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ダミー  作者: 砂原真夜
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昔話1

なんだか嫌な話になりそうです



 悲鳴が耳に残っている。




 何が始まりだったのか、彼女の孤立は学年全体に浸透していた。気付くとどこかで誰かが彼女を見ながら声を潜めている。噂が尾ひれを次々増やして、教師たちにとっても聞き捨てならない生徒となっていたらしい。保護者が学校に呼ばれた日から、彼女は消えた。

 いや、学校には来ていたのだ。噂によれば、彼女の救いは学校にしかなかったのだから。


 あの子、学校で他校の人と遊んでるんだって。

 あの子、保健室で先生とシてるんだって。

 あの子、身体売ってるんだって。

 あの子、あの子、あの子、

 あの子、あの子、あの子、あの子、あの子、あの子、あの子、あの子、あの子、


「ねえ、知ってる?」



 誰も彼女の名前を呼ばなかった。ただ、秋山アイカだけが、彼女を名前で呼んだ。

「   !」

 悪目立ちする挙動、大きな声、それでも上手くクラスに馴染んでいたアイカは、彼女を背に庇っていた。

 授業でもあてられず、自ら発言もせず。

 反論もせず、白い目を甘んじて受けていた彼女と違い、アイカは堂々と反抗した。

「そんなこそこそして、恥ずかしくないの。   が何をしたっていうの」

 二人は常に一緒にいて、唸り噛みついてくるアイカの奥で、彼女はまるで影のようにひっそりとしていた。

 アイカがいなければ、彼女が教室まで来ているのに気付くこともなかっただろう。


 噂に佐伯の名が混ざるようになって、ようやく私は彼女たちに興味をもった。

 彼女が学校でこっそり会っている他校生として佐伯が挙がったのだ。

 ぎくりとした。

 学校でこっそり佐伯と会っているのは、私だ。

 名乗れば彼女は無実。尾ひれを含めて噂が此方にのし掛かる。そんなの、無理。

 佐伯は、知っているんだろうか。電話越しの声は、いつもと変わらなかった。

「誰かに見られたのかな。まあ、見られてても面白いけど、しばらく行かない方が良いかもね」

「……うん。そうして」


 それから、何気なく彼女の噂に耳を傾けるようになった。散々な言われようで、聞いている方が病気になりそうなものばかり。

 いつもの面子も、聞いてみれば埃を叩くようにポロポロと噂の断片を吐き出した。

「杏子も興味あるんだ?」

 と、物珍しそうに言う友人に問い返す。

「サヤもミカもアカリも、全然そんな話してなかったのに、詳しいじゃん」

 三人はぱたりと口をつぐみ、曖昧に笑った。取り繕うように、アカリが手を振る。

「陰口とか、杏子そういうの全くしないからさ」

「そうそう」ミカが頷いた。「杏子は良い子だからね」

「あの子の話とかむしろ、嫌いなんじゃないかなって」

 ねー、と互いに確認する三人に、石を投げてみる。

「まぁ、そうね。好きではないな」

 なんとなく、怪しいと思ったのだ。

「でもさ、彼氏が話に登場したら、彼女としては色々知りたいじゃない?」

「だ、よね」

 サヤは正直だ。全部顔に出る。畳み掛けるように、顔を近づけた。

「もっと教えてよ。浮気かもしれないじゃない」

 思いつきで言った一言に、妙案だと手を打ちそうになった。

 浮気ということにしてしまえば、私と佐伯の関係を知っている生徒にも怪しまれない。被害者として、話も聞きやすくなる。密会も無かったことに出来る。

 三人の表情が気持ちだけ弛んだように見えた。

「浮気とか最低じゃん」

「佐伯くん問い詰めた方が早くない?」

「相手があの子とか怖すぎるし。何やってるか分かんないよ」

 口々に主張する三人は巣の中の雛鳥か。微笑ましくて頬を緩める。佐伯は、浮気なんてするやつじゃないよ。そう言ってやりたかった。



 佐伯の名前が出る前から、彼女が学校で誰かと会っている噂は流れていたという。相手が佐伯というやつだと言い始めたのは最近だ。大方、こそこそしている男女の影の片方を彼女に重ねたのだろう。

 火のないところに煙は立たない。佐伯が来なくなって暇になった分、彼女を観察することにした。


 一日見ていただけで嫌になった。

 秋山アイカと目が合うのだ。絶対に。

 付かず離れず彼女に寄り添い、常に周りを警戒している。噂が針になって飛んでくるとでも考えているのか。そういえば、誰も彼女たちを見ようとしない。そっと触れれば殴り返されるような空気は気持ちの良いものではなかった。

「教科書忘れちゃったのかー。じゃ、一緒に見ぃよぉっ」

「わぁ、いいないいなっ。今日   のお弁当唐揚げ入ってるんだっ」

「プリント埋まった? 一緒に出しに行こっ」

 はしゃいだ声は彼女にしか向けられず、しかし意識ははっきりとこちらに向けていた。

 まるで彼女が外界に触れるのを防いでいるようだ。守っているんだか、隔離しているんだか。あれでは彼女も居心地が悪いのではないか。

 胸糞悪くなり、私は観察を止めた。


 その翌日だ。

「一緒にかーえろっ」

 机の横、逃げ場を塞ぐようにアイカが立っていた。辺りにいたクラスメイトたちが此方を一瞥し、また日常に帰っていく。

「あの子は?」

「   も一緒なんだよ。ね!」

 このとき確かに彼女の名を聞いたはずだが、どうしても思い出せない。離れた席で彼女は僅かに首を動かしたように見えた。

「私、部活あるから」

 一緒に、なんて耐えられるわけがない。今日部活は先輩もおらず、同好会同様の活動だが、良い口実になる。同じテニス部のサヤを探すが、先に行ってしまったようだ。

「知ってるんだよ」アイカは変わらぬ調子で繰り返す。「知ってるんだ、部活行かなくて良い日なんでしょ」


 助け船は、来ない。

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