第6話
そんな感じで余すところなく完食して、わたくしは大満足。千鶴もご満悦でお腹を掻きながらL字ソファにぐでんとしていた。そんな格好でいられると頼りないミニスカートから伸びる細い脚が目立って、ついつい視線が吸われてしまうのだった。
充満から来る居心地のいい倦怠感に身を任せて天井を眺める。今気づいたが天井には西洋絵画が描かれていた。タイトルまでは覚えていないが、大きな貝殻の中に長髪の女性が佇んでいる有名なやつ。
「………………」
あらいけない。眠気まで来ちゃいましたわ。
ぺちん、と頬を張る。
寝るならちゃんとしませんと。寝支度寝支度。
思い立ったら即行動。このままだと永遠にだらけてしまう。ただでさえ最近怠惰になりつつあるのに。
「ごちそうさま。さて……」
食材に感謝を込めて手を合わせてから立ち上がる。
「んぉ」
その音で千鶴が呑気に顔を向けてきた。
「どっか行くん?」
「ええ。千鶴ありがとうございました。それじゃわたくし死んできますわ」
「おー行ってら。………………はぁ⁉︎」
千鶴はタイムラグ付きの大きな声を上げてソファから転げ落ちてしまった。実に騒がしい。そして今にも部屋を出ようとする私に迫る。
「えちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待て……? な、なんて言った……?」
「それじゃ死んできますねーと」
「は、はぁ……? なにそのおしっこ行ってくるわみたいなノリで自殺宣言してんの……?」
「まぁはしたない。お花摘みと言ったほうが上品ですよ」
「いやその理論だと死んでくるもどうかと思うけどな⁉︎」
「ふむ……確かに。では、わたくしが最期にみせるのは代代受け継いだ未来に託すツェペ——」
「シィィィィィィィィィz——ってそれは波紋使いさん! てかそれは知ってるのなんで⁉︎ フツーに知らなそう!」
「日本のコンテンツ産業は世界に食い込んでいますから、有名どころはおさえるようにとの指示を受けて最近まで視聴してました。二部が好きです」
「分かる! いいよな二部! あの主人公の終始おちゃらけた雰囲気醸しながら、実は人間としてアツくてって違うっ! そうじゃない!」
頭を振って全身で訴えかけてくる千鶴にわたくしはきょとんとしながら相対するばかりだった。
「どうしたのです? そんなに興奮して」
「いや……てか、さっきまで一緒に楽しく飯食ってたやつが急に死ぬとか言いだしたらこうもなるわ」
「なぜです? わたくしとあなたはクラスメイトではあっても、決して親交の深い友人ではないと思っていますし……。それにご自身のお父上を殺めたところを見ると道徳的にわたくしを心配する気性ではないと思っていたのですが」
「あーうん、それはそうだ。すごい正論パンチ効くぅ」
わたくしが今ここで生きようが命を投げ捨てようが、彼女にとっては蟻一匹の生死と同じだろう。未だかつてわたくしたちの人生は交わることがなかったのだから。
「まぁ殺しのことは置いといてさぁ、なんか嫌じゃね? 想像してみなよ。たった今まで一緒にいた人が死ぬの。こう……寝覚めが悪いっていうか……もやもやするっていうか……」
そこまで話すと千鶴は続きが継げなくなったようで、自分の意思を示せるようなうまい言い回しを、あーとかうーんとか唸りながら考えはじめた。わたくしはその横でずっと持ってきていた買い物袋を漁って目的のものを取り出す。今日ちゃんと仕入れてきた上質なものだ。
「え、なにしてんの」
「あぁお構いなく。考えてていいですよ。ロープの準備をしてるだけですわ」
「構うね。こぞって構うね。構いまくる」
ロープを掴んだ手は戻されてしまった。
「本当に大丈夫ですよ。これくらいわたくし一人でもできますから。ちゃんと予習済みです」
ロープを取り出す。
「自殺幇助じゃねぇよ。落ち着こう、一旦交渉のテーブルに座ろっか」
ロープを戻される。
「首吊れるちょうどいい場所はありますか? わたくしがぶら下がっても問題ないくらいの頑丈なところ。さっきのシャンデリアとか?」
取り出す。
「人んちのインテリアに悪趣味な飾りつけしようとするな」
戻される。
「まぁ! わたくしの存在が悪趣味と?」
出。
「おめぇじゃねぇよ! 死体がだよ!」
戻。
「もうよく分かりませんわ! いったい全体なにが気に食わないのか……あ!」
ぴこーん!
「な、なななに、どした?」
思わず鯉のように口を丸めて突き出してしまった。
なるほど、そういうことでしたか。よぉく考えれば、簡単なことでしたね。
「ようやく納得できましたわ、あなたがそう必死になる理由」
「おぉ、マジ?」
「はい、首吊りって体の筋肉が全部緩むから排泄物が垂れ流しになるんですよね。確かに自分の家で汚物まみれで死なれたら誰でも」
「こっちおいで。ゆっくり話そう」
「あーれー」
結局私は引きずられるように戻されるのだった。
もう、正解が分かりません。




