば、相手はルナチャイルドであった。しかし、憔悴しきった顔は何かにも憑かれてる様相にも捉えられたのであった。
「―――ど、どうしたの」
「大変だよサニー!今すぐ、今すぐ脱出して!」
彼女は寝ぼけ眼のサニーの右手を無理矢理両手で引っ張っては、連れて行ったのだ。
何が起きたのか、今まで寝ていた彼女は唐突な事象を理解出来ずにいたのだ。
慌てふためくルナチャイルドに、変な様相を呈して。
「な、何があったの……?」
「今、連絡があったんだ。アルテマ焼夷弾が、此処に投下されるって……」
その時であった。
急に視界を覆い尽くす光が、唐突として溢れ始めたのだ。
……只、呆然と立ち尽くしていた彼女に、ルナチャイルドは懸命に手を引っ張った。
光と共に発生した暴風は、何をも吹き飛ばす勢いであった。
何とか元の調子を取り戻したサニーは自発的に走れるようになったものの、その光に埋まりそうであった。
しかし、目の前に出現した機械龍が―――彼女たちへの救いの手を差し伸べたのだ。
「来い!サニーとルナ!」
◆◆◆
彼女たちは、バハムート・ジェネシスに乗っていたユウゲンマガンとレイラによって助け出された。
その後、急速な上昇を試みた機械龍の上で、サニーは今何が起きたのか、その眼で知ることとなった。
百聞は一見に如かず、とは当にこの事であったが―――彼女はそれよりも、事実を受け止め難く無かったのだ。
―――さっきまであったプロメテイア・エレクトロニクス社の大きなビルが、消えていた。
残っていたのは巨大なクレーターであった。幾つかの残骸が残っているだけの、哀れなる遺構に過ぎなかったのだ。
「―――ほ、他のみんなは!?」
サニーの答えに、彼女たちは…首を横に振るばかりであった。
その時、だったのかも知れない。…彼女が、真なる瞋恚を決心したのは。
「―――許さない、絶対に……絶対に……!」




