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ヴァルハラの鐘 1

『——ヴァルハラの女神は眠らないのだ。


何故なら、戦いの終わりの鐘を鳴らすから…』


だが、終わりの鐘は鳴らない。

戦いが開始されてから、何十年経ったのだろう。

私はこの戦で何回死んだのか分からなくなっていた。


日が傾き、空が紫色になってくる頃。

ようやく今日の戦いが終わる。

足元で先程まで息絶えていた同胞の戦士たちが、ぞくぞくと動き出す。

私は握っていた剣をようやく鞘におさめる。


「おお、ナイトメア。

今日も生き残ったのか」


後ろから声をかけてきたのは、我が西軍の大将『レド』。

その大きな背丈は暗くなる景色でもよく見えた。


「はい、おかげさまで。

お連れ様は?」


「キスククは死んだ。まだ来て一月だからな。

あいつは遅れて来るだろうから、先に飲もう」


はい、と返事をする。夜が唯一の息抜き。

暗くなった草原の先に、大きな屋敷の光がゆっくりと灯っていく。

暖かな光に、お腹のすく薫り。私とレド大将はその灯りに向かって歩いていった。


ここはヴァルハラ。

私はこの戦場に呼ばれて、十年が経つ。

さすがに最初は戦ったことなどなかったので、何度も死んだ。

ヴァルハラに呼ばれた戦士は、年を取らず死なない。

日が暮れれば、昼間に死んだ体が意識を取り戻す。

私も来たばかりの頃は何度も死の痛みを感じた。

それからなにも知らない女子大生だった私が、生き残るために高校の時にやっていた剣道を頼りに剣術を身につけ、なんとか生き残るようになった。

今では『ナイトメア』という名前を、軍の皆に知ってもらうほどになった。


夜になると、戦いは一旦お休み。

どこで戦っていようと、必ず屋敷の灯りが目の前に灯り、そこの宴会場で仲間たちと酒を酌み交わす。

酒と言っても、元の世界の酒とは味が違う。

私は酒が苦手だが、ここのは気持ち悪くならないし味も苦くなく美味しい。


「…今日でお前が来て何日目の夜だ?」


レド大将は必ず私にこう聞いてくる。


「今日で…3600日、かな」


だんだん自信がなくなってくる。日付の感覚が壊れてくるのだ。

毎日相手の軍勢と戦い、酒を飲んで少し眠り、また戦う。

死ぬか生き残るかの違いで、同じことの繰り返し。

敵対させられている東軍も、境遇は同じ。

こちらが一人増えればあちらも増えて、拮抗状態は崩せない。


「俺はもう、忘れちまった。

だからお前がせめて覚えててくれ」


レド大将はここに来てもう五十年以上らしい。覚えられたのは五十年までらしいので、本当は何百年といるかもしれない。

ちらほらと宴会場にも人が入り始めてきた。

皆、酒を飲む前にレド大将に声をかけてから飲む。


「ここの連中と酒を飲んで暮らす毎日が、俺の日常になり始めているが…俺は前の所じゃただの農民だ」


レド大将は忘れないために、私にその話をする。


「ちょっと人より体がでかくて丈夫だったことが、俺の幸いだな。

お前は小さくて細いから、よく死んでたんじゃないか?」


「ええ。今だってギリギリですよ。

…死ぬ傷みは何度味わっても慣れません」


「慣れちまう前に、…戻りてぇもんだな」


二杯目の酒に口をつけるレド大将。

戦いを止めようにも、止め方が分からない。

女神の鐘が鳴るまでが終わりと、この軍の中で伝わっている。

誰が言い出したのかは知らない。何故か皆知っているのだ。


「おお、キスクク。こっちへ来い」


最後に宴会場に入ってきたのはキスクク…と呼ばれた彼。まだ中学生か高校か。

彼は私と同じ黒髪。日本人なんだろうか。

似ている種族だから、レド大将は彼に私を紹介したらしい。

ここの人達はそれこそ種族が様々。でも不思議と言葉は交わせる。まるで前から知っているように、私には自然な日本語に聞こえる。


「俺はキスククじゃない…もう戦いたくないんです…!」


キスククは沈み込んでいる。懐かしい。

私も最初の頃は塞ぎ混んでいて、泣き喚いてレド大将によくお世話になっていた。


「あぁ…分かってるさ。

でも前の記憶は女神に持ってかれてる。

このまま死にたくないなら生き残る戦い方を探せ。

戦いが終われば、女神は名前を返してくれる。

そうすりゃ元の世界に戻れるさ」


レド大将に肩を叩かれると、泣きそうな声で頷く。 

私なんてレド大将と取っ組み合いの喧嘩をしたことがある。もちろん簡単に押さえ込まれたが。


「女神の鐘が鳴れば、終わるのよ」


「ナイトメアさん…」


消え入りそうな声で頷いているキスククに、私は声をかけた。


「メアでいいわ。本名じゃないし、さん付けしなくていい」


少し笑ってから、以前レド大将に言われたように私は続ける。

自分にも言い聞かせるように。


「鐘を鳴らす女神が戦いに満足するまで終わらない。

だからこそ、私達は戦わなければならないのよ」


まるでおもちゃだ。

理不尽だと思うけど、それを女神にやられちゃうなら人間である私達はどうしようもできない。


「…メアさんは強いですね…。俺は無理っすよ…。

レド大将、女神様に会って、もうやめてくださいって言えないんですか?

おかしいっすよ…こんなの…」


場所が分かりゃな、とレド大将はキスククの頭を撫でる。

子供をなだめるように、優しく諭していた。


でも、私はそんな言葉を聞いてなかった。


私の目の前にふわりとした光が現れた。

それは光だと思っていたのに、だんだん人の形…人の顔に見えてきた。

女性、…泣いている?


『—……け—』


声まで聞こえる。

かすかな声。近くにいるのに、まるでこだまのよう。


『——お願い…たすけて…—』


風にかきけされてしまったように、姿も声もどこかへ空気に消えてしまった。


「お前だってそうだろ、ナイトメア?」


「…えっ?」


急に、引き戻された。

あんなにはっきり存在があったのに、誰も騒ぎ立てていたりしない。

まさか、私だけ?…そんなわけない。

見間違いにしては長すぎる。


「…い、いえ、すみません。

聞いていませんでした」


なんだかよくわからないけれど、説明がつかない。

それなら無闇に皆の邪魔をすべきじゃない。

この宴会場で騒ぐことだけが、私たちの唯一の息抜きなんだから。

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