【門兵?……出世です】
サブタイトルって悩みますね…
感想お待ちしております。
大戦で一つの国となってから、元々存在していた七つの国はそのまま都という名に変わった。
即ち、都ソヨ、都イジピン、都モスキット、都カラン、都テイギ、ジポン改め都ジポネ、都ライ。
ジポンとして立国する上で、行政の統一化が進められた。
それは、レクト儚が取り入れた新しい行政区画であり、今まで考えられてもいなかった統治する上での自治というものが………まぁ、そんな難しい話しはいずれしよう。
簡単に言うと、それぞれ都の下に関、丁、里と定めたのである。
例えば、都モスキット関カイリン丁ナン里コウク三……
ジポン国にあるモスキット領のカイリンという区画にあり、ナンという土地でコウクという里の番地が三である。
それぞれに割り振られた住所であり、戸籍のないこの国で区画整理をしたということが行政と各地領の自治のあり方を………簡単に言うと住所を取り入れたということだ。
首都がジポネでなくライに移されたのは、この大国のおおよそ中心に位置しているからという単純な理由からである。
「止まれ。そこの娘、何用か」
「これより先、通行許可の無い者通す事出来ぬ。関役所にて通行許可の申請をして参れ」
大国ジポンの首都、ライにあるのは……もちろん首都城だ。
城門前、大門ではなく通用門に立つ左右の門兵はいい仕事をするらしい。しかし、右の女兵が何用か聞いたのに対し、左の兵が追い返しては……女兵も苦笑いである。
「はい。本日よりお世話になりますシズクと申します」
「あぁ、聞いているよ。名約力が高く将来有望だそうだね」
「いえ、私ではまだまだ……」
「通行許可を見せよ」
「はい。失礼しました」
「いやいや、最初から名約力を持っているというだけでも凄いよ」
「有難う御座います」
「私も最初は苦労したんだから」
「よし、許可証に問題はないだろう。では名約を」
左の門兵は型通りの対応しか出来ないのだろうか。右の女兵も話しの腰を折る左の門兵に少し思うところがありながらも静流の方に向き直り言葉遣いを改めた。
「私が名約をさせて貰います。私に対しても行いますか?」
「いいえ」
「そうですか。私はサンです」
これは一般的な名約をする時の対応だと言えよう。
名約は、嘘無くお互いに名を名乗り合う為にされるという事が大義名分であり、普通はお互いに名約をし合う。
しかし、今回のように名約力が高い者から一方的に質問する場合、どちらにせよ対抗する事が出来ない為、名約力の低い者が名約を省略する事が一般的である。
この場合、サンと名乗った門兵が静流よりも名約力が高いという事が条件ではあるが……
「天に誓え。我、汝の名を問う」
「地に返す。我、シズクと答う」
静流は何事もなかったかのようにシズクと答えたが、この門兵が一体いくつの名約力を持ち、どれくらいの名約を静流に対して行うかが分からい為、静流としてはかなり多めの盟約力を注ぎ込んで対抗するしかない。
今も門兵に対してはやり過ぎではと思える50の盟約力を消費し対抗した。
「よし。通行を許可す――」
「はい。シズクちゃん、宮入を許可します」
「サン大尉!先程から、ふざけ過ぎではありませんか!?」
左の門兵の言葉を途中で遮ったサンに対し、左の門兵が我慢出来ずに声を荒げた。
静流は少し驚いた様子を見せたが、それは門兵がいきなり怒鳴りだしたことに対してではない。
このサンと名乗った門兵唯の門兵ではない。大尉……つまり武官の中でかなりの高官が現れたから無意識に身構えたのだ。
「ふざけてるつもりはないけど?君、ずっと思ってたけど張りつめ過ぎだよ。少し肩の力を抜いてみればどうかな?」
「今は職務中ですから気を抜く事なんて出来ません!」
「気じゃなくて肩ね。何事にも臨機応変は大事なんだよ」
大尉ともなれば名約力もそれなりに高い。静流がサンの事を唯の門兵だと侮って名約を受けていたら対抗出来ていなかっただろう。
まだ潜入初日……いや潜入も出来ていない段階でつまづく事は出来ない。
初日は上司との対面が多く、初顔合わせはどうしても名約をする事が多い。今日はどれだけ盟約力を消費する事になるのか……静流は滅入りそうになる気を引き締め直した。
「あぁ、シズクちゃんごめんね。私が案内するから」
「大尉!」
「何かな?」
「御話しがまだ終わっておりません!!それに、大尉が職務中に雑女ごときの案内を行う事にも納得致しかねます!!」
「…………ごとき?それは職種に対する言葉かな?それとも……女性に対する言葉かな?どちらだとしても許せる言葉でないけどね」
「!!っあ……あの……」
「あぁ、それと私も女なんだけど?忘れてしまったのかな?」
「し、失言でした。申し訳ありません」
なるほど、大尉という肩書は伊達じゃない。静流はサンから漏れ出す静かな怒気に身構えそうになる身体を押し留めるのに苦労しながら、里の者以外で初めて会う一流の武人に少し興味を持った。
「大尉。どうされましたか?」
「その娘が何か?」
大門兵舎から二名の兵が駆けつけ静流の方を見ながらサンに話し掛けてきた。
門の前でこれだけ騒いだのだから聞きつけた兵士が現れてもおかしくはない。
おかしくはないが……静流が何かをしたと誤解したようだ。
「この子は何も問題ないよ。今日宮入する新しい子だ」
「あぁ、この子が噂の……」
「本日よりお世話になります、シズクと申します。宜しくお願い致します」
噂という部分を疑問に思いながらも静流は無難な挨拶をした。静流は無意識に挨拶をしたのだが、万人がきちんとした学を身につける事が出来ない今の時代に、ここまで丁寧に挨拶をする事が出来る娘は少ないのだ。
田舎臭い娘にしようと変装し頬に散らしたそばかすが特徴的となった今のシズクという少女。元の静流を知っている人間でもパッと見ただけでは分からない程で、完璧に変装していると自負しているこの姿は、決して綺麗とか可愛いなどとは言い難い。
それはそうだ。完璧に変装しているのだから……なかなか田舎臭い娘の容姿になっている。
しかし……その田舎臭い娘は垢抜けないながらも愛嬌がある顔で意外にも賢く落ち着いた雰囲気を醸し出している。
「あぁ、宜しくお願いします」
「よ、宜しくお願いします」
「お前……何赤くなってるんだよ……」
ここにギャップに落ちた男がいるようだ。
……静流は全く気が付いていない様なので、今後もこの様な事があるだろう。
「うるさい!なってない!!どこが赤いって言うんだ?ほら言ってみろ!!」
「お、お前、静かにしろ。落ち着けって」
「落ち着いてるよ!俺は動転なんてしてない!!」
「してるから!サン大尉の前だぞ!?」
「………へ???…あ!!!?申し訳ありません!!」
「失礼致しました!!」
赤い顔を更に赤くさせながら騒いでいた門兵たちは、今の状況を思い出しようやく落ち着いたのか姿勢を正した。
「この子に変なちょっかいを出すんじゃないよ?騒がしくしてしまったけどこっちは問題ない。私は本日宮入の者を案内する」
「「はっ!!」」
「では、予定通り本日遅番の者が来るまで私が交代致します」
「任せた」
「サン大尉!!任務が――」
「私の任務を君に一々報告するつもりはない」
どうやら、このサンという大尉が静流を案内するというのは予定通りの事らしい。
もう一人の通用門門兵は……生真面目過ぎるのか、思い込みが激しいのか……
「し、しかし――」
「君の正義感が何に基づいてるのかしらないけど私には私の任務がある。何も知らない人間が人に偏った正義を押し付けるんじゃないよ」
「私の言っている事が間違っていると――」
「黙れよお前!」
「サン大尉に向かって何を言ってるんだ!!」
「しかし、任務が――」
「お前の任務はなんだ!!」
「はっ!通用門の守護です!!」
「お前はそれさえも出来ないのか!?」
「はっ???」
「サン大尉の任務はなんだ!!」
「え……えっと…」
「お前がサン大尉の任務を知るわけがないだろうな」
「サン大尉の任務がお前と同じ通用門の守護でない事だけは分かるな?」
「で、ですが……!」
それはそうだ。大尉の肩書を持つ人間が通用門の門兵をしているわけがない。
「もういい」
「「「はっ?」」」
「君は私に何か不満があるようだね。それは君がライ出身だからなのかな?上官が私じゃ不服みたいだね」
「そ、そのようなつもりはありません!」
「じゃあ、門兵という仕事が不服なのかな?」
「違います!」
「………分かった。君は明日から来なくていい。丁守護兵としての任務を言い渡す。仔細は本日任務後に追って通達する」
丁守護兵。その名の通り、丁を守護する兵士である。その為、丁に駐屯する必要があり、家族が居る者などは家族ごと丁に生活基盤を移すか、単身で丁に住み込み定期的に出される休みを利用して家族の元に帰るなど、都に暮らしている者からすると少々厳しい生活となる。
その代わり、門兵より出世と言えるかもしれないが……
「横暴です!貴女にそんな事を指示する権利は――」
「あるんだよ。私は君の上官だからね。しかも、かなり立場は上だよ。理解してなかったのかな?守護兵統括の長として任命するよ。君は明日から丁守護兵だ。」
「そ、そんな!?」
「後の事は任せる」
「「はっ!!」」
「サン大尉!!!」
「おい、任務に戻れ」
門兵……明日からは丁守護兵が、まだ何かを訴えようとしているのを遮って上官に止められている。
これ以上、サンを怒らせたら……丁守護兵なんて可愛いものかもしれない。
せめて、もうちょっと前に止めてやれば門兵でいれたものを……
「シズクちゃん。見苦しい所を見せてしまってごめんね」
「えっ?い、いいえ……そんなことは…」
前を歩くサンと一定の距離を保ちながら周りの様子を窺っていた静流は、不意に掛けられた声にドキリとしながらしどろもどろに応える。
「ほら、ジポンの首都としてライが成立しただろう?でも元々のライの住民だってまだ昔の意識が残ってるんだよ」
「昔の……」
「そう。大戦が終結して13年も経つのにね。こういうのは思想になってしまっているから……急に大きな改変は出来ないものなんだよ。10年20年……例え50年経ったとしても、人の中に残ってしまうものなんだね」
「……私はライ出身ではありませんし、話しでしか昔の事を知りません。けれど、昔は酷いものだったと聞いています」
「あぁ、女性は家畜や物のように売買された。よく考えてみれば13年なんて、つい最近だね……」
「……道で女性とすれ違います」
「………?は、はぁ」
「確かに、他の国と比べれば女性の割合は少ない様に感じました。けれど、女性が道を歩いていました」
「…?そう……」
「ライの出身でない女性なのかもしれません。でも……昔の話しを聞いていた私は驚いたんです」
「…………」
「女性が……歩いていたんです」
「……そうだね…。うん、そうだね……」
13年……確かにまだまだ変えられないものも多い。けれど、確実に変わっているものもある。
20年経てば、もっと変わっているだろう。50年経てば或いは……
「………あ、あの」
「ライの中央広場は行った事あるかな?」
「いいえ?」
「今度案内してあげよう。ライで一番活気がある場所だよ。食べ物も衣類や生活道具、何から何まで揃わない物はない観光名所だ」
「観光名所……ですか?」
「そう。沢山の女性が店をしているよ。男性なんかに負けないくらいね」
「それは楽しそうですね。是非」
ついサンと真剣に話しをして内部の偵察を疎かにしていた静流は、内心しくじったと思いながらももう遅い。
諦めて、斜め前を歩く静流よりも随分大きなサンの背中に視線を移した。150cmと小柄な静流よりも25cm高いサンは、武人として恵まれたその身体を隅々まで鍛えているのが兵服の上からでも分かる。
これならば、性別関係なくサンを負かす武人は早々居なさそうだ。
後ろの方で高く纏められた濃い色の茶髪は正確な長さは分からないまでも、戦闘中にほどけたりしないのだろうかと思わせるほどには長そうだ。
サンは静流の視線に気が付きながらも、気付かぬ振りをしてわざとゆっくり歩いていた。
先程の会話で静流が精一杯応えた会話。あの門兵とのやり取りで沈みかけた心が軽くなる気がして救われたのだ。
何も計算していないだろう言葉が嬉しかった。その会話の後に見せた眉間の皺と、それからチラチラとこちらを窺う様子も小動物の様で微笑ましい。
「ふふふふ」
と思ったら、笑いを我慢できなかったようだ。
「へっ?」
「いやいや、そんなに見られると緊張してしまうよ」
「え、あ……」
「何か質問でも?」
「質問?質問……あっ、はい質問です。あの、何故大尉様が直接私を?」
……質問出てきて良かったですね。
「あははは。あぁ、ごめんごめん。サンでいいよ。理由ね」
「は、はぁ」
「勧誘と里帰り?」
「はい?」
「有望新人に唾をつけとかないとね」
「えっと、私……ですか?」
「この話しの流れで他に誰かいたかな……」
「あの、サン大尉が勧誘するということは武官では?」
「この話しの流れで他に…――」
「私では武官には不向きかと思うのですが!!」
「えっ?……シズクちゃんは文官希望なのかな?」
「あの……希望というか…」
「官を目指していると蛍様から聞いているんだけれど、違うの?」
「目指して……います」
「蛍様も勧誘したと聞いたけどね。私としては是非こちらに来て欲しいね」
「しかし……あの…体格にも恵まれていませんし……」
確かに武人として戦うような身体とするならば、静流はかなり小柄だ。
いくら鍛えたところで身体に見合った筋力しかつかないのだから、例えばサンと同じように鍛えたとしても腕力も持久力も劣るだろう。
「シズクちゃん。何も武官が皆体格が良いわけではないよ。それぞれに見合った鍛え方をして、それぞれに見合った戦法を身に付ければ良いわけだから」
「それはそうですが……」
そんなことサンに言われるまでもない。
静流は、武人の中でもかなり特殊といえよう忍びなのだ。
「……君は文官よりも武官の方が向いているよ」
「何かおっしゃいましたか?」
「いや、なんでもないよ。取り敢えず、私の部屋付候補という事で」
口の中で呟いたような小さな独り言を聞こえなかった振りをしながら聞き返した静流に、サンはまたとんでもない事を言う。
「部屋付……ですか」
「そう」
「誰が……でしょう」
「シズクちゃんが私の」
「はい!?」
「はい」
「大尉の部屋付なんて恐れ多い!!丁重に――」
「断れないからね。あくまで候補だよ。どうせ官を目指すなら私の元でいいじゃないか」
「そ、そんな……」
何故か、潜入中だというのに大尉に目を付けられた静流は初日からエリートの道が開けてしまった。
「まぁ、ゆっくり悩んで。あと、今日は里帰り……というかシズクちゃんを送って行ったついでに久しぶりに顔でも出そ――」
「…………どうしたんですか?」
突然立ち止まり黙り込んだサンを不思議に思い静流が声を掛けた。
「…………」
目を閉じ、じっとしている。眩暈でもおこしているのだろうか……
「ふははは」
目を閉じたまま急に笑い出したサンに、支えた方がいいのかと手を伸ばしかけていた静流はビクッとして手を引っ込めて後ずさりした。
「あぁ、ごめんね。そんなに退かないで。思い出し笑いだよ。思い出し笑い。少し急ごうか。今行ったら面白いものが見られそうだ」
そう言いながら早足で歩きだしたサンに、腑に落ちないところがありながらも置いて行かれないように静流も小走りでついていく。
後ろを追い掛けてくる少女の気配を感じながらサンは考えていた。
自分よりも遥かに小さく、まだ幼さの残るこの少女は間違いなく……武人であると。
かなりの戦闘訓練をつんだ者だと分かる。……そう分かってしまう。隠すことに長けていないのだ。
恐らく、武官の中でもかなりの戦闘力だろうこの少女のちぐはぐさに危うささえ感じてしまう。
あまりに経験値が無さ過ぎる……
サン大尉!横暴です!!