2話 シルフィード領
シルフィード領の主都、アルス・テルス。中世ヨーロッパ特にオランダ風の街並みが特徴の街だ。
オランダに因み街には多くの風車があり、風精霊であるシルフィード領の名物ともなっている。
転送の神殿から街に出て一歩踏み出し、あることに気が付く。
どうやってその仲間とやらを探せばいいんだ?
このFYOというゲームは名前の通り“妖精の庭”をイメージして作られてる。それぞれ妖精の特徴に合うように設定されているらしいのだが、一つの領の面積が約三百平方kmに設定されている。これは東京二三区の合計面積の約半分という大きさだ。これを“庭”と言うには少々広すぎる。
また主要都市は四つから五つあり、プレイヤーだけで常時二、三〇〇人。NPCを含めればもっと多くの人が居るそうだ。その中から人を探すのは不可能だろ。
「はぁいきなり暗礁に乗り上げた感じ……」
とりあえず宿を探そう。考えるのはそれからだ。
僕は以前仲間と訪れたことがある宿屋を目指して歩き出した。石畳の道を両手剣の切っ先が擦れる音を響かせながら黙々と歩く。
明日武器屋に行って武器を買い替えよう……うるさくて堪らないや。
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「妖精たちの舞踊亭」と看板が出ている宿屋に到着したのは転送の神殿を出てから三〇分位経過してからだった。まぁそれもおいしそうな匂いに釣られて屋台を梯子しまくった結果なのだから誰にも文句は言えない。
「いらっしゃーい!」
入口のドアを開けると冒険者達の喧騒と肉の焼ける匂いやじっくりと煮込まれたスープなど食欲を刺激する匂いが出迎えてくれる。この妖精たちの舞踊亭は食堂も併設されており、宿に泊まらない人も利用出来るようになっている。
とりあえず僕は宿に泊まれるか確認する為に声を掛けてくれた店員に近付いて行く。
「あの! 一人なんですけど、部屋空いてます?」
冒険者達の喧騒の中店員さんに声を届かせるのは一苦労だ。
「空いてるわよ! シングルなら一泊二食付で三〇アルバよ、食材を提供してくれるなら二〇アルバになるけど?」
姿から言ってここの女将さんと思われる女性は数字を手で表しながら説明してくれた。
食材何かあったっけ? ……あ~ウサギとイノシシの肉があったか。
「ボアボアとラージラビットのお肉があるけど、どっちがいいです?」
どっちを渡していいのか迷ったので、女将さんに決めてもらおう。うん、良い考えだ。
「そうね~ラージラビットのお肉を貰える?」
僕は女将さんの要望通りにアイテムストレージよりラージラビットの肉を一匹分取り出し宿代と一緒に手渡す。このモンスターのお肉はアイテムストレージに入れた瞬間に下処理をされた状態で保管されており、いつでも調理が可能になっている。
分解して収納されるだけでも凄いと思うのに、恐るべき高性能だ。
「こんなに貰っていいのかい?」
「ええ、どうぞ使ってください」
女将さんも一匹丸々貰えるとは思っていなかったようでその量に目を丸くしている。
「そう、じゃありがたく貰っておくわ。今日はうんとサービスしちゃうわ! お嬢ちゃん!」
「お嬢ちゃん……か……ははっ」
本日四回目ともなると乾いた笑い声しか出てこない。
僕の顔はそんなに女顔かよ! DNAのバカ野郎~!
「あら? どうかした?」
女将さんは可愛らしく首をかしげる。いいえ女将さん貴女は悪くないんですよ。ええ。
虚ろな目をした僕を心配しながらも今日泊まる部屋の鍵を渡してくれる。部屋は三〇一号室のようだ。
女将さんにまずは荷物を置きに行くと伝え部屋へ向かう。
三階まで階段で登り目的の部屋へ入る。部屋の中はシンプルな作りをしており入って正面に窓があり、ちょうど窓の下にベッドが置かれている。ベッドの前には簡単な机と椅子がおかれており入口の壁際にはクローゼットが設置されている。
僕はドアを閉めて両手剣を外し机の上に置くとベッドへ思いっ切りダイブする。現実世界の家で使っているベッドとは違い、とても堅く鼻を強打してしまう。
まぁ初心者向けの安い宿じゃこれくらいだよね。
しばらくベッドの上でのた打ち回っていると、部屋着を買うのを忘れている事に気が付く。外はすでに夜の帳が下りており、開いている店はここの様な宿屋か飲み屋だけだろう。しょうがないので今日は防具を外した状態で寝るしかなさそうだ。
「はぁこれからどうしよう……」
ベッドに横になっていると色々な事が頭の中に浮かんでは消えていく。
仲間かぁ……誰なんだろう。柚姉とか、千穂辺りが濃厚だけど……まさかギルドメンバーとか? ん~無くは無いけど……仲の良かった人って言うとそれくらいかなぁ
ちなみに『柚姉』は姉さんの友達で『千穂』は僕の妹だ。
色々な人物が候補に挙がるけどこれと言って決定打がない。
「ダメだ! お腹が空くといい考えも浮かばない! ご飯だ、ご飯にしよう!」
今まで散々屋台を回っている事を棚に上げ、いそいそと食堂に行く準備をする。武器を持っていくか迷ったがクローゼットの中に仕舞い込む。
いそいそと扉を施錠して意気揚々と食堂まで歩き出す。
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一階の食堂は冒険者達で大賑わいだった。みんなアルコールが入っているのか結構大声で話し合っている。こういう喧騒も嫌いじゃないけどね。
テーブル席は一杯だったのでカウンターへと座る。するとすぐに女将さんが来てくれた。
今日のおすすめはホウホウ鳥のスープと先ほど渡したラージラビットの香草焼きだという。僕はそれにパンとコップストゥットと呼ばれるオランダの代表的なお酒を注文する。ゲームの中だけかと思ったけどこのお店にもちゃんとコップストゥットがあることに驚いた。
FYOがサービス開始されたとき現実のお酒と全く同じ名前で飲み物が再現されている事で注目を浴びた。その再現率の高さから製作チームの中にはかなりの酒豪が居ると某有名掲示板に上がった程だ。再現率の高さから未成年のプレイヤーは飲む事が出来ない設定になっており、去年までは泣く泣く我慢していたのを思い出す。
出来上がった料理が目の前に並んで行く。メインは香草と一緒にローストされたウサギの肉だ。香ばしい匂いに香草の匂いが合わさり見ているだけで涎が出てくる。また一緒に注文したスープもいい感じで、大き目に切られた野菜やお肉が特徴的で、その透き通るようなスープは鶏の出汁が出ていて何杯もおかわりが出来そうだ。
「いただきます」
「はい召し上がれ。でもお嬢ちゃん、コップストゥットなんて強いお酒のんでも大丈夫かい?」
自然と出た言葉に女将さんが答えてくれた。ちょっとした言葉のやり取りだけどすっごく嬉しい。
今年で二十歳になると伝えると驚きながらも笑いながら他のお客の所に行ってしまった。多分冗談だと思われたんだろうなぁ……大きくなりたい……。
その後お肉を多く貰ったからとコップストゥットをおかわりを奢ってもらいチビチビと飲みながらラージラビットのお肉と摘む。
喧騒の中に聞き覚えがある声が聞こえたと思うけどよくわからなかった。
食事を終え、そのまま借りた部屋へと戻る。今日はお酒を控えめにしておいた。何事もほどほどが一番です。
ベッドに横になりただ天井を眺めていると、ふとある事を思い出す。
「しまった! キャドラインさんとの約束があったんだ!」
慌ててメニュー画面を開いて時間を確認するが、この世界の時間しか表示されておらず、現実世界の時間表示は見当たらなかった。
マズイな、今何時なんだろう? 約束は確か十九時だったはず……
しかし、今の時間がわからない。メニューに表示されている時間はすでに二十一時を回っている。自宅で待って居てくれるにしても二時間も遅れてしまっている。
「とりあえずメールだけで……も……」
取り急ぎメールで連絡しようとフレンドリストを見て僕は言葉を無くす。七年間もゲームを続けていればそれなりにフレンドリストは増えていく。しかし、今僕の目の前には白紙のフレンドリストが表示されている。親しかった友人や、今では連絡も取れなくなってしまった友人まで全てが消されており、そこには『現在、登録されている友人はいません』と無機質な一文が書かれていた。
「そんな……マジで……?」
僕はベッドの上で茫然と白紙のフレンドリストを眺める。明日になったら柚子姉か千穂にでも連絡をすればいいと思っていた。しかし、登録が無ければメールを送る事も出来ない。
「明日からどうすればいいんだ……」
頭の中から本当に連絡をしなければならないキャドラインさんの事がすっかり抜け落ち、只々目の前が暗くなるのを感じた。
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気が付くと朝になっていた。昨日はあのまま寝てしまったようだ。寝たと言うか気絶したと言うか……。
「とりあえず、体に合った武器を探そう……」
仲間探しは一旦置いといて、当初の予定通り装備を見直す事にした。
レプラコーン領にある自分の家の武器も多分全て白兎サイズになっているだろう。幸にして今手持ちはそこそこあるし、そんなに高望みしなければ一式揃える事もできるだろう。
朝食を食べる為に一階へ移動し、昨日と同じ席に座る。僕の顔色を見て女将さんが心配して声をかけてくれたので笑顔で大丈夫だと伝えておいた。
朝食を食べ終え、宿を引き払い表の通りに出る。朝日と言うには高度が上がった太陽が出迎えてくれる。今日もいい天気になりそうだ。
目指す場所は街の東側、多くの職人達が店を構える職人街にある。
『バルド武具店』
店主の名前をそのまま店名に使っている初心者向けの武具店だ。
「らっしゃい!」
店に入ると威勢の良い男の人の声が店内に響く。
この男の人が店主であり、職人であるバルド・ディーボルト本人である。太い腕に厚い胸板、そして無精髭を生やした厳つい顔。外見全てが職人の雰囲気を醸し出している。
懐かしいなぁこっちで活動していたときはよく来てたなぁ。
「お嬢ちゃん、今日は何の用だい?」
「防具一式と武器を見せてもらえます?」
店主であるバルドの『お嬢ちゃん』発言をガン無視して今日の目的を伝える。バルドは僕を上から下まで凝視するとウムと頷き、数ある防具の棚の中から一つを指差した。
「お嬢ちゃんには人間の子供用より、こっちのノーム達が使う防具の方が良いだろう。どうしても人間用が良いなら鍛冶師の所に持って行ってリサイズしてもらわないといけないな。
次に武器だけど、その武器はお嬢ちゃんには大きすぎるようだな。そこの棚にショートソードがあるしリーチを生かしたいなら槍が隣の棚に置いてあるから見て行ってくれ」
バルドのおっちゃんが丁寧に教えてくれる。さすが初心者向けのお店だ。
オーダーメイドは所持金がないのでまた今度と伝えノーム用の防具を見て回る。
革製の防具から木を使ったものまで結構な種類が置いてある。金属を使った防具もあったのだが、一式揃えると所持金が吹っ飛んでしまうため今回は我慢だ。それに自分で用意した方が楽だし安い。
とりあえず胸当てとブーツをこのまま使うとして、革製の帽子とグローブを買う事にした。
次は武器を選ぶ為に反対側の棚へ移動する。
両手剣は鋒を地面に擦ったからなぁ……スタンダードにショートソードが無難かなぁ
僕は大きな瓶の中に無造作に突っ込まれた鉄のショートソードを適当に抜き握り具合を確かめる。何回か剣を交換し、握り具合の良かった二本を購入することにする。
「後は槍系が欲しいけど……」
僕は更に棚を移動し、槍を扱っている場所へ向かう。
槍は一本一本壁に掛けられており、剣程在庫はないようだ。その中でもハルバードと呼ばれる槍と斧を合わしたようなものを手に取り数回素振りをする。
ちょっと長めだけど、槍出し……いいかな? でも三本も武器を持っていたらおかしいかな?
あ、両手剣を含めれば四本か……武器マニアって事にすれば……無理か。
結局悩んだ挙句、武器はショートソード二本とハルバードを一本購入することにした。
全て手に持ってカウンターへは行けない為バルドのおっちゃんを呼ぼうとカウンターの方へ歩きだしたたら店内に女の子の声が響きわたる。
「だ・か・ら! 爪じゃなくてフィストが欲しいの!」
ティシャンブロンドの髪をツインテールにした 僕と同じ位の身長の女の子がおっちゃんに食って掛かっていた。欲しいモノを聞く限り彼女は武闘家のようだ。
フィストとは言葉の通り鉄拳だ。拳全体を鉄でガードするモンスターを殴る為の武器で武闘家が装備できる。しかし、どこかで聞いたことある声なんだよな……
「お嬢ちゃんもしつこいなぁ。うちにはあそこに置いてある爪しかないんだ。どうしてもフィストが欲しかったら他の店に行くか知り合いの鍛冶師に作ってもらいな」
おっちゃんも彼女の対応に辟易しているようだ。もっとも店に無いものはしょうがない。おっちゃんの言うとおり他の店を探すか、『鍛冶師』にお願いした方が早いだろう。
「他の店にもなかったのよ! それに鍛冶師の知り合いなんていないわ!」
女の子は当然と言うように胸を張って答える。いや、それ威張れないから……
「もう困ったな……おっ! そっちのお嬢ちゃんは決まったかな?」
僕を発見するとおっちゃんは女の子から逃げるように僕に近付いてきた。
おっちゃんの顔には明らかに助かったと書いてある。
「ちょっと! こっちの話しはまだ終わってないわよ!」
「ごめんよ、こっちも商売しなきゃならないからね」
おっちゃんを追って振り向いた女の子と目が合う。小さな顔立ちに勝気の目、どことなく外国人の雰囲気があるのは彼女がハーフだからだろう。
「「あ」」
二人同時に声を上げるとおっちゃんが「何? 知り合い?」などと口を挟んでくるが、今の僕達にはまるで聞こえていない。
「何やっているのよ、イズ姉ぇ。あ、違った。イズ兄ぃ」
「それはこっちのセリフだよ、エリカ。あと性別を間違えるな」
僕を『イズ兄ぃ』と呼んだのは妹の幼馴染で、同じ道場に通う妹弟子である宇喜多・アルトー・愛莉歌であった。
こうして僕はアルス・テルスの街で顔馴染に出会う事が出来た。
出雲:レベル11 職業:剣士
装備:布の服・革の胸当て・革のブーツ・ツーハンドソード