表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】死ぬまでに叶えたい十の願い  作者: 木風


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/10

第三話 一つ目の願い

街への外出は、一週間後に設定された。

エドヴァルトは護衛の手配や変装の準備を、自ら指示したという。

それを伝え聞いたエリアーナの侍女は目を丸くした。


「殿下が直接おっしゃったのですか?」

「そうらしいわ」

「まあ……」


侍女は複雑な顔をしたが、すぐに切り替えた。


「では、奥様のお召し物を考えなくては。貴族のお嬢様、という感じでよろしいでしょうか?」

「街の人々の暮らしを見たいのだから、あまり目立たない方がいいと思うわ。普通の市民のような格好が一番かしら」

「でも奥様のそのお顔では、どんな服をお召しになっても目立ってしまいますよ」


エリアーナは笑った。久しぶりの笑い。

それが体の痛みを少し和らげた。


当日の朝、エドヴァルトは珍しく一刻早く迎えに来た。

エリアーナが廊下に出ると、彼はシンプルな紺色の上着に茶色のズボン、という出立ち。

王族のものと思しき細工物は何もなく、ただ布地の良さだけが品位を感じさせた。

エリアーナも侍女が選んだ深緑の一枚布のドレスに、焦げ茶のケープを羽織る。


「行くか」


エドヴァルトはそれだけ言って歩き始めると、エリアーナは少し急いでその隣に並んだ。


王宮の裏口から馬車で城壁の外に出ると、そこはもう王都の下町だった。


エリアーナは窓から外を眺めた。

石畳の通り、色とりどりの店先、活気ある人々の声。

パンを売る屋台から温かい香りが流れてくる。

子どもたちが路地を走り回り、老婦人が井戸の傍で話し込んでいた。


馬車を降りて、二人は通りに降り立つと、エリアーナは思わず立ち止まった。

人の波、物の匂い、風の音、石畳の硬さ——全てが新鮮だった。

王宮の中にいては決して感じられないものが、ここには満ちている。


「歩けるか」


エドヴァルトの声に我に返った。


「はい、大丈夫です。すみません、少し……圧倒されてしまって」

「王宮に入る前も、こういう場所には来なかったのか」

「辺境の領地の出身ですから、こんなに大きな街は初めてで。故郷の市場も好きでしたが、ずっと小さくて。でも似たような匂いがします。パンと石畳の匂い」


エドヴァルトは何も言わなかったが、歩調を少し緩めた。


エリアーナはあちこちに目を向けながら歩く。

香辛料の屋台、布地を売る店、鍛冶屋の音、花売りの少女。

花売りの少女がエリアーナに近づいてきた。


「お姉さん、花はいかが?」


赤い野花を束にして差し出すと、エリアーナは思わず足を止めた。


「きれいな花ね。これは何という花?」

「ルースの花!秋にしか咲かない、めずらしい花なの。幸福を呼ぶって言われてるんだよ」

「まあ」


エリアーナは少女の手の中の花を見ると、深い赤に白い縁取りが入った小さな花。


「いくらかしら?」


値段を聞いて、エリアーナはハッとした。

王宮に入ってから、自分で何かを買ったことがなかった。

お金を持っていない。


「……あの、殿下」


声をかけようとしたとき、既にエドヴァルトがコインを出して少女に渡していた。

少女は嬉しそうに礼を言い、走り去るのを見送ると、エリアーナはエドヴァルトを見た。


「ありがとうございます」

「どうせ私が承認した外出費から出る」


素っ気ない言葉。

しかしエリアーナは花を受け取って胸に抱き、それをありがたいと思った。


しばらく歩いていると、広場に人だかりができていた。

近づくと、大道芸人が演じていた。

色のついた布を宙に投げ、空中で結び目を作る。

見事な手さばきに、集まった人々が歓声を上げた。


「すごい!どうやっているのかしら」

「手品だ」

「でも本当に一瞬で……」


手を叩いて笑うエリアーナの隣に立って、エドヴァルトは演技を見ていた。

彼が見ているのが芸人なのか、エリアーナなのか、わからなかった。


昼になると、二人は街の素朴な内装の食堂に入ると、並べられた木の椅子に座った。


「今日のスープはカボチャだよ、お兄さんもお姉さんも寒いだろう、温まっていって」


カボチャのスープが来ると、エリアーナはひと口飲んで、目を閉じる。


「……美味しい」

「そうか」

「本当に美味しいです」

「確かに悪くない」

「王宮の料理も美味しいのですが、なんといいますか……こういう、素直な温かさが」


それが二人の間で交わされた、食事中の会話のほぼ全て。

しかし、それでよかった。

エリアーナには、この沈黙が今日だけは重くない。

隣に人がいて、同じものを食べているというだけで、何かが満たされていく気がした。


帰り際、エリアーナはさっき買った花をじっと見る。


「一つお訊きしてもよろしいですか」

「何だ」

「殿下は、お好きなものはありますか。食べ物でも、場所でも、なんでも」


エドヴァルトは少し間を置き答える。


「……馬だ。乗ることが好きだ」

「私も好きです。辺境育ちですから、子どもの頃から馬に慣れ親しんでいました。それで願いに入れたのです」

「願いは馬で駆けることだったか」

「はい。いつか一緒に駆けていただけたら」


エドヴァルトは短くうなずくと、それきり口を閉じたが、エリアーナにはその沈黙が以前より少し柔らかくなった気がした。

それとも気のせいだったかもしれない。

王宮へ戻る馬車の中で、エリアーナは窓から街を見送りながら、胸の中に温かいものが灯るのを感じた。


一つ目。叶った。

ブックマーク、★★★★★、リアクション

よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ