ヴァルハラの鐘 2
朝日が上ると共に、戦士たちは目を覚ましていく。
屋敷の入り口に置いてあった武器を手に、戦場へ足を踏み入れる。
レド大将が私達を鼓舞するように大きな声で挨拶をする。
「よし!今日もお前ら、死ぬんじゃねぇぞ!
昨日よりも多く敵をぶっ倒してこい!」
おお!と声を揃えて朝が始まる。
二日酔いなどはなく、不思議と力がわいてくる。
もはや手に馴染んできた愛刀を手に、腰紐に刀を差し込む。
屋敷を出ると見える、いつもの戦場。
地平線広がる、一面の芝生のような短い草が生えた穏やかな大地。
向かいにも同じように佇む、東軍の人影がびっしりと見えた。
それぞれに槍や弓など武器を持っている。
レド大将は私達の前で、大きな斧を肩に担ぐようにして立っている。
「——行くぞ!」
雄叫びが、両軍共に大地にとどろくよう。
戦いがいつものように始まった。
…そして、また夜がやってくる。
「おお、今日も生き残ったか」
声をかけてきたのはレド大将。
その後ろには何人かの仲間たちが続いていた。
「よぉナイトメア!
俺たちも今日は生き残ったぜ!
昨日より一人多くやれたぞ!」
その中にやはりキスククの姿はない。
私の目線に気づいたのか、ぽんぽん、と頭を撫でるレド大将。
「あいつも後から来るさ。とりあえず飲もう」
しばらく酒を飲み交わしていた頃、またあの声と光が現れた。今度ははっきり。
——幻覚とかじゃない。
私は一人さりげなく屋敷の外に出た。
中で宴会を楽しんでいるので、外に出ることなどまずしない。
私が移動すると光はふよふよと後に続く。
まるで蛍みたい。
「なに、何か話してごらんなさいよ」
『戦士って感じじゃないわね、貴女。
ああ、えっとナイトメアだっけ?』
わりとあっさり光の女性は口を開いた。もう普通にそこにいるみたいに見える。
髪の長い、綺麗な女の人…。
『やっと話せて安心したわ。昼間はうまく伝わらないから焦ったわよ。
あたしはこのヴァルハラの秩序の女神。
この世界の均衡が崩されている。そこで貴女に力を貸してほしいの。
私の役割上、貴方達に直接干渉することを許されてないから、こういう形で申し訳ないんだけどね』
そしてずっと話したかったみたいで、話が止まらない。
『原因はよく分からないのよ。だからこっちもなんとも対処できなくて…。
だから直接確認しようと来てみたんだけど、どーも不自由な身の上だからね』
「女神ってことは…貴女が鐘を鳴らす女神なの?」
ヴァルハラの女神が鐘を鳴らす…それは私たちの戦いの終わり。
それが現実的になっている?
『いえ、無理よ。私ではあれは鳴らせない』
きっぱりとした口調で否定する彼女。
そのまま続けた。
『鳴らせるのは、自分の鐘だけ。それ以外は触ることすらできないわ。
そもそも鐘を鳴らすのは、女神に愛された人間だし。
それが、このヴァルハラにいる戦士から選ばれた存在よ。
私はこの世界の秩序や均衡が破られないように監視をするのが役目。まぁ審判みたいなものね』
なるほど。
長い間戦ってきて今更だが、あまり詳しくこちらのシステムを理解してなかった。
私たちの中の誰かが、女神から選ばれる…それが戦いの終わりと言うことなのか。
どちらにせよ、神様のおもちゃであることは変わらないけれど。
「…で、私は何をすればいいの」
鐘を鳴らさないのであれば、どんなことで戦いを終わらせることができるのか。
女神は待ってました、とでも言うように、にこりと笑う。
『とっても簡単な仕事よ!
あたしをミュルヘル山まで連れてってほしいの。
そこの山にこのヴァルハラを閉じる鐘を持つ女神がいるはずなのよね』
「ミュルヘル山…?
そこに女神がいるの?」
がさり。
音がした。
振り返ると、そこにはキスククが立っていた。
その表情からして、恐らく——
「メア…さん、いま…今、女神がいるって…」
やはり、聞いていたようだ。
今さらだけれど、キスククだけが帰ってくるのが遅いのだった。
誰もいないだろうとこんなところで話したのが悪い。
「メアさん、もしかして選ばれたんですか?!」
「違うみたい。でも、もし詳しい話を聞きたいなら、少なからずこれから違う戦いに飛び込むことになると思う。
…キスクク、貴方は戦える?」
一瞬、黙り混む。
そりゃ…そうだろう。彼は今まで戦いたくなくて武器もとらず逃げているだけだ。
誰も傷つけたくないし、傷つきたくない。
ただ泣きじゃくってるだけ。
それを弱いと避難するのは、彼の状況を含めると一方的すぎる。
「…賢明な判断よ。
この戦いは、たぶんヴァルハラのものより過酷になると思うから」
もう少し状況を聞きたいけど、朝が近い。
眠くて疲れるという感覚はないが、私が宴会場にいないことを誰かに悟られてしまう。
事が大きくなると、巻き込む数も増える。
「ごめんなさい、もう戻るわ。
続きは夜になったらまた聞かせて」
秩序の女神は意外にも少し遠慮がちに頷いた。
『それはもちろん構わないけれど、いいの?彼…
口止めとかしといた方がいいんじゃないの』
キスククをちらりと見るが、彼は目をそらしたまま。
頷けなかったことに後ろめたさでも感じているのだろう。
そんなこと、考えなくていいのに。
「いいのよ、大丈夫」
背を向ける。キスククにも、女神にも。
…これからの戦いを背負うのは、私だけでいい。