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一件目 水瀬福郎という男

趣味で書きました、誤字脱字悪しからず。

2036年、8月24日、午後11時30分、神話研究特区東京。

第5地下水道、30年前から一向に改修工事が行われていないので老朽化が進んでいおり、所々に苔やひび割れがあったりする。不思議なことにネズミやゴキブリ、ハエすらも見られることは無いので衛生面はそこまで悪くないらしい。

その謎を解き明かす、というわけではないが、なにやら訳ありな男が死に物狂いで走っている。


―――逃げるんだ。逃げないと。俺はさして悪い事なんてしてないじゃないか。―――


男は回想する。


―――ちょっと持ち逃げした金をギャンブルに使っただけじゃないか、クソッあんな奴らに捕まるのは御免だ、だがまっすぐ走れば空港には―――


そういう考えは結構甘かった、今時は、中小企業でもバックに違法な掃除屋ぐらいは雇っているし、大企業ともなれば専門家を大量に囲ってるものだ。今回とて例外ではない。


男の目の前に小太りの中年がいる。


暗闇で良くは見えないがさぞかし食には困っていないのだろう。


「ダメですよぉ、そうやすやすと逃げられちゃ、こっちが首を切られてしまいます。」


男の顔が青ざめる、知っているからだ、いや知ってしまったからだ。カジノに行ったときにちょうど同僚が、こいつと、こいつの従えてる、あの玉虫色の化け物に食われていくのを偶然見てしまったからだ。


こいつがいるという事は、その化け物もいるということ、瞬時に身を変え、反対方向に逃げようとする。

水しぶきが上がり腕で覆い、その隙間からその飛沫の主を見上げる。そこにはあの化け物がいた、あいつを食ったあの化け物だ。


食われる、死の実感、初めてそんなものを味わってしまえば、どうしても足がすくんでしまう。


化け物は男に食らわず()()()()()

あまりの重みに身体の骨が悲鳴を上げる、ただ、こだまする悲鳴を上げたところで誰も来ない。

絶望、もう助からないと分かり涙があふれてしまう。嗚咽が漏れだして、息もできなくなっていく。

小太りの中年は男の顔を見て助けるわけでもなくこうい言った。


「人間の中では中々いい悲鳴を上げますねぇ、まるで女のようです」


キッキッキッとおぞましい笑い声をあげる。そのうちに顔が変形していくあの化け物よりもおぞましい、醜悪を詰め込んだような顔面に。


足から少しづつ食われていく、手だけで後ずさろうとする、しかしそこにはもっとおぞましい怪物。退路はもう無い、悲鳴と、それに呼応する甲高い笑い声が水道を包んでいた。






数分ほどたった頃


青年が電話をしながら水道の通路を歩いている。

パリッとした黒のズボンに真っ白のシャツ、上には薄茶色で年季の入った本革のトレンチコート。

随分と洒落た服を着ている。根本は白で端が黒の独特な髪。しかし髪の毛はヘアバンドを着けた後のようなボサボサ具合で、服装とは少しあっていないようにも思える。


革靴の音は水道によく響く。


「本件の死傷者は?」


「死傷者は不明、行方不明者は現在8名、いずれもこの通路を使用していたと確定しました」


「万が一逃げられた際に備えてショゴスの従属の呪文を使える奴を各班一名ずつに配備、いつでも発動可能なように待機させておけ、逃げる確率の高い第4地下水道の通路は特に注意しておく旨を伝えろ」


「了解」


「作戦後、泥人形(スワンプマン)になっていないかのチェックも義務付けておけ、今回のは簡易的なもので良い」


「通達しておきます」


「それにしてもだが…」


ふと立ち止まる。


「今週仕事多くない?」


「泣き言言ってないで仕事してください」


「いや今日だけでも5件目だよ?真夏の炎天下で働くよりはマシだけど、これは酷いと思うんだよ、君も大変じゃない?」


「まあこの時期は特に忙しいですからね、皆さんで払ってますし。周囲の住民の避難は済んでいます、今日はもうそこだけですので遠慮なくどうぞ、水瀬さん」


ツーツーツー


青年は話し相手のそっけなさに悲しみつつ、準備を始める。

少し歩くと、血の匂いが鼻孔に充満する。


「この辺ね」


息をゆっくり、しかし大きく吸うと


「分けて、閉じて、出すことなかれ。魔物捕えし見えざる球(ナーク=ティト)


透明な障壁が球状に、パズルのように構築されていく。別の言語の呪文を翻訳した形だからか、本来のものとは構築のされ方が少し違う。


次に左手で持っていた酒瓶のコルクを開ける。ポンッと軽快な音と共に磯臭い香りが漂ってくる。


それを水道に投げ込む、ポチャンと音を立てて沈む。酒の青色もこの濁りようでは混ざっているかも定かではない。

波の音が止む前に、青年は革のトレンチコートの胸ポケットからコンテンダーを取り出し、自らの血を銃口に塗る。

巡れ、僅か一節の詠唱、呼応しコンテンダーが発光する。そのさなかである。


「おお、なんという匂いでしょうか、こんなところで不法投棄とはいただけませんよ」


小太りの中年が現れて言うが、

「いや、いいんだよ。許可は取ってるし、獲物もちゃんと釣れたから」


そう言ってにこやかな表情で鏡を投げ渡す。

「ほら、なんか知らないけど変装が解けてる。楽しい事でもあった?」


「ああ失敬、すみませんね、その通りです。私の過失です申し訳ないのですが、バレてしまっては生かしてはおけないのです。なにより」


あぶくが水道の底から浮き出てくる。大きくなり、やがて止んだかと思うと、底から玉虫色で不定形の化け物が湧いて出てくる。かなり大きい、10mはあるだろうか。


「今日で2人目の玩具なんですからぁ!」


嫌悪感を抱くほど甲高い声と多量の触手と共に、化け物は圧し掛かろうとする。それが悪手とも知らずにだ。

右、上、下、左、中、左、襲いかかる数々の触手を軽くいなし、質量を体現したかのような圧し掛かりにも後ろに軽く飛んで躱す。


「どうした、酔ってんのか?随分と下戸だな」


不敵に笑い、銃を中年に向ける

ところが化け物はその巨躯のまま前転し、そこから大きく口を開けていた。


「…やっぱりフラグは立てるもんじゃないね」


化け物は勢いそのままで水瀬に覆いかぶさった。


「おやぁ?もう食べてしまわれたのですか?まあ悲鳴が聞けないのは残念ですが、餌にはなったので十分としましょう」


怪物は動かない。


「どうかなされましたか?」


後ずさるように、怪物は少し動いた。


直後、化け物の腹が風船のように膨らみ、違和感を覚える。

そして瞬きの間に熱で真っ赤に染め上がり、貫通した。

驚愕という電気信号が脳に届くよりも先に、凶弾は飛ぶ。

銃口、怪物の腹、そして上半身。


強烈な発砲音と共に、肉片が辺り一面に飛び散る、化け物の破片からは、もう生気の欠片すら感じられない。下ろされたコンテンダーの口が濛々と吐き出す白い息はその火力の大きさを物語るには十分だったろう。


「魔弾のストックをまた減らしちまった、これだったら普通の魔術で十分だったな」


ピリリリリ

地下水道では着信音はよく響く。


「はい課長。ええ、ちょうど終わったところです。言っていた通り、明日は有給で休ませてもらいま、は?出張、アーカムに、はぁ。おい待て馬鹿課長!俺は半年前から取るっつってたよな、それを昨日受けた案件で潰すのか?こちとら連勤が3桁突破したんだぞ、おい、聞いてんのか、もしもーし!」


ツーツーツー


一方的な着信拒否、さっと電源を落としたかと思うとアッハッハと唐突に高笑いする。

かと思えばしゃがんで顔を覆う。


「はぁ、休みたい」


時を戻して公安6課、午前11:20


課長の椅子に座った偉そうな男が一人、無表情で佇む女が一人。


「水瀬福郎、我らが公安6課の原型、抗神組織ルキフグスの私を含めた数少ない生き残り、そして知っての通り、あなたと同じ日本の最高戦力の一人です。しかも謁見者のわりに人格も崩壊していません、ああ比較対象は一人しかいませんでしたね」


おどけたように言うが、女は表情を崩さない。


「おっとご安心を、繰り返すようですが知っての通り、あなたのサポートをする協調性ぐらいはありますよ」


男は自慢の商品を催促するかのように語るが、やはり女は無言のままだ。


「…」


「来るかどうか不安ですか、まあ、ちゃんと来ますよ」


あくどい笑みを浮かべながら男は語る。


「何せ彼は車輪のような働き者ですから」

続編は気分で書きます。

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