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ヴァルハラの鐘が鳴る 

彼の手をつれて、女神は空に手をかざす。

と、どこからか荘厳な鐘が現れた。

…あれが、ヴァルハラの鐘。


私は、キスククを止めたかった。

そんなのおかしい、レド大将ならそう言うだろう。

女神の事を全力で止めてくれるに違いない。


でも、彼を止められない。

掟は変えられない、過去にも戻れない。

戻れるなら、彼をこの戦いに巻き込むことなく、

あの時止めていればよかった。


…この罪悪感は味わったことのない感覚だった。


彼の気持ちに応えられない上に、この出来事を全て忘れてしまうなんて。

理不尽だ。

勝手だ。

…ずるい。


『―…悪夢(ナイトメア)、彼になにか残してやらなくて良いのか』


なにもできない私に、獅子(グングニル)は覗き込んできた。


『―…なんでも良い。嘘をつくことはない。

でも、これから永い時を待つ彼は、記憶を無くすことなく過ごすんだ。

僕達には何も変えることはできないかもしれない。


だけど、だからこそ。

…何か、言葉を残してやれないか?』


でなくばあまりにも、不憫だ。獅子(グングニル)は小さく呟く。

彼も罪悪感にかられているのだろうか。

図らずも、彼を殺したキスククが資格者になってしまったのだ。

何もできないと心を痛めているのは、私だけではない。


『では、この鐘を鳴らすと同時に、私の魂は消滅する。

そしてお前の魂がこの器に宿る。

そこからは…自ずと分かる』


「待ってくれ」


鐘の音を鳴らそうとしている女神とキスククに、私は声をかける。


「キスクク、私は…」


これが最後だ。

最後の言葉なんて、どう残せばいい?

彼を支えられる言葉なんてあるのだろうか?

私にそんな資格なんてあるんだろうか?


言葉が出ず、黙ってしまう。

なんて言ってやれば、いいのだろう?


「メアさん」


キスククから、声をかけられた。

優しい、彼の瞳。

本当に、どうして彼なんだろう。

彼はこのヴァルハラに居てはならない存在だった。

選ばれてはいけない、存在だったんだ。


「いいんすよ。メアさんがくれた全部の言葉が、俺の支えになってるんすよ。

めっちゃ覚えてますから。キモいっすね、俺」


へらへらと笑っている。

笑えるなんて。


―…きっと、本当は逃げ出したいだろう。

その気持ちを圧し殺して。


私なら、こんな風に笑えただろうか?

そんな彼に、私は情けない顔なんてするべきじゃない。


「キスクク」


背筋を伸ばし、顎を引く。


「君はもう、立派な戦士だ。

君と共に戦えた日々を、私は誇りに思う。


…例え私の記憶が消えても、君への敬意は永遠だ。


ありがとう、キスクク」


こんな言葉しか出てこない。

でも、これが私の精一杯の誠意。

それでもキスククは、泣きそうな顔で笑ってくれる。


「…俺の方こそ、ありがとうございました」


――鐘が、


このヴァルハラの戦いの終わりを告げる、音。


体を撃ち抜くような、

悲しい叫び声のような、

聴いたことのない、強い音が


辺りに、響く。


涙が流れる。

全ての戦士が涙を流す。


それが…戦いの終わり。



「さようなら、メアさん」



そして、キスククは光に包まれた。

あまりの眩しさに、目をつむる。




―――そして、


「あー、なんか久しぶりに太陽見た気がするねー!」


扉の先はいつもの夏の風景。


ゼミ室で昼夜逆転の生活をしながら過ごした夏休み。

さすがに卒論提出までこの生活を続けることはできないが、そろそろ慣れなくては。


「夢野は明日バイトなんだっけ?

大丈夫かよ、また貧血で倒れたりしないよな?」


「大丈夫よ。あれは朝御飯抜かしたからだって」


ゼミ生の志賀がからかいまじりに言ってくる。

全く、細かいことを覚えてる奴は困るな。


大学のチャイムが校内に響く。

いつもの無機質な音のはずなのに。

歩く足が歩を進める度に、不思議な違和感を伝えてくる。


「…あれ?」


涙が流れた。

寝不足だから涙腺がおかしくなっているのかもしれない。


涙をぬぐいながら、太陽の下…

いつもの家路に向かう。


いつもの道のはずなのに、どこか懐かしく感じた。


「...へー、メアさんって女子大生だったんだー。

元の次元だとあんな笑顔なんだなー、ここの時は毎日お通夜終わりみたいな暗い顔だったのに」


閉ざされた次元で、それは呟いた。

この世界には、その声に返す存在は誰もいない。


「いやーやっぱここにいた時のメアさんて、マジで『サブスト』の『ヘル』に激似だったわー。

初見は戦うのが嫌すぎて、俺の脳が現実映すのやめたのかと思ったし」


また呟く。


「まぁ惚れたのは外見が嫁だったからって訳だけじゃないけど。

レド大将とかもフツーのおじいちゃん農民として終わって、意外性あったのはメアさんだけかー」


ため息。


「どうせ独りは慣れてるし、前に戻ってもクソつまんねー人生だから、他の次元覗ける今の方が退屈しのぎできるからいいわ。

しかしゲームないの辛いなー。

家にあった積みゲーやりきっときたかったわー」


軽く笑う。


「でも近々ヴァルハラ開催されちゃうみたいなんだよなー」


呟く。


「てゆかビックリしたんだけど、

このヴァルハラに呼ばれる魂が


毎回同じ、とか驚きなんですけど」


呟く。


「記憶ない状態で、またメアさんに会うとか悲しすぎるわー。

まぁまた違った状況で会えるからいいんだけど。

グングニルさんとか前ヘルさんとか、生きててウケる」


乾いた声で、呟く。


「...また誰かがこんな思い、するんだろうな」


彼は、ヘルフィヨトル 。...今は。



「ホントさ、神さま遊びすぎでしょ、人間で」


——ヴァルハラがまた始まる。

鐘を鳴らして、魂を終わらない戦場へ呼び込む。


それを彼は、ただ眺めるしか出来ないのだ。


誰にも干渉できない、

誰も彼を覚えていない、



あの戦場へ。

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