夢の中のもう一人の僕
夢の中で僕は誰かと話していた。
「つまり僕は死というものを認めないんですよ。人間は誰も死んではいけないんです。」
「人間は誰でも死ぬでしょう。」
「そうとは限らない。死んだものをもう一度死なせれば、生き返ると思いませんか?」
「真面目に話しましょうよ。」
「真面目ですよ。マイナスかけるマイナスは何ですか?」
「プラスですよ。」
「この世は諸行無常だと思いませんか?」
「思いますよ。」
「無常とは常に同じ状態でいることがないということですよ。」
「わかっていますよ。」
「それならば、生きているものが死ぬことだけが諸行無常だとは思いませんがね、わたしは。」
「というと?」
「死んだら死にっぱなしでは諸行無常にならないでしょ。どこかでまた生き返るから諸行無常なんですよ。」
「そう、そうかもしれないけど、やっぱり、死はナッシングでしょ。生き返ると言っても本当に自分が生き返るのか?」
「生き返るんです。」
「どうしてそんなことが言えるんですか?」
「たとえばですね、ばらばらにしたトランプをまとめあげて切るとしますね。エースからキングまで、ダイヤもハートもクイーンも、クローバーもすべてが、トランプを買った時のように、きれいに揃う確率がどれだけかわかりますか?」
「見当もつきません。」
「私もです。ですが、この宇宙、またおそらくこの宇宙の外にある宇宙には無限の素粒子があります。トランプをいつまでもずっと切り続けていれば、いつか揃うことがあるのは確実です。そのときにある秩序が生まれて、その原理で宇宙は生まれ、人が生き返るんです。冷めていたお茶が何もせずに自然に熱くなるように。」
「そこまではわかりました。でも生まれるのは別の人間であって、僕ではない。」
「はて、僕とはだれですか?」
「僕は僕ですよ。ほかの人間とは違う僕です、特別な人間なんです。」
「物質的にほかの人間とどこが違うんです?」
「物質的には同じですよ、でも違うんです。」
「どこが違うんでしょう?」
「違うから違うんです。」
「証明できますか?」
「できません。でも、そう、三角形の内角の和が180度なのを誰も証明できないでしょう?」
「ほほう、そうきましたか。しかし、私はあなたも三角形の仲間だと申し上げているんですよ。あなたが僕と思っているものは、三角形の内角の和です。」
「納得できません。」
「あなたは、自分の性格や体験や記憶が自分を作っていると思っているでしょう?」
「そうですよ。」
「それでは赤ちゃんだったときのあなたはどうですか?性格も体験も記憶もないでしょう?」
「ねえ、こんな議論には意味がないんですよ。個体としては明らかに違うんだから。我思うゆえに我ありですよ。これ以上考えようがないという意味です。」
「絶対に死を認めないんですね。」
「認めません。」
「信じるものはなんですか?」
「何も信じません。」
「じゃあ望むものは?」
「もちろん、永遠の生ですよ。」
「不老不死ですか。不老不死はきっと退屈ですよ。」
「そんなことは不老不死になってみなきゃわからないでしょう。いつか死ぬから人生は輝くなんて美文を僕は信じません。不老不死はいつか実現しますよ、人間はそういうものなのです。永遠に生き続けようとする。わかりますか?」
「わかりますよ、生きるのは遺伝子のためじゃない。」
「生きるために生きるのだ」とそこで僕たちの声が重なった。同じ声だった。そこにはもう一人の僕がいた。
「最近の宇宙論では、反物質でできた対称性を持った宇宙があるとされているんですよ。つまりあなたそっくりで、あなたと同じ性格で、あなたと同じ体験をして、あなたと同じ記憶を持った人間がいるってことです。」
「知っていますよ。」
「だったらもうわかるでしょう。」
もう一人の僕は笑った。
「僕を試したな?」
「そうだよ、僕が超対称性の宇宙から来た僕だよ、つまり君だ。」




