1話 初めての戦闘
「君、大丈夫か? しっかりしろ」
軽く揺すられる感覚で意識が覚醒していく。
ここは……あ~そうか、あれから寝ちゃったのか……
「よかった。生きているようだな」
僕が男の声に反応したからだろう。男の声からは安堵した感じが読み取れる。
それにしてもいくらアクティブ系のモンスターが居ないからと言ってフィールドで寝ちゃうなんて、僕そんなに疲れていたのかな?
「まったく、最近の冒険者は度胸があると言うか……これからは気を付けなよお嬢さん」
はぁ? 何言ってんのこのオジサン。僕がお嬢さん? 寝言は寝てから言って欲しいものだよ。
この白兎が。男の憧れを注ぎ込んだ僕の最高傑作が女の子に見えるだと……
「僕は……男だ……」
「はははっそれは申し訳なかったね~君くらいの歳の子は見分けがつかなくてね」
オジサンは笑いながら僕の絞り出すように呟いた言葉を笑いながら聞き流した。
ふぅ……そうですか、オジサンは戦いをお望みか……よろしい! ならば戦争だ!
僕は勢いよく立ち上がると側に落ちているだろう武器を探した。しかし、僕の目に飛び込んできたのは両手剣ではなく、そびえ立つ壁だった。
え? 何これ……すごく……大きいです……
「お、もう立ち上がれるのか。それじゃもう大丈夫だな」
壁はそう喋ると僕の頭を撫ではじめた。
まさか……まさかと思うがこのオジサン巨人族なんではないのか? 実装されるという話しは出てなかったけど、いつの間に……
オジサンは一通り頭をなでると満足そうに神殿から出て行った。
「それじゃボウズ、気を付けて帰るんだぞ」
「いや、オジサン……僕今年で二十歳なんですけど」
すっかり毒っ気が抜けてしまった僕は普通にオジサンにツッコんでしまう。
「はっはっはっそうかそうか」
ダメだ、何を言っても信じてもらえない。一体何が起こっているんだ?
今まで起きた一連の出来事に脱力し膝から崩れ落ちてしまう。そしてふとガラスの様に磨かれた大理石の床に写った自分の顔を見て愕然とした。
「白兎じゃない……てかこれは僕の顔……?」
床に写っているのは驚きで目を見開いているが二十年間鏡を見てはため息をついていた僕の顔が映し出されている。あの徹夜してまで作り上げた白兎の姿は何処にもない。そして今更気が付いたが声も何時もの僕の声になっている。
力なく起き上がりフラフラと剣士の姿をした銅像へと近づく。
この銅像は確か白兎と同じ位の大きさだったはず……なのに、
「ははは……銅像が大きくなったんだ……そうに違いない」
今僕の目の前には彫刻された剣士の防具が見えている。認めたくないがあのオジサンが大きかったんじゃなくて、僕が縮んだのか……
中々ショッキングな出来事だ。僕の理想を形作っていた白兎が消えてしまった。それだけで僕の精神的ダメージは計り知れない。
「あ、指輪が無くなっている」
思わず見つめた左手には先ほどまで確かに装備していた指輪が無くなっている。他にも家を出る時に変更した防具類が無く、変わりに初期装備の革の鎧を着こんでいた。
身長だけでなく装備までなくしちゃったか……まさか!
「ステータスオープン!」
僕の声に反応してステータスが表示される。これが出るってことはまだゲームの中なのだろうか?
表れたステータス情報を上から下までそれこそ穴が開くほど注意深く見る。そしてもっとも目立つ項目が変更されていた。それは僕のキャラクターネームだ。
名前が本名になっている!?
ステータス上に表示された名前は『白兎』ではなく、『皐月 出雲』になっていた。
ご丁寧にフルネームだし……あとは……よかった、ステータスとサブ職は無事だったか。
レベルが上がっているのはクエストをクリアしたからかな?
結局無くなっていたのは防具とアイテム。それに所持金の大半が無くなり、初期防具と家から持ってきた武器と五千アルバが手元に残った。武器は僕が倒れていたすぐそばに落ちていた。
まぁ防具は安物だったし、アイテムもここに来るまでに買い込んだポーション類なのでそれほど痛手じゃないけど、本名の晒しプレイはちょっと嫌なんだけど……
「はぁ……一旦落ちて落ち着こう」
装備やアイテムだけでなく、キャラクターネームまで変更されていたのだ。何か新手のバグかもしれいと僕はログアウトする為の作業を続けて行く。
「あれ? ログアウトのボタンがない……?」
今まで何回もやってきたログアウトの作業だが、今目の前に表示されているメニュー画面にはログアウトのボタンが存在しない。
「そんな……GMに連絡しなきゃ!」
僕は続けてGMへの連絡フォームを立ち上げようとするが、これもボタンが無くなっている。何回もメニューを開いたり閉じたりしたがボタンは出てこなかった。
「え?……これってゲームの世界に閉じ込められたって事……?」
最近の小説ジャンルじゃあるまいし……冗談でしょ?
僕はまた力なく大理石の床へへたり込んでしまう。さっきは感じなかったが今は床が冷たく感じる。
「何でさ……僕が何をしたって言うんだよ……。こんなの、こんなのってないよ!!」
僕は座り込んだまま床を思いっきり拳で叩き付ける。そしてゲームでは感じる事のなかった痛みが両手から伝わってくる。
どのくらい床に座っていただろう。僕はのろのろと起き上がり出発の準備を進める。
「兎に角街に行って情報を集めなきゃ……」
思うところはあるけど、今は行動しよう。
最後に床に転がっていた両手剣を背負うと剣先が地面を叩いた。どうやら白兎の身長で作られた両手剣は今の僕には大きすぎるようだ。僕は一回大きく息を吐き出すと街に向って歩き出した。
神殿内には大理石をひっかく音が小さく鳴り響いてた。
☆★☆★☆★☆★
はぁ……思い返してみると腹が立ってくる。僕が一体何をしたって言うんだよ。
森の中を歩き続け、慣れない革の装備に重たい武器、疲れを感じ始めた体。これら全てが僕が居る今この場所が現実だと訴えてくる。
しかし、ボイスコマンドも有効に働いているしステータスにはHPやMPなどの数値も載っている。正直何が何だかわからない。
手ごろな岩に腰かけて暫く休み、また街に向って歩きはじめる。せめて歩いているのが整備されている街道であったならまだマシだったかもしれないが、ここは既に滅んでいる都市の未開の森。整備されている街道を望むのはちょっと高望みし過ぎだ。
更に足を進め、マップ上ではようやく森から脱出できそうな場所に差し掛かると前方から木々を揺らす音が聞こえてくる。
「ここに来て敵か……」
森の中を今まで歩いて生きて敵とエンカウントしなかったのを不思議に思っていたけど、ようやくお出ましって所か。
僕は背中から両手剣を外し正眼に構え、音のする方向を睨みつける。
息を呑む音がやけに大きく聞こえる。木々が鬱蒼としている森では視界が悪く、なかなか敵の姿が確認できない。
垂れてくる汗を拭う為右手を剣から離した瞬間、茂みの中から一匹のイノシシが飛び出してくる。
「『ボアボア』!」
ボアボアとはこのニンゲン領の森に生息している低レベルモンスターだ。初心者が戦闘の練習用に戦う事が多いモンスターで大型犬サイズのイノシシだ。大きさはそこそこだが、鋭い牙での噛みつきや突進の威力はバカに出来ない。
僕は突進してくるボアボアを何とか回避し、ボアボアとの距離をとる。
ボアボアは再度突進を仕掛けるようで、前足で何度も地面を蹴っている。僕も両手剣を構え直すが剣先の震えをなかなか抑える事が出来ない。
暫く睨み合ったがボアボアの方が痺れをきらし突進を仕掛けてくる。僕は恐怖から眼をつぶってしまい無我夢中で両手剣を振り回す。
すると今まで感じたこともない感触が両手に伝わってきた。今までゲームで敵を叩いた時に感じられる柔らかい粘土を叩いたよう感じではなく、何か堅いものを砕いた感触と同時に柔らかいものを切る感触。魚を背骨ごと包丁で切った時の感覚が近いだろうか。そんな感覚が両手に伝わってきた。
恐る恐る目を開くと目の前には頭から血を流したボアボアが横たわっていた。
さっきの感覚はボアボアの頭を砕いた感覚だったのだ。
汗を拭おうと頬を振るえでこすると手についていたのはボアボアの血液だった。独特の鉄の臭いが鼻を刺激し、目の前の事実を僕に突きつける。
「あ……え?……うっ」
僕は胸の奥から込み上げてくるモノを我慢できず、その場で吐いてしまう。
胃の中が空っぽになりもう何も出なくなるまで吐いた僕はようやく一息をつく。
「殺らなきゃ僕が殺られていたんだ……」
自分に言い聞かすように呟き、力が入らない両足を無理矢理引きずってボアボアの所まで歩く。両手を合わせ謝罪と祈りを捧げた後、ボアボアの体に触り何とか収納できないかと色々と試みる。
殺してしまったのなら有効活用するのがこいつの為になると思ったからだ。
僕はただ生き物を殺す事はしたくなかった。
「ん~どうすればいいんだ? アイテムストレージを押し付ける? それとも音声入力で何とかなるのかな?」
何かこっちに来てから独り言が多くなったような気がする……。
「収納!……とか言ってみたり?」
ボアボアの体に触れながら叫んでみるとボアボアの体が光に包まれて消えた。アイテムストレージを確認してみると、イノシシの肉、イノシシの毛皮、イノシシの骨と言う三つのアイテムが新たに追加されていた。
「ははは、なんてお手軽仕様」
とりあえず、ボアボアの素材も回収できたしこれ以上この場所に居たくなかった。僕は今までよりも速足で森の中を歩いていく。街まではあと少しだ。
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あれから結局三回の戦闘を繰り返した。狩ったのはボアボアが二体とラージラビットと呼ばれるウサギを二羽。どちらも初心者用の低レベルモンスターだったのと落ち着いて対処出来たので両手剣の一撃で倒す事が出来た。そして何度か戦闘を繰り返す事で何とか吐かなくても大丈夫になった。これも戦闘に慣れたおかげだろう。慣れたくはなかったけど。
僕この世界で生きていけるのかな……まぁいざとなったらあっちで生計を立てればいいか。
ほぼ一日森の中を歩き続けようやく転送施設のあるトキョーの街まで辿り着く事ができた。
トキョーの街はかつてあったとされるニンゲン領の主都とも言われている場所で、発見された当初は廃墟となっていた。しかし、ここを訪れる冒険者やその冒険者で商売をする人達が集まりいつの間にか街として機能するようになったのだと公式紹介文に書いてあった。
冒険者相手の商売はわかるけど、ここって初期職業を選択した初心者と転職の為に来る中堅の人くらいしか来ないのにね。
なんて屁理屈を言ってみるが今は人が居るだけでうれしかった。
とぼとぼと歩きながら街に向って歩く。目の前に見える景色はゲームの中の姿そのままだった。
「トキョーの街にようこそ。君はあの森の中の神殿から来た人だね」
横から急に声を掛けられ驚きで高鳴る心臓を抑え声を掛けた人物を見る。声を掛けてきたのはエルフの守衛さんので槍と簡単な鎧を着込んでいた。
「あの……どうして?」
「ははは、あの森から来た人は皆同じような格好をしているし、同じ行動をとるんだよ。
とぼとぼと森から出てきたと思ったらこの街を見て涙を流すんだ」
守衛さんは笑いながら僕の目元を指差してくる。言われて僕は涙を流している事に気が付いた。
「さて、もう日が暮れるから宿を探した方がいいよ。あとその武器はお嬢ちゃんには少し大きいみたいだね」
お……お嬢ちゃん……いや、いいんだけどね。初見で僕を男だと気が付いてくれた人は片手で数えれるくらいしかいないし……
「そうですね……今度レプラコーン領にでも行って体に合う武器を見繕ってきます」
「お、レプラコーン領を知っているのかい? 確かにあそこならいい武器が手に入ると思うよ。
それじゃ改めて、ようこそトキョーの街へ」
守衛さんに別れを告げトキョーの街を歩いて行く。守衛さんには宿を探せと言われたけど、僕はそのまま転送の神殿を目指して歩く。別にあの時の夢を信じる訳じゃないけど、今は誰でもいいので知り合いに合いたい気持ちで一杯だ。
どの街にも大きさは違うが転送の神殿は必ずある。このトキョーの街からは各領の主要都市へと転送してもらえる事ができる。流石最初の街。
「すみませ~ん。シルフィード領まで転送お願いします」
神殿の入口に立っていた係りの人に声を掛ける。すると係りの人は壁に掛けられている時計を確認し、あからさまにしかめっ面になる。客商売なのにその顔はいかがなものかと思うよ。
「これから行くのかい? 今日はもう遅いし、ここで宿をとって明日まだ早い時間に出直した方がいいと思うよ」
係りの人は自分の仕事がめんどくさくて言っているのではなく、僕の身を案じて言ってくれたようだ。その心遣いは大変うれしいのだが、こっちにもやることがある。
「すみません。シルフィード領で友人が待っているんです」
「そうかい。それじゃシルフィード領まで一人五十アルバだ。最近人さらいが多いみたいだから気を付けなよ。お嬢さん」
ここでもお嬢さんか……慣れているとは言え一日に三回は少し堪える。
僕はアイテムストレージから銅貨を五十枚取り出して係りの人に手渡す。
「ご忠告ありがとうございます」
「……はい、確かに五十アルバ頂きました。シルフィード領は入って左から二番目の扉だからね」
係りの人にお礼を言い。神殿の中へ入っていく。大きな扉の向こうには廊下を挟んで五つの扉がある。
え~と左から二番目……二番目っと。
係りの人に言われた通り左から二番目の扉を開けるとそこには床一面に大きな魔法陣が描かれていた。その魔法陣はかすかな緑色を発しており、行先がシルフィード領だと現わしていた。
毎回ここを訪れるとド〇クエの『旅の扉』みたいだなぁと思ってしまう。
そんなバカな事を考えながら魔法陣の中心に進むと緑の光が強くなり僕の視界を奪う。
さて、シルフィード領には誰がいるのやら……
一抹の不安を抱えながら僕の意識は光の中に溶けて行った。
ステータスをここにちらっと書く事にします。
出雲:レベル11 職業:剣士
装備:布の服・革の胸当て・革のブーツ・ツーハンドソード