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第41話

「はぁ、軽食でも摂りましょうか」

 

 水切りを三十分程遊び、お腹も空いてきた。

 それに昨日の今日で朝食は満足に摂れていない。小腹を空かせているので、リュックの中をテキトーに漁れば、千鶴に入れてもらった魚肉ソーセージが出てきた。

 河原でせせらぎを聞きながらパッキングを破って魚肉ソーセージに齧りつく。

 

「美味しい……」

「だろ。おやつにピッタリなんだよそれ。カルシウム入りだし。私にもちょーだい」

 

 取ってつけたような利点は置いておいて、わたくしは半分千切ってあげた。

 が、結局足りなかったのでもう一本を開ける。

 どれだけ死を切望していても、美味しいものを食べるのは悪くない気分だった。わたくしはとことん食事が好きなのだなと自覚する。亡くなったわたくしの口に食欲そそるグルメを近づければ、息を吹き返すかもしれない。「蘇生を希望する方はこちら」と遺書に認めておこうか。

 

 軽食を終えた後、群馬の山間部を目指す。千鶴は釣りしたかった〜、とやりたいことリストを更新していたが、それは別の機会。来世あたりで楽しんでもらおう。

 河川に沿って走っていれば勾配のある道が多くなってくる。頭上まで枝葉を伸ばす樹木が増えてきた。

 

 温泉……行けるのかしらね。

 

 千鶴が喜ぶから辿り着いて欲しいとは思う。

 目的地まで行けるかは(ひとえ)に千鶴の勘にかかっていた。頭上の道路案内標識は大雑把に地名までしか教えてくれないし、持ってきた地図は自分の場所を教えてくれないうえに運転中は開けない。カーナビやマップアプリという文明の利器が無いと、目的地に行くことさえ難しいのだ。人類は生身だと実に頼りない。

 そしてもう一つ、思案すべき案件がわたくしにはあった。

 

 どうやって命を断ちましょうか……。

 

 やるとは決断したが、その方法に頭を悩ませる。

 やっぱり痛い思いはしたくない。昨晩の殴られ蹴られの暴力でその思いは強くなっている。安らかな手段があるならそちらを選びたい。

 

 楽に……飛び降り? でもそんな都合のいい高さがあるのかしら。

 

 あれこれ考えてみるけど、果然(かぜん)行きつく答えは一つ。

 

 やっぱり拳銃が理想的ですわよね……。

 

 なんて言ったってタイパがいい。頭部なら確実かつ短時間に済ませられる。

 

 問題は……。

 

 彼女の大腿部、それが収まっているホルスターを見て歯噛みした。

 口先か力技か、千鶴からどうやって奪うかが最大の難所になる。

 コッとヘルメットの接触合図。

 言わんとすることを問いただす前に光景で察した。

 直線道路の向こうに、林の中へ左折する車輌の後ろ姿を捉えた。誰かがいる。それもかなりの近くに。

 千鶴はバイクの速度を落とし、目撃地点から充分に遠い地点でエンジンを切った。

 

「歩くよ。見ちゃったからにはステルスで行かないと」

 

 車が入り込んだ地点から離れるまでは安心してエンジンをかけられない。

 バイクを押して歩き、件の横道を背を低くして越える。

 

 そのとき横道の奥が垣間見えた。

 

「千鶴」

 

 木陰に身を潜めて、彼女の裾を引く。

 

「人が捕まっています。親子です」

「はぁ? マジかよ」

 

 一瞬だが男女と幼い男の子が複数の人に囲まれているのを捉えた。子ども連れが座らせられて、他が見下ろしている。普通じゃないのは自明だ。

 

「厄介ごとはゴメンだぞ」

 

 千鶴はリュックから双眼鏡を引っ張り出す。

 

「あちゃー本当っぽいわ。待って、さっきの車から人が降りてきて……なんか話してる。囲んでるやつと車のやつはグルだな」

 

 肉眼で見るに立っているのは七人の男性。大所帯だ。

 

「助けるあれ? できたらヒーローだけど、リスキーだぞ」

 

 わたくしたちが助ける義理はないし、どうせ助けなくたって明後日に死ぬ。ただただ危ないだけの橋なのだ。

 

 昨日のような荒事はもう……。

 

 はたと思う。

 

 血……赤色……。

 

 わたくしは昨日……リョウタを刺したら血の赤が見えた。そのときに色が戻ってきた。

 つまり。

 

 人を殺せば、色が見える……?

 

 頭ごなしに否定できる推測ではなかった。

 すでに実例があるのだから試してみる価値はある。

 

 どうせ死ぬなら色を見ながら……。わたくしの色を取り戻す。

 

「やりましょう」

 

 ()ろう。

 

 あいつらは悪だ。殺したって気に病む必要はない。駆除なのだ。それで親子は助かる。

 今日初めてわたくしは胸の高鳴りを感じていた。色への期待は自分が思っているより膨らんでいる。

 

「だろーね。まぁ私も同感。このままだと寝覚め悪いし。ゆっくり温泉も楽しめたもんじゃない」

 

 わたくしの心象なんて全く想像していない千鶴にとっては単なる人助けだろう。わたくしはあくまで自分のために自分のエゴでやる。

 

「勝算は?」

「んーそこそこ。でも昨日みたいなヘマはしないことは約束しよう。リベンジマッチだ」

 

 千鶴はニヤリと小悪魔の笑顔で腰のホルスターに手を添えた。昨日の事件から寝るときさえ肌身離さずつけてるものだ。

 昨日は気の抜けた夜間に強襲されたが、今回はわたくしたちが万全の準備をもって仕掛ける側。利は我らにある。

 

「んーと観測するに……数は六人」

「六人? 七では?」

「一人は明らかな腰抜けで戦力外。これは不良の勘だね。他を黙らせればあいつ一人じゃなにもできない」

 

 なるほど、わたくしよりは人を見る目がある千鶴の意見を信じよう。

 

「あのリーダー、あいつ銃持ってるわ」

「なんと」

 

 わたくしら一般人に易々と銃を渡すとはこの国の警察の質が心配になる。

 

「リーダーだけ要注意だから初動で真っ先に潰す。残りは後腐れなくやるぞ。追っかけられてもたまんないし」

「元よりそのつもりですわ。この人数差で手加減する余裕なんてありませんもの」

「いよーし、じゃ作戦はこうだ」

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