第57話
「んんっ」
重たい瞼をなんとか開ける。
ここは……。
目の前には顔。
すぅすぅと気持ちよく寝息を立てる千鶴のあどけない顔があった。
朝?
時計を探して体を捻るも、できない。
自分を確かめると抱き枕のように腕を回されていた。しかも両者一糸纏わぬ全裸。完全に事後の朝である。
優しく千鶴の腕を退けてから、障子から透ける淡い光を頼りに身を起こす。朝から全裸もあれなのでぐちゃぐちゃにシワだらけな浴衣を羽織る。かなり派手に及んでいたのを思い出して居た堪れない。
さっきのは、夢?
不思議な夢だった気がする。
千鶴になって、わたくし夕鶴羽を回想するような夢想。真意かどうかは分からないけど千鶴の思考まで流れてくるおかしな体験。
「ん?」
二人で頭を乗せていた横長枕の下から黒いなにかがはみ出している。
確かめてみるとそれは、黒髪と紫髪で四つ編みされた髪束だった。リボンで崩れないように留められている。
「あ……」
そういえばわたくしはすき焼きの翌朝、千鶴に髪の毛を上げていた。艶から察するにこれは間違いなくそのときのもの。
加えて千鶴は時折こんなおまじないも言っていた気がする。
『枕の下にものを入れると、それにまつわる夢を見られる』
「本当なんですね……」
「ん、ユヅっち……」
むにゃむにゃ寝言中の千鶴はまだ夢の中らしい。
髪束は千鶴が寝る前に仕込んだのだろう。千鶴のことだおそらく毎晩一緒に寝ていたに違いない。昨晩は千鶴と一緒の枕で寝たからおまじないがわたくしにも作用した、そんなところだろうか。
本当にわたくしのこと好きですわね。
頭に口付けを一つしてあげた。
そろりと障子を通り「よく話題になるけど正式名称が分からない窓際のチルいスペース」に出る。
窓を開くとまだ冷たい爽やかな朝の空気が流れ込んできた。木々に浄化されて澄んだ空気が目を覚まさせる。清涼な空気で深呼吸をすると鼻の奥がツンとするんだなと初めての気づき。
「美しいですわ」
青い炎のような朝焼け空は絵画のように美しい。山の稜線がオレンジ色に縁取られ燃えているみたい。雲は紫から赤へとグラデーションになっている。色彩豊かな風景だ。空に自分の手を翳してみれば、血の通ったベージュの肌色をしている。
色が戻った。
千鶴が戻してくれた。
胸中にあった悲哀や苦痛とはさよならをした。
わたくしは千鶴というたった一つの生きる意味を見つけられたから。
「ユヅっち、おはよ〜」
寝ぼけ眼の恋人が起きてきた。わたくしの腕を抱いて寄りかかる。
「おはようございます。最後の朝ですわよ」
「あー今日最後かぁ〜、ふわぁ〜」
「初日の出の逆バージョン、なんて言うんでしょうね」
「んー日の出納めとか」
陽が昇る。
深緑から山吹色へ、山々にサァっと旭光が押し広がっていく。
その光はわたくしと千鶴の全身をも明るく包んだ。
「暖かい……」
「ね」
「……千鶴、その…………服は?」
「えー」
ずっと外に釘付けだったから気が付かなかった。
千鶴、全裸。
全裸が陽光で輝いている。
昨晩の記憶が蘇って心臓がうるさい。
「なぁーに? 今まで私の前で散々裸見せてきたくせに〜今までのユヅっちはどこ行ったのー?」
「だって、あなたはもう恋人だからっ!」
「恋人だから気兼ねなく見せるんでしょ?」
「か、価値観の相違です!」
逃げるように外を見る。
これではかつてと真逆だ。
「価値観にズレがあるとどっちかが気を使い続けて、いずれ恋人関係に亀裂が」
「ねね、結局シてからお風呂入れてないじゃん?」
「え、ええ」
「だから朝風呂行こ。で、どうせお風呂入るならさ……」
吐息が耳をくすぐる近さで。
「もう一回、シよ?」
「…………はいっ」




