【侵入成功?……んだんだ】
女宮は広い。それは何故か。
女宮は大戦以前、ライとしての国家が存在していた時代は後宮として使用されていたが、大戦が終結し、ジポンの首都として都を移してからは女性の為の寮となった。
そもそも、国家としてのライでは女性の扱いが酷かった為、統治者自身も300人以上の所有物と言う名で気に入った女性を収集していた結果、後宮だけは宮内に負けず劣らずの広さを持つようになったのである。
ジポンとしての一夫一婦制が基本となってから後宮が必要のない物となった御陰で、後宮がそのまま使用出来たのだ。
悪政の産物だが、結果的には現在問題なく全ての女官たちを収容する事が出来る建物となった。
「あの……サン大尉。質問を宜しいでしょうか………」
「何かな、シズクちゃん」
その女宮の内門を潜り、ようやく建物内に入ったといえる廊下で静流は今回の任務最大の難所を迎えていた。
「こ、これは……この方たちは一体何用で並んでおられるのでしょう?」
「うん?やっぱり気になるかな?」
女宮内の外廊下だ。いくら広いとはいえ両側に人が並んで立っていれば、それなりの狭さとなる。
しかも、今は人がズラッと……そりゃ、圧迫感もあろう。
「気になるといいますか……凄く視線を感じるのですが進んでもいいのでしょうか?」
「うん。気にせず進もうね」
「は、はぁ」
そもそも、これだけの人数がこの廊下に滞る事はまず無い光景だ。
勤務での往来時間になれば、もちろん多くの人間が行き来するこの廊下も、今のように誰しもがとどまるようなことはないのだから。
静流とサンが履物を脱ぎ廊下に進みだした時、動きの無かった一団に変化があった。
廊下の一番端、静流たちの一番近くに居た人物が動き、静流たちの目の前で止まったのだ。
「サン大尉。その子が今日宮入するシズクですか?」
「そうですよ」
「話しをしても?」
「もちろんです。しかし、第一歩兵隊大尉自ら御出張ですか?」
また大尉だ。この国の大尉の仕事は勧誘なのか?
「そちらもでしょう、サン守護隊大尉?」
「えぇ。まぁ、そうですね」
「初めまして。聞いていたと思うけれど、私は第一歩兵隊のオト大尉よ」
「は、はい。初めまして。宜しくお願い致します、オト大尉」
「もしかしたらサン大尉にも聞いているかもしれないけれど、始めから名約力のある貴女は将来有望ということで、どこの隊からも期待がかかっているのよ。あぁ、もちろん文官の方からもね」
ということは……この廊下に並んだ皆さんは全て各部署からの勧誘ということであろう。
「つまり、貴女は侍女としての期間も必要なくいつでも女官になれるの。侍女としての経験が必要と思っているようなら、その後の事も考えておいて欲しいのよ」
潜入工作中の忍びになんてことを言うのだろう。
「あの……御言葉は嬉しいので――」
「オト大尉。つまりは彼女を第一歩兵隊に勧誘しているんですね?」
「そうですが?」
「それでは諦めて頂けますか?」
「何故でしょう?」
「彼女は侍女としての務めを果たした後、私の部屋付に」
「なっ!話しをさせる気もないってことじゃない!!」
「いえ、話しはして頂いても構いませんが、結果は変わらないので先にお伝えしただけですよ」
この二人……仲が悪いのか?
「ちょっとサンちゃん、抜け駆けだわ。どこで待ち伏せしてたのよ」
「人聞きの悪い。待ち伏せなんてしませんよ。職務中に偶々宮入のシズクちゃんを案内する事になって――」
「職務中……って?」
「門番ですね」
「どこに大尉が門番する国があるのよ!」
「ここ?」
「貴重な人材なのよ?」
「分かってますよ。だからいち早く声を掛けたんですから」
「もう!!サンちゃん、職権乱用だわ!」
「オト大尉言葉遣いが乱れまくってますよ」
「あら……失礼?……全く……」
オト大尉がぶつくさ言ってる間に、サンは廊下に集まった他の者たちに向かって一方的な宣言をした。
「ということですので、解散して下さい」
解散宣言である……
「はぁーー。仕方ないわね。皆さん諦めなさい」
大尉二人に言われたのだ
集まっていた勧誘者も渋々ではあるが散っていく。上司に指示されて待っていたのだろうに可哀想な人たちだ……
「ごめんね、シズクちゃん。思いの外時間がかかってしまったから急ごうか」
「えっと……はい」
静流としては、もの凄く質問したい気持ちだったのだろうが、何もわからぬまま一方的な解散宣言となってしまった為、なんとなく聞きづらくなってしまった。
しかし、これだけは聞いていいだろう……
「何故、オト大尉は着いてこられるので?」
そう。解散宣言をしたにも関わらず二人に着いてくる人が居るのである。
「何?サンちゃん嫌なの?」
「嫌ではないですが、あわよくば……と狙っているのであれば無駄とお教えしましょう。あと、言葉が乱れています」
「あら、そんなの狙っていないわよ?……少ししか。あとね、言葉遣いに関しては職務中でもないのだからいいでしょう?」
少しは狙っているらしい……
「オト大尉。今は職務中です」
そういえばサンは、さっき門番に肩の力を抜けと言っていたくせに、自分がされるのは嫌なのだろうか?
「……堅物ね」
「なっ!?」
「サン大尉は相変わらず、融通が利かなくて頭が固くておられるようですね。と申し上げました」
「……オト姉さん。言い過ぎじゃないかな?うん?」
「言わせてるのはサンちゃんでしょう?何故サンちゃんは私にだけそんなに厳しいのかしら?」
「いつ私がオト姉さんに厳しくした?言ってみて?うん?」
「そ、それが厳しいのよ!昔は姉さん姉さんって言ってたのに……今は他人行儀で……」
「あのね、職務中の官職持ちに職称なしで名前を呼ぶ国なんて滅多にないでしょう?しかも姉さんなんて言えると思うの?うん?」
「……で、でも……」
どうでもいいが、歩みも止まって久しい静流は、このやり取りを聞いてどうしていいか悩んでいた。
急いでいたんじゃないの……?
「でもじゃない。私、オト姉さんにかなり甘いつもりだけど?それに今は急いで……あっ、ごめんねシズクちゃん」
「い、いえ」
サンはようやく状況を思い出したのか、少し気まずそうな表情で静流を見てからオトに目をやる。
「という事で、急いでいるのでまた」
「あ、私も行くわよ」
そう言いながら、再び歩き出した二人に追いついたオト。
「どうしてオト姉さんまで……」
「里帰り……かしら?」
どこかで聞いたフレーズに静流は我慢する事に耐え切れなくなったのか質問をする事にした。
「あの……お二人は御姉妹ですか?」
「「違うわよ」」
違うらしい。
「単なる……まぁ、姉妹みたいなものだけど……」
「そうね……」
どっちなのだろう……
判然としない返事を返す二人に戸惑いつつ聞いてはいけない質問だったのかと静流が悩みだしたとき――
「お、幼馴染で良いかな」
「そうね」
更に判然としない回答が帰って来た……
「そうですか」
が、静流は触れない事にしたらしい。
「それで、先程サン大尉がおっしゃっていた面白いものが見れると言うのは、勧誘の方達の事だったのでしょうか?」
「あー、それね。違う違う。うーん。少し急がないといけないかな」
そう言いながら、少しだけペースを上げたサンに静流とオトはついて歩く。
「何?サンちゃん、今日って何かあるの??」
「何かと言うか、例の庭師が来てるみたいだね」
「まぁ、今日も?」
「こまめに剪定してるんだよ」
庭師?
それと面白い事が繋がる要素が全く見出せない静流は、頭に『?』をいくつも浮かべながら二人の会話を聞くことにした。
「それで?お気に入りの大木は大人しく剪定されてるの?」
「それは、まぁ、例の如く……くははっ」
会話の途中で突然笑い出したサンに驚いた静流が彼女の顔を窺うと、目を閉じている?
そう。サンは器用に目を閉じながら歩いていたようだ。
「サンちゃん?」
「今日、シズクちゃんが宮入するから、蛍様が全員集めてるんだけどね……」
「あらあら……」
静流は、ここでも盛大なお迎えをうけるらしい。潜入しているはずなのに、どんどん目立っている気がする静流は気が気でない。
「逃走してる大木はつかまるかしら」
「うーん、良いタイミングかな……ふふふ」
そんなことなど関係ないというように続く二人の会話に、何が?と疑問ばかりの静流を置いて、ようやくサンは目を開ける。
今まで、何にもぶつからずに目を瞑って歩いていたサンが器用なのだ。
急ぎ足で廊下を進み、しばらくして三人は歩みを止めた。
廊下の突き当たりとも言える場所。部屋の扉を開けるとそこには、ざっと見ただけで100名近い女性が集められていた。
その全ての視線が、今部屋に入って来たばかりの三人に注がれる。
「「「「はぁーーーー」」」」
「「「「「ふぅーーーー」」」」」
そして……なんとも言えない溜息?
どういうことだろう。静流が何かをする前につかれた溜息なので、何か失敗をしたわけではなさそうだが?
「「「「……サンお姉さま――」」」」
「「「「……オトお姉さま――」」」」
この溜息………静流は関係ないらしい。
……どうやら、この二人の信奉者は多そうだ。
二人に案内されてきたVIP待遇の静流に、羨望の目が100組程集まるほどには……
「おはよう」
「お邪魔するよ」
「「「「おはようございます」」」」
「「「「お邪魔だなんて」」」」
ちょっと挨拶しただけで大騒ぎだ。何がそこまで彼女たちを熱くさせるのだろうか。
確認するように静流が二人を見る。
まず……大尉だ。これは重要だろう。女性の身で大尉にまでなるということは、突出した武力が必要となる。雑兵ではないのだから、武力だけでもいけない。当たり前だが知力も必要だ。
二人の年齢は知らないが、かなり若く見える。ざっくり見ても二十代半ば……後半には届いてないだろう。ということは、かなりの早さで出世したのではないだろうか。
そして……見た目だ。サンは武官として恵まれた体格をしており175㎝という身長は女性には珍しいだろう。対してオトは女性としては平均的ともいえる160㎝である。しかし二人の身体には無駄な筋肉がついていないという共通点があるようだ。
いや、元々男性より女性の方が筋肉が付きにくいのだから、綺麗に引き締まった筋肉がついていると言った方がいいのか?
そんな武人として鍛えられた身体をしている二人の、もう一つの共通点……全体的に美しいのだ。
サンの濃い茶髪とオトの深い緑の様な黒髪。二人とも長く伸ばして戦闘の際に邪魔にならぬように綺麗に纏められている。
サンの少し彫の深い顔立ちは、ライの国の者とは少し毛色が異なる。西の国の血が混じっているのかもしれない。目鼻立ちのはっきりした顔は好みがあるだろうが、パーツが立ちすぎないサンの顔は美人だと言えるだろう。
オトは北の国の出身なのだろうか。とても色白だ。猫の様に大きな目が、その白い肌と合い印象的な美人となる。
この二人……武人としての力と、女性としての美を持っているということだ。
……つまり、信奉者がこれほどいるのも頷けることであろう。
まぁ、その信奉者たちに目を付けられそうな静流はたまったものではなさそうだが……
「あれ?華様はおられないのかしら?」
「あの、華様は――」
集まっていた侍女の一人が、オトの質問に答えようとしたところで廊下をドタドタと騒がしく掛けてくる音がする。
更に、その後にも足音は続いているようだ。
「あー、分かったわ。ありがとう」
「い、いいえ」
ドタドタと近づいてくる足音で、何かを察したらしいオトが扉を見つめる。
それにならうように、この部屋に集まった者たちも扉を見つめた。何事か始まるらしい。
やがて、足音の合間に声が混じり始め、その声が会話としてハッキリと聞こえ始めたと思った瞬間、皆が注目していた扉が外側から大きく開かれた。
「華様横暴だでーーー!!」
外に面した廊下から入る光で逆光になり視界が妨げられた中、それでも大きいとだけは分かる人影が、扉が開くなりいきなり吠えた。
「誰が横暴なのか、もう一度おっしゃいな」
逆光での光に目が慣れた時、扉を潜ってきた小柄な初老の女性が、先に入った大柄な侍女のお尻を叩く。
「いだだだ!暴力反対だでよ!!」
「うむ。そうだな、暴力はいかんな。サクラは元気が取り柄なんじゃから」
「暴力ではないでしょ!サクラを甘やかさないで下さい!!それに、ここは女宮ですよ!!」
開かれたままの扉の向こうに見えるのは広大な庭……そして、そこにいるのは二人の男性。
そう。それは間違いなく男性だ。ここが女宮であるにも関わらずである。
「分かっておるわ。儂らは庭の剪定じゃわい。宮内には入っておらんじゃろうが」
確かに、今話し掛けているのも庭からだが……
「話しには入ってきているでしょう!」
「それくらい別に構わんじゃろうに。けちくさいのぉ」
「け、けち――」
「まぁまぁ」
「華様も氷じいも、これ以上熱くならないで下さい」
「熱くなど――うん???オト?サン???」
「おや?本当だ。二人してどうしたんじゃ?」
どうやら、ようやく本題に入るらしい。良く見る光景なのか皆は気にも留めていないが、全く周りについていけていない静流が居心地悪そうだ。
「本日宮入する者の案内と……まぁ、たまには里帰りをと思いまして」
「私は同じく本日宮入する者の勧誘と里帰りですね。勧誘は先を越されてしまいましたが……」
この二人はなんてことを言うのだろう。潜入工作中のはずなのに、一躍有名人である……この部屋にいた者たちの視線が一気に静流に向か――
「サン!オト!二人ともオラに会いに来てくれただか!!!」
「「ぶはっ!ぐっっ!!!」」
――向かわなかった。
武人として鍛えられたはずの二人を押し倒さんばかりの体当たりともとれる突撃で抱え込んだ大柄な侍女に視線が集まる。
ある意味、静流としては助かったのだが、避ける事も出来なかった二人は侍女の胸に羽交い絞――抱き締められたまま、もがくばかりである。
「「「「あぁぁぁ、お姉さまたち……素敵………」」」」
あちこちで漏れる溜息は聞かなかったことにした方がいいのだろうか。
目の前で起こっている事に着いて行けない静流が、助けを求める様に周りを見回した時、タイミングよく侍女のお尻から痛そうな音が聞こえた。
「いっっだーーーーー!!!!」
「「!!!ぷはーーーっ!!!はぁはぁ」」
「親友との親愛を深めてただけなのに、華様酷いだよーー」
「「はぁ、はぁ……この馬鹿!!」」
「いでっ!いでっ!ふ、二人とも痛いだよ!!」
「全く、サクラのせいで話しが進まないでしょう?」
「そうだね。皆、仕事を開けて集まってるんだから」
「うぅぅ。分かっただよ」
取り敢えず、この三人の仲が良い事と、この光景が日常的にあるということだけは分かった。
「えっと、貴女がシズクさんかしら?」
「は、はい」
ずっと置いてきぼりだった静流が、やっと話しに入ることが出来そうだ。
「恥ずかしい所を見られてしまったわ。ごめんなさいね」
「い、いいえ」
もう恥ずかしいと言うより、何が何だか分からない状態の静流ではあるが……
「私は女官長をしている華といいます。皆にならい華様とお呼びなさい」
「はい。華様」
「ついでですので紹介しておきましょう。あそこにいるじじ――初老の方が侍官長の氷……様です」
この、飄々とした初老の男性が侍官長。役職の立場で言うと一番上が侍従長である蛍。その次が女官長と侍官長であるこの二人だ。
「初老の華ばあに紹介された氷じゃ。侍官長をしておるの」
しかし、この二人はどれだけ仲が悪いのだろう。
「氷様」
「あぁ、氷じいでよいからの」
「は、はい」
凄く気さくな侍官長である。
「この部屋には、部屋付の者以外ほとんどの侍女が揃っています。名前や顔は追々覚えなさい」
「はい」
「皆、先輩として正しきを教えなさい」
「「「「はい!」」」」
「宜しくお願い致します!」
今日の集まりは本当に皆との顔合わせが主だったようで、挨拶が終わると早々に仕事に戻る為解散となった。
その後、華様に後を任されたサンとオト、静流とサクラが一つの部屋の中に入る。
「シズクちゃん。今日からこの部屋を使いなさい」
「あっ、はい」
静流が返事に詰まったのは理由がある。
「相変わらず、何もない部屋ね」
「生活臭がないというか……必要最低限の荷物で生きてる感じだね」
その部屋は明らかな相部屋だった。潜入中なのに、前途多難である。
「汚く色んな物がごちゃごちゃしてるより良いと思うべ!」
「えっ!」
「え?」
思わず漏らした静流の声に反応するサクラ。
「オラと相部屋は嫌だべか?」
「い、いえそういうことではないです」
まぁ、静流としては誰と相部屋だろうと不都合なことに変わりはないのだが。
「あの……宜しくお願いします」
静流が驚いたのは、短時間で構築されてしまったサクラに対しての粗野なイメージとこの整理された部屋が、あまりにも懸け離れたものだったからだ。
「あぁ、オラはサクラと言うだ。この部屋も気楽に使ってくれたらいいだよ」
「は、はぁ」
「ごめんねシズクちゃん。サクラのこんな部屋じゃ落ち着かないかもしれないけど……」
「そうなのよね。サクラって、無駄に部屋だけは散らかさないのよね。相部屋になる子が住みにくい環境かもしれないわ」
「いえ、私も整理されている部屋の方が落ち着きますし」
「ほ、ほら。分かってくれる子もいるだ!」
「まぁ、何かサクラがやらかしたら遠慮なく私たちに言ってきなさい」
「何もやらかさないだよ!!」
「今日も朝から騒ぎを起こしてたのは誰だったんだろうね」
「んぐ……」
「あの……御三方は仲が宜しいので――」
「親友だで!!」
「「腐れ縁よ」」
えらく認識が異なるようであるが、まぁ……仲は良いのだろう。
なんて前途多難な潜入なのでしょう。
もう、静流が不憫で仕方ない。
しかし、サクラは良い!いやーもう熊女だよホント!!