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第44話

 戦場となった広場に戻ってくると死屍累々(ししるいるい)だった。現代日本においてこの言葉で形容される場は滅多にないだろう。

 そんな凄惨な場でたった一人立っている少女はあまりにもミスマッチである。

 

「お、ユヅっちおつかれ〜」

「お疲れさまでした、怪我はありませんか?」

「擦り傷程度。問題ナシ」

 

 ピースサインで歯を見せる。肩に担いだ物が汚れた鉄パイプでなければ、きっとなにかの宣材写真になれるだろう。

 

「あ、あの……」

 

 声の方向には、ついでで助けることになった例の親子が非常に複雑な表情をしていた。救ってくれたことに対して感謝はしているものの、目の前で大人数を殺めた輩に怯えてもいる。話しかけても大丈夫なのだろうか、と。

 

「やぁやぁ、無事で良かった。そっちの坊やも怪我してない? 怖かったね、ごめんね」

 

 千鶴は男の子を安心させようと、しゃがみ込んで頭の高さを合わせた。こんな気遣いもできるのかと、懐の深さに正直驚いている。

 

 外交は任せておきましょう。素性を探られても嫌ですし、それに……。

 

 わたくしはきっと赤黒く汚れている手を背中に隠した。

 

「…………」

「あちゃー、やっぱ怖がらせたか」

「この子は今ショックを受けてるので」

 

 代わりに母親が言葉を紡いだ。男児への対応に警戒心を解いたのか、母親の表情は硬くない。

 

「なんとお礼をしたらよいのか……本当に命の恩人です……。ありがとうございます……」

 

 涙ながらに頭を下げる。父親もそれに倣った。

 

「そんな、お気になさらず〜。あのまま見逃してたら気分悪いからって勝手にやっただけですから。ね、ユヅっち」

「ええ、こちらの都合で動いただけです」

 

 わたくしはにっこりと慈しみを込めて微笑みながら独白する。

 

 成果無し……ですか。

 

 がっかりだった。

 あの角刈りをいくらいじっても、わたくしに色は戻ってこなかったのだ。どれだけ中身を覗いてみても、少しもその色は現れず、モノクロ映画のよう。実に味気なかった。

 

 色が見えないならその他のことに興味はない。

 わたくしが命を落とそうと、この家族が悪意に害されようと、千鶴が……いや千鶴が不幸になるのは嫌だから、千鶴以外の結果がどうなろうと知ったことではない。

 ペットショップの時分にはあった、偽善さえもわたくしの中から欠落してしまっていた。

 

「…………お姉ちゃんたち」

 

 その時ずっと黙っていた男児が口を開いた。

 

「ありがと」

 

 男児がわたくしに無垢な瞳を向けてくる。

 

「…………どういたしまして」

 

 感謝されれば悪い気持ちにはなるはずがなかった。

 せめてなにかお礼させてくれ、と縋りついてくる両親を断って、わたくしたちは残された戦力外の元に向かった。

 

「死んでます?」

「なにもしてねぇよ。勝手に失神したんじゃね」

 

 戦力外は外傷もなく倒れていた。よほど恐怖だったのか、ズボンの股が濡れている。

 

「おら、こら起きろ!」

 

 千鶴の蹴りがお腹に炸裂。

 

「千鶴こわい。家族の前とは大違い」

「…………うぅ」

「チッ」

 

 千鶴は拳銃を抜くと、戦力外の耳横一センチに躊躇なく発砲した。

 

「うわあっ!」

「あら、おはようございます」

 

 飛び起きて混乱している戦力外の胸ぐらを、千鶴は無遠慮に掴むと顎に銃口を密着させる。

 

「時間がもったいねぇから答えだけ言えよ。お前らの物資はどこだ?」

「えぇ、あっ……いやっ僕は」

「答えだけつったよなァッ!」

 

 恫喝とともに銃口を皮膚にねじ込む。

 

「千鶴こわい」

「こここここの近くの川! テントでキャンプしてる!」

「キャンプだぁ? こんなとこであんな大勢……」

「ほんとだ! 備蓄があるし、釣りで食糧も」

「釣り…………?」

「はぇ?」

 

 どうやら温泉へ行く前に寄り道が増えそうですわ。

 千鶴が一際大きな声で吠えた。

 

「その場所吐けやァ!」

「ひいいぃぃ!」

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