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第61話

 無事に結婚式を挙げたわたくしたちは、せっかくだからとドレスのまま出発することにした。こんなに立派な衣装なのだから、数時間着ただけではもったいない。

 

「私の裾とユヅっちの裾、丸めて抱っこしてて。タイヤ巻き込んだら死ぬから絶対だよ」

「大丈夫。妻に任せてください!」

 

 ドレスの長い裾がタイヤに絡まったら大事故である。

 後部座席に跨りハイヒールの底面をかける収まり良いところを探してから千鶴を抱いた。もそもそと裾を丸めて千鶴の背中とわたくしのお腹で挟む。

 ヘアセットが崩れるから二人ともヘルメットは無しだった。今日は最期なので多少の命知らずも許容する。

 

「ドレス着た女二人がバイクってとんでもないね。(はた)から見たら」

「そう? わたくしはウエディング用のカメラマンが欲しいところですけど。こんな唯一無二な体験ができるの今日だけなんですから」

「お、じゃあ写真撮っとくか。花嫁二人でタンデム〜」

 

 千鶴の肩から顔を出してセルフィーでパシャリ。そしてそのままキスもしながらパシャリ。間違いなく思い出の一枚になる写真だった。スマホの壁紙にしたい。

 

「じゃあ行くよ」

 

 千鶴がキーを捻ればエンジンが低く轟くように唸りだす。

 目的地はわたくしたちの終着点。

 ネモフィラ畑。

 そこに向かって橋を渡り、線路を越えて、住宅街やビルの隙間を縫っていく。横転したトラック、焼け落ちたばかりの家屋や破壊によって風通しの良いビルが景色の一コマとして流れていった。

 

 道中には火種もあった。

 あからさまな小悪党が道路を塞いでいて、どうしようかと迷ったものの、千鶴の拳銃を発砲して無理矢理道を開けさせた。バケモノでも見たような小悪党の表情が面白くて破顔してしまう。ヘッドドレスをたなびかせた花嫁二人が乱射して突っ込んでくるのだ。常軌を逸した暴走族である。

 

 安全とは程遠い、危険を冒してばかりの旅路だったがわたくしと千鶴はずっと楽しかった。楽しくってバイクの轟音よりも鮮明でお互いに聞こえる哄笑(こうしょう)をした。アドレナリンとか最後の日とかでハイになっていたのかもしれない。

 

 千鶴とならいつまでも、どこまでも走っていける。

 

 彼女の滑らかな肩に顎を乗せた。

 妻となった千鶴との冒険はずっと続けていたいほどで、地平線だって越えられそうだ。

 

「もうすぐ着きそう!」

 

 千鶴が視線で示した看板にはネモフィラ畑がある海浜公園があと一キロと示している。

 その距離はバイクの振動とともに千鶴と密着できる残り時間でもあった。目的地に着きたいが、道中が終わってほしくないという旅行時のような矛盾する気持ちを噛み締める。

 

 海浜公園の駐車場に入ると大仰な入場ゲートが建っていた。屋根が水平にとっても長くて翼のようだ。

 

「なんかパンフレットには、園内をレンタサイクルで回れるって書いてあった。というか徒歩だと広過ぎてキツいらしい」

「それじゃ自転車で行きますの?」

 

 ハイヒールで来てしまったので徒歩は絶望的に無理。そうなると自転車を拝借することになるのだが裾が難しそうだ。

 

「それもまた楽しいけど、私たちにはこいつがあるじゃん?」

 

 ブゥンとバイクが空吹かしをした。

 千鶴とのツーリングはもう少し続けられそうだ。

 

「お邪魔しまぁすっ!」

 

 ゲートの三角コーンを跳ね飛ばして大胆不敵に入場する。公園内には噴水や花畑、レジャー施設があって、時間があれば全部回ってみるのも面白そうだ。千鶴と一日中満喫できそうなくらい充実している。

 

「あれだ!」

 

 木立の中のサイクリングロードを走り十分ほど、急に視界が開けた。

 そして眼前に広がる景色に息を呑む。

 

 一面、青だ。

 

 一輪一輪は極小のネモフィラが膨大な数咲き誇り、地に青色の絨毯を敷いている。絨毯は小高い丘まで伸びており、空との境界に繋がる。そして空もまた青かった。雲一つない青空と青の絨毯が接続し視界いっぱい青の世界を織りなしており、無限の広がりを感じられる。

 

「なんとまぁ……この世のものとは」

「すっげぇ、本で見たけど現実にあるとすごさが段違い」

 

 わたくしたちはバイクを止め、小さなポシェットだけ肩にかけると花畑に整備された遊歩道を進む。

 ただただ美しい……と感嘆することしかできない風景だった。両親についていって海外の絶景だって見たことあるが、今の感動が一番大きいかもしれない。

 

 色が戻ってきて良かった。

 

 千鶴がわたくしに色彩を取り戻してくれなかったら味わえない感動だ。

 

「ユヅっち! 花めちゃくちゃ小っちゃい!」

 

 千鶴はドレスの裾が土につくことも構わずしゃがみ込み、ネモフィラを近くで観察していた。

 

「こんな小さい命なのに、地面全部青! めっちゃ咲いてる! ヤバ!」

 

 本屋で見た正真正銘の瞳の輝きが宿っている。愛する人のこの輝きっぷりを見れただけでもここに来た価値は大いにあった。

 無邪気な千鶴につい頬が緩み、わたくしはポシェットに入れていたスマホでその姿を撮影した。

 

 妻のニコニコ笑顔。好き。

 

「千鶴、ご感想は?」

「ん?」

「わたくし言ったでしょう、本屋で。あなたがわたくしの代わりに目になって美しさを教えてくださいって」

「んっとね……絶景ッ! 最高ッ!」

 

 この景色どうだ! っと言わんばかりに両腕を広げた。

 

「……色が見えて本当に良かったですわ」

「あー語彙力無いってバカにした!」

「ふふっ冗談です」

 

 仮にこの青の感激を体験できなくても、それはそれで今の千鶴を見ればわたくしは喜ぶのだろう。

 当たり前だ。

 好きな人が歓喜している様子がこの上ない絶景なのだから。

 

 あれ……それならわたくしはネモフィラよりも、ネモフィラをみる千鶴に感動している?

 

 自分の心を整理してみると、どうやらわたくしは千鶴が好き好きで仕方がないらしい。なんとも幸せ者で呆れつつも温かくなる。

 

「よし! じゃ歩き回りながらウエディングフォト撮りまくろうぜい!」

「良いですわね。写真容量いっぱいまで撮りましょう」

 

 それから二人で写真撮影大会が始まった。花や景色を撮ったり、相手を撮ったり、セルフィーしたり。

 後に一番良い写真はどれ? と聞かれたら決めるのに数日かかるに違いない。

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