第42話
「鮫島さん! こいつらのキャンピングカー最高ですよ! こいつぁ襲った甲斐ありましたわ!」
ひれ伏した親子を囲む輪に、陽気に缶ビールを呷る男が近づいてきた。
「おめぇ先に楽しんでじゃねぇよ。まだあるんだろうな」
「もちろん。ジャーキーとかお菓子ももたんまりですよ」
それを聞いて男たちが「おおおお!」と沸いた。今まで不運にも食料が簡素なものばかりだった彼らにとって、その言葉は間違いなく朗報だった。
「お願いです! 車とその中は全て残らず差し上げます。ですので命だけは」
「だとよ。どうする?」
リーダーの鮫島の問いかけに取り巻きは口々に声高に主張を述べる。
「えーそれはもったいねぇじゃん」
「色々あって今ストレス社会だし」
「スッキリしたいよなぁ」
各々の手には薄汚れた鉄パイプやら角材やらが握られている。
「……だそうだ」
父親はその返事を聞いて真っ青になって慌てる。
「じゃあ私の身はいい。妻と子どもだけは!」
「私も! この子を見逃してくれるなら私だって!」
男児を抱きしめた母親も必死で叫ぶ。男児はその胸の中で泣いていた。
「すげー家族愛。けど今は弱肉強食の世界なんだよぉ」
「そりゃ違ぇねぇ!」
ギャハハ! と下卑た笑い声が賛同した。
男たちの倫理観は文字通り終わっていた。社会の秩序が無くなれば斯くも人間は醜くなれる。父親と母親は絶望するのと同時に、こうしている間にも近づいてくる隕石を呪った。
この時間にこの道を通らなければ。
シェルターに避難できていれば。
ありもしない世界を思うのは無駄だった。
「それじゃスイングのトレーニングにでも付き合ってもらうか。ほら立て」
「ぐっ!」
「お父さん!」
「へー楽しそうじゃん」
場違い極まりない、うら若い女子の呑気な声が聞こえてきた。
やいのやいのと騒がしくしていたならず者全員が静まり返って、声の主に怪訝な目を向ける。ファッションショーモデルさながら、その少女は観衆の注目を浴びながら男たちに近づいた。
「いいなぁ。それ私も混ぜてよ」
「……誰だお前」
鮫島はドスの聞いた声で誰何すると同時に腰から回転式拳銃M360J サクラを抜いた。
「楽しいこと大好き、通りすがりのヤンキーガール」
またもや場に似つかわしくない返答で親子含め皆が困惑していた。
「……こいつ、ミナミの知り合いか?」
「いや俺は知らないっす……合流できそうなら行くとは言ってましたけど」
「え⁉︎ ミナミさんと友達なの⁉︎ うっそ世間狭過ぎ〜」
少女はひどく驚いて、次いで心底嫌そうな顔をした。
「なんだ、じゃあお前もかよ。早く言えよ」
鮫島が少し安堵の雰囲気を醸す。
「道理でどっちも碌でもないのか。類は友を呼ぶ……あーミナミなら昨日死んだよ」
「あ? どういうことだよ?」
「お母さん、その子の顔ちゃんと隠しておいてね」
再度高まった鮫島の剣呑さをよそに、少女は母親と会話をしていた。
鮫島は銃を再度突きつけた。
「おい、答えによっちゃタダじゃ済まさねぇぞ。どういうことだァ!」
「こういうこと」
破裂音。
親子がビクッと肩を震わせた。
硝煙の匂いの中、腹に風穴を開けた鮫島がぐらりと地に伏した。
「セーフティがかかってるぞ新米。これ生きてて言う機会あったんだ」
鮫島の銃、そのトリガーについたままの安全ゴムを見下ろして、少女・明導院千鶴は不敵に笑った。
それはさながら悪魔のよう。
「さ、鮫島さん!」
「テメェ!」
「こっちも昨日からさぁ、ストレス社会でイライラしてっから、サッパリさせてくれよなぁッ!」
千鶴、背を低くして地を蹴る。
目標は最も近い鉄パイプの男。男は鮫島の死に動揺している。
「ひぃ!」
右手の銃を泣きっ面に突きつけて発砲……しない。銃弾の節約。腕で顔を庇う隙だらけの男から鉄パイプを左手で強奪すると、返す刀で横薙ぎに頭蓋骨を凹ませた。
しかし利き腕ではない殴打ではや殺り切れない。転んだその男に追撃の一撃を振り下ろす。
ゴッと腕が痺れた。
「舐めやがって!」
背後から角材を振り上げた別の男が、仇を討とうと怒号を飛ばして詰め寄った。
「危ない!」
父親の叫び。
しかし千鶴は動じない。
発砲。
右腕を回して左脇からノールックで放たれた弾丸は角材男の胸部を貫く。
一人沈黙。
「ワンノック」
「う、うわああぁあ、ッ——」
眼下の男に三度目の殴打を振り下ろす。
もう一人沈黙。
「ツーノック。こっちは前から人の命取ってんだよ……覚悟が違くてな!」
鉄パイプを右手で握り直し、別の獲物をターゲットに据えて飛び出した。
初めて人を殺した日。父親殺しの日に思いを馳せる。
思えば随分と遠くに来たものだ。殺人罪だけは一度切りだと思っていた。
シャベルの袈裟懸けの殴打をひらりと躱すと、鋭い突きを大腿部に刺す。男はひざまづく。追撃、しようとしたとこで、横合いからの別の接近を察知。
避けられない。
防御の構えで鉄パイプの両端を掴んで備える。
防ぐと手首が痛ぇんだよな、ジィンとして。
しかし予想していた衝撃は訪れない。
「ああ、ああああッ! 手がぁ!」
飛来したなにかが、接近する男の手を砕いていた。血だらけのバールが転がっている。
ひょえーぐっろ。手ぐっちゃぐちゃじゃん。
「ナイスアシスト!」
千鶴は痛みで叫び散らかす男を黙らせんとその喉元に迫った。




