7件目 ちょいと待たれよ
まっさらな平地に一人、佇む少女がいる。砂埃に咳き込み、しかしそれを気にする様子はなく。
そもそも少女というが、皮というか衣というか外見上がそういうものを被せられているだけなのであって、本来は見ることのできない高い次元に存在する者だということは忘れてはならない。
平坦な、本当にまっさらな平地に岩やら小石やらが散らばっていて誰かが置いたのではないかと疑われてもおかしくはないだろう。
―――なるほどそうなるか―――
少女は語る。
深層契約などという一応設定しておいた無理難題をクリアしてしまう契約者が現れるとは思わなかった。深層契約で2割程度しか引き出せていないのはどうかと思うが吾の力が強大すぎたと言いうことで納得しよう。
この景色を見れば、神の次元がどれほど高位なのかを理解するには十分だろうからな。
俯瞰してみればその異常さに腰が抜けるだろう。
半径6mぴったりの円の中には何人かが横たわっているが、その外には
地上に揺らめく炎を石化したように捻れていた岩山の数々、見えぬほど巨大な山に大きな凹みがいたるところについていて、上にせり上がるように登る石やらは動脈のようで、その先の山の頂上たる反り立つ岩壁には打ち上げられた波のような形に巨大な剣山が茂っている。―――おそらくはもう殺したであろうが―――何かを殺すために定義された巨槍は、小さなフェルトの玉に手縫い針を全て刺したかのようだった。
見よ、これこそが魔術などという詐術とは一線を画す神の領域たる魔法なのだ。魔術師は見れば恐れおののくだろう、これこそ讃歌絶えることなき幻夢郷原初の王の力といってよいだろう。
ああ自己紹介が遅れた、吾の名はヒュプノス、夢と眠りの神だ。訳あって少女の姿になってしまったが元は人風情には見られぬほど高貴な存在なのだから伏して拝むと良い。予言者はこの男と契約すれば元の姿に戻ることができると言っていたが、もう虫の息だな。
地の利のある天使の群れを倒すためとはいえ、巫女個体でもそれに類する家の出でもない一般人が吾の力を顕現させたのだからこうなるのは当然か。先んじて契約しておいたからこの程度で済まされているが、本来なら身体が神気に耐え切れず崩壊しかねんというのに。
「無鉄砲もここまでくれば表彰ものだな」頬を抓る。
部隊は半壊、契約者の身体は限界寸前。もともと奴自身には大した魔力は持っておらんというのに増援が来ぬから補給もままならず、あの雑魚を倒したのはいいがどう進もうか。実体化するにも貯蓄を切り崩すほどのメリットが思い浮かばん。
「おい、寝るな起きろ、寝てももお前だけは受け取り拒否するぞ」
「うぅ、高校生活に戻りたい、家に帰りたい…」
身体を揺さぶる、寝ながら愚痴をこぼせる程度には器用になったらしい。
「おはよう神様、元気そうで何よりです、奴は?」ようやく起きた。
「さあな」
「みんなは無事か?」
項垂れながらも手を振る女や、なんとか死んでないぞとガラガラの喉で話す男、モールス信号でSOSを伝える改造人間、こうしてみると吾の親戚並みに個性的というか多種多様だ、というより親戚を作りまくって必然的に多種多様になっているだけなのだが。まあ首の皮危機一髪といったところだと伝えておいた。
ついさっきの、天使たちと時計頭に分不相応な役を被せられた人型の天使。30秒限定で吾の権能を思いっきりぶちかまし、岩壁との板挟みにしてやった。だが倒せたという甘い期待は瓦礫と共に崩された。
「よクもコウ貴なナ俺様をコンナ目にアワせやガったナ、許サれねェ、コろシテや」
興味が無いので名を覚えていないが、男が恨み言を垂れ流している、神気を過剰に取り続けるとああなる、自我も知性もほとんどないだろう、残ったのは強い逆恨みの感情と天使としての機能だろう。哀れなものだ、いやこちらはそれに殺されるわけだからたまったものではないのだが。
契約者が空を見上げる、推し量るに諦めというより驚愕といったところか。見上げれば、ぽっかり穴が開いている。いつの間に?誰かが下りてくるのがわかる、神の降臨にも似た感覚、目を細め心眼で見る、信じられなかったからだ、とんでもない魔力の塊が降ってきている。
これは神か、いや神気が無い、人だ、しかし異質だ。
もしや、あの旧き頃に瑪瑙の城に来たあの成り損ないか?
だとしたら終わりだ、詰みと言っていい、人類ではアレには勝てない、もう一度顕現しても人を媒介に使う限り勝てない。否定権所持者まで来るのは避けねばならぬが。もう遅いか。
ゴォォォォォォと地獄の重苦しい空気と共に異質なソレが煉獄に下る。ソレは空気を魔力で固定し、渡り鳥の羽のように降り立った。別にもう一つの影が舞い降りる、白い無垢な影、人間の巫女個体とはさらに厄介だ。心眼で見るせいで逆に見づらくなっている。
張りつめる空気の中、8mほどまで肥大した巨躯の天使が揺らぎの中心に向かって拳を突きつける。契約者の顔すれすれに強烈な一撃、威力が格段に上がっている。
―――拳を向けてきたってことは、敵ってことでいいんだな?―――
片手で受け止める
―――ほいっと―――
残像が見えるほどの速度で地面に叩きつける。強烈な破裂音と共に背骨から綺麗に陥没した。
天使の身体に乗り上げ、銃を取り出し魔弾を詰める。
二節ほどの詠唱を終え銃が光る。陣が銃口から展開され胸を中心に天使を押し込めていく。最後の抵抗で握りつぶそうとするが3mほどの利剣が四肢に突き刺さり固定される。あの巫女個体の技か、末恐ろしいな。
直後に放たれた弾丸は弾丸というよりも怪獣映画に出てくる怪獣のビームだ。天使の肉体を焼き尽くす。断末魔さえもかき消して、吾の力を使っても殺しきれなかった奴を一撃で、周りは満身創痍ながらも臨戦態勢をとる。
無駄だ、こいつがアレではなかったとしても、敵意を持たれれば万全だとしても瞬きをするよりも早くに殺されるだろう。揺らぎはこちらを見る。隙なんてものは無論ないが、不思議と敵意は無い。
どうやら契約者の服、いやペンダントを見ている。
羽場とやらが渡した公安6課の所属を示す青色のペンダント。
それを見るなり揺らぎから警戒が解けた。心眼を解除する、これ以上貯蓄を切り崩す必要は無さそうだ。
「君、神憑かれの火野君だろう?うわさは聞いてるよ、就職して半月足らずで詰み案件は大変だろう、それでこの子がヒュプノスなのかい?知っているよりも小さいなぁ」
わしゃわしゃ撫でられている、いやそれよりも。見られた?人には見えぬはずだ
「ああごめんごめん、名乗ってなかったね、こうして会うのは初めてだったろう。俺の名前は水瀬福郎、公安6課特別遊撃隊隊長、つまり君たちの上司だよ」
―――勝手に隊長にされただけなんだけどな―――と聞こえたのは黙っておこう。
なるほど吾の契約者の上司、確かあのクレイジーサイコ人類愛者と同じ謁見者と言われていたはず、なら納得せざるを得まい。
いやそれよりもではない、撫でられた?実体化できている?
巫女個体の能力か、仏具の類で増幅させた魔力で他の面々の傷を塞いでいっている、さらに魔力を譲渡して回っている、人間の巫女個体なんて神代から現代を見渡してもなかなか見ないしここまで強い個体は居なかった、この女と契約できれば半月足らずで元の姿に戻れるだろう。
―――今から乗り換えられないかな―――
「そこの巫女よ、吾と契約しないか?」
「ん、子供?どこから来たの?」
「子供ではない、吾の名はヒュプノス、夢と眠りを司る旧き神を代表する一柱だ。今はちょいと難しいがもう少しすれば我が夢見の世界で永遠と力を確約できるぞ?名誉だぞ?どうだ、どうだ?」
「うーん、ダメ。もう深層契約しちゃってるから」
「えぇ深層契約したのか吾以外と」
「てめぇも俺と契約中だろうが」
「痛っ」
後ろから雑魚契約者からチョップを食らう、ついさっきまで死にかけていたくせに。
「すみません、うちの馬鹿が」
「頭を下げさせるな契約者、吾は一世一代の大勝負に出ているのだ。さしずめしがない地方の中小企業の平社員が世界に名だたる大企業の役員に転職できるかのな」
「その大企業様とは交渉のテーブルにさえ立たせてもらえてないぞ」
うぐぅ、夢と眠りの神に現実を突きつけるとは。昔のように強いか吾の兄のように好戦的であれば違ったろうが、大人しく引き下がってやろう。だがまた死にかけた時はふんどし一枚で阿波踊りを3倍速で踊らされる夢にしてやろう。
「それで、現状は」
水瀬というやつが話し掛ける、うんうん馴れ合いを最低限に情報共有を優先するか。
「指揮をしていた佐目木さんが、道中で俺らを庇って」
「佐目木もやられるか、相当だな。で、今の指揮官は渡辺?もしかして火野君が?」
「そんなわけないでしょ、きわめて民主的に多数決で決めてました」
「よかった、それじゃあそのまま継続で」
「指揮を取ってくれないんですか」
「逆に聞くけど、この隊がこっちの素直に指揮に従うほどの協調性があると思う?」
「無かったです…ところでこっからどう進めば」
「天使まみれってことは今は天国、終点ってところかな。だとしてもおかしいことが多すぎてなんだかわかんないや。続けて聞いて申し訳ないんだけどさ、巫女個体とはあった?」
契約者は口を噤む、今までの旅路を思い返したからだ。ここに来た直後に殺されたからだ。はぁ、多少目つきがよくなったと思ったがまやかしだったのか、代わりに話してやるか。
「あのアラクネ擬きはな」
「やめてくれ、俺が話す」
「巫女個体、呼称としてアラクネと呼んでいた個体は、煉獄からここに至る過程で死にました」
「ほうほう?何故なんだろうか、まさかあれか?だとしたらあれか。なるほどなるほど」
契約者の踏ん張った言い方に対して軽い返しだし勝手に納得しやがってる。
―――今回のは逸話の再現か―――
くるりと背を向け、そう独り言を呟いた。
投稿が遅れた理由がカラオケ6時間やってたからとか言えない。点数の幅が50~88とかいうカブ価の悪い日みたいなことになってた。




