10件目 死にかけ
やっと本編に行けそう。
水瀬の皮を被った が詠唱を終えると
―――弾丸の側面に描かれてあった彫刻が―――あるべき場所に還るように地獄の壁に張り付いた。
ただ張り付いただけではなく、魔力を奪いさって地獄の地面を崩壊させる。その魔力で薄橙に光り螺旋状に惨事を映し出す。
現在、チクタクマンがそうしているように、これも儀式魔術の一種である。もっとも
―――――――
映写機のテープのように始まりから終わりまでが流れ、また同じことを繰り返す。一週ごとに早くなり、まさしく映画のように感じられるだろう。
やがて先端から銃口に近寄り、指輪ほどの大きさになると共に聖弾が放たれる。
聖弾は魔法陣を生成する。魔法陣からは硫黄の雨が地下を埋め尽くさんとする勢いで放たれる。
チカッ、チカッ、チカッ
光るものがある、燃えるものがある、燃え広がるものがある。
硫黄が燃え盛り、火の雨となる。それは神の裁き、これこそが紛れも無い魔法の領域である。
では聖弾はどうなったか、まだ廻っている、勢いは衰えを知らずむしろ激しく。
ギュォォォォォォォ
怪物の唸り声のような音を立て空気を裂き、広陵なる大地を死に至らしめる火をその一身に纏い、巨大な矢を思わせるそれは罰の対象へ向かう。
壮大な景色を見た。
おそらく生まれて初めて見た。
人類にもこのような景色を見た者はほとんどいないのだろう。
時計男はこの大掛かりな魔術の集大成たる一撃を放つ前、そう考えた。
ここまで様々なことをした。我が父の為、混沌で地上を埋め尽くすための計画をいつも凝らしてきた。
そのためにこの場所で100年近く着々と進めてきた。あともう一歩のところで、あの忌まわしき災害が起こり、図らずも我の成そうとしたことはすでに起こってしまい、不要になった。だが完全に要らなくなったわけではない、もう一度あの災害を引き起こし今度は完全に同化させる。
この一撃はその境界を破壊に使う、そのつもりだった。だが、あれは駄目だ、今すぐに始末しなければならない。どういう存在かは理解できない、あれが謁見者の権能かと思ったがそれでも異質すぎる。
数々の神格すら恐れられる存在の力だというのか、だがここで退くわけにはいかない。せめて相打ちに持ち込めれば部分的だが目的は達成できる。
最終段階に入る、玉座に魔力が集まるよう魔術回路を稼働させる。地下全体に張り巡らせた回路を駆け巡って一点に集まる。
集中し膨張し、増幅し圧縮し、精練し放出し。
その魔力を魔術用に変換する、肌が焼けるほどの密度、神気と同等の圧を生み出す儀式魔術の仕上げだ。
詠唱を終え、撃つ。儀式魔術を逆手に取られたが、こちらの有利は変わらない。星を動かすほどのエネルギーを持った魔力の塊だ、威力において負けるはずがない。
ヒョョォォォォ
秒針の音も聞こえないほどの音が辺りにこだまする。
鋭い眼光で目の前の理不尽に、終生の秘奥を放つのだ。
魑魅魍魎や大小さまざまな光球らが火矢めがけて撃ち放たれる。
両者の技がぶつかり、削り合う。最高位の魔術なのだから当然拮抗しあう。
だが決着はすぐについた、差が開きすぎているからだ。
光球は火をせき止めたが、火は光球を溶かしつくした。
現在、チクタクマンがそうしているように、これも儀式魔術の一種である。もっとも
格が違うのだが
誰も、裁きは止められない。詠唱を発す、すなわち時と同じ不可逆なるもの故に
罰が下り、罪人は償うこととなる。
「あぁぁあっぁあぁぁっぁぁ火が、火が、火が!我が父よ、我はまだ、なにも――――――――」
鉄の皮膚を、筋肉を、骨の髄さえも溶かしてしまう。金属の身体に硫黄が入り燃えて、この痛みこそが罰だと言わんばかりに長引くように感じられたことだろう。
水瀬は何も話さない、ただ冷徹に見ている。ふと洞窟の崩れる音を聞き取り、そのまま地上へ帰る。
衝突の余波で壊れそうになっていたのも大きいが、それ以上に興味が無くなったのだ、これ以上の罰は不要だと判断したに過ぎない。
洞窟は崩壊する。数々の死体と物語を埋め尽くして、あっけなく終わってしまう。
やっと悪夢は去って行った。
地上に降り立つさなか、身体が変化していく。
髪の端から黒が、目には瞳孔が戻り、神性が収まっていく。
「はぁ疲れた、誰か鏡持ってない?」
戸神から鏡を貰い、見ると白髪が3㎝ほど増えていることに気づいてまた溜息をついた。
「しばらく休みたいな、その前に、囃し立てる夜の宴で知らしめる、仮初1節、第1番、囃し広める夜の宴」
「もしもし課長、ヘリ寄越せ。場所は―――」
数時間後ヘリが迎えに来てくれ、無事に日本まで帰ることができた。これで案件は終了となった。詰み案件がやっと終わる。
水瀬は6日ぶりの食事に行きつくことができる。つまり
「腹、減ったなぁ」
死んだような目でそうつぶやいた。




