きらきらを売らない店 ~あなたが本当に探しているものは、棚の空き瓶の中に~
一年でいちばん夜が長い、冬の時期のことです。
華やかな大通りから一本外れた路地裏に、ひっそりと佇むお店がありました。
看板はありません。
レンガ造りの壁に、小さなショーウィンドウがあるだけ。
しかも不思議なことに、そのショーウィンドウには何ひとつ飾られていませんでした。
ただ、店の中から漏れる琥珀色の光が、雪道を四角く照らしているだけです。
カラン、コロン。
古びたドアベルを鳴らして、ひとりの紳士が入ってきました。
立派なコートを着て、両手にはデパートの紙袋をたくさん提げています。
「いらっしゃいませ」
カウンターの奥から、上品な老紳士の店主が顔を出しました。
店の中には、壁一面に棚が並んでいます。
そこには、形も大きさも様々な、無数のガラス瓶が並んでいました。
どれも空っぽで、ラベルすら貼られていません。
「……ここには、きらきらしたものは売っていないのかね?」
客の紳士は、少し疲れた声で尋ねました。
彼は街でたくさんの買い物をしました。
宝石、時計、最新のおもちゃ。
どれも美しく輝いていましたが、手に入れた瞬間から、なぜか輝きが失せて見えるのです。
もっと、心から満たされるような「きらきら」が欲しい。
そう思って、この店にたどり着いたのでした。
「ええ、ございますとも」
店主は穏やかに目を細めました。
「当店には、とびきりの『きらきら』が揃っております。どうぞ、お好きなものをお選びください」
紳士は半信半疑で棚の前に立ちました。
ただの空き瓶ばかりです。
けれど、視線を巡らせているうちに、ふと、棚の隅にあるひとつの小瓶から目が離せなくなりました。
何の変哲もない、小さな瓶です。
なぜだか、懐かしい匂いがするような気がして、紳士は思わずそれに手を伸ばしていました。
「おや。それを選ばれますか」
店主の声と同時でした。
じっと見つめていると、瓶の底の方から、淡い光がぽっと灯りました。
――大丈夫。
懐かしい声が聞こえた気がしました。
次の瞬間、紳士の脳裏に、古い記憶があふれ出しました。
それは、子供の頃の冬の日。
自転車の練習をしていて、何度も転んで、膝を擦りむいた日のこと。
痛くて、悔しくて泣いていた自分。
そんな自分を、夕焼けの中で抱き起こしてくれた、母の温かい手。
「大丈夫、次はきっと乗れるよ」
その時、涙で滲んだ視界に映った夕日は、どんな宝石よりもきらきらと輝いていました。
また、別の光も浮かびます。
仕事で失敗して、夜の公園で落ち込んでいた若い頃。
何も言わず、ただ隣に座ってくれた友人の、白い息。
その時見上げた星空の、突き刺さるような美しさ。
「あぁ……」
紳士は、小瓶を両手で包み込みました。
空っぽに見えた瓶は今、彼の涙で反射して、黄金色に輝いていました。
それは、ショーケースに並ぶどんな高価な商品よりも、熱を帯びていました。
「これらはすべて、勇気、安心、誰かを思うぬくもりです」
店主の声が、優しく響きます。
「お客様は、きらきらしたものを探して外ばかり見ておられましたが……もしかすると、ご自身の手の中に、ずっと持っておられたのかもしれませんな」
「……これは、いくら支払えばいい?」
涙を拭いながら尋ねる紳士に、店主は首を振りました。
「ご自身の持ち物に、値段をつけることはできませんよ。どうぞ、そのままお持ち帰りください」
***
カラン、コロン。
店を出ると、外は相変わらず冷たい風が吹いていました。
紳士の手には、あの小瓶はありません。
店を出た瞬間、それは温かい光となって、彼の胸の奥へと溶け込んでいったからです。
持ち物としては、何も増えていません。
けれど、彼の足取りは来る時よりもずっと軽く、温かく感じられました。
ふと振り返ると、路地裏にはただ古いレンガの壁があるだけで、店の明かりも、ドアも消えていました。
そこは、本当に必要な人にしか開かないお店だったのです。
紳士は夜空を見上げました。
それに気づいた人の瞳は、冬の星のように澄んでいました。




