第55話
これから情事に及ぶと同意した上でのお風呂上がりは、恥ずかしさと気まずさでいっぱいだった。
両者口を開かない。温泉気持ちよかったねくらい言えればいいのだけれど、繊細な空気が漂っていて乱しにくい。
沈黙に耐えかねて水も滴る良い女状態の千鶴を揶揄えば声は上擦るし、千鶴も「あ、ありがと……」とらしくない照れ顔をしてしまった。わたくしも二の句を次げず俯いてしまう。
うぅ、恋愛って難しい……。
一旦冷静になると恥らいが出てしまうので、その気になったら駆け抜けたほうが良いという訓戒を得る。
緊張から逃げるようにドライヤーの轟音で意識を紛らわした。
千鶴の湿った紫髪も綺麗……。
洗面台の鏡越しにこっそり千鶴を観察する。
視線は足首から自然と上向きのお尻に吸われて、くびれて締まった腰、弾む胸を経由して華奢な首元へと昇っていき、遂にはこちらを見つめる彼女の瞳に辿り着いて……。
「…………っ!」
「ぁ…………」
同時に慌ててそっぽを向いた。
さらりとした綿質の浴衣を着て部屋に戻る。布団に直行したらがっつき過ぎと思われるから一旦座卓へ……とつま先を向けたとき、腕を引かれた。
「私がリードするから……来て……」
「はい……」
促されるまま向かい合うように布団に座ると、わたくしたちはまた唇を重ねた。
「ん、ん」
「ぁっ、ん……」
お風呂から上がって落ち着いた頭だと、桜唇の甘さと柔らかさをより鮮明に知覚できる。下唇をはむはむと咥えてくるので、隙を見てわたくしも同じく返す。
キスは段々と勢いを増し、唇で押し倒された。両手は恋人繋ぎの状態で布団に押し付けられる。
「んぁ……」
「いくよ」
逃げ場なんてなくなった口に千鶴の舌がにゅるりと入ってくる。その一瞬で幸せが電気のように全身に伝わった。
今なら分かる。
キス、特に愛する人からのキスは極上の快感と多幸感を感じられるから大好きだ。
凶暴な舌が歯列をなぞり、わたくしの中を愛撫する。
舌と舌を熱く絡ませれば、連動して恋人繋ぎの締めつけも強くなる。
舌を甘噛みされれば手がギュッと縮まった。
「っはぁ…………浴衣、脱がすね」
しゅるりと帯を抜かれて、実にあっけなく裸を晒した。どうせすぐ外すと思って下着はなに一つ付けていないが、間違えたかもしれない。
「千鶴、そんなにまじまじと……」
吟味するように視線に身体を撫でられる。
一方的に裸を見られ続けることの恥ずかしさたるや。せめて下着だけでもあれば違っただろうに。
「昨日なんて外で裸になってたのに」
「だってあなたは今もう……好きな人になったから……」
「…………あー好き。好き好き大好き」
「あっ」
彼女のフェザータッチがお腹をふわりと撫でるだけで嬌声がまろび出る。
お腹をさすった手はわたくしの胸へ。
優しく包むように揉まれると意識も揉まれているようで視界がぼやける。
だが続いてやってきたのは、覚醒させる鋭い刺激。
「ぃぁ!」
「ユヅっち、固くなってるよ」
ツンと張った乳頭を弄ばれれば、吐息と声が一緒くたになって止まらない。それさえも欲したのか、千鶴が全力で口を塞ぐ。舌の躍動が声を吸い取っていく。
「むー、んむー」
鋭敏にそそり立つ先端をくすぐるように、ときには摘むように緩急つけて可愛がられる。
右手は恋人繋ぎでぎゅうぎゅうされ、口は舌で掻き回され、胸は優しく刺激的に愛撫されて。下腹部がどんどんと切なく熱を帯びてきた。
あ、いけない……!
お腹は止まることなくむず痒くなるけど、それは決して掻けない内側なので身悶えしながら堪えるしかない。
あー……ダメ!
下腹部に弛みを感じ、慌てて足指を丸めて力を入れるももう遅い。直接確認できるわけじゃないけど、なにかが湧き出してしまった気がする。
千鶴の愛を受けてわたくしの身体も明確に悦びを示してしまっていた。
歓喜に沸くおへその下辺りを千鶴はそわそわと撫でる。
「ちづる……それ……あっ」
「気持ちイイ?」
「ん!」
艶めく声が肯定になると、千鶴はそこを重点的に攻め続けた。
「ユヅっちお腹好きなんだ、じゃこれも好きでしょ」
フェザータッチから指の腹が沈むような押下に変化する。
「っはぁ——」
肩が跳ねて大きな息が飛び出した。手で口を押さえるも隙間から漏れ出て止まらない。
ヒートアップする押下は、握り拳のノックになる。
トン、トン、トン、トン。
「あっ、あっ、ん、あぁ」
トントントントントントン。
「トントンだめっ、や、それ——イイ……!」
いくら身を捩らせてもノックは追尾して襲いかかる。自分で慰めるときもお腹を触っていたが、他人のリズムだと導かれるようで頭が溶ける。
「んー! んーっ!」
淫らな声を出してはいけないという理性が口元の手を強めるけれど、反射で出てくる声は止まることを知らない。
ダメ——
内股を縮めるもお腹の奥が決壊し、ぶるりと身を震わせた。
「はぁ……はぁ…………」
「ユヅっち、おいで」
千鶴は脚を伸ばしてぺちぺちと太ももを鳴らす。膝枕の要領で寝ろということだろう。
結構頭は蕩けてきているので、言われるがまましたらもっと気持ちよくなれるだろう、という短絡的思考でのそりと重たい身体を動かす。
千鶴は巨乳というほどのサイズではないが、膝枕で下から見上げると迫力は大きい。
「次はどうしてくれるの……?」
「どうぞ、咥えて」
「えっと……」
この場で咥えるという動詞に当てはまるのは二つの突起のみで……。
「わたくしに赤ちゃんになれ……と?」
「喜ぶかなと、思って」
千鶴と繋がれるので喜ぶか否かと聞かれれば百%前者なのだが、それは育ちゆく大人としての矜持を捨てることになりそうで……。
「やめとく……?」
「……します」
据え膳食わぬはなんとやら。どうせ明日死ぬのだ。矜持なんて捨ててしまえ。千鶴だって恥じらいながら提案しただろうに、わたくしがここで引くのはずるい。
千鶴が前屈みになるのに合わせて、落ちてくる果実にかぶりつく。
ああ…………。
「どう? ユヅっち」
「ん。んぅ……」
これは……良い。
遺伝子の奥底に刻まれた母親の揺籠を呼び起こし、他には得難い安心感で満ち満ちる。乳房には至高の抱擁力があるようだ。頭を撫でる温もりも追加されて、さっきとは違う幸せに弛緩していく。
だがわたくしは赤子ではない。千鶴にとっての敏感部を咥えている、という事実を認識するとさっきまでの恩返しをしたくなるのが道理。
「ユヅっ……んもう」
ぷっくり膨らむ乳芽を舌先で転がせば甘い声が聞こえてくる。
「あ、それイイっ」
唇で甘噛みすればぴくりと枕が反応した。
このまま千鶴も気持ちよくしてあげようとギアを上げたとき。
「あぁっっ……!」
今日一の電撃が身体を貫く。
見れば千鶴の腕は下半身に伸びている。
「すっごい……表面触るだけで糸引くよ」
「やっ……」
「弄るよ? いい?」
さっきからわざわざ聞いてくるのがずるい。
許可するの、すっごく恥ずかしい……。
コクと小さく頷くと、秘部がぱっくりと開かれた。表面をくにゅくにゅとマッサージされる。
「っ、あっ、あぁ、んぅ……」
ちゅく。ちゅく。
指と連動して淫靡な水音が鳴り、電撃が何度も何度も襲う。
充分にほぐされたうえで、千鶴の指はぬるりと侵入を果たした。
「んーっ!」
咥えた乳房で声を止める。
愛撫で熟れ過ぎた果実は派手に水音を鳴らし、恥ずかしさに反して己の食べ頃を好き勝手に主張していた。
「好きなだけっ……気持ちよくなっていいからね……」
「ふー! ふー! ふーっ!」
逃げられない快感の捌け口を胸に求める。上からは陶酔するような幸せを享受して、下からは刺激的な幸せを享受、自分の中が爆発しそう。
彼女の指がくいくいと曲がるたびに内部が指に吸いついてる。
「んっ、んっ!」
四肢が緊張と弛緩を繰り返す。皺を刻むくらい布団をぐちゃぐちゃに握る。
意識がぼやけるが、奥底の高まりは臨界へと駆け上がっていき……。
「だ、だめ! ちづるっ——イっ——!」
絶頂。
千鶴の腰を抱いて、快楽の激流にひたすら耐える。呼吸が詰まって喉が普通じゃない鳴り方をするけど激流は止まることを知らない。
「っ、っはぁ! っはぁ……はぁ……」
嵐が引いていく頃には肌がしっとり汗ばんでいて、またお風呂かも、とどこか呑気な自分がぼんやりそう思っていた。
「ユヅっち、まだイケる?」
「……まだイキたい。ちづるといっしょにぃ」
「私も」
頭を優しく横たえると千鶴は、わたくしの足側に移動した。
「片脚上げて」
左脚を抱くように持ち上げられる。途中太ももに自分のではない水が付いたのを感じて、千鶴ももういっぱいなんだ……と嬉しくなった。
「合わせるね」
二人の蜜壺が、キスをする。
「ん……」
「あっ」
くちゅりと鳴った音はもうどちら由来かは分からなかった。
千鶴が腰をうねらせて接吻を繰り返す。
「ユヅっち、気持ちイイ?」
「はい……これ好き、ですっ」
千鶴に導かれるのも甘美で好きだったけど、こうして一緒に気持ちよくなるのは愛し合ってるみたいで充実する。そして時折興奮した陰核が擦れて鋭い快感が身を焦がすのだ。
「ぁ——ちづる好き! 好き!」
「わた、しもだよっ、ん」
とちゅ、とちゅ、とちゅ。
わたくしも必死に腰を動かす。
愛液を交わらせて擦りつける。
愛しの千鶴にわたくしを流し込むように。
わたくしを刻みつけるように。
「ふっ、ふっ、ふっ——!」
好きと快感で脳内を溢れかえらせる。
「手! 繋いでっ」
指を絡ませてきつく握り締めた。
これでずっと一緒。
死ぬまで、死んでも、死んでからも。
千鶴とずっと一緒。
「すきっ、あいしてる!」
「ユヅっ——ゆづはっ!」
加速する疼き。
それに耐えかねて手を握り込んだ瞬間、繋がった箇所から双方に絶頂が迸った。
頭が真っ白になって瞼の裏がチカチカする。
それでも密着は続けた。
千鶴がわたくしを繋ぎ止めたように、わたくしも千鶴を繋ぎ止める。
離れてはいけない、と絶頂の中でも確かにそう思えたから。
「…………ちづる」
「ん」
のそりと起き上がるも足腰が抜けているから、倒れるように枝垂れかかった。千鶴はふわりと受け止めてくれた。
「だいすきよ」
「ありがと。私も」




