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にらにゃん  作者: 消炭灰介
餞ヲ胸ニ殉ズ
3/5

iacta alea est.

 色々なところに目をつぶれば彼女にしたい女ナンバーワン。学校内で天崎(あまさき)七月(しちがつ)はそういわれている。つまりはそういう人間なのだ。

 満点のプロポーション。すらりと伸びた脚線美、腰まで届くつややかな緑髪。などなど。

 上品に整った顔立ち。薄いくせにやけに血色がいい唇、はかなげな瞳にけぶる睫毛。エトセトラエトセトラ。

 と、完璧すぎる外見的大和撫子セットに加え、成績優秀、運動神経抜群と、まさに才色兼備、文武両道、おまけにやさしいと文句なしのプロフを持つ彼女。しかしここまではあることに目をつぶればの話。まこと残念なことに天崎は夏ももう終わりだというのにブラウス一枚で上着を羽織るということをしない。しかもその裾はスカートの中に内包されるという恩恵を知らないようで常にシャツだし状態。聞いた話だと冬場もそれで過ごすらしいというのだから驚きをかくせないどころか脳がいかれているとしか思えない。それと彼女は上履きを履くという習慣がないらしく学校内ではつねに裸足。靴下も履かずに、ぺたぺたぺたぺたとリノリウム床と足裏との接着音、剥離音を交互に響かせて廊下を闊歩しいている。つまりはとてつもなくだらしない格好をしているということなのだが、それでも「ルックスとスタイルがいいから文句なし、可愛いは正義!」やら「何にも染まらない自分を持っているところがいい!」と、世の中、表層だけを掬っておいしいとこだけ頂くのが上手いらしく、欠点なんて何処吹く風な連中が多いのが現実だ。まあ、欠点を補って余りある魅力をもっていることも事実といえば事実だが。

 そんななこんなで多くのファン層の支持を受けている彼女なのだが、しかし、

 俺、木付(きづき)奏間(そうま)は天崎七月がワルモノであるということを知っている。

 ワルモノ、悪者、もしくは悪人。「あなたはワルモノですか?」なんて街頭インタビューしたら、消極的で自虐的な日本人のことだ、広義の意味で捉えて自分のことを「悪者です」なんて答えてしまう人間が多いだろう。しかしその人に理由を尋ねてみると「嘘をついたことのない人間がいるんですか?」とか「生きてるだけで牛さん食べてるんですよ」とかとか「小学生の頃、駄菓子屋で万引きしたことあります」とか、まあ非常に面白みのない優等生発言が帰ってくるに違いない。しかし、こと天崎にいたっては話が違う。誰もが絶対的に悪者だと断定できる要素、すなわち彼女は犯罪者(・・・)とカテゴライズされる人種なのだ。

 そう、天崎七月は犯罪者である。

「木付さん、私に何か用ですか?」

 いいかげん痺れを切らしたらしい、天崎は振り返って俺に話しかけてきた。一応クラスメイトで、俺も彼女も分け隔てなく接する人物ではあるが、特別親しいわけでもない。会話のきっかけは欲しくて、俺はわざとらしく下校する彼女の後をつけていたのだが。

 そんな俺に対する当たり障りのない言葉選びはさすが優等生。及第点を挙げてつかわす。なんちって。

「いや、天崎さん、ストーキングしようと思って」

 俺の言葉に表情を変えなかったのもさすがといったところか。学力が直接的な頭のよさに結びついてるとは思わないが、やはり天崎七月という人間は利口な部類に入るようだ。まあそっちのほうが俺もやりやすい。

「いつもみたいに須原(すばる)さんとは帰らないの?」

 そこでなぜスバルの名前が出るんだ。と、落胆して膨れてみせたりはしない。たしかにはたから見て俺はスバルと親密にみえる行動を学校内でとっている。

「いや、それが喧嘩しちゃって……」

 もちろん嘘。そういえば俺はスバルと喧嘩したことあったかな、たしか一回だけあったようななかったような……。

「だからってなんで私についてくるんですか?」

 思っていたよりも風当たりがきついな。これはどうにかせねば、と、俺はわざとらしく顎に指を当てて考えるそぶりを天崎に見せる。

 はあ、と、心の中で落胆。本当は最終手段だったのだが、しかたない。

天崎(・・)って彼氏とかいるの?」

 ギリギリ冗談に聞こえる範囲で、聡い彼女にはそれが一番真実味を帯びて聞こえるはずだから。

 案の定、彼女は一瞬目を見開くと折り目正しく俺に向き直りペコリと頭を下げた。

「ごめんなさい。私好きな人がいます」

 先読みして勘違いも甚だしい? いや、天崎としては当然の話なんだろう。なんせ今まで彼女に近づいてきた男のほとんどが同じ質問をして同じような結末を辿ったのだから、ここが彼女の聡いところだ。遅かれ早かれこうなる運命ならハナから期待を持たせないほうが男のためになることを彼女は知っている。それを知ってて夢を見せてやるのはいわゆる悪女ってやつ。悪女路線もそれはそれで天崎の新たなファン層獲得に繋がるのだろうが……。そういう意味で純粋で一途といったところか。やれやれ。

 まあ、今の俺の現状確認としては、偉大なる先人のおかげで天崎に告白する前にフラれたというわけだ。

 と、ここまでは計算どおりだ。いや、負け惜しみとかではなく。

「では、そういうことで」

 と、天崎は踵を返して帰途に戻ろうとする。まったく、男のフリ方をわきまえてるのが少し癇に障る。

 当然のように俺は天崎の背中を俺は追う。

 天崎は右肩から鞄を掛け、左手のみを振り子運動しつつ歩く。歩くスピードは俺が普段歩くスピードとほとんど変わらない。ということは女性にしては早いほうだろう。それとも俺がつけてるから早足なのかもしれない。いや、後者が有力か。学校内では裸足の天崎も当然、舗装された道路を裸足で歩くという愚かな真似はしない。といっても履いているのはなんの洒落っ気もないつっかけサンダルなのだが。ぺちぺちと足裏とサンダルの接触音を響かせながらリズム良く淀みなく天崎は歩を進める。まあ当然といえば当然だが、歩く行程でちらりと見えた廊下を素足で歩く足裏は真っ黒だった。

「なんでついてくるんですか?」

 もともと気づいていたのだろうが、カーブミラーで俺の姿を捉えた天崎は振り返らずに言った。

 天崎の右手が鞄のベルトを握り締める。いいお灸になればいいのだが。

「だから、天崎さんとス――」

「ついて来ないでください!」

 言葉をさえぎり、天崎は俯き気味に叫んだ。そして、俺にリアクションを起こさせる暇を与えず走り去っていく。

 はあ、と俺の口からは安堵か落胆かわからないため息が漏れる。

「ふられちったな」

 ぽりぽり、と後頭部を指で掻いて俺は自分への小芝居は忘れない。

 まあ、しかたない。今日はあきらめて次の機会にしよう。



 まったく忘れていたが、どうも修学旅行なるものがあるらしい。

 二週間後、木金土日の三泊四日で京都。どうやら授業数をぎりぎりまで確保するために事前準備は突貫作業で行うのが我が高校の伝統のようで、余裕の無いスケジュールのため毎年準備が終わらないクラスも出てくるらしいのだが、そこは学園のアイドル天崎七月、クラス委員として立派にクラス内をまとめあげて、ホテルの部屋割りと行動の班割りをあっという間に決めてしまった。

「誰か篭宮さんにプリントを届けてくれる人はいませんか?」

 本日のノルマを達成した天崎が教壇上で最後のしめに入っている。

 与えられた時間が大幅に余らせているが、担任の興梠(こおろぎ)さん(四十八歳♂)の眠たそうな顔を見る限りこのまま放課の流れになりようなので、荷物をまとめてブレザーに袖を通す。鞄を担ごうとしたところで声がかかった。

「では、木付さんと加々見(かがみ)さん。修学旅行の手引書の提出期限は来週の月曜までなので、よろしくお願いします」

 教壇上の天崎から窓際最後尾の俺の席までの超遠距離狙撃。

「お、おれ?」

 奇襲攻撃に思わず、聞き返してしまう。

「はい、春に委員を決めるときに木付さんは欠席してましたので、加々見さんの情けで木付さんは修学旅行クラス委員になってます」

 情けって……、言葉づかいはいやに丁寧なくせに、いつも言葉は選ばないよな、こいつ。

 栞奈(かんな)も小さな親切大きなお世話だ。修学旅行の手引書ってあれだろ? 遠足のしおりみたいなやつ。

 それとも、昨日のこともあるし、天崎から俺への当てつけか?

 一応、事実確認とばかりに教室の中央あたりの自分の席に座っている栞奈の小さな背中を見つめる。

 加々見栞奈、身長が伸びることを加味して大き目のサイズを買ったのは明らかに失敗だろうと思わせる、少しだぼついた制服を着こんだ小柄な少女は、保育園、幼稚園、小中高校と同じ学校で、かれこれ計十回も机を並べた世間一般でいう幼馴染というやつだ。そのよしみでなのだろう、春休み明けにごたごた何かとごたごたあって、休みがちなだった俺に気を使って、俺がクラスからのけ者にされないように同じ委員に推薦してくれたのだとは思うのだが、正直今回はありがた迷惑だ。

 そんな思念を込めて見つめていると、振り返った栞奈と一瞬目が合って――反らされた。

 なんだ? その反応。今の栞奈の反応では天崎の言葉が真実かどうか判断しかねる。

 視線を落とすと、そこにはスバルのニヤけ顔。女子に大そう人気な端正な顔立ちが嫌味ったらしく歪められて、比較的ライトな悪意がひしひしと伝わってくる。

 ああ、悟った。これは嘘じゃないっぽいな。

「了解、です」

 とりあえずうなずくと、天崎は満足そうに目を細める。まあ、その表情がなんとも魅力的で、たぶんクラス男子の三分の一くらいが見惚れてた。

「では、先生、このまま放課でよろしいですか?」

 天崎が問う。

 興梠さんが腕組みしてパイプ椅子に腰を沈めたまま、まどろむように二度頷いたことで放課となった。

 部活に備えて着替える者も帰宅後の勉強のために教科書類をまとめる者も、つかの間の別れのため、皆一様にあいさつを交わす。

 些細な雑談を交えつつ行われるそれは、いくつも重なることでやがて雑音となり、教室内の静けさを奪った。

「ご愁傷」

 そんな中、前の席に座るスバルからそんな言葉がかかった。喧騒の中に通すため、張り上げた声は若干上ずっていてコミカル。

 開口一番それか。と、ご期待に添えて肩を落としてやると、スバルは意味深に口の端を歪ませた。

 須原(すばる)(とう)。こいつとは中学のときからの付き合いになる。中性的な顔立ちは整っていて、女子に人気がある。と言われている。言われてるってのは俺がその事実に納得していないからである。別にひがみとかではなく、納得していないのは『女子にもてる』という事柄ではなく、『中性的で整った顔立ち』という部分。いや、これでも語弊があるな、『中性的で整った顔立ち』は俺も認めるが、スバルに人気があるのは顔立ちが整っているからというわけではなく、顔立ちだけでなくこいつの芸術家(アーティスト)気質が原因なんじゃないかと俺は考察する。まあ、こいつはこいつで天崎とは違ったカリスマ性を持ってるということだ。

 俺との関係は……知り合い以上友人未満といったところにしておくか。

「でも加々見さんと二人きりってのはソーマ的にはおいしいんじゃないの?」

 何言ってんだこいつ。と、俺はわざとらしく顔をしかめてみせる。

「正直ありがた迷惑だ」

 二人きりとかそれこそ気まずいだろうが。なんせあいつは――

「悪かったわね」

「まじで感謝してます。栞奈さん」

 振り向くまでもなく感じ取れた栞奈の殺気に、俺は素早く頭を下げた。というか音も立てずに背後に立たないでください栞奈さん。

 どうでもいいことだが、俺が軽く頭を下げても、頭の位置は俺のほうが高いんだな、なんて失礼なことを思ってると、

 栞奈は「そう……」と吐息のような頷きで返してきた。

 雰囲気的に怒りが静まったみたいなので顔を上げると、

「じゃあ、今週末やるから、家に来ること」

 結構上機嫌そうな横顔がそこにはあった。なぜに顔を反らす? というか、

「え?」

 唐突すぎて聞きこぼしてしまったのですが、

「なによ、家が嫌なら、あんたの部屋片付けておきなさいよ」

「そうじゃなくて、今週末?」

 それに、俺の部屋には散らかるほどモノはありません。知っているでしょう?

「なにか問題でも?」

「いや、週末は予定が……」

「へえ、あんたでも予定あるんだ。も、もしかしてデート?」

「違う違う」

 手を左右にぱたぱたと振りつつ否定。

 別に俺は予定があるとは言ってないから嘘をついたことにはならんよな、正確には予定が入る予定。という話。

「そ、じゃあ、都合のいい日、考えておいて」

 言って、栞奈は俺の目を見据えてくる。なかなか真剣な目つきに圧倒されて思わず目を反らしてしまったが、

「ああ、了解」

 適当に返事をすると栞奈は満足したようで、踵を返した。そして、

「じゃあね、にらにゃんのお二人さん」

 皮肉たっぷりに、嫌味たっぷりに俺たち(・・)にそう言い残して、教室の後ろのドアに消えていった。

「ふう」

 なんか、緊張したな、計画の前に機嫌を損ねて変に刺激するのもあれだし。

 演じるという行為はなかなかに集中力を要するらしい。

「なんだよ」

 さっきからにやにやしやがってよ、スバル。

「いや、別に」

 その顔になにか言いたいと書いてあるんだが?

「さて、俺たちも帰りますか」

 俺の睨みをスルーするようにスバルは立ち上がった。

「あ、ごめん。今日用事ある」

「も、もしかしてデート?」

 さっきの栞奈のモノマネか? どもるとこまで再現しているが、まったく似てないな。

「違う違う」

 手を左右にぱたぱたと振りつつ否定。

 そして俺は少し駆け足で教室を出た。

 

 

 どうも、今日は月が遠い。

 昼間、閑静な住宅街は、夜になればそれはもう犯罪の巣みたいに黒ずんでいて 実際に悪事を働きたい欲求に駆られるが、たいがい一過性のもので、少しの間衝動に耐えれば道を踏みはずすことなく波は収まる。そんなちっぽけな尿意に耐えつつ探し回ること二時間。ようやく発見。

 どうやら、というか予想通り()に首ったけらしく、こちらに気づく気配は微塵も感じさせない。

 恐る恐る――なんて必要もなく電柱の脇にしゃがみ込む彼女に向って歩を進め、その横に俺もしゃがむ。そして至近距離からその横顔を覗き込む。

 恋する乙女は美しい。

 なんて、誰が言ったんでしょうね、見てください。俺の目の前の少女を、完全にゆるみきった表情で、よだれなんかたらしてますよ? おまけに、その上下ネズミ色のスウェットで外を出歩くのってどうよ、つっかけサンダルはいつものこととして、まさか、私服はそれしか持ってないってことは……ありえそうだ。

 風呂上がり――なんだろうな、かすかにシャンプーの香りが漂うその長い黒髪は濡れそぼっていて無秩序に彼女のまるめた背中に散乱していた。

 もう、そろそろ、いいかな。

「こんばんは」

 俺は意を決してその少女――天崎に声をかけた。

 すると天崎は、びくぅっ、と肩を跳ね上がらして、持っていた双眼鏡を取り落とした。俺はそれを地面すれすれでキャッチする。高価そうな双眼鏡を俺のせいで傷モノになるのは嫌だし、何より音を出すとマズいからな。

 ジャスト十二秒の石化の後、天崎はかくかくと首だけで俺のほうへ向いた。

「な、なんで……」

 場をわきまえているのか、大声は出さないことには感謝。

 なんでって、おいおい。

「言わなかったっけ? 俺、天崎さんとストーキングしようと思って」


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