3話 再会×抱擁×地獄行き
買い物を済ました僕は愛莉歌と一緒におっちゃんの店を後にした。ちなみに今はショートソードを腰に二本だけさしている。その他の武器は愛莉歌にアイテムストレージに入れればいいと教えてもらえた。
モンスターの素材が収納できたのだ。当然武器だって収納できるだろう。何故僕は気が付かなかったんだろう。
「それにしても……愛莉歌もこっちに来ていたんだな」
「それはこっちのセリフ。イズ姉ぇは何時こっちに?」
愛莉歌と並んでアルス・テルスの街中を歩く。左右の腰に剣を差して歩くのは目立つのか道行く人がこちらを何回か振り返る。
「昨日だよ。あと僕は男だからね」
「はいはい、乙乙。昨日なら私達と一緒ね」
こいつ……完全になめやがって……僕の方が歳上で男だとわからせてやろうか?
頭に血が上りかけた僕は愛莉歌のある一言で踏みとどまる。
「私達だって? 誰か他に一緒にいるのか?」
「ユズ姉ぇよ」
愛莉歌の口から出た名前に僕は目を見張る。柚姉、本名小早川柚葵は僕の姉の友人であり僕をこのFYOに誘ってくれた張本人だ。そして昨日僕が連絡を取ろうと思っていた人の一人でもある。
「柚姉と一緒なのか!」
「……そうよ、一緒にクエストに行って。気がついたらあの神殿にいたのよ」
柚姉の名前を聞いてテンションの上がる僕とは裏腹に愛莉歌のテンションは下がっている。お腹でも空いたのだろうか? お昼にはまだ早いのだが。
「どうした? 急に元気が無くなったようだが、お腹でも空いたのか?」
愛莉歌の顔を覗き混むようにしながら声をかける。するとイチゴのような香りが漂ってくる。こういう甘い匂いを嗅ぐとコイツも女の子なんだなぁと改めて思う。
じいちゃんの道場で無双を繰り返し、いつの間にか門下生から『皐月の鬼っ娘』と呼ばれている人物とは思えない。
「人の顔をまじまじと見るな!」
愛莉歌の顔を見ながら考えに浸ってしまったようだ。慌てて顔を引っ込めると鼻先を凄まじい速度で何かが通り過ぎる。
「避けるな!」
愛莉歌の言葉から今僕の鼻先をかすめたのは愛莉歌の拳だと理解した。相変わらず何て言うスピードで人を殴ろうとするのだろう。
「無茶言うな。ったく人が心配してやったのに」
「へぇ……心配してくれたんだ……」
僕の話しを聞いた愛莉歌は途端に大人しくなりもじもじし始める。トイレか?
「当たり前だろう」
「そっか~当たり前か~」
まったく、何を今さら言い出すのかな。この子は
「愛莉歌は千穂と同じで僕の妹のようなゴフッ!」
喋っている途中で愛莉歌に腹を殴られる。
何だ? 何故僕は殴られたんだぁ?
「そうなんだ、私はイズ姉ぇの妹のような存在なんだ?」
「当たり前だろ。後、何回も言うけど僕はおとコブラッ!」
喋りきる前にまた殴られた。僕が何をしたって言うんだ!
「そっか……当たり前か……」
何でだろうさっきと同じセリフなのに背筋が凍るような寒気を感じるのは……
「とりあえず……死ね!」
「とりあえずで生命活動を止められないよ!」
「うるさい、うるさい、うるさーい」
その日顔青ざめ街中を逃げ回る少女とティシャンブロンドの髪をなびかせて少女を追いかける鬼の話題でアルス・テルスは持ちきりだったという。
★☆★☆★☆★☆
愛莉歌と命懸けの鬼ごっこを繰り広げること一時間余り、ついに捕まってボコボコにされた僕は柚姉が待っている場所へと案内された。ボコボコにされた意味はあるのだろうか?
アルス・テルスの西側に広がる住宅街にある喫茶店で待っているのだと。ゲームの時はそんなもの見当たらなかったけど、いつの間に出来たんだ?
目的の喫茶店は直ぐに見付けることが出来た。なんせ店の周りには入店待ちのお客さんが長蛇の列を成していたからだ。
白色を基調とした外見は見た人に清潔感を与える。一枚の大きなガラスを使うことで店内に光を取り入れ明るさと解放感をもたらしていて、ガラス戸の前にはオープンテラス用のテーブルセットが数組用意されている。
なるほどね、女の子が喜びそうな喫茶店だ。
ボーと眺めていると店内からコックの格好をした人が飛び出してきて勢いよく頭を下げた。よく見ると僕にではなく、隣にいる愛莉歌に頭を下げているようだ。コイツ……何をやったんだ?
「エリカさん! よく来てくださいました! 中でユズキさんもお待ちですよ」
本当に何をやったんだ。このコックさんえらい勢いでヘコヘコしているんだけど……
「な、何よ。別に何もしてないわよ。昨日街の外でモンスターに襲われているところを助けてあげただけよ!」
僕の視線に気が付いた愛莉歌が慌てて弁解をしてくる。それにしても凄い感謝しているようだけど……まぁ感謝しているようだし。いいか。
「お友達の方もどうぞ、お入りください」
コックさんが僕の方を見てニッコリと微笑みながらドアを開けてくれた。
一瞬並んでいる人達を見てしまったがここのコックさんが良いって言うんだ大丈夫だろう。大丈夫だよね?
店内も外と同じように白色を基調としていてとても落ち着いた雰囲気のあるお店になっている。
そしてその店内の一番奥の席に一人の女性が座っていた。
彼女の姿を見間違えるわけがない。付き合いの長さは彼女の家族の次に長いと自負している。
そう彼女こそが、
「やっほ~柚姉。元気だった?」
「イズ君!?」
座っていた女性。柚姉と目が合うと驚きの表情のまま僕の名前を呼んだ。
柚姉は勢いよく立ち上がると早足で近付いて来てそのままの勢いで僕を抱き締めた。
「やだ~イズ君! どうしたの? 何でいるの? 心配したのよ!」
柚姉は僕の頭を自身の胸に抱きかかえ矢継ぎ早に質問をしてくる。
身長は僕よりも大きく百六十前後。亜麻色の髪を僕と同じ位の長さで揃え、優しそうな顔は内面から溢れ出る彼女の心そのものだと思う。そして何より特徴的なのがその胸部に装備されている双丘の存在だろう。もし、母性と言うものが女性の胸部に現れるとしたら。彼女のそれは聖母クラスだ。
僕も男だ。そんな聖なる双丘に挟まれて嫌な気分になる訳がない。あってたまるか!
「どうしたのイズ君? 感動のあまり言葉を無くしちゃった?」
いや、正確に言うのなら柚姉の双丘に挟まれ呼吸もままならい状態に陥っているだけなのだが。
まさに聖母。その胸に抱かれた者は安らぎを覚えながら静かに息を引き取るだろう。今の僕の様に。
「ユズ姉ぇ。そのままじゃイズ姉ぇが窒息するから」
僕の腕が力なく垂れ下がった状態になるまで待った愛莉歌が柚姉の抱擁に待ったを掛ける。
邪魔をするな愛莉歌よ。僕はこれから理想郷へと旅立つのだ!
「何よ、私にだってそれなりにあるんだから……バカ」
旅立ちの準備をしている僕にはよく聞こえなかったが、愛莉歌が何か言ったようだ。しかし何を言ったか聞こうとしてもこの何故か頭に回された二本の腕を外す事が出来ない。きっと強力な呪いに違いない。
「あらあら、やっぱりエリちゃんもそうなのね?」
唯一愛莉歌の声を聞いた柚姉は怪しく笑うといきなり僕を解放しあろうことか愛莉歌に向けて軽く背中を押してきた。理想郷へ旅立つ準備をしていた僕は反応できず愛莉歌の胸元へ倒れ込んでしまう。
「きゃっ」
今かなり可愛い声を出したのは誰だ? まさか愛莉歌じゃあるまい。
それにしてもこのおっぱい。形といい張といい服の上からでも十分にその素晴らしさが伝わってくるいいおっぱいだが、
「残念な事に大きさが足りない! 七五てだぁぁぁぁぁっ!?」
強力な万力によって頭を締め付けられる。折角のエアバックもこの万力の前ではただの風船だ。
「痛い! 痛いよ、愛莉歌! 今すぐ僕を鋼鉄の処女から解放するんだ!」
「そう……私の胸は棘が生えた鋼鉄のようだと言いたい訳ね」
さらに頭を締め付ける力が増した。ダメだこのままじゃ僕の頭が熟れ過ぎたスイカみたいに破裂してしまう! 助けて! 柚葵お姉さま!
「あらあら。イズ君ダメよ、女性の胸を拷問器具に例えるなんて」
そこじゃなーい! いや、女性目線では正しいかもしれないが今は折角出会えた仲間を助けようじゃないか! そして犯罪者になる前に僕達の妹分を止めてくれ~
僕の願いも空しく、愛莉歌の万力により僕の意識は刈り取られた。頭が変形してなければいいけど……
☆★☆★☆★☆★
数分後目を覚ました僕は普通に席に座っていた。かなり怯えた表情で飲み物を持ってきてくれたウェイトレスさんを捕まえて何が起こったのか説明してもらおうとしたが、愛莉歌をちらりと見て「ヒっ!」と短く悲鳴を上げ早々に立ち去ってしまった。一体何が起こったんだ。
「人生知らない方が幸せな事ってあるわよ」
当の愛莉歌はそう語った以外何も言わない。誰も何も言わないと普通に気になってしまうじゃないか。
「それにしてもビックリしたわ~まさかこっちの世界でイズ君に出会えるなんて」
テーブルに漂っているこの店内に相応しくない不穏な空気を柚姉が一気に払拭した。
全体的にぽやぽやとした雰囲気を醸し出している柚姉はこういう事が得意だ。それにしてもこの人が怒った所を見たことがないな。やっぱり菩薩様の生まれ変わりなのではないだろうか?
「やっぱり柚姉達もあのクエストを?」
「そうよ、昨日ログインしたら特別クエストが追加されていてね、受けないわけにはいかないじゃない?」
「本当は千穂も一緒のはずだったんだけどね」
「何だって?」
愛莉歌の口から出た予想外の言葉に思わず聞き返してしまったが、よくよく考えれば彼女は妹の幼馴染なのだ、一緒にゲームをしていてもおかしくはない。
「それで、千穂は?」
「それがいざクエストを始めようとしたら急に用事が出来たって言って。私達だけ先に進める事にしたのよ」
そうか、千穂も意外と抜けている所があるかなら。らしいと言えばらいしが。
「何とか連絡できないかと色々試したけど、フレンドリストとギルドリストがリセットされてて手も足も出せないわ」
そうか、やっぱり柚姉達もリセットされていたんだな。となると、武具屋で愛莉歌と出会えたのはラッキーだったって事だ。
「そうだ、今の内にフレンド登録しておかない?」
「それはいい考えね。無いと思いたいけど分かれて行動する時もあるかもしれないものね」
二人はそう言うとドッグタグに似た金属プレートを取り出した。あれは何のプレートなんだろう?
「ほら! イズ姉ぇもさっさと出しなさいよ」
「何を?」
愛莉歌に催促されるが、僕は二人が何を出したのか皆目見当がつかない。
「何を? って……もしかしてまだギルドに登録していないの?」
「ギルドに登録? 何を?」
僕の発言を聞いた二人が心底驚いたような顔をする。なんだろう……僕は何か間違えたのだろうか?
「ねぇイズ君。イズ君も昨日この街に着いたのよね?」
「そうだよ」
「それは何時頃だったか覚えているかしら?」
柚姉がとてもかわいそうなモノを見る目で優しく問いかけてくる。その目を見るだけでなんだかとっても居た堪れなくなってくる。
「えっと、昨日は確か暗くなってから到着したよ。時間は……ごめんちょっとわからないや」
僕は正直に答える。僕の答えを聞いた愛莉歌と柚姉は納得した様子で互いに頷き合った。何か僕だけ除け者にされてちょっと悲しい……。
「それじゃ知らないのも無理はないわ。これはねギルドカードよ」
柚姉はそう言って自分のプレートを見せてくれる。手に取ってみると確かにそこには柚姉の名前や職業等が書き込まれていた。
「冒険者になるにはまず冒険者ギルドで登録する必要があるの。そして登録するとこういうギルドカードが貰えるのよ」
なるほど、ゲームみたいに直ぐ冒険者になっている訳じゃないようだ。納得した僕の顔を見て柚姉の説明が続く。
「ギルドで登録しないと武器の携帯も許されないわ。だから今のイズ君の状態はとても危険なの。
もし捕まりでもしたら一大事よ、今の私達には身分を証明できるモノがギルドカード以外にないのだから」
なんてこったい。僕はそんな危険な行為を堂々と行っていたのか。許可なく武器を携帯していたとか、普通にならず者だよね。
「さっさと登録しに行った方がよくない? イズ姉ぇこのままじゃマジでヤバイよ?」
そんなにか! それじゃさっさと行かなくちゃ!
僕は飲みかけの紅茶を一気に煽り出発する準備をする。武器の携帯はマズイという事なのでアイテムストレージに先ほど購入したショートソードを放り込む。
「それじゃしょうがないからついてってあげますか」
「そうね。逸れちゃうと見つけ出すのは困難でしょうし」
二人も一緒に来てくれるようで早速出発する準備をしてくれる。
「ありがとう柚姉。愛莉歌」
僕は二人のその行為に心から頭を下げお礼を言う。今の僕はこれが精一杯だ。
「わかったからさっさと行ってパパッと片付けるわよ」
「そんなに難しい事じゃないから大丈夫よ」
仲間が居るだけでなんて心強いのだろう。
僕達は喫茶店を後にし、冒険者ギルドを目指して歩き出した。
出雲:レベル11 職業:剣士
装備:布の服・革の胸当て・革のブーツ・ツーハンドソード