第8話
登校したての生徒で溢れかえる廊下を、自分のランウェイのように威風堂々進んでいく。
「おはようございます! 澄凰さん」
「おはようございます」
「澄凰さんは今日もお美しいです!」
「ふふっ、ありがとう」
端に寄った生徒たちに快く言葉を返してあげるのも、好かれし者の務めだ。
挨拶はコミュニケーションの基本です。
「きゃっ!」
「あら」
途中、山のようにノートを抱えながら教室から出てきた生徒とぶつかってしまう。冊子がばらばらと散らばり、あっという間に廊下は歩けなくなった。
「ご、ごめんなさい! すぐに片づけます!」
生徒は急いでノートを集めるが、焦りのせいか手は覚束ない。苦労して重ねた山も、あぁっと悲痛な声をあげながら膝で崩してしまった。
わたくしはカバンを置いて一緒にしゃがみ込んだ。
「慌てなくていいのよ。お仕事おつかれさまです。日直ですか?」
「は、はい……」
一人でやれば大変な作業も二人でやればあっという間だった。
「はい、これで全部。では日直頑張ってくださいね」
「あっ、ありがとうございます!」
体育会系の勢いで頭を下げる生徒にひらひら手を振る。
お辞儀してまた落とさないでくださいね。
自分の教室につくとクラスメイトたちからも挨拶されるので、にこやかに返しながら席へ。
さてと……荷物を出して……うん、素敵。
かわいくラッピングされた小箱をそっと取り出し、机に置いて眺めていると待ち人はすぐに訪れた。
「おはようございます! 薫さん」
「おはよー夕鶴羽ちゃ……え〜それなに⁉︎ すっごくかわいいじゃん!」
「なになに!」
「見せて!」
高校からの比較的新しい友人である薫とその周りの生徒たちは、わたくしが持っている小箱にめざとく気づくと分かりやすく声色を高くした。
小柄な体格の薫は感情に正直である。かわいがられの愛されキャラで通っている気性は朝からエンジン全開だった。
「はい! 薫さん、お誕生日おめでとうございます!」
「え、え、え! 覚えてくれてたの⁉︎ マ⁉︎ ぎょえー!」
「もちろんですわ。大切な友人なのですから、その記念日を忘れず祝うのは淑女の使命です」
「もう相変わらず堅いんだから〜。でもそんな夕鶴羽ちゃんが好き〜らぶ! ホントに嬉しいんだけど! ねね、開けていい?」
こくりと頷くと薫はラッピングを解き始める。プレゼントを貰う側としては最もワクワクする瞬間だろう。リアクションに期待してわたくしも胸が高鳴る。
「うわぁお、ふぁんたすてぃっく! ヘアオイルだ! しかもこんなにいっぱい」
「ええ、薫さんこの前ヘアオイル探してるって言っていたでしょう。だから少量がセットになったお試し用にしてみましたの」
「天才じゃん!」
「わたくしが使っているからというのもありますが、おすすめはこのモイストリッチハニーです。香りも素晴らしくて髪をなびかせるとふわっと甘い香りが広がります」
「ハチミツ! ぷーさんじゃん! きゃわ!」
薫のリアクションが広告塔になって、室内の生徒がわらわらと集まりだし、ここら一帯は人の群れとなってしまった。
「すご、パッケージもおしゃれ〜」
「絶対イイやつだぁ」
「え、それどこの?」
「いつもお世話になっているヘアサロンがありまして、そこで取り扱っているんです。一般販売はされてないですね」
「へーじゃあ高級品だ!」
薫は興奮が止まらない様子で今にも飛び跳ねそうだ。
「ふふ、そうかもしれませんね。その分効果は絶大です」
「ふんふん、じゃあこれも人を殺したお金で買ったのかなー?」
「……………………え、今なんと?」
「人を殺して手に入れたお金で買ったのかって聞いたの。あ、それともドラッグマネー? あれって儲かるんでしょー」
浮かべる愛らしい笑顔と言っている言葉はあまりにも不相応で……わたくしは凍りついてしまう。
「プレゼントにこんな高いもの送りつけてきてさー、金持ち自慢がしたいの? あは、そういうのウザいんだけど。キモい。てか、汚い金で買ったものなんていらないから」
嘘だ……。
薫はこんな暴言なんて一度も……。
「分かるー」
「人の誕生日をアピールチャンスだと思わないでほしいよね」
「どこまでも汚い人」
「ほんとほんと」
わたくしを取り囲んだ生徒たちが口々に言葉をぶつけてくる。
嘘だ嘘だ嘘だ。
「これいらない」
小さな手から無造作に放り投げられた箱は辺りに小瓶をばら撒いた。
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。
「穢れた人。私にもう近づいてこないでね」
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。
「澄凰夕鶴羽ちゃん」
「嘘だッ!」
飛び上がる。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
今のは……。
わたくしは荒い息のまま今を捉えなおす。
ベットから上体だけ起き上がったわたくしは見慣れない部屋にいて、窓からは光が差し、その向こうからは小鳥の囀りもしていて……。
舌が乾き切っていて苦味さえ感じる。
「……またですか」
何回目だろうか、こんな寝覚めも。
汗ばんだ背中に張りつく衣服の気持ち悪さで身を捩った。現実を確かめるように自分の手を見つめて息を吐く。すると自然と自分の長髪も視界に入った。
すくうように手に取る。
実に甘美で、今のわたくしには不快過ぎるハチミツの香りが鼻をついた。




