プロローグ
鬱蒼とした森の中を俯きながら街に向ってひたすら歩き続ける。
着なれない革の鎧が動きを阻害し、背中に装備しても地面を引きずってしまう両手剣の重さが認めたくないがここが現実なのだと語りかけてくる。
僕は一旦足を止め、とめどなく溢れてくる汗を拭いながらオプションメニューからマップ機能を呼び出し現在地を確認する。
「ようやく半分ってところか……はぁ両手剣がこんなに重いものだなんて知らなかったよ……」
街までの距離を見て思わず独り言が口からこぼれてしまう。
はぁ……何で僕がこんな目に……。
直視したくない現実に心の中で悪態をつく。そして自分の身に起った事を改めて思い返す。
本当に……どうしてこうなっちゃったんだろう……
☆★☆★☆★☆★
僕こと皐月出雲は今年で二十歳になる何のとりえもない普通の男だ。
成績も平均よりは上だけど、苦手科目は無いが得意科目もない。運動神経は昔から祖父に古武術を習っているので普通の人よりはいいかもしれないが、これと言って目立った成績を修めている訳じゃない。
唯一人と違うと言えるのは容姿なのだが……うん、まぁこれはいいよ。
家族構成もプログラマーの父とSEの母を両親に持つ一般家庭で、僕の他に上に姉、下に妹がいる五人家族だ。
兄弟間の仲は良く近所では姉と妹との三人セットで『皐月家の三姉妹」などと呼ばれている。そう三姉妹と……。
認めたくないがはっきりと言おう。僕には“男らしさ”と言うものが決定的に欠けている。男性ホルモンなんて存在しないんじゃないかと思う程だ。
一五〇cm弱しかない身長と母親に似ている顔のおかげでパッと見女の子、よくよく見ても中性的な雰囲気と言うのが友人達の感想だ。
思春期を迎え喉に違和感が出始めた時、声変わりをすれば少しは男として見られるだろうと淡い期待を抱いたが、いざ声変わりが終わっても女性ボーカルの曲の方が歌いやすいと言う事実……はたして本当に声変わりはしたのだろうか。僕も一度でいいから宇宙戦艦ヤ〇トを原曲キーで熱唱してみたい。
体や顔がダメならせめて髪型だけは男らしい髪型にしようと床屋へ行こうとしたが、姉さんに捕まり烈火の如く怒られた。なんでも「イズ君はお姉ちゃんの許可なく髪を切る事は禁止」なのだと。理不尽過ぎる。今はミディアムボブと呼ばれる髪型だそうだ(美容院で姉さんが話しているのをちらっと聞いた)。
ここまで来ると生まれる前に遺伝子操作されているんじゃないかと疑ってしまう。
これまでの事を踏まえ僕は男にはなれないのだと軽く絶望した時、そんな僕を見かねて姉の友人からあるゲームを紹介された。
VRMMORPG『フェアリー・ヤード・オンライン』通称FYO。
VR技術をいち早く取り込み、ゲームに革命を起こした老舗のオンラインゲームだ。
正式サービス開始から十年。その支持率は落ちる事なく今でもオンラインゲームのトップを走り続けていて、開発元の日本以外にも各国にサーバーが立てられる人気っぷりだ。
このゲームの凄い所は身長や体重、髪型や顔立ちなど体のパーツを細かく設定できるだけじゃなく、声まで自分好みに設定できる所にあり。理想の分身を作り出す事が可能なのだと言う。そしてなりより丹精込めて作ったキャラを自分自身が文字通り思いのままに動かせる事が売りなんだと姉の友人が熱弁していた。
例えゲームの中でも理想の自分になれる……その事実に食いつかない訳がない。僕は紹介されたその日に今までコツコツと貯めていた貯金をあっさりと使い専用のヘッドマウント式のデバイスとソフトを購入した。この行動力には家族一同呆れ顔だったのは見てないことにした。
そして僕は一晩徹夜して理想の分身を作り上げた。
高身長に肉厚でがっしりとした体、顔は大人の渋さを醸し出す格好よさがある……と思う。
こうして僕の最高の分身『白兎』は完成したのである。
僕はそれから毎日七年間欠かさずログインを続けていて、あっという間に廃人と化していた。
☆★☆★☆★☆★
その日も大学から帰ると何時もと同じように自室のパソコンの電源を入れFYOの準備をする。
今日はの約束は蒼さんとキャドラインさんだったなぁ
カレンダーに書かれた今日の予定を確認してログインする。
目を開くと見慣れた光景が飛び込んでくる。ゲーム内で拠点にしている僕の家だ。
レプラコーン領のケルニーと言う職人街。そこの三等地に僕の家はある。
このFYOではまず自分が所属する国を次の六つの中から自由に選べる。
火妖精領:サラマンダー
水妖精領:ウンディーネ
風妖精:シルフィード
地妖精領:ノーム
猫妖精領:ケット・シー
職人妖精:レプラコーン
特にその妖精の姿になるとかではなく、各領への行き来も自由に出来る。ようは出発地点や活動拠点の問題である。
僕は町並みや雰囲気が気に入りレプラコーン領を選択した、今ではここが第二の故郷と言い切れる。
早速今日の予定を消化しようと準備をし始めると、メールが来ている事に気が付く。
メールは全部で三通。内二通は今日会う予定の人物達からだった。
「何々……蒼さんは用事が出来たから別の日に変更か、キャドラインさんは……予定通り十九時にはこっちに来るんだ。じゃキャドラインさんのを優先してやろう」
メールに返事をし、予定を切り替えていく。
「さて、この最後のメールだけど……運営から来てるけど、何かやったかな?」
とりあえず、眺めていてもしょうがないからメールを開いてみる。
『いつもFairy Yaed Onlineをプレイして頂きありがとうございます。
この度白兎様は総プレイ時間が一万五千時間を越えたため、我々の感謝の印として
アイテムとクエストを用意させていただきました。是非挑戦してみてください』
運営からのメールには確かにアイテムが添付されていたし、クエストも新しいのが追加されている。
添付されていたアイテムは「狭間越えの指輪」と言う名前が付いていた。特にステータスアップなどはないようだが、今回の特別なクエストに必要なアイテムらしい。
追加されたクエストはニンゲン領の『始まりの神殿』が指定場所になっていた。
ニンゲン領はログインして初めて訪れる場所で主にキャラメイク等の初期設定を行う場所になっている。初期設定の中では自分の職業を決める事ができ、剣士、魔法使い、聖職者、盗賊、武闘家、狩人の六つの中から選択する。またレベルを上げていくと上位クラスへ転職も出来き、転職の際に再度始まりの神殿に訪れる事になる。僕は無難に剣士を選択しておいた。
それにしても……始まりの神殿でクエストなんて運営も色々と考えているんだなぁ。約束の時間までまだ余裕があるし……ちょっとクエストを受けてみよう。
そうと決めると僕は早速準備を始める。まぁ準備と言っても装備を交換するだけなんだけどね。
戦闘用の装備に着替えると僕はニンゲン領を目指して街を歩き出す。
ニンゲン領は各妖精領にある『転送の神殿』から行ける。転送の神殿には各妖精領を繋げているゲートがあり、使用料を支払うことで都市間を自由に行き来できる。ニンゲン領の転送の神殿から始まりの神殿までは徒歩での移動が基本なのだが、魔法使いならば個人用の転送魔法が使える。
まぁ生憎と僕は剣士なので、地道に歩くことになるんだけどね。
「お~い白ウサ。暇ならまた手伝てくれや~」
「シロ君! ちょっと相談があるんだけど……」
七年もやっているとそれなりに知り合いも増えて行くもので、街を歩くと結構な人に声を掛けられる。僕は「これからクエスト~」や「今忙しいからまたね」と答えながら転送の神殿を目指す。
ちなみに“白ウサ”や“シロ君”って言うのはこのゲームでの僕のあだ名だ。ここ数年ちゃんと名前を呼んでもらえた覚えがない……まぁいいんだけどね……。
暫く歩き職人街を抜け街の北側に位置する転送の神殿にたどり着く。そして中にいるNPCに転送料を払いニンゲン領迄転送してもらう。
ニンゲン領に転送されるとまず大量の木々が目に入ってくる。そして次に森の中特有の澄んだ空気と森林の匂いが感じられる。プレイヤーの中にはここに森林浴に来る人も多いのだとか。気持ちはわからないでもないけどね。
何故ニンゲン領がこのような森林地帯になっているのかと言うと、このゲーム内ではニンゲンの世界は遥か昔に滅んでいる設定なのだと。そして最後の生き残りであるプレイヤーは妖精達と協力して生きていく事をコンセプトに作られている。
その為プレイヤーは基本職の他にサブ職が選択できる。『戦闘に特化したサブ職をとるもよし、生産系の職をとってサポートに回るもよし。全てはプレイヤーの思うままだ!』と言うのは公式のHPにも書いてある紹介文だ。
実際サブ職の数はアップデートを重ねるごとに増え、この前のアップデートでついに三十を超えた。運営の本気が垣間見れる。もっと別の所に本気を出せばいいのにと思わなくもない。
森の中をひたすら歩くと数回のモンスターと戦闘になるが、難なく撃破する。まぁ初期フィールドなので高レベルモンスターは出てこないんだけどね。
さらに森の中を歩くと開けた場所に出る。ここだけ手入れされているかの様に整備された場所にはポツンと一つの神殿が佇んでいる。マヤの遺跡を想像してもらうといいかもしれない。
神殿に近付くとクエストのポップアップが目の前に展開される。表示されているクエストは今回特別に追加されたもので『その先にあるもの』と名前が出ている。参加条件は『狭間越えの指輪』を装備していることだけ。クエスト内容は神殿の最奥に行くこと。
何とも胡散臭い感じだけど、物は試しとクエストを請け指輪を左手に装備して神殿の中へと足を踏み入れる。
最初に職業を決めた以来だなぁ
僕は辺りを見回しながら神殿の奥を目指していく。神殿の中央には各職業のモデルとなる銅像が立っている。僕は上位職に転職していないのでここを訪れるのはもう七年も前の事になる。
そうそう、この六人の像の前で職業を選択するんだよね~
少し懐かしくも思いながらさらに進んでいく、そして突き当りの壁まで来てしまう。元々この神殿はワンフロアなのでこれ以上最奥もないのだが……
とりあえず壁を殴ってみる。しかし何も起きない。クエストは確かに請けた事になっているから何かあるはずなんだけど……
壁を叩きながら横にスライドしていく。するとちょうど神殿の中央に差し掛かった時に指輪が反応する。
壁を叩こうと振り上げた手がいきなり光るものだから正直ちょっとビビった。そのまま光る指輪を壁に近付けるとガコっと何かが動きだし壁が左右に割れる。
人一人が通れるくらいに広がる壁は動きを止めた。中を覗き込んでも真っ暗で何も見えない。
怪しげな闇を観察してると吸い込まれそうになる感じがして何とも言えない気持ちになる。
「これは……何かヤバそうだな。一旦ログアウトしてWikiで調べてみるか……」
一旦離れようと足を動かすが、運が悪い事に足を滑らせ入口の方へ体が倒れはじめる。
「ちょと!?」
慌てて壁を掴もうと手を伸ばすが、何故か壁が思ったよりも広がっており僕の指が虚しく宙をなぞる。
「マジで! 誰かぁぁぁぁぁ」
完全に体が暗闇の中に入るとそのまま壁が動きだし入口を閉じてしまう。そして訪れる完全な闇。
今自分が目を開けているのか閉じているのかもわからない状態になる。はたして僕は今落ちているのだろうか? 登ってているのだろうか?
暗闇に落ちてもうどれくらいの時間が経ったのだろう。十分か一時間か……最早時間の感覚すらわからなくなりつつある。
そんな時ふと耳元に女性の声が聞こえてくる。
『よくぞ参られました。私達ティグナノーラの民一同心より歓迎いたします』
ティグナノーラ? それってこのFYOの世界の名前だったはず……てか心より歓迎されるのはいいけど、僕どうなっちゃうの?
『貴方には私の願いを聞いて頂きたいのです。こんな形でしかお話しできないのが心苦しいのですが、なにとぞそのお力をお貸しください』
いや、貸すのはいいけど……僕何もできない大学生ですよ?
『ふふっ貴方の真価はそんなものではありません……ああもう時間がないようです。
目が覚めたらシルフィード領を目指してください。きっと貴方の仲間が見つかりますよ』
シルフィード領? 僕の家はレプラコーン領なんだけどな……てかお姉さんの名前は?
意外と冷静でいられるんだと少し感心してしまう。
『私はティターニア。いつの日かお会いできる事を祈っています。神々が集まる地を名に持つ者よ』
ティターニアって妖精の女王様の名前だったはず……てか神々が集まる地って何!?
ティターニアと名乗った女性から答えは返ってこないまま僕の意識はそこで途絶えた。
という事で無謀にもモンスター文庫大賞に応募しました。
こんな作品ですが面白いと思ってくれた方、まぁ読んでやるかと思ってくれた方がいましたら応援よろしくおねがいします。