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ヴァルハラの鐘 4

星が見えてきた。

体力は嘘みたいに回復している。

周りには誰もいない。キスククと私だけ。あと…


「…フィヨル、いる?」


『いるわよー』


風が吹いたみたいに光の渦がなびくと、フィヨルの姿は現れた。

独り言だと思っているのか、キスククは少し不思議そうな目をしている。

気にせず、身を起こしながら手元にある刀を握った。


「このまま山に行きましょう」


立ち上がり、山を見上げる。

フィヨルは少し驚いていたけど、頷いた。


『べ、別にあたしは構わないけど、なんか身支度とかないの?』


「いいのよ。

キスクク、あたしについてきたいんでしょ?

山を登るわよ」


「えっ…や、山?

あ、あんなとこにいつから…って、あの山かなり高くないっすか?」


歩く。

キスククが殺したという男も生き返っているだろう。

そのタイミングで見つかるとまたややこしそうだし、どうせ屋敷に帰っても支度などない。

必要な荷物は刀しかないし。


「山で死んだらもう生き返らない。

誰も助けに来ない。

どんな邪魔があるか分からない。

…それでもついてくる覚悟はあるの?」


キスククの顔を見ずに歩きながら伝える。

これで来なければそれでいい。

彼は問答無用でヴァルハラに連れてこられた。

だからこそ、今度は彼の戦いを選ぶ権利があると思う。


「…行きますよ!」


追いかけてくる足音。

キスククの戦う理由はよく分からない。

もちろん聞けば教えてくれるだろう。 

まぁ…私についてくるということは、何かしら自分の中で決心をしたのだろう。


『ふーん。あの男の子は結局お供するわけね。

よかったわねー、一人だと何かとしんどいじゃない』


フィヨルの言葉に頷けなかった。

一人で辛かったのは、このヴァルハラの戦いだった。

今でこそ戦うことに慣れてはきたけれど。


「それよりフィヨル、とりあえずあの山めがけて行ってるけど、それでいいの?」


『構わないわ。

見た目は遠いけど、山への入り口を繋ぐ狭間の階段があるから、それを登っていけば迷うことはないしね。

一本道だから道には迷わないんだけれど…』


「…っ!メアさん!!」


唸り声に目を向ける。

そこには真っ赤な毛並みの大きな獅子が牙を向けていた。

口元からは人に近い声が漏れてくる。


『――我らは女神に創られた者。

ここを通るならば、我らにその心を示せ』


雄叫び。キスククは思わず隣で肩を震わせていた。


『皆だいたいあれに殺られちゃうんだよね。

あれは自動的で、ある程度の力を与えないと退いてくれないの。

そういうわけで…さあっ、頑張ろうっ!』


突進してくる赤い獅子。さすがに速い。

身を翻してかわし、刀を抜く。背を向けたところに一撃…だが、体当たりでいなされる。 


「キスクク!戦えるなら戦いなさい。無理なら、離れて…」


「た、戦えます!」


剣を構えるキスクク。

とはいえ、実戦は少ないだろう。

残念ながらここでは死んで覚えることはできないので、なんとかして生き残ってもらわなければ。


一瞬キスククに気をとられている隙を突かれて、獅子が私に襲いかかってきた。

刀でその牙を止めるが、残念ながら私の刀は耐久性が低い。

どうする…あまり長いこと止めていると刀が使い物にならなくなる…。


「メアさん!」


獣の悲鳴。私に襲いかかるその背中に、キスククの斬撃が決まる。

だがキスククの動きが遅く、その傷は少し浅い。


「だ、大丈夫ですか!」


私の元に駆け寄る…が、彼は獅子に背を向けたまま。

当然、思いもよらぬ速さでキスククへ襲いかかる。


「…っ!防いで!」


私の声でギリギリ噛み殺されるのは防げた。

肩に獅子の爪が食い込んでいながらも、その牙を剣で防いでいる。キスククの両手剣なら、強度はある。

それに、私なら。


すとん


まるで瓜を二つに斬ったかのように、獅子の首を落とす。

途端に立ち込めた殺気がゆるゆると消えていった。


「す、すげえ…」


『おおー、さすがに速いわねぇ』


刀には不思議なことに血がついていない。

それにキスククの肩も無傷。

…良かった。もし化膿してしまったら命の危険にまでいってしまう。


「すげーっす、メアさん!

やっぱりかっこいいっす!!」


「…いや、あなたが体を張って留めてくれたからよ。

ありがとう、キスクク」


嬉しそうに駆け寄ってくる彼はまるで子犬のよう。

レド大将に比べれば私などまだまだ付け焼き刃程度だが、早さと切れ味には自信があるので役に立てて良かった。


景色が揺らいで、目の前にいつのまにか石畳の階段が現れた。


『女の子でも、さすがヴァルハラの戦士ねー。

さ、次の階段が見えてきたわ。サクッと進んじゃいましょ!』


フィヨルが嬉しそうに先へ進む。どうやら道が開いたみたい。

でも…こういう戦いがこの先何度あるのだろう。

少し不安は残るが、階段を登る。


『ちなみに一度階段に入るために戦いを終えると、夜に入るのよ。

時間が経つと朝になって、また自動的に次の階段のために戦いに入るわ。

だから夜に入ったらすこし休むといいわよ』


「夜…確かに少し空が紫がかってきたわね」


都合のいい設定だ。肉体が疲れることは無いから、休むのは気持ちの問題になる。

私の呟きに反応して、キスククは首を傾げる。


「メアさん、今誰かと話してるんですか?

もしかして女神っすか?」


うーん。

話していいものかと思ったけれど、彼は覚悟を決めて戦いに挑んでいる。

それなのに戦いへ投じた張本人の女神のことを話さないのはフェアではない。


「フィヨル…ヘルフィヨトルっていう秩序の女神と話しているの。

その彼女がね、戦いが一回終わるごとに夜が来るんだって。

あなたも精神的に疲れているだろうから、今日はここで一旦休みましょうか」


階段に座り込むしかできないが、とりあえず休むことにする。

キスククは目を輝かせていた。


「すげーっすね!やっぱりメアさん、女神に選ばれてたんっすね!」


フィヨルの声は聞こえないみたい。いちいち説明するの面倒くさい所だが…仕方ない。


「俺、聞いてたんすよ、このヴァルハラの言い伝え!

…神の声聞く強きものが、戦いを終わらせる道を知っている…ってゆー、あれなんですけど!」


聞いたことない。

たぶん宴会場で噂好きの誰かに聞いたのだろう。

キスククはいつも泣いている印象だったが、こういう明るい奴なのか。


「俺、絶対メアさんが選ばれるって思ってたんすけど、やっぱりかー!」


「そうでもないよ。レド大将には勝てないし」


まだ他にも、百戦錬磨の戦士達がいる。私などその末端に過ぎない。

私の言葉にもキスククの目は曇らなかった。


「俺、メアさんのこと憧れてたんす。

周りはゴツい男ばっかりなのに、第一線で命張ってて…マジかっこよかったんすよ!

俺はまだまだ弱いんで、せめてメアさんが怪我しないように頑張ります!」


「…それが、戦う理由?」


まさか、私に憧れている。そんな事だけで?

そんな事だけで、こんな危険な戦いについてきた?

この男は、戦いの怖さをちゃんと分かっているのだろうか?


「え?」


困ったように顔が凍りつくキスクク。

彼の言葉に、私は呆れる反面怒りも込み上げてきた。


「ここはヴァルハラみたいなやり直しのきく戦場じゃないのよ。

己の力をちゃんと自覚して、命を大切にしなさい」


憧れてくれるのは正直嬉しかった。

でもそんな気持ちで命を落とすなんて…責任負えない。


「す、すんません…」


「…でも、気持ちは嬉しい。ありがとう」


ものすごい落ち込んだ顔をする彼。

その後の私の言葉に嬉しそうにはにかむ彼。

キスククの表情はころころ変わる。年頃の男の子らしい。


『やだー、カワイイ後輩がくっついてきたねぇー。

見てるのすごーく楽しい!

ほら、こっちの軍勢って、あんまりこういう楽しみなかったからさぁー!』


知らないけど。

見えないのをいいことに、フィヨルはさっきから私達のやり取りを隣で楽しそうに見ていた。

女神様って暇なの?


それからしばらくすると空が白くなってきた。

…朝だ。時間軸を早く感じる。ヴァルハラも早かったけど、ここはもう少し早いのかもしれない。


「朝っすね!行きましょうメアさん!」


いつになく気合いをいれている。

キスククはいつも戦いの前は何処にいるか分からないくらい消極的だったのに。


「うん、行こう」


それでも、後ろ向きな気持ちで戦うよりずっといい。

できれば後悔なく死にたいもの。


階段を上がっていくと、また景色が歪む。

…来た。

階段の先に地表が見え、上がった先に奇妙な動物がいた。

獅子の体と頭に、山羊の頭を背中につけ、尻尾は赤い目の大蛇。三つの動物の唸り声が同時に威嚇してくる。


「あれ、キメラってやつじゃないですか?

なんかゲームとかで見たことあるような…」


「なんにせよ、手強そうね」


鳴く山羊の上にキラキラ光る星が現れる。すると駆け出す獅子の口から炎が出た。

なんとか避けるが、焼けた大地は黒焦げ。こんなのに当たったら、ひとたまりもない。


「キスクク!」


私をかばってか、転がるキスクク。

そうか、尻の大蛇が当たってきたのか。


「だ、大丈夫っす…」


痛そうに顔をしかめるが、どうやら剣で大蛇の牙を防いだようだ。

さっきの獅子は背中に隙があったが、これでは手が出せない。


「でも、やるしかない…」


炎が放たれている間はそれに集中して動きが鈍くなる。そこを私の速さで斬り込めれば…。


「メアさん、行ってください!」


駆け出したキスククに反応してか、山羊の上にまた星が光り出す。

まずい、あのままじゃあ焼け焦げて…いや、そうか。

私もその後ろに続いて駆け出した。

獅子の口元が光り、炎をキスククが避ける…瞬間に私は反対方向から迫り刀を抜く。


…が、獅子の後ろから大蛇が伸びてきた。

だめ、もう避けられない。


「メアさんっ!」




「――よっと」


食らうかと思った大蛇の牙は後ろをかすめていく。

まるで上から降ってきたかのように、誰かが大蛇の頭を槍で射ぬいた。

知らない後ろ姿。…誰?


「メア!この隙に山羊の方を狙いなさい!」


獅子ではなく?

でも迷う暇など戦場では無い。

言われた通りに抜いた刀を山羊の方へ向けて、振り上げる。


獣の悲鳴。山羊の頭は後ろにすっ飛び、音をたてて落ちた。

…途端、獅子の口から炎が消える。


「今だっ!」


キスククは剣を握り直し、獅子を力任せに斬りつける。今度は深い。

…やはり血は出ずに、獅子は力尽きて倒れた。


「ふぃー、見事見事っ!君もやるじゃん!」


キスククに親しげに笑いかけてくる、どこかで見覚えのある女性…。

髪の長い…緑の目に金髪…銀の胸当てに白のロングスカート。

ヴァルハラの戦士たちは皆、茶色の胸当てと簡素な装備しかしていない。

…もしかして。


「あなた…フィヨル?」


「えっ、そうだけど。分からなかった?」


当然のことみたいに不思議な顔をされる。

言われれば印象は似てるけれど…もう少し…


「あはは、そっかー。

年令近づけちゃったから分かんなかったよね。

短い間なんだけど、ちょっと加勢しちゃったー。

いや、さっきの奴はさ、ちょっとずるくない?

あの炎はレイリュンリヒの炎って言って…あー、つまりは人間相手にはずるいなって思ったので、

秩序の女神であるヘルフィヨトルさんは黙ってらんなかったってことなのよ」


うん、この話の長さとかは変わってない。確かにフィヨルだ。

私よりもっと驚いていたのはキスククだった。


「うわ、マジだ!女神って…うわー俺見えちゃってるじゃん!」


「んー、見えるようにしてるんだけどね。

うん、でも想像通りのカワイイ反応で満足!

あ、せっかくだから彼にもメアと同じ話といた方がいい?

目的を共有化しといた方がいいんでしょ」


人の形をとったのはその為なんだろうか。

頷いた私を見て、フィヨルはすぐにキスククに事の次第を伝え始める。同時に空が暗くなっていく。


私は久々に、少し目を閉じて眠ることにした。

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