5話 初クエスト
翌朝、僕はソファーで目を覚ました。
確か昨日の夜とても恐ろしい鬼が襲ってきたような気がするのだが……ダメだ思い出せない。
とりあえず霞がかかった様な頭をスッキリさせるために顔を洗おうと洗面所へと向かうことにする。
そういえば昨日も体をタオルで拭いただけだったなぁ……お風呂に入りたい。
「きゃっ!」
寝惚けたまま洗面所のドアを開けると中には先客が居たようだ。
スラッとした細い脚はただ細いだけでなく、無駄なモノを排除したアスリートの脚だ。そのまま目線を上げ、やや小降りな臀部とキュッと括れた腰。見るからに張りのある肌に綺麗な形の胸があり、最後に頭付近を見ればティシャンブロンド髪に驚きの表情のまま固まったまだ幾分か幼さの残る美貌。
「うん、トータルで百点をあげたいところだが、やっぱり胸の大きさがあと少し欲しいね。八九点」
僕の感想が気に入らなかったのか少女の顔は鬼の形相へと変化していく。ここになってようやく自分の過ちに気が付いた。
「早く服を着ないと風邪ひくよ? 愛莉歌」
「バカ! 死ね!!」
直後、内臓さら飛び出しそうな衝撃を腹部にくらい僕は反対側の壁に叩き付けられる。
良いパンチだ……世界を狙えるよ。
僕は再び意識を手放した。
★☆★☆★☆★☆
腹部の痛みを抱えながら僕は今アルス・テルスの街中を歩いている。
朝柚姉に起こされ、周りを見渡すと何故か廊下で寝ていた。何故廊下に寝ていたのかが思い出せない。そう言えば昨日の夜も確かソファーに座っていたと思うのだけど……ヤバイこの年でもうボケがきたのか!?
「なぁ愛莉歌。何か知らないか?」
「知らない。寝惚けていたんじゃないの?」
それに起きた時から愛莉歌が何故か冷たい。一体僕は何をしたんだろう?
何故痛む腹部を抱えながら街中を歩いているかと言うとレベル上げと資金調達を兼ねてギルドからクエストを受ける事にしたのだ。
「初めてのクエストだし、簡単のにしような」
「戦闘しなきゃ意味ないでしょ!」
「イズ君、人はね痛みを伴って成長するのよ」
何故か二人から怒られてしまった。おかしい、安全案が却下されるなんて……
冒険者ギルドは今日も賑わっていた。二階の酒場も興味はあったが、今日はクエストを受ける事が目的の為三人並んでクエストボードを眺める。
「これが良いんじゃないからしら? ゴブリン十体の討伐」
「私達ならこれくらい余裕よ。オーク五体の討伐」
「まずはこれくらいでいいんじゃないか? ラージラビット三羽の討伐」
「「却下」」
何故だ……戦闘に慣れる意味でもこれくらいがいいと思うんだけどなぁ……解せぬ。
とりあえず僕の案は却下らしいので、クエスト依頼用紙を掲示板に戻す。それから二人の話し合いを後ろで聞いていると僕の後ろから更に手が伸びてきて愛莉歌が持っている依頼用紙を横取りしてしまう。
「ちょっと! 何するのよ!」
当然いきなり手に持っていた紙を奪われた愛莉歌は黙ってはいない。紙を奪った人物を睨みつけ今直ぐにでも噛み殺さん勢いで言い寄る。
「悪いがこのクエストは昨日から俺達が狙っていたものだ。」
「何言ってるのよ! クエストボードに貼ってある時点で誰のモノでもないでしょう!」
紙を奪った男の横暴さに愛莉歌はさらにヒートアップする。男はスピード重視の装備の様で胸当て一枚だけを装備しあとは腰にナイフが装備されているだけだ。でもあのナイフどこかで見たような気がするけど……
「はっこのクエストはなお前らみたいなルーキーが受けれるもんじゃねーんだよ!」
今度は男のパーティメンバーだろうか一歩後ろに居た男が声を掛けてくる。その言葉を聞いて横に居た女の人がクスクスと笑いだす。全体的に見てもガラの悪いパーティのようだ。
「おい、こんな奴等相手にするなよ。今日はこっちでいいじゃないか」
「腰抜けは黙ってなさい! 今私はこの男と話ししているのよ!」
ダメだ。愛莉歌は完全に頭に血が上っている。こうなるとちょっと面倒だぞ。
「そっちの嬢ちゃんの言い分が正しいぜ! 子供は大人しくお使いでもしてな!」
「それとも俺らのパーティに入れてやろうか? まぁ入れても雑用だけどな!」
男たちは下品な笑い声をあげる。流石にその言葉には僕もカチンとくるものがある。
「それにしても、いきなりオークとか死ににいくようなものだぜ」
「装備を見る限りあなた方もそうレベルが違う様には見えませんけど?」
愛莉歌が殴りそうになったので二人の間に体を滑り込ませる。そして男たちのパーティを睨みつけながら装備の事を指摘してやった。
「へぇ意外と見る目はあるようだな。さてはお前“プレイヤー”だろ」
無視を決め込もうとしたが男の放った“プレイヤー”という言葉につい反応してしまう。
「へっ思った通りか。それじゃコイツの凄さも解るよな」
男は腰に差してあったナイフを取り出し柄の部分を見せつけてきた。そこには白い兎のデフォルメされたマークが刻み込まれている。そしてそのマークは僕が一番よく知っているマークだった。
「……ホワイトラビットモデル……」
今の僕は苦虫を十匹程噛み潰した様な顔をしているだろう。男は僕の顔を見ると勝ち誇ったようにさらに言葉を重ねた。
「当りだ。名前を知っているならコイツの凄さもわかるだろう? これが俺の力だ。じゃ~な」
男はそのままクエスト用紙を見せびらかすようにひらひらと振りながらカウンターへ行ってしまう。
僕が何も言わないでただ見送っていると愛莉歌が僕に噛みついてきた。
「ちょっと! 何で黙って行かせるのよ!」
「イズ君。あのナイフってもしかして……」
柚姉は僕の顔を見ながら心配そうに声を掛けてきた。僕は何とか笑顔を作りながら一回大きく頷いた。
「昔僕が作ったナイフだ」
「はぁ!? 何それ、どういう事よ!」
愛莉歌は納得できないと言った感じで僕の胸倉をつかんできた。今の僕はその手を払いのける力すらなかった。
「愛莉歌もFYOをやっていたなら聞いたことがあるだろう。“ホワイトラビットモデル”って名前を」
「あのバカッ高い武器や防具の一つでしょ? それが何よ! ……まさか!!」
愛莉歌は気が付いたようだ、その名前の意味を。
「“ホワイトラビット”、“レッドイーグル”、“ブラックシャーク”。FYOの中でも特に人気があったプレイヤー製造武器だけど。これは全部“匠”が作ったものなんだ」
僕の告白に愛莉歌は目を丸くする。まぁ余り市場に流れなかったし、名前を隠して売っていたからしょうがないと言えばしょうがない話しだ。僕のはめんどくさかったから安易に名前をもじったマークにしたからたまに問い合わせとかあったけどね。それもギルドメンバーが全力で隠してくれたから大騒ぎにならなかったけど。
「何よ! それじゃアイツはイズ姉ぇの武器をさも自分の手柄みたいに自慢したって言うの!」
まぁ手に入れた時点で大分お金を使っているから手柄と言えば手柄だけど、まさかこっちに来てアレを見せられるなんてね。
「まぁいいじゃないか。アイツ等なんてほっておいて今日は柚姉の提案したゴブリン狩りをしようよ」
話しはこれで終わりと僕は最初のクエストの話題に切り替えた。柚姉は僕の気持ちを察してくれたのか話しに乗ってきてくれるが、約一名。気持ちが切り替わらない子がいるようだ。
僕は愛莉歌の頭を撫でながら声を掛ける。てか身長が余り変わらないから頭を撫でるのも一苦労だ。
「ほら、気持ち切り替えて行くよ」
「イズ兄ぃ……子供扱いするな、バカ」
愛莉歌が小さい声で呟いた。まったく手のかかる妹だよ、本当に。
「はいはい、それじゃ頑張って今日の宿賃を稼ぎますよ~」
「ふふっそうねイズ君」
「勝手に仕切るな! イズ姉ぇ!」
僕達はそのままゴブリン討伐のクエスト用紙をカウンターまで持って行った。
☆★☆★☆★☆★
「はっ!」
愛莉歌の気合と共に繰り出された拳がゴブリンの頭にヒットするとそのまま胴体とおさらばした。
アイツ、爪を装備してるとはいえどんな腕力しているんだよ……
あれから無事ゴブリンの討伐クエストを受けれた僕達はアルス・テルスからほど近い森にまで来ていた。この世界のゴブリンは小型の人型のモンスターを指すようだ。キーキーと甲高い声で鳴きご丁寧に盾やこん棒などを装備してる。また二匹から三匹の集団で行動しているようで連携力も高い。
ソロで討伐するには少し厄介な相手だと思うけど、今日はこちらも三人だ、特に問題もない。
「イズ姉ぇさ、さっきから見てるばっかしじゃん」
倒したゴブリンの素材をアイテムストレージに納めながら愛莉歌が文句を言ってくる。ゴブリンの装備してるものが地味にいい値段で売れるのだ。ちなみに討伐数はギルドカードに記録されるので素材などを全部売っても問題はない。
「いやいや、僕は柚姉のサポートだよ?」
「イズ君はヒーラーである私を守ってくれているんだよね~」
柚姉の選択した職業は聖職者。つまり回復役だ。柚姉はFYOの中では引手数多の凄腕プレイヤーだった。また聖職者はバフ系の魔法も得意で先ほどからお世話になりっぱなしだ。
「柚姉ぇのサポートもわかるけど、ゴブリン倒しているの私だけじゃん!」
次の獲物を探す為に移動し始める。僕達も彼女を先頭に歩きはじめる。僕と愛莉歌で柚姉を挟むようにして歩く。そんな中愛莉歌が文句を言ってきた。まぁさっきからゴブリンと戦っているのは彼女なので言い分はわかる。わかるが戦いたくないのだからしょうがない。
「はぁ……」
愛莉歌は僕の表情から何かを悟ったのか大きなため息をついた。さすが僕の妹二号だ。アイコンタクトもバッチシだね!
「あ、そうだ。イズ姉ぇに良いこと教えてあげるよ」
「何さ、良いことって」
愛莉歌はニシシと含みのある笑いをするともったいぶるように話しを続けてきた。
「師匠に教わった通りに戦えばいいのよ」
彼女が言う“師匠”とは僕の祖父の事だ。普段祖父は女性に対して護身術として古武術を教えている。しかし、僕と妹の千穂、そして愛莉歌は流派を遺す為に本格的な修行を行っている。
「ええ~じいちゃんの?」
「柚姉ぇのサポートは私がやるから大丈夫よ。それにいつまでも歳下の女の子に物騒な事やらせないでよね」
先ほどから嬉々として狩りをしていた人のセリフとは思えない。まぁ流石に何もしないと言うのは格好悪すぎなのでここはひとつ頑張りますか。気は全然乗らないけど。
僕と愛莉歌は場所を換え今度は僕が先頭に立って歩きはじめる。装備は武器屋で購入したハルバードを右手に持つ。
しばらく歩くと前方からゴブリンらしきモノが近付いてくる。はぁ何故かエンカウントしちゃうんだよなぁ
「イズ姉ぇいつもの練習通りにやれば大丈夫だよ! ガンバ!」
「それじゃイズ君頑張ってね」
二人はそう言って僕から一歩引いた場所に陣取ると、柚姉から攻撃力上昇と速度上昇の補助魔法をかけてもらう。
向ってきたのは二匹のゴブリンで僕の姿を確認すると勝てると思ったのだろう口元に笑みを浮かべこん棒を振り回し始めた。
あ~あ明らかに馬鹿にされてるよ。嫌だなぁ……。
愛莉歌の言葉は信じたいけど、いざ敵の前に立つと自信が無くなる。呼吸は荒く、掌に汗までかき始める。
落ち着け……これは練習。相手はただの木偶の坊だ。
一回大きく息を吐き出し呼吸を整える。ゴブリン達は未だに僕を侮っているのかゆっくりと近付いてくるの。相手が舐めてかかってくるならこちらから攻めてやろう。
「シッ!」
先頭のゴブリンを目標に定め、大きく踏み込む。ゴブリンが反応するより前にハルバードの尖端が胸を貫く。尖端を引き抜き体全体を使い回転を加え今度は斧の部分を使い後ろに居たゴブリンの頭を撥ね飛ばす。
ゴブリン達は何故死んだのかわからないまま死んだのだろう。ゴブリン達の顔は僕を侮って見下していたあの嫌らしい笑顔のまま事切れていた。
「やれば出来るじゃない」
「凄いわイズ君。あっという間に倒しちゃうなんて」
後衛にいた二人が称賛の言葉と共に近付いてきた。僕はただ練習通りに動いただけなんだけどね。
「柚姉の支援があったのも大きいけど、これ程とはね」
「師匠の教えは凄いわ。改めてそう思ったもの」
多分だけどステータスが関係しているのではないかと愛莉歌が自分の考えを言ってくる。確かに祖父に稽古をつけてもらっているよりは体が動いている気がする。
そしてそれはこの世界がゲームではないと決定付ける要素でもあると僕は思う。
僕達が習ったものは『皐月流』と呼ばれる古武術だ。マイナーの頭に“ド”が付くほどのマイナー流派なので当然ゲームのシステムには組み込まれていない。なので僕の攻撃はただの突きと認識されステータスと武器の攻撃力に依存したダメージしか出ないはずだ。当然その攻撃力はゴブリンを一撃で倒せる程の威力はない。しかし、目の前のゴブリン達には確実に命を奪う程のダメージを与えている。
まぁあくまでも推測だし、難しいことはわからないけどね。専門じゃないし。
兎に角、戦闘用スキルを使用しないでこれだ。上手くスキルを扱えるようになればこのレベル帯では敵はいないかもしれない。
規定数以上のゴブリンを討伐した僕達は意気揚々と帰路につく。
しかし、この時街では蜂の巣をつついたような騒ぎになっていたのだが、僕達は知るよしもなかった。
出雲:レベル14 職業:剣士 サブ:工匠
装備:布の服・革の胸当て・革のブーツ・ハルバード
愛莉歌:レベル15 職業:武闘家 サブ:???
装備:布の服・革の靴・革の靴
柚葵:レベル13 職業:聖職者 サブ:???
装備:布の服・革の靴・ロッド