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4話 出雲のもう一つの顔

 アルス・テルスの冒険者ギルドは街の南側にある商業区のど真ん中に位置している。

 西部劇に出て来そうなスイングドアを開けると喧騒とお酒の匂いが出迎えてくれた。

 二階建ての建物で、一階部分が冒険者ギルド、二階部分がバーとして経営しているようだ。

 クエストで稼いだ金を使い二階でどんちゃん騒ぎをする。ん~実にいいサイクルだと思う。


「とりあえず、さっさと登録してきなさいよ」


 愛莉歌が後ろから声をかけてくる。言われなくても行ってくるよ!

 愛莉歌の鋭い視線を背中に受け僕はカウンターまで足を運ぶ。カウンターには現在『綺麗な女性』、『普通の女性』、『イケメン男性』の順で並んでいて、綺麗な女性に男の冒険者が群がっている。ああいうのを見せつけられると男として何とも悲しくなってくる。

 イケメン男性の方にも少なからず女性の冒険者が集まっているので一番人が少ない真ん中の普通の女性の所に歩いて行く。異性はちょっと苦手なのだが、この際しょうがない。後ろから鬼が睨んでいるのだ。僕だって命は惜しい。

 冒険者登録は特に問題と言える問題もなかった。まぁ名前書いてプレート貰うだけだしね。


★☆★☆★☆★☆


「出来上がったようね」


「ちゃんと一人で行けて偉いわ~イズ君」


 愛莉歌から睨まれ、柚姉からは何故か頭を撫でられる。僕、今年で二十歳になるんだけど……


「それじゃ早速登録する?」


「ここじゃ人目に付き過ぎるわ。ちょっと早いけど宿屋でやった方が安全ね」


 この場でさくっと終わらすと思っていたが、意外にも冷静な柚姉が宿屋に戻る事を提案してきた。

 さっきまで僕の頭を撫でまわしていたのに。同一人物とは思えない。


「私もユズ姉ぇの意見に賛成。あんまし人に見られたくないしね」


 愛莉歌も移動することに賛成のようだ。まぁ場所何て何処でもいいと思うけどね。

 僕達はそのまま昨晩泊まった『妖精たちの舞踊亭フェアリーダンス』に移動することにした。

 行く道すがら聞いてみたら柚姉達も昨日は妖精たちの舞踊亭に泊まったそうだ。もしかして昨晩喧騒の中で聞こえたと思っていた声ってこの二人の? まぁいいか無事再会できたんだし。


「いらっしゃい! おや、貴女達は昨晩泊まってくれた……みんなでパーティを組むことにしたんだね」


 カウンターに居た女将さんは僕の事を覚えていてくれた。僕は適当に話しを合わせて会話を続けていく。


「そうなんですよ~力強い仲間ができました」


「そうかいそうかい。でも街の外に行けば危険なんだから気を付けないとダメだよ」


「ありがとう」


「さて、今日はどうするんだい? 三人で泊まるとなると大部屋で雑魚寝か少しランクの高い部屋になっちゃうけど」


「ランクが高くてもいいので個室にしてもらえますか?」


「あいよ! それじゃ一人六十アルバになるよ。食材の持ち込みがあれば五〇アルバだね」


 僕はアイテムストレージからボアボアの肉を取り出す。それに今日の買い物ですっかり軽くなった財布から銅貨を五〇枚取り出して支払う。柚姉も愛莉歌も個別に支払っていく。


「はい、確かに一五〇アルバ頂いたよ。それにしても昨日もあんなに貰っちゃったけどいいのかい?」


 女将さんは僕が手渡したお肉を見ながら声をかけてきた。まぁ持っていても今のままじゃ調理ができないし、問題ないだろう。その旨を伝えると女将さんは嬉しそうに笑うと僕達に部屋の鍵を渡してくれた。今回の部屋は五〇一号室のようだ。階段で五階まで上がるの?

 階段に向う途中で女将さんから「今日もおまけ・・・しちゃうよ」と言ってもらえた。


「何を話していたの?」


 その様子を見ていたのだろう、愛莉歌から声を掛けられる。まぁ別にやましい事はやっていないのだが、夕飯をおまけして貰うと言うのは贔屓になるのだろうか?


「夕飯の話しでちょっとね」


 結局自分では判断がつかなかったので曖昧な答えを言っておいた。愛莉歌も大して興味がないようで「ふ~ん」の一言で終わらしてしまった。何故聞いて来たのだろうか?


☆★☆★☆★☆★


 流石に昨日よりランクの高い部屋だけあって今日泊まる部屋は凄かった。

 まず、部屋がベッドルームとリビングルームに分かれている。リビングルームには二人掛けのソファーが二脚と一人掛けのソファーが一脚。それぞれのソファーの真ん中に来るようにテーブルが置かれ、壁際の食器棚にはティーセットまで用意されていた。ただの宿屋にしては豪勢すぎると思うのだが、女性陣は特に気にして居なかった。

 ベッドルームも確認しようとしたのだが、先にやることをやってしまおうと愛莉歌から提案されたのでフレンド登録を先にする事にした。


 フレンド登録はギルドカードを持った人が近くにいるとフレンドリストに自動で名前がリストアップされるのでフレンド申請するだけでいい。後は相手の認証待ちだ。三人で申請と認証を繰り返すと白紙だったフレンドリストに新しく二人の名前が登録された。


「それにしてもやっぱり本名で登録されているんだね」


 僕はフレンドリストを見ながら思った事を口に出した。追加された名前はゲームの時のキャラクター名ではなく、本名が日本語で登録されている。


「やはりここはゲームに似ているけど別の世界と考えた方がいいかもしれないわね」


 柚姉がフレンドリストをいじりながらそっと呟く。誰もが思っていた事だが改めて言葉にするとちょっとくるものがある。


「それにしても、カンストしてやることが無かったとはいえリセットされると辛いわね」


 そんな空気を何とかしようと愛莉歌が話題を変えてくる。しかし、言っている意味が解らない。


「リセット? 何のこと?」


「何の事ってステータスよ。こっちにとばされたときにリセットされていたでしょう?」


 愛莉歌は何を今更と言いたげな目を向けてきた。


「いや、僕は上がっていたけど。レベル」


「嘘でしょ!」


 間髪入れず全否定してくる愛莉歌。て言うか何でそこまで自信満々に僕の言葉を否定してくるかな。


「いや、本当だって。僕この世界に来て2レベル上がって、10になったし」


「私だってレベル10に下がっていたわ。……ちょっと待って、イズ姉ぇ今なんて言った?」


「僕は男だって何回言えば……」


「そんな事はどうでもいいよ! さっき何て言ったの!」


 僕の性別ってどうでもいい事なんだ……これにはショックが隠し切れないよ。


「……レベルが10に上がっていただよ。クエストをクリアしたから経験値が入ったんだろう?」


 僕はブスっとしながらも答えると愛莉歌は目を見開き言葉をなくしていた。何をそんなに驚く事があるんだ?


「イズ姉ぇって何年やってたっけ? FYO。」


「ん? そうだな……今年で七年目か」


「私が始めて暫くしてから誘ったから、それくらいね」


 柚姉が指を折りながら数えている。うん、二十歳過ぎの女の人がやるには少し幼すぎるアクションだが、何故か柚姉がやっても違和感がない。


「七年……七年間もやってて何でレベルが8で止まっていたのよ!!」


 愛莉歌は口から火を吐きそうな勢いで怒鳴ってくる。まぁそんなに怒るなよ。プレイスタイルなんて人それぞれだろう?


「イズ君はメインよりもサブのレベル上げが忙しかったものね~」


 胸倉をつかまれ平衡感覚が狂うんじゃないかと思われるくらい前後に揺さぶられていると柚姉からフォローが入る。フォローを入れてくれた事は嬉しいのだが、もう少し早めに入れてもらえなかったでしょうか? マーライオンになりそうです……うぷっ。


「サブ? サブってサブ職の事?」


「そうよ、イズ君は凄いんだから」


 柚姉がまるで自分の事の様に胸を張る。そしてその動きに連動して柚姉の二つの双丘もその存在を自己主張する。男ならその動きを目で追ってしまうのは本能だろう。だから愛莉歌さん、無言で殴らないで下さい。


「いくら凄いって言ってもサブ職でしょ?」


「ふふふっそれがねイズ君のサブ職はレベルカンストした“匠”なのよ」


 柚姉は何故かとても嬉しそうだ。それに対して愛莉歌は何処か怪しげな視線で見てくる。ギルドが違った彼女は僕のサブ職まで知らなかったようだ。


 愛莉歌の怪しげな視線の理由もよくわかる。実はこの“匠”というのは正式名称ではない。本来の名前は『工匠』という。

 このサブ職は生産系にしか存在していない“三次職”にランク付けされている。スキルで生産系で作れる全てのアイテムを作ることが出来るチートに近いサブ職だ。一応公式HPで発表はあったのだが、転職条件がとても厳しくプレイヤー間では誰も就く事が出来ない職だと言われ続けていた。


 その条件とは『生産系サブ職をレベル50でコンプすること』なのだ。FYOのレベルはキャラクターレベルが上限300、職業レベルは100までに設定されている。ここで『何だ、レベル50でいいなら半分じゃん』と思う人が大勢いたのだが、サブ職の転職時に起きるデメリットが曲者だった。

 一度就いたサブ職を変更する人が少なく、あまり情報が流れていないのだが。このサブ職の転職デメリットとは『レベル10以上の場合、レベルが半分になる』と言うものだった。つまりレベル50以上でコンプとはすなわち全部の生産系サブ職をレベルカンストしろよって事だった。

 これには全プレイヤーが泣いた。

 何故ならひたすら地味なのだ。モンスターと戦闘をする訳ではなく、ひたすら金槌を振り下ろすかノミで削るか針で縫うか……。多くのプレイヤーがこの工匠を目指したがほとんどがその終わりの見えない単純作業で挫折してしまった。

 結局日本サーバーでこの工匠に就けたのは三名のみ。僕を抜かすと二人だ。しかし、さらにレベルをカンストさせたのは僕だけだった。残りの二人はそこそこまで上げてダウンしたらしい。


「…………」


 説明を受けた愛莉歌は声を無くしていた。まぁそうだろう、メインを育てず七年間ゲームの中で引きこもっていたと聞かされれば誰だって呆れてモノも言えなくなるだろう。


「高レベル帯のモンスター素材はどうしたの?」


「あ、それは私達ギルドメンバーが全力でバックアップしたわ!」


 柚姉が当然の事だと言わんばかりに胸を張っている。

 レベルを上げるには高レベル帯のモンスター素材が必要になってくる。しかし、サブ職のレベルを上げる事に熱中していた僕はまともに狩れるモスンターは少ない。そのため所属していたギルドメンバーから素材を買ったり時には貰ったりして武器や防具にして変換するという流れを作り上げた。

 何故そこまでして工匠と言うサブ職を選択したのか。それは貰える恩恵が桁違いだったからだ。

 一次職や二次職がの生産系スキル持ちが作った武具は成功時に製作者のレベルに応じて五~十%の性能アップボーナスが付く。しかし工匠になれば最低でも二〇%のボーナスが付き、レベルがカンストしている僕は実に三〇%のボーナスが付く。また“錬成”と呼ばれる武具の強化があるのだが、匠が行えば成功率が五〇%上がり能力の上昇値も最大値が付くようになる。

 これは最低レベルの武器でさえ工匠が一から作り、最高レベルまで鍛えると中盤クラスの武器にまで性能が跳ね上がる事になる。

 流石にやり過ぎたかと運営側もバランス調整しようと試みた事もあったが『十年運営していて辿り着けたのが三名なら問題ないんじゃね?』とバランス調整を諦めてしまった。替わりに成功率とボーナス値を変更できるコンソールが追加された。これは案にバランスブレイカー的な武器は作らないでねとメッセージが込められている気がする。


「まさにバランスブレイカーね」


 説明を聞き終えた愛莉歌の第一声だった。僕もそう思う。


「でもいいことを聞いたわ! イズ姉ぇに頼めば最強の装備が簡単に手に入るって事じゃない!」


「まぁボスモンスタードロップの方が強いの多いけどね。それに今は道具も素材も何もないから何にもできないし」


 少し自嘲気味に笑うと「道具が有れば出来るんだから問題なし!」と愛莉歌は喜んでいた。

 まぁこうして喜んでくれる人がいるなら僕の七年間も無駄じゃなかったかな?


★☆★☆★☆★☆


 その後一度夕食を食べに一階まで降りた。女将さんはおまけとして少しお肉を大きいものを出してくれた。今日もおいしく頂きました。部屋まで戻ると順番にお湯で体を拭き、現在はリビングルームに集まり今後の事について話し合いの最中だ。お風呂が無いのが頂けないが、仕方ないか。


「私はレベルを上げた方がいいと思うわ。ここの宿賃も稼がないといけないし」


 愛莉歌は街の外に出て稼ぐのを提案してくる。確かにレベルを上げないと危険だし、街での生活もままならなくなる。言っている事はわかるのだが、


「まず装備を整えないか? 今の装備が悪いとは言わないが僕の工房に戻れば今よりマシな装備がゴロゴロしているし」


 僕はあえて装備を整える事を提案する。今はまだ負けてHPがゼロになった事がないのでどうなるかわからないが、もしかしたら死んでしまうのかもしれない。

 そうならない為にも装備は重要だ。


「イズ姉ぇの工房ってどこ?」


「レプラコーン領のケルニーだよ」


「行くだけでかなりの旅費を使うし、周りのモンスターは高レベルじゃない。却下よ」


 確かにレプラコーン領はニンゲン領からも遠いしモンスターの強さもある程度あるけどさ。全否定はひどくない?


「イズ君のお家に戻るのはもう少しレベルが上がってからにしましょう。装備に頼る戦い方は良くないわ」


 どうやら柚姉もレベル上げに賛成のようだ。賛成二の反対一じゃしょうがない。民主主義に従うとしよう。戦闘は苦手なんだけどな……


「柚姉がそう言うならレベルを上げよう」


「ちょっと、私の時は反対したのにユズ姉ぇの時は賛成するってどういう事よ!」


 いや、どういう事と聞かれましても……民主主義に則ったとしか言い様が無いのだが……


「やっぱりあの胸なのね! イズ姉ぇもおっぱい星人なんだ!」


 それも否定は出来ない。いや、しかしトータルバランスも重要だと僕は思うけどね。

 しかし、僕の体は愛莉歌の言葉に素直に頷いてしまう。頷いてからしまったと思い慌てて弁解をする。


「いや、トータルバランスを考えれば……」


「……殺すわ」


 愛莉歌は僕の言葉を最後まで聞かずに飛びかかってきた。そしてその瞬間、一人掛けのソファーは僕の体を拘束する拷問器具へと変貌した。


「ガッ……やめ、やめろ愛莉歌! ゴフッ……こ、こままジャフッ! 死んじゃう!」


「死ね! しね! シネ!」


 まずい! 荒ぶる大魔人様は本気で僕の息の根を止めるおつもりだ!!


「柚っ……柚姉! 助けて……!」


「もう夜も遅いからあんまり暴れちゃダメよ」


 なんてことでしょう。頼みの綱である柚姉は今この状況をじゃれて遊んでいる様に見えているようだ。オワッタ……。

 そして目の前には右手を大きく振りかぶった愛莉歌の姿が……

 その映像を最後に僕の目の前は暗くなった。

出雲:レベル11 職業:剣士 サブ:工匠

装備:布の服・革の胸当て・革のブーツ・ツーハンドソード


愛莉歌:レベル12 職業:武闘家 サブ:???

装備:布の服・革の靴・革の靴


柚葵:レベル11 職業:聖職者 サブ:???

装備:布の服・革の靴・ロッド

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