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ヴァルハラの鐘 3

戦いが終わり、また再びの宴。

キスククはまた死んでしまったのか分からないけれど、見かけなかった。


今日は自分の部屋に戻ってから話すことにした。

ヴァルハラに居る者には、必ず屋敷に自分の部屋があてがわれる。

部屋と言っても簡素なベッドと小さな窓があるくらい。

酔って寝るくらいしか使わないので、私には充分なほど。

それに戦いの後は高揚しているし、部屋にこもるより宴会場で騒いだ方が気が晴れる。

…とはいえ、また外で話してしまって誰かを不本意に巻き込んでしまってはいけない。


『うわー、仮にも女の子の部屋なんだから、もっと色気ある感じにすればいいのに、簡素だわねー』


「いいのよ、不便してないし。

秩序の女神さんは女の子の気持ちとか意識するのね』


ベッドに座り、刀を壁に立て掛ける。

もうここの生活も、体に馴染んでしまった。

気を付けていないと前の生活を忘れてしまう。


『ヘルフィヨトル、よ。秩序の女神さん、なんて照れ臭いわ。

あたしのことは…そうねー、フィヨルとでも呼んで』


そう笑う彼女は、綺麗というより可愛く感じる。

もちろん相手は女神様だが、なんだか距離が縮まった気がした。


「じゃあ私の事もメアって呼んでほしいわ、ナイトメアって長いし」


私たちのようにヴァルハラに来た人間は、前の名前を捕られて仮の名前を授けられる。

特に意味はない。ナイトメアなんて悪夢だし。


『それじゃあ、メア。

場もなごんだというところで、昨日の話題をもう一度持ってくるけどね。

手伝ってほしいのは、あたしをミョルニル山に連れてってもらいたい。…ここまでだったわね?

で、そのミョルニル山ってのは、貴方たちがいつも戦っているあの平原から見える山よ。

…そんなもの見てる余裕なんてなかったかしら?』


見てる余裕なんてなかった。

そもそも景色なんて楽しむゆとりすらない。

私は何度か思い出そうと頭を振るが、それでも浮かぶのは刀の閃きと足元の死体の山だけ。


「ミョルニル山にヴァルハラの女神がいるの?」


そう、と静かに頷くフィヨル。


『もちろん戦士たちは知らない事実だけどね。

選ばれた戦士でしか山の場所を教えてもらえないの。

その登山中に事故にでもあったら死んじゃうけど』


「登山中に死んだら、次に登るときスタートからやり直しなの?」


死ぬ場所にもよるけど、屋敷に戻るたびボロボロの姿だったりしたら周りと浮きそう。

私の言葉に、フィヨルは首を振る。


『山で死んだら屋敷には戻れないわ。

そこで永久にさ迷うのよ。魂だけの存在になってね。

ヴァルハラに居るのが長いと生き返る前提になっちゃうんだけど、貴方たちが生き返ってるのは宴で出される酒のおかげなの。

山にはいると屋敷も迎えにこれないしね』


「なる…ほど」


死んだら生き返れない。

フィヨルの言葉にはっとした。その普通の感覚を忘れてしまっていたことに。

…それにしても、登山中の事故には気を付けないといけないのか。

登山の経験がまるでないから、失敗したらもう一回というわけにもいかない。

黙り込む私に、フィヨルは明るく笑う。


『本来なら誰のナビもサポートもなく山に登るんだけど、今回は別件だからね。

このフィヨル様がちゃんとナビしてあげます!

でも事故って死んじゃうとさすがに生き返らせるのは領分外なので無理よ。だから頑張ってね』


「わかったわ」


もう少し聞きたいことがあったのだけれど、さすがに朝が近くなる。

明日、…明日という言い方もおかしいが、明日山を見てみよう。

どのくらいの山なのか。少し隊列から離れて観察する必要がある。隊の誰にも気づかれずに。



そして朝日が登り、屋敷を出る時刻になった。

また武器を取り、レド大将が大きい斧を肩に担ぎながら前を歩く。

いつもより後ろの方につき、私は周りの景色をはじめて見た。


一直線の平原。その真ん中を突き刺すように空を射ぬく黒い山が見えた。…あれだ。

あれが、ミョルニル山。


「高いな…」


まさか頂上にいるんだろうか。そうなると『簡単』ではなくなってくるのだけれど。


「行くぞ!」


戦いが始まった。

レド大将をはじめとする雄叫びが空にこだまして、東軍がこちらとぶつかる。

さすがにこの戦いの最中では、よそ見をする余裕はない。

…なるほど、その余裕のある強い者だけが山を見つけられるというわけか。


肩当てが吹き飛ぶ。

すっかり油断していたらしく、目の前まで迫っていた東軍の剣士に気づけなかった。

…いけないいけない。

私は気を取り直し、刀をようやく抜く。


「——お前が西軍の悪夢(ナイトメア)か」


はじめて東軍の兵士の声を聞く。

その剣士は思わず息を飲むくらい暗い瞳をしていた。

見た目はレド大将と同じくらいの年齢…40くらいか。金髪碧眼、体は大きいが背が高いだけという感じ。

暗い目という以外、特に特徴という特徴はない。


「——僕は東軍の神槍(グングニル)


雰囲気のある口調に、一瞬動きが止まる。

その瞬間、彼は無駄な動きをせずにまっすぐ私の胸を突いた。

肉に刃物が刺さる、久し振りのあの嫌な感触。


「——お前を、山には行かせない」



こいつ…!知ってる…?!


叫ぼうとしたが、同時に肺にも刺さったらしく声が出ない。

息もできず、呼吸ができない。

グングニルと名乗った男が、背を向けて戦場へ去っていく姿を見ながら、


私は久し振りに死んだ。





「メアさん」


目を開けるとキスククがいた。

手には血に染まった剣を握っている。


「メアさん、俺、やれました…」


彼の顔には返り血。


「メアさんを殺した奴を、殺しました…」


泣きそうになっている。必死でこらえているが、手は若干震えていた。


「俺、メアさんの力になりたいっす!」


キスククの目は真っ直ぐで澄んでいる。珍しいほどに。


「私も…初めての時は、手が震えたな…」


震えているキスククの手を、私は体を横たえたまま重ねた。

頭を撫でてくれたレド大将みたいに、優しく。


「君は、君の心を大切にしなさい。

その真っ直ぐな心を忘れちゃだめだ」


泣かなかった。

キスククは強くなったんだろう。


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