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12件目 巨大蜘蛛のレバニラ、大失敗を添えて

エントランスで最も注目を集めている少女がいた。

わざわざ警察本部に来る人間が珍しいのもある。それと2000年近くの歴史においても特に国と仲が悪い御三家、よりにもよって一番仲の悪い戸神家の本家の人間で、尚且つ最高戦力と数えられるほどの実力を持っているということもある。その最たる所以はバッグから飛び出た―――おそらく相当巨大であった―――蜘蛛の死骸をせいだろう。


「先輩!」と愛嬌に満ちた快活な声で呼んでくれたのは嬉しいが、見ているだけで頭が痛くなる。

「…それは、いや聞くまい、聞きたくも無い」

「逃げる前に数匹持って帰ってたんですよ」

「戸神、振り返ったのか⁉体に何か異常とかは無かったか?」

「少し身体が塩になりかけましたけど、魔力で覆ってたのでどうにかなりました」

(儀式魔術の効果を力技で突破しやがった、やっぱ新世代の子たちはすごいな、感心する。じゃなくて)

二度としないように言うと、疑問を口にした。

「どこでそれを料理する気なんだ?まさかここでするなんて言うなよ」

「いえいえ、実家で一緒にしようかなと、あっ先輩の家でいいならそっちでも」

恥ずかしがりながら提案してくる、正直少し可愛いと思ったがどちらもアウトだ。


前述のとおり、国と一番仲が悪い戸神家の本家に公務員が訪問するのは喧嘩売ってるようにしか思われない。かといって俺の家に招くのは倫理的にアウトだ、俺の家なのに3カ月は帰ってないので埃まみれだろうし、高校生の少女を家に連れ込む成人男性だなんて字面の時点でもう事案だろう。

しかしこのヤバイ食材を調理できる場所なんて―――あっ、あそこでいいじゃん。

蜘蛛の脚も嬉しいのだろうか、ぐねり、と関節の限界に挑戦しながら回っている。


「ふぅん、それで僕の店まで来たんだ」

薄橙の灯りが照らすカウンター席で頬杖をついている女はそういった。

いつもは銀髪をそのままにしているが今日はポニーテールにしている。

「髪型を変えるなんて珍しいな、なんかあったのか」

「いや料理とか作るんだから髪ぐらいまとめるでしょ」

思ってたよりも当たり前の理由だった。

「まあ、客は一切来ないんだけどね。だから食材は余ってばっかりさ、好きに使っていいよ」

「そうさせてもらう」

こうして場所も確保できたので後は作るだけだ。


約束通りレバニラでも作ってみることにした。

黒い毛を引き抜いていくと、カニの甲殻のようなキチン質が現れた。

これは困った、それなりに硬い。

ハンマーは持ってきていないのだが、コンテンダーだと破裂する微妙な塩梅だったので、ハンマーを持っていないか聞いてみると、任せてください!と快い返事が返ってきた。

多分大丈夫だろうと安心し、喫茶店のはずなのになぜかあるニラを切って、炒める準備を進めていると


がん!ばきっ!バリッ!


雷でも落ちたかのような音に驚いて振り向く、その右手には神器の領域に達している金剛杵が握られている、これが今時のやり方なのかとひとりでに納得し野菜を炒めていた。調味料を先に出していなくて良かった。

そして魚の撒き餌ぐらいミンチになったアトラック・ナチャの肉と一緒に炒め、記憶を確かに進めていく。最後の仕上げに水を35リットル、炭素20kg、アンモニア4リットル、石灰1.5kg、リン800g、塩分250gなどを鍋に入れ、強火で魔力を籠めながら祝詞と呪文を唱え、ついさっき炒めた物を振りかけて蓋をし20分ほど煮詰めれば堂々の完成だ!


くぃぃらぁどぅぅぅらぅわぅわぅぁわぅぴゅぃぃぃぃぃぃぃぃ

鍋からいい音が鳴っている、きっと素晴らしいレバニラになるはずだ。

「そういえばレバニラってどういう料理なんです?」

「んー俺も一度しか食べたことないから全然」

この時初めて我々は自らの過ちに気が付いた。

そう、誰も、正しい作り方を理解(わか)っていなかったのである!

恐る恐る開けると、死が煮凝っていた。


ここまで形容したくない物は無い、匂いだけで意識が飛びかけるほどのおぞましい物体、黒い球に無数の人間の苦悶に満ちた顔が浮かんでいるようにも見える、心なしか手も生えてきた。

「あぁっぁぁぁあぁぁぁっぁ」

ぬちょり、呻くそれに菜箸を当てるとそういう音が出た、だが粘液質というわけでもなく菜箸には何もついていない。


「タナトス?日の本には来れないとか言ってたくせに全然来れるじゃん。でもいくら私の顔が恋しいからって張り切りすぎだって」


銀崎が寝ぼけながらこちらに来ている、死の神と同等のソレを纏っているのかこれ

「鍋の中に居るって、どんだけシャイなのキミ」

「銀崎、それはレバニラだ」

「馬鹿言わないでよ、レバニラが光の吸収率100%みたいな外見をするわけがないじゃん」

つんつん、とその何かを指で刺す。指にねとっとした感触に寒気立ちひっこめた。


「いや、神性ないからレバニラかな?」

「ぎ、銀崎さん的にもこれはレバニラですか?」

「デススターとスーパーボールを同一視できるならいいんじゃない」

「ダメってことですね」

「うん、何をどうしたらこんなおぞましい毒物を作れるんだろうって感心しちゃう」

だが待ってほしい、まだ味がわかっていないだろう。見た目が悪いだけかもしれないから俺が食べてみる。

「待って、何をしようと」

スプーンでそれを一口食べてみる、苦み次に痛み、人間が舌で体感しうる全ての地獄を体験できる。お得なフルコースとでも言おうか、代金は死になるだろうか。





たぷたぷ、泡の浮きだす緑色の培養槽。た

辺り一面、誰かにそっくりな誰かばっかり。す

汚れ一つない白一色の皿、服、部屋。け

飲むとふわふわ、色とりどり、ケミカル色の薬。て

大人の人の手、おっきな手。た

おとなのひとの顔、こうかくがぐぅっとあがって楽しそう。す

ぼくもつられてわらっちゃお。け

いつつめのおひさまさん、つられて光るギザギザさん。て

おててになにかを刺してきて、開かれてとりだされる、ぼくの肋骨。た

それと、血色の良いピンク色の心臓、ぼく、おれ、わたし、の。す

ぼうっとながめてたっけ

えほんのくだものみたいに開かれて

熱い、熱い、熱い、天の使いの肉片。血で錆びた槍の穂先。知らない文字で書かれた石。

みっつをひとつ入れてった。ぼくのむねにもどして、なんどもやいて。

痛い、痛い、痛い。消える、消える、消える。換わる、換わる、換わる。


ぼく、の、なまえ、は、    。おとうさん、の、なまえ、は、    。おかあさん、の、なまえ、は、     。

ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

汝は車輪、汝は罪なき者、汝は紛い物、汝は災禍、汝は両面。

ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

満ちて欠けていく、欠けて満ちていく。それは、万能にして、全能にして、絶対なる

ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

ぼく、は、みんな、を

ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

許さない。

あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは




過呼吸になりながら飛び起きる。口を押え、吐き気を必死にせき止めた。周りを確認する、どうやら銀崎たちがどうにかしてくれたらしいが、もう列車の中だ、移り行く景色を眺めると少し落ち着けるような気がした。やっと休めると思ったのに、悪夢を見る羽目になるとは。

こうしてせっかくの休みは潰れてしまった。ただ個室でよかった、まだ数時間は残って。

―――次は、特区建設予定地前、終点、終点でございます―――

段々と速度を落とす列車の中で「はぁ、休みたい」うわごとのように呟き、頭を抱えた。

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