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「お母さん、もうあたし、おばあちゃんになっちゃう」
娘の情けない声に苦笑する。
「やっとあたしの気持ちを理解できるようになるわね。あたしもあんたが出産の時はそう思ってたわ」
40すぎた娘が頬を膨らませて机に突っ伏す。
言葉では文句を言いつつも、本当は嬉しがってるのを知ってるこっちとしては微笑ましく感じる。
「温泉、どうだった?二人でお出かけなんけ今までなかったでしょ?楽しかった?」
ふくれっ面から笑顔に変わった娘に先日の温泉のお土産を手渡す。
美味しいと評判の饅頭。
美味しい美味しいと食べる姿を見てると嬉しくて、あたしも笑ってしまった。
娘が帰ったあと、図書館に行ってた優太が帰ってきて、早々に帰ってしまった娘の文句を言うのを聞きつつ、薬を飲む。
娘には内緒にしてるけど、最近血圧が高くなって薬を飲み始めた。
「笙子、具合大丈夫か?」
気遣ってくれる旦那さんに微笑み返す。
「大丈夫。優太もちゃんと気をつけてよ。あたしがいつまでも元気ってわけじゃないんだから」
「元気でいてもらわないと困る」
寂しそうにつぶやく優太の声は、聞こえなかった事にした。
最近の頭痛、だんだん酷くなってきた。
そんな自覚が出てきた頃、孫が産気付いた。
慌てて病院に駆け込んで、病室の中で立ったり座ったり。
こんな時は何度経験してもなれるもんじゃない。
あの孫は幼い頃喘息持ちで子守をしてた時は、楽しかったけど、緊張してたのを思い出す。
無事に生まれてくれますように。
何度も祈った。
そっと握られた手に、優太のあったかい体温を感じて、不思議と気持ちが落ち着いて行った。
病院に響く産声に、嬉し涙が溢れた。
ガラスケース越しに小さな赤ちゃんが眠ってる。
小さく生まれたために、保育器に入れられた赤ちゃん。
小さくても力強く泣いている。
その姿に胸が熱くなった。
隣に立つ優太を見上げる。
涙で潤んだ目で赤ちゃんを見ていた。
幸せだな〜
漠然とそう感じた。
この人の隣に立っていられること。
当たり前に笑いかけてもらえること。
この人と同じ人生を歩いてこれたこと。
多少、強引なとこはあったかもしれない。
でも、のんびりなあたしにはぴったりのペースだったのかもしれないよね。
保育器から出れたら抱っこしてあげて、今日は両親以外ダメ見たい。
残念に思ったけど、また今度があるって思えたから、二人で家に帰った。
その日は嬉しくて、幸せで、もう少し話していたかった。
並んでるベッドに入って、隣のベッドに寝ている優太に話しかける。
優太は眠かったのか、ウトウトし始めた。
「ありがとう」
小さくつぶやいた。
聞こえなくていいと思った。
ただ、申し訳なかった。
本当はベッドに横になった時から、話すのも辛いくらい頭が痛かった。
いま、幸せか?
会うたびに問いかけてくる首藤の言葉が浮かんできた。
幸せだよ
向かいのベッドに手を延ばした。
優太が気づいて、笑ってこっちに手を延ばしてくれた。
絡まった指先の熱に涙がこぼれた。
「笙子、どうした?」
「何でもない」
「名前、なんてつけるんだろうな。早く抱っこしたいよな」
「……そうだね」
「?眠くなったか?」
「……うん」
じゃ、お休み
最後に見たのは、若い頃の面影があるどこか幼い笑顔だった。




