第49話
「…………んん」
ピントの合わない意識で瞼を開ける。部屋にしては明るいなと思ったところで、ここがいつもとは違う環境、テントの中だと思い出した。多少朝日が透過していて明るいのだ。
体……痛いかも。
もぞもぞと寝袋から起き上がる。サナギから孵る蝶のような気分だ。初めての寝袋ということもあって背中は絶好調ではないものの、二日ぶりにちゃんとした睡眠をとることができた。やはり睡眠は大切だ。
寝ぼけ眼で顔を巡らせる。
「…………色」
消えてる。また。
自分の手を吟味してみるも白いだけだ。そういえば寝る前、このテントはオレンジ色だったはずだが今では判別がつかない。
しかし落胆は前回よりは軽かった。
慣れというのも多少ありはする。それよりも大きな要因は、見えて消えてというパターンを繰り返しているということ、ポジティブに考えれば再び見える見込みもあるわけだ。なにをきっかけに色づくのか解明できていないが悲観的過ぎるのもメンタルに悪いので落ち込まないようにしよう。
「千鶴、朝ですわ」
「んむ…………」
起きる気配は全然無い。
寝袋……外から見るとファラオみたいですわね。
顔だけ出してぎゅうっと包まれてる感じが古代っぽい。二人並べばピラミッドの中だ。
胴体部分は無地で注目するとこも無いので、自然と視線は顔に行く。
正確には唇に。
「…………」
モノクロの世界でも、艶めいていて柔らかそう。
わたくしが昨日、銃を奪ったときのことを思い出す。
彼女にもっと触れたいと思ってしまったこと。
わたくしは千鶴の友達?
相棒?
それとも?
別の選択肢を考えると、不思議と肌の下がむず痒くて落ち着かない。そわそわするから彼女の顔から急いで逃げた。
『呪いがあったとしても、うるせぇ関係ねぇつって一緒にいたい。だからこの先、自分の命に私の命も繋がってると思って。いいね?』
昨日の『いいね?』がトンネルの中で叫んだみたいに頭の中を跳ね回る。それもすっごく温かい口調で。
「——————っ!」
彼女はなんで小っ恥ずかしいことを臆面もなく言えるのかと憤るが、すき焼きの初日も大見得切っていたので元来そういうやつなのだと妙に冷静になる。
彼女は変わっていない。
変わったのは受け手である、わたくし?
「もう!」
朝の清涼な空気を求めて、あるいは彼女の隣から逃げるように、テントのジッパーを上げた。
湯煎のカレーライスで朝食を済ましたわたくしたちは、名残惜しみながら美しい森のオアシスを出発する。テントとかキャンプ道具を放置したことは心苦しいが残された時間も少ないのでご容赦願う。後片付けは隕石に頼むとしよう。
「何時間で着けるかなー」
「もう山の中ですし、そう遠くはないでしょう」
「だといいけど。メットいい? 行くよ」
「いつでも」
バイクは緩やかに滑るように秘境から走り出した。バイクもゆっくり休めたのか、気のせいだろうがエンジンの唸りもご機嫌だ。
邸宅から出たときにガソリンは満タンにしているけれども、昨日はどれくらい消費して残りはどれくらいなのだろう。残量を聞いたって走行可能距離は予想できないが、温泉までもつのかは心配だ。
ここで止まったら……徒歩? 山道を?
それはいくらなんでも苦行なので、もってもらわないと大層困る。
軽いほうが航続距離も伸びるはずだから、とわたくしは食べ過ぎたかもしれない朝のカレーをちょっぴり後悔していた。
千鶴に体重をかければ、千鶴が重いことに……?
「どしたん!」
「…………」
ちょっと強く寄りかかってみたが、千鶴の鼓動が聞こえてきそうなくらい超密着になるのですぐにやめた。
彼女とくっつき過ぎると……落ち着かないのだ。
お腹に手を回してるの……よくよく考えたら……。
なんだか今日は調子がおかしい気がする。
途中で見かけた道の駅や観光スポットらしき場所でマップを開いて確かめては、また走り出す。ガソリンの心配は杞憂に終わり、その繰り返しを数回行った後、わたくしたちは目的地に辿り着いた。




