花城2
たどり着いたのは、天蓋付きのベッドだった。ああ、すごい、これ実在するんだ。よく意識が飛ぶなあ。病院に帰れなかったら、笠原医院の人たち怒るかな。すみません、息子さんの身体で好き勝手しちゃって、すごく贅沢な気分です。
目が覚めても寝息が聞こえて、くわんくわんと痛む頭をもたげた。真横で佐伯が寝ている。つっこむ元気もない。もう一眠りしたい。ふかふかしている枕に、肌触りのいいシーツ。起きるなと言われているようなものだ。
「ん、んんー」佐伯が身じろぐ。彼は起き抜けに掠れた声で呻いた。「頭いたい」
そうだね。反応するのも億劫で、そのまま目を閉じる。ベッドの上で男と二人。危機感なんてない。今自分も男だし。
だが、ガチャン、バンッと勢いよくドアが開いて、火だるまが飛び込んできた。
「おはようございまっす。朝ですよっ」
違う、女の子だ。真っ赤な髪に真っ赤なドレスの、女の子。
「レディ……ブラッド……えぇ!?」
寝ぼけ眼を見開いて、佐伯が飛び起きる。「おい、なんで俺花城にいるんだ」
はなしろ。此処の名前か。そうだな、このベッドはまるで花畑のようだ。いい匂いがする。
「あっ、里志くんもいる」
佐伯が肩を揺すってくる。やめろ、気持ち悪い。
「里志くん、さーとーしーくーん!」
「おーきーてーるーぅー……」
「ふったりっとも! 朝ごはんはパンでいいのかなっ」
「おきてるってばぁ……るっさいなぁ……」
大音量で頭の奥がキンキンする。吐きそう。気持ち悪い。出る。中身、出る。
「う、わ。ちょ、里志くん、里志くん起きて、起きてぇええええ!」
◆
大変失礼しました。
頭を下げた私に、佐伯は頭を抱えながら「いいよ」と力なく答える。
全部吐き出してすっきり目が覚めたときに見えたのは、ゲロまみれの佐伯だった。彼曰く、押し倒してまで彼の腹の上で吐いたらしい。おかげで頭の中は晴れ渡るような快晴だ。
服を着替えてひらっひらのブラウスを来た佐伯は、真っ白な服のせいもあり若干若く見える。飛び越えて滑稽なほどだ。
天蓋付きのベッドから始まり、小花柄のカーテンにクリーム色の壁紙、床には一面ふわふわの淡いピンク色したカーペット。家具は白を基調に、上品に金の金具が飾られている。姫系コーディネートの成功例だ。可愛らしくも上品で、その分レディ・ブラッドのどぎつい赤は浮いていた。うすい唇から目元にまで紅色の彼女は静かにしていると酷く艶っぽい。
「とりあえず、水飲むっすか」
口を開くと、この調子だ。注いだ水を差し出した後は落ち着きなく歩き回っている。
懐かしい……なんだったかな、この鬱陶しさは、覚えがある。
「懐かしい感じがしてさ、一緒に飲みたくなっちゃったんだよな」
佐伯は失敗した、と頭を抱える。レディがその場でくるりと回り、首を傾げる。
「懐かしいって、この子、クロの知り合いなの?」
「あぁ、笠原里志くんだよ」
「この子が、よく話してたお邪魔虫かっ」
お邪魔虫。……クロ? 佐伯もまた、自分と同じ状態なのか。
何かが引っ掛かって、もやもやする。思い出したくないものが喉元まで来ていた。
「佐伯、」
違っていてくれたら、と願う。
「佐伯、雪乃」
息を呑んだ彼の様子に、当たりだと知る。
「なんで、」
言いかけた佐伯を両手で制し、愛想笑いでごまかす。
「酔ってたときに、言ってたんだよ。てっきりそれが名前なのかと思ってたんだけど、クロっていうんだね?」
「あ、ああ。忘れてよ、どうせ譫言だし」
ほっとする彼を見て、胸を撫で下ろす。こちらが名乗らなければ大丈夫だと思った。
レディ・ブラッドが静かに私たちを見下ろしているのに、気付くまでは。
「なあに、なんの話? 佐伯雪乃さん、クロの知り合いなのかな」
「おう」
穏やかに応じた佐伯は、彼女を見上げてようやく、異変に気付く。
「どんな人? どこにいるの? 会ーいたーいなっ」
目の色が違った。ぞくりと背が震える。彼女は赤い唇の間から赤い舌を覗かせる。
「雪乃、ここにいるんだ」
「な、なんだレディ。友だちとかか」
うん、と彼女は歯を剥いた。白い歯を見せて唇が鋭い三日月型に歪む。
「ずーっとね、探してたの。アイカが探してるの」
思い出した。
思い出した。
この挙動、口調、表情。
秋山アイカ。