【雇用試験?……面談です】
『SHINOBIAI』2話です。
今回は説明が多くややこしくなってます。
もう少しいい表現があれば手直しするかもしれません。
毎度のことながら、感想なんぞ頂けると喜びます!!
「失礼致します」
「なんでしょう?」
閉じられた木の折戸越しに掛けられた声に、広げられた書類から顔を上げた男が返事を返した。
どうやら、この部屋の持ち主の様だ。
落ち着いた部屋の雰囲気と同様に、小さな丸渕の眼鏡を掛けた落ち着いた態度を持つ男。しかし随分若いのではないだろうか?
「本日面談の者がまいりました」
「おや、もうそのような刻限なのですか」
木戸を開け、従者と会話をするというより吹き抜けとなった廊下の向こうに見える庭から外の時間を確認するように空を仰ぐ。
ようやく寒さを感じる事のなくなった春の日差しが穏やかに庭木の緑を写し、実際の葉の緑よりも柔らかな色となって目に返す。
「少し待たせておくように申し付けますか?」
しばらくの間、その優しい緑を目に止めていた男に従者が声を掛けた。
「いいえ、その必要はありませんよ。お通しして下さい」
「承知致しました」
言い終えた従者が去るのを見届けると、男は元の簡素な机に戻り広げられた書類を脇に寄せ横に置いてあった箱の中から新たな書類を出すと、それに目を通し始める。
その書類には少女の詳細な情報と推薦者等の背景情報が記載されていた。
恐らく、これから面談する者というのは、この書類に記載されている少女なのだろう。
「失礼致します」
「どうぞ」
5分程経過した頃だろうか。
先程の従者の声が聞こえ、今度は誰何せず男は入室を促した。
「本日、私はこれで下がらせて頂きます。別の者が外に控えておりますので終わりましたらお声掛け下さい」
「そうでしたね。分かりました」
従者が廊下を引き返して行く中、連れて来られた少女はどうするべきなのかが分からず、ただオロオロと辺りを見回す事しか出来ない様だ。
「あぁ、心配せずとも、ちゃんと面談は致しますよ。そこにお掛け下さい」
「は、はい」
その様子を見た男は少し苦笑し、さっきまで自分が仕事をしていた机の前方に用意された椅子を示した。
少女は、その指示にハッとしたように顔を男の方に向けたかと思うと、自分の行動が恥ずかしかったのか椅子の方に俯き気味に小走りで向かった。
「どうぞ、座っても良いのですよ」
「あ、はい」
さっきの失態をカバーするべく指示があるまで待っていたのか、少女は男からの言葉にホッとしながら腰を下ろした。
「緊張していますか?」
「も、……すみません」
元の席に戻り机を挟んで少女と対面となる様に座った男は、ずっと絶やすことのない柔和な笑みのまま少女の緊張を解す様に話し掛ける。
「そのように緊張する必要はないのですよ。と言っても、初めての仕事で初めての面談となれば誰でも緊張するものですね」
「……すみません」
「おやおや、更に緊張させてしまいましたか」
「い、いえ。そんなことは……」
「そうですね……今日は良い天気ですね」
「はい?」
突然変わった話題の意図が分からず思わずといった感じで少女が聞き返した。
「そう思いませんか?」
「はい。あの……良い天気です」
「最近、暖かくなったと感じていましたが今日は殊更春らしい」
「…そうですか」
「貴女の里は……あぁ、随分南でしたか。それではライへ来て寒く感じるでしょうね」
「い、いえ。御奉公の準備の為、この冬は由様の所に身を寄せておりましたので」
少女は、粗相の無い様にする為なのか慎重に答える。
「由様……前任の庭師の方ですね。怪我で任から退かれたとお聞きしました。そうですか。その後はお元気なのでしょうか」
「はい。普通に生活する上では問題はないと」
「そうなのですね。それは良かった。それで、その方の元で御奉公の準備……随分と時間を掛けたのですね」
「何分、田舎育ちですので、皆様の御迷惑にならないよう言葉遣いや最低限の勉学等を……あ、あの!もう面談中なのでしょうか?」
「というと?」
「い、いえ。あの由様から面談の説明を受けていたのですが、随分と雰囲気が異なったので」
「私が堅苦しいのは好きでは無いのですよ。そうですね……そういえば、まだ名も名乗っていませんでしたね。私は宮内及び女宮の侍従長で、名を蛍と言います」
「蛍侍従長様……」
「そうです」
少女は、思わぬ高官が出てきた事に驚いたようだ。
というより目の前の若い男が、その様な高官であった事に驚いたのだろうか。
侍従長といえば宮内と女宮を統べるトップであり、レクトにも直接会う事が出来る役職である。
身長が低く細身で威圧感が無いせいなのかもしれない、いつも柔和な笑顔だからなのかもしれない、若いからなのかもしれない……ただ、その様に人に命令するような立場の高官であるようには見えないのだ。
「驚かせてしまいましたか?」
「は、はい。あ、いいえ。失礼致しました」
「失礼という事はありません。私が名乗らなかったのですから。それに名乗ってしまうと、今の貴女の様に余計に緊張させてしまいますから」
「えぇと、あの……」
蛍はそう言いながらも先程より少し楽しそうだ。
なんだかんだと言いながら、この少女の様に人が慌てる様子を見るというのは面白いものである。
「面談と言いましても紹介者が身元を保証していますし、貴女の場合は女官ではなく侍女です。ですので、そこまで堅苦しく面談をするつもりは無いのですよ」
「そう……なのですか…」
「はい」
少女は少しホッとしたように表情を緩めた。
「しかし、そうですね……少しは面談らしいことも致しましょうか」
「えっ?」
蛍は先程の温厚な雰囲気から一転恐ろしいまでの力の籠った目で少女を見る。
いや、それは射抜くと言った方が正しいかもしれない。
「天に誓え。我、汝の名を問う」
少女のそばかすだらけの顔が一瞬にして緊張で固まった。
それは抗い難き……
「………………」
「…………」
数秒だっただろうか。人によっては少し違和感を覚えるくらいの間を持って、ようやく少女は力を込めて蛍を見返し口を開いた。
「地に返す。我、シズクと答う」
『天に誓え。我、汝の名を問う』
『名約』この世の誰もが問う事の出来る、力で強制された質問。
天に誓い、地に返す事しか出来ない『名約』。それは『盟約』と繋がる。
つまり、この世の強制力だと言っても過言ではない。
今では盟約と言えば『名約』の事を一般的には指すが、昔はきちんと『名約』と『盟約』を使い分けていた。
誰もが問う事の出来る『名約』。しかし、何かしらの能力のある者は他にも『盟約』を問う事が出来たからだ。
名しか問う事の出来ない『名約』と他の質問を問う事の出来る『盟約』。この世の万人は能力がある者に嘘がつけないのだ。
しかし、この盟約、抗い難いが抗えないわけでない。
能力者が万人には使えない盟約を問う事が出来るということは、この盟約は力の大きさに左右される。
つまり盟約を答う者が問うた者が込めた力より、更に力を込めて答う事が出来れば……
「はい。シズクさん。では面談を始めましょう」
「宜しくお願いします」
そばかす少女がシズクと名乗ると、蛍は先程の恐ろしいまでの気迫が嘘のように柔和な笑顔に戻り、会話を再開した。
しかし、少女は緊張を解いたようには見えない。
「さて、と言いましても先程も言いましたが資料にも目を通しましたし概ね問題ないとは思っています。貴女は女官採用ではなく侍女。それも最初は雑女からとなるでしょう。雑女は女宮以外への出入りは出来ませんが。そこは聞いておられますか?」
「はい。由様から聞いております」
女宮というのは簡単に言うと女子寮。反対に宮内と言えば男子寮だと思えばいい。
女官と侍女の違いだが女官とは官職を持った女性の事であり、女性の文官や武官等がこれにあたる。
侍女とは官職を持たず城内、宮内、女宮の仕事をする者。その中でも、まだ宮入して間もなく見習いとしている者たちの事を雑女という。
「なるほど。雇用試験ではなく面談ですが良いのですか?」
「えっ?」
雇用試験、つまり官職の試験ではなく侍従の面談だがいいのかと蛍は聞いたのだ。
「は、はい」
「そうですか。分かりました」
その答えに蛍は少し疑問を持ったようだが、何も聞かず会話を進める事にした。
「雑女、侍女の後に女官となる方も居られます。そうですね……部屋付に関してなどの詳細は女宮の者にお聞きなさい」
「はい」
「質問はありませんか?」
「……はい」
「では、事前に通達していた様に来週より宮入してもらいましょう。三日後となりますが問題はないでしょうか?」
「大丈夫です」
「ではこの書面に目を通し記入を」
「分かりました」
蛍から少女に手渡された紙に記載されていたのは所謂誓約書である。
宮内や女宮、城内での情報を口外しない等の当たり前の禁止事項と、それを破った時の処罰に関してなどが公用語で事細かに記載されていた。
「どうですか?」
「はい?」
その書面に目を通していた少女に向けて蛍は突然とも思える質問をした。
「内容ですが分かりましたか?」
「あ、はい。大丈夫です」
そう答えた少女は、手渡された筆記具で慎重に記載された内容に沿って記入していく。
「貴女は、何故雇用試験をお受けにならないのでしょうね」
少女が最後に名前を記入し終わった時だった。蛍はいつの間にか少女が記入していた袖机の真横……少女の横に立ち、記入が終わった書面を見ていた。
「…私ではとても……」
「そうでしょうか?私にはそうは思えませんが」
「……………」
「通常、侍従や侍女として入って来た者でも官を目指して宮入します。事前に確認させて頂いている資料を見る限り、貴女も官を目指している。そうでしたね?」
「…そうです」
「官を目指してはいるけれど侍従や侍女として宮入する者たちは押し並べて皆、雇用試験を受ける資格が無い者たちなのですが」
「はい。私もそうですので…」
「公用語の読み書きが出来るのですね」
公用語。大戦前まで存在していた七大国はそれぞれ微妙に異なる文字文化であったが、大戦が終結しジポンとなってからはそれぞれの文字文化を取り込んで新しい文字となった。それぞれの国が使用していた文字が複雑に使用される形態となったとも言えよう。
「由様より学びましたので……」
「成程、それが御奉公の準備という期間でしたか」
「はい」
「では、それこそ何故雇用試験ではないのでしょう?」
「私ではとても。結果の分かっている雇用試験を受ける勇気も御座いません」
「それは、どうでしょう」
「……………」
「貴女は官に雇用される条件を御存知ですか」
「それは……文官と武官とでも違うのでは?」
確かに、文官と武官が同じ雇用試験であるのはおかしい。だが、蛍が言っているのはそういう意味ではない。
もちろん少女も分かってはいるのだ……
「そうですね。文官と武官では試験の内容は異なります。但し、共通の部分もあるのですよ。例えば…――」
そう、共通の部分こそ雇用試験の大事な…
「公用語の読み書き。そして…――」
「…………」
「名約力です」
「…………」
名約力とは、『名約』を操る能力の大きさ。そのままの意味である。この能力が高い者ほど大きな名約となり、問われた者は抗い難くなる。
官となる者は必ずこの名約力が必要になる。生まれてきた時から誰もが持っている名約力一と、己自身の中に眠っている名約力を鍛える事によって少しずつ引き出していくのである。官位によっても必要な名約力は異なるが、文官の方が高い傾向にあるだろうか。
「あぁ、もちろんの事ですが、しっかりと面談や審査もしていますよ。貴女の名約力は……少なくとも一ではないのでしょう?」
名約力一以上ということは名約力を鍛えたということ……
「……はい。そうですね。私の今の名約力は六です」
「六ですか。私が想像していたよりも高いようです」
意外とあっさりと少女は自分の名約力を答えた。確かにこの少女の名約力は六で、そこに偽りはない。
「雇用試験を受けなくともよいのですか?」
「何も分からないような幼き頃より由様から鍛えて頂きました。しかし、それ以上には上がらないのです。私の名約力の限界値は六のようです」
「名約力六もあるのでしたら、最終的には武官であれば軍曹、文官でも主任にはなれるでしょう」
「そう……ですか。でも、村より出た事のない私では、やはり不安の方が大きいのです」
「分かりました。あまりしつこくしてはいけませんね。貴女はとても聡明そうですので期待しているのですよ。お分かりください」
「いえ。ありがとうございます」
「大戦が終結して十年以上経つとはいえ、優秀な官はまだまだ足りないのですよ。ですから気が変わりましたら私の元で仕事をして下さい」
「分かりました。官位を頂くことになりましたら」
「では、面談はこれで終了致しますが何か質問はありますか?」
蛍の冗談とも本気ともとれる言葉に対し、少女もどちらとも言える答えを返してお互いに少し間をとった後、面談の終了を告げた。
「いいえ。ありません」
「そうですか。では、外の者を……――」
そう言いながら扉に向かっていた蛍が急に少女の方に振り向いたかと思うと口を開いた。
「そういえば、今日私は貴女に対して十の名約力を使いました」
「…………そうですか」
「はい。そうなのですよ。なので、貴女の名約力である六で抗う事は出来ませんね」
「……そうなりますね」
六で十の力に打ち勝つことは出来ない。それは当たり前の事である。
少女の名約力は確かに六。しかし盟約力はどうなのだろうか。五以上の盟約力があるのであれば抗う事が出来るはずである。もし少女が能力者なのであれば……
「………………」
「…………」
「お引き止めしてしまいましたね。ではシズクさん。来週より宜しくお願いしますね」
「……はい。…………あの、やはり質問してもいいでしょうか」
「おや。なんでしょう?」
今度は少女の方が蛍に声を掛ける。
「この国で、一番お力のある方はどなたなのですか?」
「……それはレクトである儚様でしょう」
「レクト儚…様……」
「大国ジポンのレクトですので」
一番権力を持っている者。それだけが力とは言わない。
「私が知っている儚様の能力値は千を超えるようですよ」
「千!?」
「そうです。あの方に嘘はつけないのですね」
少女の予想を遥かに超えた数値である。少女が今まで出会った能力者の中で、一番の能力値を持っていた里の親方様でさえ五百半ばだったはずだ。
「怖いでしょう?」
「こ、怖いですか?」
「そうです。あの方は怖いのですよ。御自分の事は誰にも悟られる事無く、全ての人の心は読めるのですから」
「……怖いかもしれませんね」
蛍が言った怖いと、少女の言った怖いとは少し意味が異なった。
少女はレクトの立場になり答えたのだ。あまりにも突出した能力は自分を翻弄するだけなのではないだろうか。人とは懸け離れ過ぎて、自分なら怖いと感じるだろう。
「まぁ、そのように大きな能力を持った方は儚様くらいでしょう。あとは……名約ならば文官の高官が高いでしょう」
官位によって、必要な名約力が定められているのだから文官の高官の能力値が高いのは当たり前である。
「ちなみに申し上げますと、侍従長である私の名約力は百二十です」
「百二十……ですか。凄いですね」
「いえいえ。私ではその能力値が限界でした。上には上がいるものですね」
「そうですね」
「他に質問はありませんか?」
「はい。大丈夫です」
「そうですか。では」
「はい。有難う御座いました。失礼します」
廊下に控えていた従者と共に部屋を出て行く少女。
まだ寒いとも言えるこの気温の中、無意識に少女はそっと額に浮かんだ汗を拭った。そして、そんな少女の様子を静かに見ている蛍……
やがて部屋の暖かい空気がすっかり冷え切る程の時間が経ち、ようやく扉を閉め自分の席に戻った蛍は少女が記入した書類を手に取った。
「シズク……ですか。貴女は誰なのでしょうね」
その静かな呟きは誰に聞かれる事も無く、部屋の主が書類箱に紙を入れた小さな音と共に消えていった……
もうね、儚様怖いよね。
蛍の気持ちもわかるよ!!!
シズクがいい子過ぎるんだよね。